第35話 つまり闇落ち……ってコト!?
『まえがき』
本作二巻をご購入いただきありがとうございます。
まことに、まことに。
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リクレイドの発言を受け、ヴィヴィは口をぱくぱく。
もしかして猫の『サイレントニャー』みたく、人には聞こえない音域で喋っているのだろうか?
なんて妖精の生態に思いを馳せ始めてすぐ。
「僕のためだとかせいだとか、君はなにを言っているんだッ!」
「ヴィヴィ!? ちょっ――」
今度は聞こえる声。元気よく怒声を発し、ヴィヴィはリクレイドに飛びかかろうとしてララにしがみつかれる。
「あれだろう! 妖精は馬鹿ばっかりだから、甘い言葉でコロッと手下にできると思っているんだろう! その通りだよ! くそっ、どうして妖精はこんなパッパラパーばっかりなんだ!」
ヴィヴィは普段の知的(?)な様子からは想像できない荒ぶりようを見せたが、なかなかどうして板についている。
長いこと汎界で探偵業を営んでいたわけで、きっとこういった乱暴な面も必要だったのだろう。
「君は妖精を舐めている! 舐め腐っている! 見た目で動く人形とかぬいぐるみだとでも思っているんだろう! はっ、わりとそのとおりな連中が多いのも確かだ! でも僕は違うぞ! 舐めるな、僕の力を見せてやる! 決闘だ! ぶっちゃけ君をこてんぱんにぶちのめして、妖精界から追い出せばそれで問題はまるっと解決するんだ!」
荒ぶるヴィヴィはまるでどこかの不良エルフのようだ。
まあどこかっつーか、一緒に来てのほほんとした顔で見学してるんだけども。
もしかして二人の仲が悪かったのって同族嫌悪だったのかな?
「というわけで我が助手、ニャスポン君! 頼むよ! 君が決闘代理人だ! 思い知らせてやるといい、君の、その爪の鋭さを!」
「んニャ!? 煽るだけ煽ってニャー任せなんニャ!?」
なんてこった、猫の手が必要なほど忙しいわけでもあるまいに。
俺は尻尾を踏んづけられた猫のようにびっくり仰天だったが、その一方、リクレイドは「くっくっく」と余裕の忍び笑いだ。
「なかなか魅力的な提案だが、まずは弁解をさせてもらいたい。なに、短い話だ。決闘はそれを聞いてからでも遅くはないだろう?」
「はんっ、いいだろう! 話を終えたとき、君は『常軌を逸した』と表現されたほどの殲滅力を持つニャスポン君の前に屈することになるのだ! ニャスポン君、爪を研いでおきたまえ!」
なにがなんでも俺を突撃させたいヴィヴィだったが、ひとまず話を聞いてみることにしたようだ。
「ではセルヴィアルヴィ、お前は妖精の印象を改善するため、汎界へ出向き苦労をしてきたわけだが……その苦労話を聞かされていたララが『どう思っていたか』について考えたことはあったか?」
「ララが、だって?」
「そう、ララは――」
「ちょっとリクレイド! 余計なことは言わなくていいのよ!」
と、ヴィヴィにしがみついたままのララが話を遮ったが、リクレイドはさして悪びれる様子もなく応える。
「余計なことではないだろう。これを説明せず、どう誤解を解くつもりだ?」
「む、それは……」
「それにこれはセルヴィアルヴィも知っておくべきだ。自分の口で説明するというなら俺は黙るが?」
「むぅ……」
ララはひとまず落ち着いたヴィヴィから離れると、きょとんとしているヴィヴィの顔を見つめ「う~ん」と唸り始めたが、やがてはあきらめたように呟いた。
「うまく説明できそうにないから任せるわ……」
「まあそうだろうな。話している途中で、苛立ちがぶり返してしまうかもしれんから――」
「もう、リクレイド!」
「わかった。横道はやめる。――では、話を戻すとだな、ララはお前の愚痴を聞いてやるくらいしかできないことを悔しがっていたんだ」
「悔しがって……? ララ、そうなのかい?」
「そうよ。どうしてヴィヴィばかり苦労しなきゃなんないのよって」
「それは……僕くらいしかこの役目を果たせる――」
「それはわかるけど! そうでなくて!」
「はいはい、説明は俺がするからララは落ち着け。それからセルヴィアルヴィ、お前はなんと言うか……あれだな」
「ああん!? あれってなんだよ!」
「あ、いや、悪気はなかった。要は、だな、ララはお前ばかりが割を食う状況を疑問視し始めたんだ。どうにかお前の負担を軽くしてやれないかと、女王に度々相談していたようだぞ。そして、これがララにとっての最も腹立たしかったところなのだが、ほかの妖精たちはというと、ほとんどがのほほんと妖精界で暮らしていたのだ」
