第36話 化け猫は人を喰うもの

「……ッ!」


 これまでリクレイドの発言に噛みついていたヴィヴィが、ここで言い返せなくなって口を噤む。

 ヴィヴィの目的は妖精の印象の改善。

 気持ち的にはどうあれ、効率という面を考えるとリクレイドのやり方を完全には否定できないのだろう。

 なにしろ『リゾート地を造り上げる』だけなら、女王のミミちゃんも譲歩できるというのだから。


 それに、である。

 宿屋都市はもうできちゃってるんだから、いまさらヴィヴィが『妖精界で妙なことすんな!』と叫んだところで後の祭りなのだ。

 もはや話し合うべきは、世界宿計画に妖精界を巻き込むうんぬんではなく、どう折り合いをつけるか、つまり計画の進行をどこまで許すか、許させるか、という点になっている。

 ヴィヴィの意識は現状から一歩遅れてしまっているのだ。


 とはいえ、これを『妖精界に戻ることを怠ったヴィヴィが悪い』と断じてしまうのは可哀想だろう。

 それに、もしヴィヴィが留まっていたとしても、なんだかんだでうまく丸め込まれていたような気もする。

 妖精は人に悪戯するものだが、一方で悪い人間に騙くらかされてしまうもの。

 となると、だ。


「ここからの話し合いはあれだニャ。ヴィヴィにゃんにはさがってもらって、ニャーたちが受け持ったほうがいいニャ」


 なにしろ俺たちはリクレイドに対し『妖精界のリゾート地で我慢しとけ!』というスタンスだし、この主張は反対派の意見にも沿う。


「さがれって……。でもニャスポン君は――」


「いいから任せるニャ」


「で、でも、皆はともかくニャスポン君が……話し合い?」


「どういう意味ニャ」


 なんと失敬な。

 お前そんなんだからララの闇堕ちを許すんだぞ(確信)。


 そんな俺とヴィヴィのやり取りを、リクレイドはふてぶてしいまでに落ち着いた様子で見守っており、意外そうな素振りも見せない。


 もしかすると、そもそもリクレイドはヴィヴィを交渉相手と見ていなかったのかもしれない。

 にもかかわらずわざわざ足を運んだのは、ヴィヴィではなく俺たちが計画の障害になると考えたからではあるまいか。

 つまり下手に動かれる前に接触し、牽制しようとしたのでは?


