第30話 竜の姉妹の似たところ
「んふおぉぉぉっ! 頑張れ儂! 負けるな儂! まだ国を背負っておらんぶん気は楽じゃ! がっはっはー!」
レンとマリーが加わっての生活が始まってからというもの、爺さんの様子がちょっとおかしい。
いよいよボケてきちゃったのかな?
「貴方……あのお爺ちゃんにどれだけ迷惑かけてきたのよ」
「べつに迷惑かけたわけじゃないニャ。あれは心配性なだけだニャ」
爺さんが奇行に走ろうと知ったこっちゃないが、マリーが誤解して俺の印象がますます悪くなるのはちょっと困ったもの。
「冷静に考えてみてほしいニャ。レンが来て、使徒が二人になったことでなにか変わったかニャ? なにも変わらないニャ。日々は平穏そのもので、騒動が起きる気配すらないニャ」
「一人行方不明者がでてるけど?」
「それはニャーたちのせいではないニャ。それに行方不明というのは大げさニャ。ちょっと遠いところへお出かけして帰ってこられなくなってるだけニャ。子猫が登った木の上から降りられなくなったようなものニャ」
「なるほど……」
「うニャうニャ」
「そうやってとにかく話を逸らすのが貴方のやり方ってわけね」
「うニャ!?」
このように、俺はマリーにちくちくいびられながら妖精界へ向かう日の訪れを待っていた。
場所については、森の住居跡へ確認にいってヴィヴィに大丈夫と太鼓判を押されたので、あとは本当に満月を待つだけだ。
本来であれば、そのお出かけの日まで俺は探偵助手として日々この都市で発生している事件の調査にあたるところだろう。
しかし――
「妖精界はどうなっているんだ……? ララは……? 僕がもっと向こうに戻るようにしていればこんなことには……!」
肝心のヴィヴィが心配のあまり仕事が手につかず探偵業は休業状態。
結果、俺は暇を持てあますことになっていた。
始めこそ休日だとのんびりしていたが……ここで問題となったのはマリーの存在。
これまで通り居候してるだけなのに、ことあるごとに『いちゃいちゃしてる!』と俺とシルの仲を誤解し、それもあって積極的に俺をいびってくるのだ。
「しかたねーニャ、今日はちょっとぶりに冒険者ギルドへお仕事しにいってみるかニャ」
この思いつきをおチビたちは歓迎し、またレンとマリーも興味本位でついてくることになった。
その際、マリーはシルを誘ったが、シルは「嫌だ、ごろごろするんだ」とごねて外出を嫌がった。
するとである。
「貴方、よくも姉さまをここまで駄目にしてくれたわね! 家にいた頃はあからさまでも言い訳くらいはしていたのに! もうそれすらしなくなってるじゃない!」
「ニャニャ!?」
マリーは姉がすっかりぐーたらドラゴンになっていることを嘆き、それが俺のせいであると非難してきた。
居候させてもらっているからと、これまで甲斐甲斐しくシルのお世話をしていた俺に、それはあまりにもひどい言いがかり。
このマリーの敵意……これからどんなことを俺のせいにしてくるのか、もはやワクワクしてくるほどである。
この切ない一悶着のあと、俺はおチビたちと新しく加わったもふもふ三頭、それから見学のレンとマリーを連れ、これまで通り冒険者ギルドへお仕事に向かい、そのあとはどこからともなく行進に合流してきた子供たちを公園で遊ばせた。
そこで意外であったのは、シセリアがいないことを気にかける子供が多かったことだろう。
上手く踊れるからと子供たちにマウントをとっていた実に大人げない伯爵であったが、あれはあれで子供たちに親しまれていたようだ。
△◆▽
公園で適当に時間を過ごしたあと、俺は夕暮れ前に遊びを切りあげさせ、子供たちをそれぞれの家まで送ってやり、日が沈む頃にシルさん家へ帰宅した。
そのあとはみんなで居間に集まってのんびりである。
「貴方、意外と面倒見がいいのね。好んでやっているわけではないようだけれど……」
お出かけした甲斐があったのかなんなのか、マリーの好感度が微増。
ま、すぐに激減するんだろうけどな!