「みんなは――まあ、みんなだし……」
「それで済ませられるのは懐の広い話だが……お前はすぐに汎界へ戻っていたようだからな。ここで暮らしていたララの気持ちはわかるまい。なにしろ、妖精のなかにはお前が汎界で楽しくやっているだろうと言う者もいたようだ」
「はあ!?」
「まあ、さすがに本音ではなく、お前ならなんとかやりとげてくれるという信頼があっての軽口だったのだろうが……そういう発言が出たということは、多少なりそう考えていたことも事実なのだろう。で、これがララの苛立ちに拍車をかけたわけだ」
ふむ、ヴィヴィの苦労話を直接聞いた、でもって妖精界に留まっていたララだからこその苛立ちがあったというわけか。
「お前ばかりが苦労する現状を変えたかったララは、妖精全体での取り組みを考えようとした。上手くいけば、お前が妖精探偵を辞めることができるから、とな。しかし、そんな都合のいい話はそうそうあるものではない。セルヴィアルヴィ、お前がなかなか妖精界に戻らなくなってから、ララはずっとお前のために考えていたんだ」
「で、そこにおめーが現れたつーわけかニャ?」
「そのとおり」
にっ、とリクレイドが笑う。
「俺の計画を説明したところ、ララだけでなくほかの妖精たちも非常に乗り気になってくれてな」
「でもみんなって考えなしなのよ、まったく。おかげで私が取り纏め役にならないといけなくなっちゃったわ」
妖精全体で取り組める『何か』を求めていたララにとって、リクレイドの世界宿計画は渡りに船となってしまった。
リクレイドが言った『ヴィヴィのためであり、ヴィヴィのせいでもある』とは、ヴィヴィを心配して状況を変えようとしたララがまさにであり、心配をこじらせ、どう考えても無謀な、妖精界を巻き込んだ計画に飛び込んでしまったララがまさしくであったのだ。
まああれだ。
要はヴィヴィが『妖精界のことはララに任せておけば大丈夫!』とのんきに考え、忙しいからと妖精界に帰らなかった結果、ララは悪いオヤジに唆されて暗黒面へと堕ちてしまったのである。
「なんて……ことだ……」
ようやくララの状況を察したヴィヴィは茫然。
「僕は……妖精界のためにと……頑張ってきたのに……」
「あら? ヴィヴィ、落ち込むことはないのよ? 貴方の努力はちゃんと妖精界のためになっているわ」
「そのとおり。現在、試験的に人を宿屋都市に招いているが、この試みがすんなりと実現したのは、お前の努力があったからだ」
「僕の……?」
「そう。お前の探偵としての活動の成果、妖精への印象が改善された地域のお偉いさんたちを優先して招待した。どうだ、素晴らしいことだとは思わないか?」
「はあ? 素晴らしい、だって?」
「ああ、素晴らしいとも。これはお前の活動と俺の計画が衝突するものではなく、協力し合えるものだという証明だ。幸いなことに、招いた『お客』たちの評判は良い。ではこの『お客』たちが汎界へ戻ったら? 妖精に対しての『良い印象』が噂話となり広まっていく。またその噂を聞き、この地を訪れたがる者も増えていくだろう。これは妖精たちにとって、実に好ましい循環ではないか? 順調にいけば、そう遠くない未来に妖精たちの悪い印象は払拭されることだろう」
「だから、僕も推進派に加われって?」
「そのとおり」
「はっ、やっぱり君は僕を舐めてるね! 協力し合える? ふざけたことを! まずそもそもが、僕の成果を横取りしたようなものだろう! それにだ! 汎界から人を招き、妖精たちがせっせとおもてなしをして印象を良くする? ああ、良くはなるだろうさ! その『お客』にとっての都合の『良い』ね! 妖精は奉仕種族じゃない!」
「ああ、誤解を危惧しているのか……。大丈夫、今はまだ妖精たちに協力してもらうしかない状況だが、いずれは汎界から働き手を集める。人が多くなっていけば、誤解も解消されていくだろう」
「それまで我慢しろって? いつまでかかるかも不確かなのに?」
「一年、二年では無理かもしれないな。もしかしたら十年かかるかもしれない。十年……十年か。人からすればあまりに長い時間だ……」
ふと、リクレイドは表情が寂しげなものとなり、口調もなにやらしめやかになったが……それはすぐ不敵な笑みに取って代わられた。
「しかし、だ。十年であっても、たとえ百年であったとしても、この『印象の改善』にかかる時間は、お前たちが妖精界でじっと耐え忍んだ期間よりはるかに短い。だろう、妖精探偵君」
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