第34話 歴戦の野良猫とアマゾネス(族長)

『まえがき』


すっかりご無沙汰になってしまってすみません。

今後は着実に進めていきたい……。


そして本日、本作の二巻が発売となりました。

ありがとうございます。

ありがとうございます。

どうぞよろしくお願いします。



――――――――――――――――――――――――――――



 ララというのは、妖精界が心配でそわそわしっぱなしだったヴィヴィの口から何度か出ていた名前だ。

 聞いた感じでは妖精界を任せてきた親しい友人――とのことだったが、それがよりにもよって推進派の代表ときたか。


 この事実はヴィヴィにとって信じがものであったらしく、間の抜けた声を発してからというもの、その意識は別世界へ旅立ったまま。やがては浮力すらも失い始め、へろへろ~っと殺虫剤を吹きかけられた蚊のように墜落、地面にぽてっと転がった。

 すると、だ。


「ありゃりゃ。……っと、えいっ」


 見かねたのだろう。

 ノラはヴィヴィを拾いあげると、それをずぼっと俺の懐にねじ込んだ。


「これでよし。きっと元気になる」


「どういう理屈だニャ」


 ノラは俺の懐を治療カプセルかなにかと思っているのだろうか?

 まあ地面に転がしておくと誰かがうっかり踏んづけてしまう可能性もあるので、ひとまずヴィヴィは懐に入れたままとしておく。

 と、そんなおりだ。


「おっと、相談中か? 来るのが少し早かったようだな」


 男が現れ、俺たちを見てまず一言。

 突然の訪問――でもないが、皆の視線が集まるとその男はにっと威嚇するように笑った。


「お前がリクレイドかニャ……?」


「あー……ああ、俺がリクレイドだな」


 場の流れからしてわかりきった話。

 が、もしかして、ひょっとしたら、うっかり妖精界に迷い込んできてなんとなく意味深な発言をしてみたくなった八百屋のオヤジという可能性も存在するのが現実というもの。


 ともかく本人確認ができて安堵した俺は、あらためてリクレイドを観察する。

 髪は黄土――少しばかり赤みがかった黄色で粗雑な角刈り。身なりは仕立ての良い服を身につけているものの、着崩しているためだらしない感じ……なのだが、爛々とした鮮やかな黄赤の瞳を向けてくるからだろうか、リクレイドに対する俺の最終的な印象は『油断ならない悪そうなオヤジ』となった。


 はたして、宿屋夫妻はこの男をどう見てその印象を『猫』と主張できたのだろう?

 助けてもらったことで思いっきり目が曇っていた?

 きっとそれは、不細工でぶてぶてしい猫が可愛く見えてしまう錯覚に類するもの。

 どう考えてもレンの『虎では?』という見解が正しかったが、宿屋夫妻には世話になっている。そこを考慮し、めいっぱい贔屓するならば奴はかろうじて『歴戦の野良猫』と言えなくもない。


 で、その野良猫のほうもまた俺を観察していたようで、ひとまずの結論がでたのか「ふむ」と小さく唸り、それから口を開いた。


「あんたがケ――じゃなくて、ニャスポンだな」


「……そうだニャ」


 この場で『ケイン』と言わないリクレイドの配慮。

 それはおチビたちを気遣ったものなのだろうが、同時にこちらの事情が筒抜け――つまりシセリアが盛大にゲロったという証明でもある。

 まったく、これから話し合いだってのにこっちの後手は確定ではないか。


「うちのアホ娘が世話になってるようだニャァ……!」


「いやいや、世話になってるのはこちらのほうだ。あの娘、あれでなかなか得がたい才能を持っているではないか。できればこのまま働いてもらいたいところだよ」


「あいつこっちでいったいなにやってんのニャ……!?」


 べた褒め――とまではいかないが、それでも高い評価だろう。

 若干の驚きを感じながらあきれていた、そのとき。


「リクレイド様」


「お、来たか」


 と、遅れて女性が現れ――


「んニャ……!?」


 リクレイドとはまた違う存在感に俺は目を奪われる。


「皆さま、初めまして。私はヴィネルファーネ。シルキーです。どうぞお気軽にネーネとお呼びください」


「シ、シルキー……ニャ?」


「はい。シルキーです」


 おかしい。

 シルキーといったら『可愛らしいメイドさん』というイメージなのだが、これはどういうことだ?


