第33話 猫まっしぐら

「ふむ、急がねばならないなら、私とマリーで皆を運ぼうか」


「……ふえ!?」


 急ぐ状況だ、乗せてくれるのはありがたい。

 このシルの提案にマリーはちょっと驚いたようだったが――


「ま、まあ、姉さまがいいなら、いいんだけど……」


 と、やや戸惑いながらも受け入れ、シルに続いて竜の姿になると俺たちが乗りやすいようにと身を伏せる。


 振り分けはシルの背に俺、クーニャ、エレザ、アイル&ピヨ、爺さん、ヴィヴィと使いの妖精で、マリーの背にはレンとおチビたちということになり、みんな乗り込んだところでさっそくシルとマリーは空へと飛び立った。


「うひゃー! すげー! はえー!」


 方角を指示するヴィヴィの横、やたらはしゃいでいるのは使いとして俺たちを待っていた妖精だ。


「す、すまないね、騒がしくて……」


 ヴィヴィは謝るが、その無邪気な様子は実に妖精らしく、気にする者は俺を含めいなかった。


 そんな一部にぎやかな空の散歩をすることしばし。

 やがて見えてきたのは発掘されたローマの都市遺跡のような場所であった。


 どうやら妖精たちの住居は自然石を積み上げての低い壁のみで、屋根がないのが基本らしい。

 開放感いっぱいなのはいいが……雨の日とかどうするんだろうね?

 それとも妖精界は雨が降らないのだろうか?


 そんな疑問を抱かせる街並みの奥に、やはり屋根はないものの背の高い柱が立ち並ぶ神殿めいた場所があり、そこが妖精女王の宮殿ということで、その手前の広場にシルとマリーは着陸した。