「それじゃあ夕食の用意をするニャー」
「あ、ニャスポンさん、お手伝いしますね!」
普段であればクーニャがまず声を上げるところだが、ここ数日はレンが率先して手を貸してくれる。
ちなみに、ニャスポン呼びはおチビたちが混乱する可能性を考慮してのもので、レンまでおかしくなったわけではない。
「レン、貴方って食事時になると生き生きするわね……」
「すっかり胃袋を掴まれてしまったからね! もしニャスポンさんが女性だったら結婚を申し込んでるところだよ!」
「物好きね……」
「それくらいニャスポンさんの存在はありがたいんだって!」
レン君、それナチュラルに俺をけなしてないか?
なんだか釈然としないが、それを言ってもしかたないか。
まだ短い共同生活だが、それなりにレンから自身のことを聞いた。
なんでもレンは十六のときに異世界トラックされて、それから五年間この世界で頑張ってきたようだ。
これまで幾度となく元の世界の食べ物を恋しがり、さすがにあきらめてきたところに俺と遭遇、五年の想いが大爆発したのだとか。
「深く考えず、魔法の才能を恩恵として貰ったことをちょっと後悔しているんですよね……」
そうレンは語ったが、レンが俺を羨んでいるところはすべてその魔法によるところ。なのでその後悔は見当違いなのではないかと指摘してみたが、レンはさらに言った。
「簡単に魔法を使えるようになってしまったことで、するべき苦労をしなかったことが問題だと思っています。僕だってなにも努力しなかったわけではないので、魔法で色々なことはできるようになりました。でもニャスポンさんと比べてみると、やっぱり僕はどこか浅いんですよ」
レンは自嘲気味に笑うが、俺としてはレンがストイックすぎるだけのような気がしている。
確固たるものがなければ『さまよう宿屋』の営業を続けることなどできはしないだろう。
しかしそれも、レンが言うには五年の異世界生活があって成長した結果、最初の頃は思春期の少年らしく漠然とした自信に突き動かされ、このファンタジー世界を楽しんでやろうと無謀なこともしたようだ。
「もともと旅行に興味がありまして、大学生になったら海外旅行とかして、世界の観光地とか宿を巡ったりしたいなと思っていたんです。でもそれが本気だったかと聞かれると、ちょっと怪しいんですよね……。なんとなく思ってるんですけど、もしかしてこの世界に飛ばされた僕たちのような人って、心の中にあった願望がちょっと暴走気味になるんじゃないですかね? そうでないと、冒険者登録していきなり野外に飛び出し、それで遭難した僕ってただの馬鹿じゃないですか」
このレンの使徒に対する考察は、使徒マニアである爺さんもハッとさせるものであり、また俺としてもそれが間違いだと否定できるものではなく、むしろ納得するところもあった。
でもって遭難したレンはそのときに二代目『さまよう宿屋』に遭遇して助けてもらい、以後は事情を説明して弟子入りしたそうな。
レンとしてはこの世界のあちこちを放浪しながら宿を運営するという『さまよう宿屋』が魅力的に感じ、また先代のほうはレンが知る異世界の宿に興味があったらしい。
「色々ありましたが、やっと趣味と実益を兼ねた『さまよう宿屋』を始められたのに、まさかこんなことになるとは……」
レンからすれば『さまよう宿屋』の経営は悠々自適の生活ということになるのか。
くっ、羨ましい……!
「あれっ、ニャスポンさんどうしてそんな怖い目に……!?」
羨望の眼差しをレンに怯えられた俺は、説明ついでに悠々自適な生活を目指しているがなかなか実現しないという愚痴を聞いてもらった。
するとレンは困惑する。
「……あの、もしかしてこれ哲学的な話ですか? 僕、最終学歴が中卒なんで、難しいこととか苦手なんですよ、すみません」
「なんで謝るのニャ!? べつに哲学でもなんでもねーニャ!」
同じ世界出身ということもありレンとは話が合うのだが、ときどきこんなふうに話が通じなくなることもあったりする。
もしや、これが世代間の溝というものだろうか?
△◆▽
夕食をすませたあとはまたみんなでのんびり。
やがて夜も更けてきて、おねむの時間となった。
相変わらず居候継続中のおチビたちは、居間に敷かれた布団に転がるとすぐにすぴぴーと眠りにつく。
俺にしがみついて寝ようとするのはなんとか落ち着いたが、もっと気温が下がってきたら再発するかもしれない。
それまでに人に戻れたらいいのだが……。
「子供たちは本当に寝付きがいいですね」
レンは自分の床に就きながら、今夜はどいつを抱き枕にしてやろうとニャンゴリアーズに品定めされているおチビたちを見て笑う。
この就寝の時間になると、居間でしばし起きているのは俺とレンくらいのものになる。
ではマリーはどこに泊まっているかというとシルの部屋だ。
まあこれは姉妹仲良くということで文句などないが、問題はマリーがいることで迂闊にシルを起こしにいけなくなったことである。
なにしろ、いつも通りに起こしにいったら窓から庭に放り捨てられたからな……。
ひどい、あんまりだ、と思う一方、まあ確かに、と納得できるところもあったりする。
これまではシルが緩すぎたのだ。
でもかといって起こしにいかないと、二人はいつまでも寝てる。
仕方がないので物怖じしないノラとディアを送り込むも、寝ぼけた二人に捕獲され帰らぬ人となってしまう。
これもうどうしろと……?