 ネーネは青みの濃い明るい緑――青竹色のウェーブした長い髪と瞳を持つ美人さんである。

 まあそれはいい。

 人々が『シルキー』という存在に対して勝手に抱いていたイメージからそうかけ離れたものではないからだ。


 しかし、ネーネはただの美人さんではなかった。

 例えるなら、ゴージャスなスーパーモデルがなにを思ったのかめっちゃ体を鍛えてバキバキに仕上げたような、迫力のある美人さんなのである。


 一言で表すならアマゾネス。

 それもただのアマゾネスではなく、族長とかそんなクラスのアマゾネスだ。


 でもってそのネーネが身につけているのは、メイド服のようであってメイド服ではないなにか。

 おそらく、メイド服原理主義者ならば激怒するのではあるまいか、と危惧するようなメイド服……いや、むしろそれは、メイド服の特徴を取り入れた水着といったほうが正確であろう。


 頭の白いひらひら――ブリムこそそのままであるが、上半身は胸の下から下っ腹あたりまで丸出しの半袖クロップドトップス。下半身は申し訳程度のちんまいエプロンを合わせたミニスカである。

 そんなメイド服なもんだから肌の露出がやたら高く、いくらネーネ自身が口数少なく慎ましい雰囲気を醸しているとしても、鍛え上げられた四肢やら腹筋やらが盛大に自己主張しているせいで異様な存在感を発揮してしまっている。


 リクレイドもなかなか雰囲気のある男だったが……それでもネーネのインパクトに比べればだいぶ落ちるどころか霞んでしまう。

 だからなのだろう。


「ねえ、ヴィヴィは? ヴィヴィはいないの?」


「ニャ?」


 おそらくネーネと一緒に現れていたであろう一人の妖精に気づいたのはその声を聞いてからとなった。

 するとだ。


「……ララの声がした……!」


 それまで俺の懐で冬眠していたヴィヴィは、春の訪れを知った虫みたいにもぞもぞ動き始め、やがてひょこっと胸元から顔を出した。


「ララ!」


「ああヴィヴィ! やっと戻ったのね!」


 まあ流れからして当然なのだが、あの妖精が件のララであるらしい。

 ララは薄紅色の長い髪に翡翠色の瞳。背丈などはヴィヴィとそう変わらないものの、背中の羽根はヴィヴィがトンボっぽいの対しララは蝶々。身につけている服もネグリジェのようなゆったりひらひらワンピースと違いはあるが、これに関してはヴィヴィが特殊なだけでララの服装ほうが妖精としては一般的なのだろう。


「まったくもう! すっかり戻ってこなくなってしまったから心配していたのよ!」


 ララはプンスカしているが、それでもヴィヴィの帰還を喜んでいる。

 しかし――


「ララ、いったいどういうことなんだ!」


 嬉しそうなララとは対照的にヴィヴィの態度は厳しく、俺の懐から飛び出すとララの前へ。


「どうして君が推進派の代表なんだ!?」


「そ、それは妖精界のためにはそうするしかなくて……」


 ヴィヴィに詰め寄られ、ララは勢いをなくし言葉は尻つぼみに。


「そうするしかなかったって、それは待てなかったからかい? 僕が不甲斐ないから、もう自分のほうでどうにかしないといけないと――」


「ま、待って! それは違うわ!」


 ララはヴィヴィが自分は見限られたのだと思い込み始めていることに気づいたか、慌ててそれを否定する。

 しかし今のヴィヴィはすんなり落ち着くわけもなく――


「だったらどうして――」


「おっとそこまで」


 と、ここでリクレイドがヴィヴィとララの間に割って入る。


「ああーん?」


「そう怖い顔をするな。お前たちの不和の原因が俺であることは確かだが、きっかけはお前自身でも……あー、これは言い方が悪いか。では端的に、まず落ち着いてもらうためにこう言おう。ララはな、お前のためにこちら側についたんだ」


「はあ?」


「ララが推進派の代表をやることになったのは、お前のためであり、お前のせいでもあるというわけだ」

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