 で――


「なんなの!? なんなの!?」


「うおー! でっけー! でっけー!」


 竜が現れるなど妖精たちに予測できるわけもなく、なんだなんだと大騒ぎ。

 しかし怯えた様子はまったくなく、むしろ興味いっぱいでわっと集まってきた。


「もしかして竜なのー?」


「竜! はじめて見るー!」


「こんにちはー、ここは妖精界だよ!」


 誰も彼も無邪気、それはなんだか天敵のいない場所で暮らしていた小動物が好奇心から集まってきたような感じであった。

 そこにまずヴィヴィが飛びだしていく。


「みんな、久しぶりだね!」


「あ、ヴィヴィだ!」


「ヴィヴィだー! おかえりー!」


「ねえヴィヴィ、お土産はー?」


「お土産はお菓子だよね! だよね!」


「いや今はそれどころじゃないだろう!?」


『ええぇー!』


 妖精たちはなんだかのん気だった。

 対立はそこまで緊張状態にあるわけではないとレンは言っていたが……それにしてものん気である。


 そんな妖精たちの姿を、マリーの背から降りたおチビたちはせっせと猫スマホで撮影する。

 マリーもまた人の姿になったところで撮影をしようとするが、妖精たちが興味津々で近づきすぎるためなかなか写真を撮ることができない。

 それはいざ飼い犬やら猫やらにカメラを向けたところ、おやつか、それとも遊んでくれるのか、と接近されすぎ、顔のどアップしか撮影できない状況に近いのだろう。


 マリーはずいぶん難儀していたが、その点、おチビたちは慣れているだけあるようで――


「お菓子くれんのか!?」


「わー、ありがとー!」


「あ、これ美味し……美味しっ!?」


 妖精たちに手持ちのお菓子を配り、そっちに意識が向いているところをせっせと撮影している。

 本当に手慣れてきたな……。


「ね、ねえ、私も一緒に、いい……?」


 しばしマリーはもじもじ羨ましそうにしていたが、やがて意を決しておチビたちに絡みにいく。

 それをおチビたちは「うん、いいよー」とすんなり受け入れ、それからは一緒、自分の猫スマホを渡して妖精といる自分の姿を撮ってもらったりと、和気藹々と撮影会を始めた。


 まあよい傾向だろう。

 これまではマリーがツンケンしていたので、おチビたちは絡んでいいものか戸惑っていたからな。

 これをきっかけに仲良くなってくれたらいいのだが……。



    △◆▽



 おチビたちとマリーをそっとしておこうかと思ったが、妖精女王のもとへ向かうとなったところでおチビたちは撮影会を切りあげた。

 おチビたちはおチビたちで女王様に会ってみたかったようだ。


 妖精女王の青空宮殿は妖精からすれば広々なのだろうが、俺たちからすればちょっと窮屈。

 廊下を一列になって進む先、見上げれば妖精たちが集まって「ここー、ここだよー!」と手を振っている場所がある。


 やがてその場に辿り着くと、そこは周囲よりも高い壁に囲まれたちょっとした広間だった。

 普通の王宮であれば、ここが謁見の間ということになるのだろう。


 広間の奥にはふわふわの苔に覆われた緑の玉座があり、その背もたれの上部には色とりどりの綺麗なお花が咲いている。

 実にファンシーな玉座だ。

 でもってそこに腰掛けていたのは――


『猫ちゃん……!』


 ノラ、ディア、メリアが声を揃えたとおり猫であった。

 瞳は青銅色で、毛並みは光沢のある青灰色の短毛。普通よりちょっと小さめな感じの、穏やかで上品そうなその猫は頭にちょこんとちっちゃな王冠をのっけている。

 さすがにどこかから迷い込んだ猫が玉座を占拠している、というわけではないだろう。

 つまり――


「はじめまして、私が妖精たちの女王を務めるミールミフィーです」


 猫――妖精女王はまず名乗った。


「私はいわゆるケット・シーで、女王とはいっても人のそれとは違いまとめ役くらいのものですから、そうかしこまる必要はありませんよ。ほかの妖精たちと同じように……ああ、そうです、私のことは気軽にミミちゃんと呼んでくださいな」


 ミールミフィー――ミミちゃんはずいぶんと腰が低くフレンドリーな女王様だった。

 おかげでおチビたちは撫でたそうにうずうず。

 特にメリアなんか手をわきわきさせている。


「ヴィヴィ、よく戻ってくれましたね。貴方の働きとその成果は、妖精界を訪れる人たちを介して伝わっています。本来であれば、妖精界のため、一人汎界で尽力してきた貴方の帰還を皆で迎え祝うところなのですが……私が至らぬばかりに、妖精界はこのようなことになってしまいました」


「陛下が気に病む必要はありません。なかなか戻らなかった僕が悪いのです」


「貴方こそ気に病む必要はないのですが……。いえ、今は謝りあっている場合ではありませんね。まずはヴィヴィ、貴方についてきてくれたお友達の紹介をしてもらえる?」


「あ、はい。それではまず――え、えーっと……」


 最初に紹介するならこいつからだろうとヴィヴィは俺を見るが、どう紹介すべきか迷ってしまいさっそく言葉に詰まる。

 ケインと紹介してしまうとおチビたちが困惑するし、だからといって事情を知らないミミちゃんにニャスポンと紹介するのは嘘をつくようでさすがに憚られるのだろう。


 となると……ここは俺が自分でニャスポンと名乗って、あとでヴィヴィに詳しいことを説明してもらったほうがいいだろうな。


「ニャーはニャスポンだニャー。ヴィヴィの助手をやってるニャ。なんだか妖精界がたいへんってことで、お手伝いしについてきたニャ」


 そう告げてから、俺は小ぶりのちゃぶ台を用意して各種お菓子を詰め合わせた重箱をでんと置き、クーニャに展開してもらう。


「これはお近づきの印に――」


『お菓子だー!』


 途端、上空で見守っていた妖精たちがわっと重箱に群がった。


「あらあら貴方たち、お客様の前ですよ。せめて後に……」


 ミミちゃんが窘めるも、妖精たちはお菓子に夢中だ。

 これはタイミングをしくじっただろうか?

 でも普通、渡すとなったらこのタイミングだし……。


「貴方たち、それくらいで……」


 なおもミミちゃんは妖精たちに語りかけるが、やはり聞いちゃいない。

 すると、だ。


「フシャーッ!」


 ミミちゃん、突然の威嚇。

 これにはお菓子に夢中だった妖精たちもビクッと身をすくめ、お菓子を放り出してあっちこっちに逃走する

 なんだか餌に群がっていた雀がいっせいに飛び立つようだ。


 しかし飛び立ちはしたものの、妖精たちはそのままどこかへ消えるわけでもなく、ちょっと距離を取ってこちらの様子を窺う。

 遠くへ逃げてしまうと、逃げなかったほかの妖精にお菓子を食べ尽くされると心配しているのかな……?


「ごめんなさいね、お恥ずかしいところをお見せしてしまって……」


「こっちこそすまねーニャー」


 いかんな、いきなり女王に恥をかかせることになってしまった。

 でも妖精に喜ばれないものを贈っても仕方ないし……。


 あ、そういやミミちゃんって猫だし、お菓子は食べないかな?

 ミミちゃんが喜びそうなものとなると……あれか、チ○ールか?

 しかしあれを『ペロペロしてください』って渡すのも……。


 あれこれ考えた末、俺はミミちゃんにマタタビの原木を贈ることにした。

 それで〈猫袋〉から原木を出してみたところ――


「……?」


 不思議と原木に惹かれる自分がいることに気づく。

 どういうわけか、すぐにでもこの原木に顔をすりすりしたいという強い欲求が――って、しまった、今の俺は猫だった!