「やっぱ先手取られてるニャァ、シセリア許すまじニャァ……」


 脅威と認識されるまでこっちの情報を喋った罪はあまりに重い。

 一週間おやつ抜きだ。

 そう俺が心に誓った、その時。


「ねえ、ちょっと妖精たちの撮影をしに行っていい?」


 急にマリーが勝手なことを言いだした。

 なんたる高慢か。さすがは竜、シルの妹だ、と俺は謎の感動を覚えたのだが、さらにマリーは言う。


「貴方たちも退屈でしょう? どう? 一緒に行かない? きっと楽しいわ」


 誘われたのは、それこそ退屈していたであろうおチビたち。

 おチビたちは『いいかな? 行っていいかな? 行きたいな』といった感じでちらちらもじもじ。

 つか、ここから先の話は世界宿計画に触れるわけで、そうなるとこの場にディアとラウくんがいるのはちょっと都合が悪い。

 つまり、マリーはこの話し合いに自分は不要と判断し、ならばと気を利かせてくれたのか。


「これからちょっと面倒な話し合いニャ。行くといいニャ」


 許可してやると、おチビたちはぱぁ~っと顔を輝かせ、先に歩きだしたマリーにいそいそとついていく。

 途中、ディアがリクレイドに両親を助けてくれたことについて「ありがとうございました!」と元気よくお礼を言い、ラウくんも「……りがと」とおずおず感謝を述べた。


「どういたしまして」


 そう告げ、苦笑を浮かべるリクレイド。

 計画が進めばいずれは呑み込まれてしまう『宿屋』の子供たちになにを思ったのかは謎だが、少なくとも嘲るような感じはしなかった。


 こうしてノラ、ディア、メリア、ラウくん、ペロ、テペ、ペルがマリーに連れられていき、最後にエレザが一応の監督役として同行。

 残ったのは俺、シル、爺さん、アイル&ピヨ、そしてレンだ。


「はぁ~ん、たまりません、たまりません、うにゃ~ん……!」


 あと、壁の向こうからマタタビにやられた猫娘の鬱陶しい嬌声が聞こえてくるのだが……まあ頑張って無視しようか。


「さて、仕切り直しとなったわけだが……どうしたものか。話し合うにしても、そっちはレンからの不完全な情報しか得ていないだろう? これでは認識の齟齬にいちいち議論が止まってしまう。かといってこちらのことをすべて説明するのは時間がかかる。ここはひとまずそちらが疑問をぶつけ、俺が答えるという形にしないか?」


「そこまでせんでええわい。一つ二つ、儂の質問に答えてくれたらそれですむからの」


 リクレイドの提案に、これまで静観していた爺さんが勝手に答えた。


「ではまず一つ。お主、招いたその『お客』たちに、計画の行き着く先は説明したのか?」


「まだだ。詳しい説明はあとでする」


「であろうな。世界中の人々の『家』を妖精界で受け持つ。そんなことを為政者が認めるとは思えん。自分が治める地の民が、夕暮れになると妖精界に消えるなど、認められるわけがない」


「だろうな」


「それがわかっていてもやるのか。まあ、攻めるにも場所が妖精界ではどうにもならんし、どうせ選別もするんじゃろう? であれば密偵や工作員を送り込むわけにも、仕立て上げるわけにもいかん。人々に『宿屋都市には行くな』と言うのがせいぜいじゃろう」


 まあ、神隠しみたいなもんだからな。

 宿屋都市へ行く奴を牢屋に放り込んでも、その牢屋から行ってしまうわけで、それが多数となればもう処置なしである。


「そもそも、まずお主が招くのは持たざる者。元より持たぬならばその居場所に未練などなく、脅すことも難しい。人は流れていくじゃろう。下から順に。そして宿屋都市を利用する者が一定の数を超えたとき、もう為政者は手出しできなくなる。おめでとう。お主は世の構造を変えることに成功するじゃろう」


 そう言って爺さんはにこにこ笑い――そして真顔になった。


「で、じゃ。二つ目の質問じゃが……神がそれを許すと思うか?」


 その質問。

 これが俺のいた世界なら負け惜しみでしかなく、『ほ~ん』で流されるようなものだが、この世界にはマジで神がいるとくる。

 さすがに神そのものは動かないが、それに近いものが干渉してくる。

 つか体験済みなのよね……。


 しかし爺さん、いきなりそんな質問を突きつけるとは。

 干涸らびても国王やってただけはある。

 そう俺は感心したのだが――


「問題ない。神は許す」


 リクレイドは毅然と言いきった。


「……本気でそう思っておるのか?」


「当然だ。でなければこんな大それたことは始めない。確かに俺の計画は世の構造を変えるだろうが、そもそも、世の構造がずっと今の形だったわけではない。俺は『さまよう宿屋』として各地を放浪するなか、未だ原始的な生活をおくる人々とも出会った。国などなく、定住地すらない、狩猟採集生活をおくる人々。それは俺たちのかつての姿にほかならず、もし、神が世の構造の変化を否とするならば、俺たちはまだそうであったはずだ」


 絶対の確信があるようにリクレイドは力強く語り、逆に爺さんは渋い顔になった。


「ついでに言えば、スライム・スレイヤーの騒動でも神の介入はなかっただろう? これも構造の変化だったからではないかと俺は思っている。飽くまで変化。ありもしない神の意図を妄想し、犬殺しに勤しんだような連中とは違う。これは改竄ではないのだ」


 ああ、爺さんがますます渋い顔になった。

 つかこの男、顔に似合わず弁が立つ。まさか爺さんがあっさり黙らされるとは思わなかった。こんな状況でもなければ、ついでとばかりに爺さんを煽ってやるところだが……爺さんの質問は俺もクリティカルだと思っただけに口を出せない。

