第32話 みんなでお出かけ妖精界
ようやく満月の夜が訪れるとなったその日。
妖精界に移動してからも活動しなければならないことを考慮し、俺たちは夕方前から仮眠をとり、夜が深まってきたあたりで起床してシルさん家の庭に集合することにした。
この予定はまったく妥当なものであり、とくに注意を払う必要などない――かに思われた。
考慮し忘れたのは、ドラゴン姉妹の寝起きの悪さである。
「やっちまったニャ……」
いったい誰がドラゴン姉妹を起こしにいくか?
おチビたちでは帰らぬ人になってしまうのが実証済み。
きっとクーニャは三味線、爺さんは成仏、エレザならなんとかなりそうだがさすがにドラゴン二体は荷が重いと辞退された。
「ああもう、なら僕がいくよ!」
「ヴィヴィこそやめたほうがいいニャ。洒落にならないことになる可能性があるニャ。仕方ないからここはニャーがいくニャ」
俺は覚悟を決めて眠るドラゴン姉妹のもとへ向かい、頑張って起こそうとしたところでマリーに窓から放り捨てられた。
だがこれは想定内。
「ニャンぱらり!」
俺は華麗に宙返りして庭に着地すると、再びドラゴン姉妹のもとへ。
そしてまた放り捨てられ、ニャンぱらり、捨てられ、ニャンぱらり。
これを五度ほど繰り返したところで、ようやくマリーが完全に覚醒したのでシルを任せた。
これで一安心と安堵したところ――
「おう師匠、出発前だってのになに遊んでたんだ?」
頭の椰子の木にヒヨコを乗せたアイルが森ねこ亭からのこのこと現れる。
「そういやおめーがいたニャァ……」
こいつに任せればよかった……。
アイルはダメでも、ピヨがピヨピヨ大騒ぎすれば目覚まし時計の代わりになっただろうに。
痛恨のしくじり、余計な苦労をすることになってしまった。
もし次にこのような機会があれば必ずやアイルを送り込んでやろう、そう俺は決意しつつ、皆に出発の準備を促す。
なんだかさっそく微妙な遅れが発生してしまったが、ともかく俺たちは各々で準備をすませひとまず庭に集合した。
妖精界へ向かう面子は、まず妖精界の一大事に駆けつけようとするヴィヴィ、それから先代『さまよう宿屋』の説得を頼まれた俺、行くかどうか迷ったが結局は同行することにしたシル、いつも通り記録係としてついてくるクーニャ、たくさんの妖精と会うのを楽しみにしているおチビたちとその監督役のエレザ、もう聞かなくても目的はわかるアイル、でもってまた学園に休みをもらってついてくる心配性の爺さん、そして俺に先代説得のお願いしてきたレンと、とりあえず付き合うことにしたマリーである。
このほか、庭には転移門を用意してもらうためのニャンゴリアーズと、見送りのために起きていたグラウ父さんとシディア母さんがいる。
「私こうやって夜にお出かけするの初めて!」
「わたしもー!」
魔法の光で照らされた庭で、きゃっきゃとはしゃぐおチビたち。
ノラとディアがとくに興奮している。
まあそっちは微笑ましいのだが――
「君は、この妖精界の危機になにをしに行くつもりだ! なにを!」
「あーん? だから女王に出店許可を貰いに行くつってんだろ、何度もよ!」
「ぴょぴょー!」
ヴィヴィとアイルの口喧嘩はうるさいだけである。
あと合いの手を入れるヒヨコも。
「ケインさん、あれ放っておいていいんですか?」
「出会ってからずっとああだから、もうほっとくしかねーニャ。どうしようもなく悪い食い合わせってのはあるものニャ」
どう窘めても収まらないのだから、もうここはとっとと移動した方がいいだろう。
俺は大皿に盛られたお刺身を用意し、それをクーニャに持ってもらうと言う。
「さあ猫たち、転移門を開くニャ。報酬はご馳走だニャ」
「みなさーん、お魚ですよー」
にゃおーん、と報酬に目の色を変えた猫たちは、普段のでろーんとした様子とは打って変わってキビキビと動き出し、にゃごにゃご唱えて転移門を用意する。
「うーん、本当にすごい猫ちゃんたちですね」
あらためて感心するレン。
確認のため住居跡へ向かった際にレンは神殿猫たちが普通の猫ではないと知ることになり、ずいぶんと驚いていた。
「では行くニャ」
俺たちは宿屋夫妻とニャンゴリアーズ――はお刺身に夢中で見向きもしないな、まあとにかく見送られ、そのまま森の住居跡へと移動した。
△◆▽
移動した先は暗闇。
