第29話 シセリア戦線異状なし
通話の途切れ方が妙だったため、試しに折り返しの電話をクーニャにかけてもらったがいつまでたってもシセリアはでない。
そもそも繋がらないのであれば話はわかるが、繋がっていたものが急に途切れ、そのまま繋がらなくなるというのはやはり奇妙である。
「ヴィヴィ、ちょっと聞きたいニャ。妖精界には強力な力を持った怨霊とかいたりするかニャ?」
「いないよそんなの!? ああでも、古い妖精たちが怨霊と言えなくもないかな……? 面倒なことに、そいつらは新しい世代の妖精より強い力を持っているんだよね……」
「昔の人はどうやってそんなのを汎界から追放したのニャ? 何気に前から気になってたニャ」
「ああ、それは汎界にいる調停者たちが協力して追い出したんだよ。罪のない妖精もまとめてなんだけどね……」
調停者か、そんな存在が……って、あれ?
「もしかして、それって婆さん集団だったりするのかニャ?」
ふと脳裏に浮かんだのは、年齢が半分若返っても見た目が変わらず婆さんのままという大妖怪たちのことだ。
「婆さん? いや、僕は妖精界生まれで、それまで汎界に来たことはなかったから詳しいことは……」
「ああ、それはそうだニャ」
まあ調停者が婆さんたちであろうとなかろうと、今はどうでもいい話だ。
ちゃんと代替わりしているのだろうかとか、気にはなるけど今はおく。
「さて、これはどうしたものかニャ……」
なんだかホラーちっくに途絶え、そして繋がらなくなった電話。
俺の明晰な頭脳はこれをヴィヴィの言う古い妖精――便宜的に老害妖精と呼ぶが、そいつの悪戯なのではなかと推理した。
もしやシセリアに一波乱訪れる……?
俺は心配しそうになったが、考えてみればシセリアあるところに動乱あり。
つまりこれは正常な状態ということだ。
ならべつに問題はないな。
「シセリアは大丈夫そうだニャ。お待たせしたニャ」
俺は意識を切り替え、まず待たせていたレンに猫スマホがどういうものかを説明してやる。
「通話とカメラだけにしても、スマホまで再現するなんて……!」
「もしかしたらさらに機能を追加できるかもしれないけど、ニャーではちょっと無理ニャ」
チャレンジしてもいいが、きっと呪物スピーカーのようなことになって無駄にしてしまう気がする。
「充電とか写真の保存容量とかは謎ニャ。通話範囲も謎ニャ。魔界と汎界、今回のことで妖精界も大丈夫とわかったニャ」
「電話本来の機能が化物みたいに高性能ですね……」
「まだ予備があるからあげるニャ。感謝するがいいニャ」
「えっ、ホントですか!? うわー、ありがとうございます!」
「マリリンにもあげるニャ」
「おいっ……って、くっ、ありがたくいただくわよ!」
レンはめちゃくちゃ喜び、マリーもそれなりに嬉しそうだ。
「あとで試しに使ってみるといいニャ。それで、そろそろニャーを訪ねてきた理由を聞くニャ」
「あ! そうでした! まずそれを話さないといけなかったのに……すみません」
「謝ることはないニャ。色々あったニャ、しかたないニャ」
本当に色々あったと思う。
むしろ完全に話の腰をへし折ったのはスプリガンなので、謝るとしたらこちらかもしれない。
「もうなんとなく察しているかもしれませんが、僕としては先代の計画を止めたいと思っています。しかし言っても聞いてくれませんし、力尽くで止めようにも先代のほうが強いので返り討ちです。どうしたものかと困っていたところ、泊まりにきたマリーにケインさんが魔界の騒動を解決したと聞きまして、なにか先代を止める方法はないか、助言を貰おうと無理言って連れてきてもらったんです」
「なるほど、助言かニャ……」
ちょっと予想と違った。
てっきりその先代をぶちのめして、計画を中断させてくれとお願いされるとばかり思っていたのだ。
「レンよ、こいつに策を考えさせるのは悪手だぞ。悪いことは言わん、頼むのであればその先代をぶちのめしてくれとか、そういうわかりやすいもののほうがいい。策は駄目だ」
もー、なんかシルが失礼なことを言うー。
「そんなことないニャ。魔界の騒動だって、もうこれ統一させたほうが手っとり早いって考えたのは間違ってなかったニャ。その後の騒動はニャーとは関係ないニャ。それどころか被害者ニャ。あの犬嫌いの連中のせいでニャーはこの有様ニャ」
「たまたま上手くいった例を挙げられてもな……。それにその例からすると、お前は先代の計画を止めるどころか、推し進める可能性もあるということではないか」
「ニャ、ニャァ……」
あれ、今日のシルさんたらちょっと辛辣じゃない?