 出せば『じゃあお前が質問せい!』と怒鳴られるだろうからな。


 とはいえ、このままやられっぱなしというのも癪である。

 たぶんリクレイドは真っ当に話し合っちゃダメな奴だ。

 それでは強みを押しつけられるだけになる。


 だから……ここは真っ当に話し合うのではなく、根本的なところを突き崩す、台無しにしてやるのがいいのだろうが……。

 ふむ、とりあえずいちゃもんつけてみるか。


「おめーの計画は『家なき者たちのための宿』ってのが根幹ということでいいのかニャ?」


「そう、人並みの生活をさせてやりたい。そちらの世界には『衣食足りて礼節を知る』という言葉があるのだろう? すべての家なき者たちが住む場所を、働く場所を得て、礼儀や節度をわきまえられるまで落ち着いたとき、世界はもっと良いものになるとは思わないか?」


「なるかも知れねーニャ。でもニャーはそんなことどうでもいいニャ」


 リクレイドはセーフネットを一人で構築しようとしている。

 さまよえる者にとっての寄る辺となれるように――。

 大層な話だ。

 実に大層な。

 だが。


「ニャーは異世界人ニャ」


「ああ、レンと同じ世界だな?」


「そうニャ。とっても文明が発達していて、色々便利で、例えば世界のどこかで起きた事件とか、起きている問題とか、そういうのを簡単に知ることができたニャ。それでニャーはときどき思ったニャ。ニャーに特別な力があって、そんな事件や問題を解決してしまえたらいいニャって」


「う、うん……?」


 これまでの流れを無視したような話にリクレイドも戸惑う。

 でもそれでいいのだ。


「ちょっと例を挙げるニャ。森に棲んでる熊が、食べ物が少なくて人里まで来るようになって、人が襲われる事件が多発したとするニャ。それで熊を退治したら、別の里に住んでる人たちが空腹の熊を殺しちゃうなんて可哀想って、被害を受けている里にさんざん文句を言って困らせることになったニャ」


「待て。里に来て人を襲うのだろう? 可哀想?」


「ニャーのいた世界では、動物を大切にしようって考え方があるのニャ。それでニャーは思ったニャ。その里に来る熊を、可哀想と言う人の家に瞬間移動させられる力があればいいニャって」


「瞬か、んん……?」


「これで熊は保護してもらえてお腹を空かせることはなくなるニャ。里は熊の被害がなくなるニャ。文句を言う人たちは信念に殉じることができるニャ。みんな幸せニャ。素晴らしいニャ」


「素晴らしい、のか……?」


「素晴らしいニャ。でもって、それをやりとげたニャーも素晴らしいニャ。誇らしくて気分がいいニャ」


「そ、そうか。気分がいいのか」


「いいニャ。――でも、結局はそれだけなのニャ。ニャーがせっせと熊を配達してることなんて知りもせず、世界は回るニャ。里の人も、熊も、文句言う人も、みんな幸せなのに、ニャーは気分がいいだけニャ。幸せにはほど遠いニャ。それでニャーは気づいたニャ。なんだと思うニャ?」


「まったく想像もつかん」


「世の事件やら問題やらを解決する力なんて本当はいらねーニャ。そんな大層な力じゃなくていいニャ。ニャーが健やかに好きかってやって幸せに暮らしていけるだけの力があればいいのニャ。世の人々のことなんて知ったこっちゃねーニャ」


「さてはゲスか?」


「ひどいニャ。ニャーはただ、自分の『今』が不満で叶いもしない妄想にちょいちょい逃避していただけだニャ」


「そ、それなら確かにゲスではなく……寂しい奴だな」


「哀れみはいらないニャ。でも代わりに答えてほしいニャ」


 なんだか疲れた顔をするリクレイドに、俺は問う。


「なまじ力のあったおめーは、いったいなにが不満でこんなところまで来ちまったニャ?」


 どうせお前もその『寂しい奴』なのだろう、と。

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