第9話 正言と狂言の狭間で

「オウオウ、なんだぁ? うちのシセリアになんか文句でもあんのかぁー?」


「言いたいことがあるなら、さっさと言いなさいよ」


「ほらー、後ろがつまってんだろぉー?」


 黙り込んでシセリアを見つめるおっさんをさっそく煽りだしたのは邪妖精たちだった。

 このありがた迷惑な擁護に、当のシセリアは「ひぇっ」と小さな悲鳴を上げてビシッと直立不動の姿勢になった。

 これから教官にめっちゃ罵倒される、と確信した新兵のような反応である。


 この、わけもわからず怒られスタンバイモードに移行したシセリアに、おっさんは深く長いため息をつき、それからついっと視線をシセリアの横――エレザへと移した。

 瞬間、状況を見守っていた貴族たちから『あぁ~』と悲歎混じりのうめきが広がり、なかには『あちゃー』と額に手を当てたり、天を仰いだりしてもうダメだ感を演出する者たちもいた。

 で――


「エレザリス、どういうことか説明してもらおうか?」


 静かであれど、明らかに怒気を孕んだ声でおっさんが問う。

 これに応じるエレザは至って冷静。

 いつも通り――いや、普段よりも冷淡だ。


「どういうこと、とは? 仰ることに心当たりはございませんが」


「これだ!」


 おっさんは胸元から人差し指と中指で手紙を引っぱり出すと、手首のスナップでエレザめがけ放る。

 すぐ近くでそんなことされたら反応しきれず手紙を取り落としそうなものだが、そこはエレザ、手裏剣のように回転しつつ飛来した手紙をなんでもないように指先でキャッチした。


「この手紙がなんでしょう?」


「なんでしょう、ではないわ! なにが『私は死にました』だ! ろくに顔も見せんばかりか、わけのわからん怪文書を送りつけてきおって!」


 えらい剣幕で怒鳴りつけられるが、エレザはどこ吹く風と涼しい顔してこてんを首を傾げる。


「……どちら様ですか?」


「ゼクトン・アーレクト! お前の父だろうが!」


 ……。

 なんだ、エレザのパパさんか。


「ノヴェイラ様のお目付役を任され、少しは落ち着いたかと思ったらこれだ! いったいどうなっておるのか!」


 放蕩娘に怪文書を送りつけられたパパさんはご立腹。

 まあそりゃご立腹にもなるわな。


「お前の状況については陛下からうかがっていた。無事かどうか、そんなことは心配するまでもなく、若返っているのもまあお前なのでそういうものと受け入れた」


 受け入れちゃうのか。


「だがな、一度くらいはちゃんと家に戻って説明をしろ。手紙を送っても返事すらよこさん。そのうち怒鳴り込もうと考えていたが……今回の陞爵式がよい機会となった。もちろん、こんな身内の話はあとにすべきなのだろうが……」


 ぐにににっ、とエレザを睨みつけるパパさん。

 しれっとシセリアの横で解説役をしていた娘を見て、我慢しきれなくなっちゃったというわけか。


 騒ぎを起こしちゃったことはダメだろうが、貴族たちの間にそれを咎めるような気配はない。

 むしろ気の毒そうに見守っているくらいだ。


 そりゃパパさんの言い分は真っ当なものだからな。

 かつての己を抹消するための一環として『家族』という関係をなかったことにしようとしたエレザがおかしいのである。


「どういうつもりなのだ。まさか本当に親子の縁を切るつもりか?」


「どなたかとお間違えでは?」


「こんの娘は……!」


 この期におよんでエレザリスであることを認めないエレザ。

 その面の皮の厚さ、若返るためにと任されたお姫さまを差し出そうとしたのは伊達ではない。

 つか、実家を売り払ってもいいとか言ってなかったか?

 はたして、わりとまともそうなパパさんの元でどうしてこんなサイコパスが育ったのか、それとも生まれついてのモンスターであったのか。


「ええい、埒が明かん。ひとまずここにいては邪魔だ、こっちへこい」


「お断りします」


 伸ばされたパパさんの手をぺしっと撥ね除け、エレザはシセリアの背にそそっと隠れる。


「シセリアさん、この人は私を連れ去るつもりです。怖いです」


「え!」


 なんの冗談だ、という顔をするシセリア。

 お前加齢以外に怖いものなんてあるんか、と。


「こらっ、エレザ、いい歳して子供のような真似をするんじゃない! 半分もいっていないような娘さんを盾にするとは何事だ!」


「はあああぁッ!? 半分はいっ――ではなく、私は十四歳! シセリアさんは十五歳! 充分お姉様ですが!?」


「ぴええぇ……」


 父と娘の怒鳴り合いに挟まれるシセリアはたまったものではない。

 するとここで、パパさんは申し訳なさそうな顔して言う。


「シセリア殿、すまんな。うちのバカ娘がいつも迷惑をかけて」


「あ、あー、い、いえ、お世話になってもいますので……そのあたりは、こちらこそー?」


 無駄に正直な返事だった。

 シセリアは貴族に向いていない。


「前に息子を助けてもらったとも聞いた。ありがとう」


「息子さん……?」


 なんのことやら、とシセリアは首を傾げる。

 どうやら魔導学園を謎の馬軍団が襲ったときの出来事らしい。

 知らないところでシセリアは活躍していたのだ。


「あれから息子はなにかとシセリア殿のことを口にする。一度、直接会ってお礼を言いたいようだ。私としてはエレザよりも息子と仲良くしてもらって……どうだろう、なんなら婚約――」


「お断りさせていただきます!」


「なぜお前が断る……。あいつはなかなか優秀だし、お相手にちょうどいいと思わんか?」


「いいえ、まだまだです! あんな軟弱な弟にシセリアさんは任せられません!」


「弟――つまり自分が姉だと認めるのだな?」


「ええ、それとこれとは話が別ですから!」


「別でたまるか!」


 エレザの発言はめちゃくちゃであったが、すかさず言い返せるところはさすが父親ということなのだろう。


「ええい、妄言ばかりでろくに対話にも応じんとは。そのような態度を取るならば、こちらにも考えがある。力ずくで連れ帰るまでだ!」


「どうぞ、できるものなら!」


 白熱する親子喧嘩であったが――。

 ここでシセリアがおずおずと口を挟んだ。


「あ、あのー、エレザさんを連れていかれると、そのー、ホント困るんで、ここはひとつ、なんとかなったりしませんかね……?」


「まあ、シセリアさん!」


 扱いには困るものの、最近のシセリアはそのデメリットに目を瞑らざるを得ないくらいエレザの世話になっている。

 貴族社会の礼儀やら作法やら常識やら、さっぱりわからないシセリアはエレザに頼るしかなく、この式典に参加するための服を仕立てに行った際もすべて丸投げですませていたのだ。


 はたして、地道に好感度を稼いでいたエレザが狡猾であったのか、それともシセリアがのん気すぎたのか。どちらにしても、今のシセリアがエレザを失うのは魔境で一人ぼっちになるようなもの。本来なら空気に徹しているであろう状況で口出しするくらいは必死だった。


「シセリア殿に取り入りおったか。……では、仕方あるまい」


「あ、わかってもら――」


「アーレクト家の家訓にのっとり、決闘にて判断する!」


「ファッ!?」


「シセリアさん、頑張ってくださいね!」


「ファファッ!?」


 親子喧嘩を仲裁しようとしたらなぜか決闘。

 実に鮮やかなもらい事故であった。

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