なんか機嫌損ねるようなことしたっけか……?
考えてもわからないので、とりあえずお高めの日本酒をでんと座卓に用意してみる。
「お前……私が意地悪で言っていると思っているだろう? 今回はお隣のこともあるし、あまり事を大騒動にしないようにと心配しているだけだぞ。まあそれはそれとしてこれは貰うが」
一升瓶はシルさんの魔法鞄にいないいない。
するとその様子を見たマリーがむっと顔をしかめる。
「またいちゃいちゃしてる……」
いや、いちゃいちゃではないだろう?
妹さんの目には俺とシルがどう映っているんだ?
頑張れば眼鏡も作れると思うけど……。
「まあ話はわかったニャ。でもなにか助言するにしても、ニャーは先代のことをさっぱり知らないから難しいニャ。これからレンから詳しく聞くにしても、それだけの情報では不十分ニャ。ここは会ってみる必要があると思うニャ。幸いなのかなんなのか、ちょっと妖精界へ行く用事ができちまったニャ。だから会って話を聞いてみるニャ」
「あ、ならそのとき紹介したい人がいます」
「誰ニャ?」
「初代『さまよう宿屋』であり、先代の育ての親にあたる人です」
「育ての親かニャ。その初代は先代のやってることをどう思ってるニャ?」
「よくは思っていないはずです。ただどう考えているか詳しくはわからないんですよ。これは初代が内緒にしているとかではなくて、先代が妖精界で過ごしてもらうために連れていってから、ほとんど会う機会がなくなってしまったので詳しい話は全然できていないからです」
「それでもよく思ってはいないと判断できるのかニャ?」
「先代の暴走が始まる前から、初代は先代のことを心配しているようだったので……」
「なら初代も先代を説得しようとしているはずニャ。それでも止まらないとなると、いよいよ暴走してるニャ。これもう説得無理なんじゃないかニャ? 殴って止めるニャ?」
「え……。そ、そうなります? いざとなったらもうそれしかないかもしれませんが……先代、けっこう強い人ですよ? 現役で王金級冒険者ですし、そこにシルキーが取り憑いてより強化されているんで、もうこの世界でも有数の強者になっているんじゃないかと……」
「大丈夫ニャ。もしニャーより強くても、戦ってればそのうちニャーのほうが強くなるニャ」
「そ、それは頼もしい話ですけど……すみません、なんか痛い思いをしてくれってお願いするようなことになってしまって……」
「気にしなくてもいいニャ。ニャーは森ねこ亭で世話になってるから、まったくの無関係ってわけでもないニャ」
先代『さまよう宿屋』が志す者であることは間違いない。
同じく志す者である俺としては応援してやりたいが……今回ばかりはその志を挫く側に回らなければならないようだ。
「ひとまずは満月待ちニャ。でも満月っていつニャ? ヴィヴィはわかるかニャ?」
「そうだね……だいたい一週間ほどあとになるね」
一週間ほどか……。
うん、シセリア頑張れ。
「ということニャ。それまでレンはどうするニャ?」
「この都市に滞在するつもりです」
「なら……シルにゃん、レンをここに泊めてあげてもいいかニャ?」
「まあかまわんよ。いつもマリーが世話になっているからな、たまにはこちらがお世話をせんとな」
「ありがとうございます!」
「むっ、なら私も泊まるわ! 姉さま、いいわよね!」
「もちろんだ。たっぷりこの家の自慢してやるからな」
なんだかシルは悪い顔に……。
これまでマリーにあれこれ自慢されたので意趣返しか。
まあともかく、こうしてシルさん家に居候が二人増えた。
で、その夕方だ。
「はわわわ、使徒が二人に……! やだ、わし、こわい……!」
学園から帰ってきた爺さんにレンが挨拶したところ、なにやら怯えてぶるぶると震え始める始末。
まったく、相変わらず失敬な爺さんである。
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