そりゃ森の中に来たんだから当然だが……猫となった俺はこの状況でも意外と見通しがきいた。
べつに嬉しかねえが。
まあ暗闇とはいっても、この場が森にぽっかりとある空き地ということもあり、満月の光が降りそそぐので人の目でもかろうじて自分の周りくらいなら認識できる程度には明るさがある。
おチビたちはさっきまでの元気はどこへやら、「くらーいくらーい」と言いながら不安に駆られぎゅーっと身を寄せ合い始めていたが、あいにくと明かりを用意してやりたくてもできない理由があった。
ヴィヴィ曰く、妖精界への道を開くには余計な明かりがあっては困るらしい。
なので明かりを用意しても、このあとすぐに消すことになってしまうのであんまり意味がないのだ。
「ヴィヴィ、さっそく頼むニャ」
「ああ、ちょっと待ってくれよ」
ヴィヴィはすうっと爆心地跡にできた泉の水面へ移動し、その中心、映り込んだ満月の上で動きを止めた。
それから静かに腕を広げたり掲げたり、祈りを捧げるような動作をひとしきりおこなったあと――
「や!」
水面の月を蹴りつける。
するとだ。
ばしゃっと月が砕けると同時、水面からほんのりケミカル的な金色の光りを放つ半透明な柱が天に昇り、その柱はヴィヴィが生んだ波紋と連動して泉の外側へ外側へと広がり大きくなっていく。
事前に聞いた話では、この光の柱に入り込むと妖精界へと出られるらしいのだが……。
ヴィヴィを捜してみたが、光の柱を発生させた段階でもう妖精界へと移動してしまったらしく姿がない。
「こ、これは……どうしたものかニャ」
光の柱に入ればいいのはわかっているが、下が普通に泉なのでどうも覚悟が決まらない。
妖精界へ転移するはずが、ただ泉に落ちただけ、なんて寂しい結末を予想してしまうのだ。
しかしいつまでもみんなして泉のほとりで戸惑っているわけにもいかないし――と考えたところで、俺は人柱にすべき者がいることを思い出した。
そうだ、アイルがいるのだ。
まさか先の誓いを果たす機会がこんなに早く訪れるとは思わなかった。
俺はさっそくアイルを突き飛ばしてやろうと――
「えい」
「ニャ!?」
マリーが俺を突き飛ばしやがった!
「ひどいニャァァァ……!」
信じられない、人を実験台にするだなんて!
まるで捕食者がいるかどうかの確認のため、仲間を生贄として海へ突き落とすアデリーペンギンのような娘さんだ!
俺は心の準備が整う間もなく光の柱に飛び込むことになり、次の瞬間には光りの柱とは違う目映さに目を瞑る。
やがて目を開くと、景色は一変していた。
見上げれば抜けるような青空、見回せば足元ほどの草花が生い茂る草原であり、周囲にはぐるっと巨石が並べられている。
「ケインさん……! あ、無事ですね」
「ほら、問題ないじゃない」
俺に遅れレンとマリーがふっと現れ、そこからは一気、同行してきた面子が次々とこちら側――妖精界へと現れる。
夜が急に昼になったので、おチビたちはさっそく「おーおー」と感嘆の声を上げながらちょこまか動き回り始めた。
まあこれだけ見晴らしが良いのだ、迷子になることはないだろう。
そんなことを思っていたところ――
「ニャスポン君、ちょっと予定が狂いそうだ。なるべく早く陛下の元へ向かわないといけない」
先に来ていたヴィヴィが、知らない妖精をともなって俺たちのもとへやってくる。
「どういうことニャ?」
「リクレイドは今日僕が戻ることを予想して、陛下のもとを訪れることになっている。僕を交えての話し合いをするためってことらしいけど、そうなると状況を知らない僕は不利だ。早く戻って情報を得たい」
どうやらスプリガンが妖精女王に挨拶をしていったらしく、その際、ヴィヴィがいること、そしてレンの話から妖精界の状況を知ったことも告げたようだ。
それで女王はここのような、汎界と繋がる場所に迎えを配置することにしたのだが、リクレイドもまたスプリガンから情報を得ていたようである。
「もうちょっとのんびりしたかったけど、そういうことなら仕方ねーニャ、さっそく移動するニャ」
シセリアとスプリガンが来てしまっているのだから、こっちの情報をある程度把握されることは覚悟していたが……行動が早いな。
ちょっと先手を取られた感があるのは否めなかった。
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