「やっちまったニャァァ……」


 恐るべきマタタビの魔力に抗えず、俺はその場にごろりん横倒しになって原木と戯れることに。

 だが事態はそればかりに収まるものではなかった。


「私もご一緒しますにゃ~ん!」


 まずはクーニャが手にしていたペンやら紙やら記録道具を放り投げて参戦。

 さらに――


「こ、これは……我慢ができません……!」


 マタタビの魔力はミミちゃんをも魅了した。

 我慢できなくなったミミちゃんは玉座からぴょーんと飛び出し、落っこちた王冠そっちのけ、猫まっしぐらで原木に囓りつく。


「まいったニャー、こいつはまったくまいったニャー」


「今日のお仕事はもう終わりですにゃ~ん!」


「うにゃうにゃーん、にゃにゃーん」


 いきなりマタタビをキメだした俺、クーニャ、ミミちゃんに周囲は唖然だ。


「へ、陛下! 陛下! 今はそんなことをしている場合ではないので! 陛下ぁー!」


 ハッとしたヴィヴィがミミちゃんを止めようとするも、体はミミちゃんのほうがでっかいのでなかなか止めることができない。


「みんな! ちょっと手を貸してくれ!」


 ヴィヴィが上空で待機していた妖精たちに呼びかけ、ミミちゃんを原木から引き剥がそうとする。

 が、離されてたまるかとミミちゃんは猫パンチを繰り出して応戦だ。


「うわー、女王さまがご乱心だー!」


「ミミさまー、正気にもどってー!」


 なんということか、謁見の間は一気にわちゃわちゃと混乱の坩堝と化してしまった。


 すまぬ、すまぬ……!

 こんなつもりではなかったのだ……!

 本当に、こんなつもりでは……!


 やがて、パシャパシャ撮影していたうちの面々も、これはもう妖精たちではどうにもならないと動く。

 つかおチビたちはどさくさに紛れてミミちゃんを撫で撫でだ。


 で、俺のほうはシルによって力まかせに引っぺがされる。


「お前な、さすがにこれはアホがすぎるぞ」


「め、面目ねーニャー」


 シルがあきれるのも仕方ない。

 自分でもちょっとどうかと思うからな。


 ひとまずうちの面々が介入してマタタビの魔力に魅入られた俺とミミちゃんは原木から引き剥がされ、しぶとかったクーニャは原木ごと壁越え、隣りの部屋に放り捨てられたことで事態は沈静化した。


「ううぅ……お恥ずかしいところばかりお見せすることに……」


「いえ、これはあいつが悪いのです。どう考えてもあいつが」


 玉座に座りなおし、王冠を頭にのっけてもらったミミちゃんはすっかり落ち込んでしまった。

 誠に申し訳なく思っていたところ――


「ミミさまー! ミミさまー!」


 なにやら慌てた妖精が飛来。


「ミミさま! 来たよ! リクレイドたち来た!」


「あらまあなんてこと……! まだ説明もできていないのに……!」


 うん、ホントすんません……。


「待ってもらうにしても、あの子が来てしまうでしょうし……。仕方ありません、ヴィヴィ、要点だけを伝えます。まず私は妖精界を宿として活用することに絶対反対というわけではありません」


「え、そうなのですか!?」


「はい。しかしこれは限定的な話です。妖精に好意的な人々を宿に招き、理解を深めてもらう。これくらいであれば賛成できるのです。しかしリクレイドの目指すところは汎界すべての人々を招くこと、これはいくらなんでも無茶な話です。それを実行するとなれば汎界では様々な反発が起きることでしょう。これでは妖精の印象が良くなるわけはありません」


 ふむ、ミミちゃんとしては、ちょっとした……例えば観光地くらいであれば受け入れられるわけか。


「またリクレイドはこの計画をやけに急いでいるように思えます。ただでさえ実現不可能に思える試みです、本来であれば慎重を期しじっくりと時間をかけて進めねばならないところをこのように急いでは成功するものも成功しません。せっかく自分たちの汚名を返上しようと頑張ったのに、計画の失敗でむしろ評判を落とすことになっては協力している妖精たちがあまりに不憫です」


「つまり陛下としては……計画の縮小と一旦の停止を求めたいということでしょうか?」


「そうですね。そう願っているのですが……」


「陛下が無闇に反対しているわけではないことを、向こうに協力している仲間たちは知っているのですか? そうでなければ、このことを説明して理解してもらえれば――」


「いえ、理解はしています。少なくとも、推進派の代表は」


「そうでしたか。ではまずはその代表を説得しないといけないわけですね」


 そうヴィヴィが言うと、ミミちゃんはなにやらしょぼくれる。


「それがですね、推進派の代表は……ララなのです」


「は?」


 ミミちゃんの言葉に、ヴィヴィはカチンと固まってしまった。



――――――――――――――――――――――――――――



『あとがき』

 少々立て込んでまいりまして、更新が不定期気味になりそうです。

 すみません。

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