「困ったものニャ……」
「あ、マリーのことですか?」
眠気が訪れるまでの間、レンと会話をするのがここ数日の日課。
俺の呟きをちょっと勘違いしているようではあったが、考えてみれば概ねその通りなので「うニャ」と答えておいた。
「うーん、ケインさんからすれば理不尽ですよね……。僕もこれほど敵意を向けるとは思っていなかったので、ちょっと責任を感じています。なので……これはここだけの話として聞いてください」
と、レンは声を小さくして語りだす。
「詳しく聞いたわけではないのですが、マリーの話を総合すると、どうもシルヴェールさん、まだ幼い頃に竜の姿を人に恐れられたことがちょっとトラウマになっているみたいなんですよね。ああ、これはなにも、竜の姿になれなくなったとかそんな話ではなくて、ちょっとした心の棘というか、嫌だなーと思う、それくらいの話です」
「うニャ……?」
初耳である。
でも今は普通に竜の姿になったりして……あー、いや、そういえばシルと初めて会ったときは人の姿だったか。
そのせいで森に住む魔女かと思ったんだった。
「それがきっかけか、シルヴェールさんはあまり外出したがらないようになったそうで、マリーはそれを治そうと……いえ、乗り越えてもらおうとしたと言うべきですかね、ともかく外であった出来事を自慢したりと、なんとか興味を惹いて外に連れだそうとしていたんです」
どうしよう……。
森に住んでいる頃、シルがやってきて愚痴るといったら妹がなんか自慢してきてウザいって話だったんだけど……。
急にマリーが不憫になってきた。
「まあなんと言いますか……マリーはちょっと不器用なところがありまして、ええ、上手くはいってなかったようですね。ところが、ケインさんと出会ってからというもの、シルヴェールさんは自主的に外出するようになりました。こうなるとマリーは面白くないわけです」
「つまりマリーがニャーにつらく当たるのは、自分ができなかったことをあっさりとやってのけ、お姉ちゃんを奪われたと感じての嫉妬というわけかニャ?」
「そうなりますね。あと、お二人が予想よりもずっと打ち解けていたというのもあるのではないかと……。マリーとしては、ケインさんには感謝の気持ちもあると思うんです。でも嫉妬心を呑み込んで感謝できるほど大人ではないと言いますか……なんかすみません」
「べつにレンが謝ることはねーニャ。そういうことなら、これはもう気長に付き合うしかねーニャ」
「ありがとうございます」
マリーのために礼を言えるレンはずいぶんとお人好しだ。
きっとこのことについてマリーとも話をしているのだろう。
「しかしシルがそんなことを気にしてるとは思わなかったニャ。あれでけっこう人前で竜になってるから全然わからなかったニャ」
「それはー……だいぶ改善された、ということじゃないですかね?」
「そうかニャ? じゃあ、ニャーが森で生活していた頃、よく森から出て外の世界を見にいってはどうか勧めてきたのも、それがあってのことだったかニャ」
自分が出不精なのに人に勧めるとかおかしな話だからな、と俺は納得しかけたが、ここでレンが「あー」と納得したような、それでいてなにか残念がるような声を出した。
「やっぱり姉妹なんですねー」
「どういうことニャ?」
「シルヴェールさんが自覚していたかどうかはわかりません。でもたぶんこういうことですよ。ケインさんとなら行ける、シルヴェールさんはそう思っていたんじゃないかと……」
「うニャ?」
え、あれって誘ってたの?
なら素直に言えば……いや、当時の俺はそれでも断ったか……。
もしかして、森を出て再会したとき、あれだけ怒っていたのは俺だけ勝手に行ってしまったからというのもある?
なら……うーん、ちょっと悪いことをしたな。
なんとかうやむやにして、原因については教えてないし……。
これはいずれ説明したほうがいいかもしれないか。
そんなことを思いながら、俺はうにゃうにゃ眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます