第10話 ヨシ!

 冒険者ギルドでお仕事とはいっても、やることはいつもの薬草納品でしかない。

 しかし考えてもみてほしい。

 どこの世界に薬草を納品する猫がいるというのか。

 そう、これは地味ではあれど、実に『猫らしくない』行動なのである。

 昔、目覚めたら枕元にネズミの死体が転がっていたりしたが、あれは納品ではない。

 決してない。

 あれはいわゆる寝起きドッキリというものだ。


「しゅっぱーつ!」


『おー!』


 ノラのかけ声に、元気よく応じるおちびーズ。

 お仕事だから遊べないよ、と誤魔化そうとしたが、これまで一緒に冒険者ギルドへ通っていたんだから効果なんてなかった。


 おチビたちと距離をとるつもりが、昨日と一緒というこの不思議。

 クーニャのほか、散歩と勘違いしたフリードやシセリアもついてくるので本当に一緒である。


 こうなっては仕方なく、あきらめの境地でみんな一緒になって『おれ、ねこ』を歌いながら冒険者ギルドへ向かう。


 するとやはり、ふらふら引き寄せられてくる余所のお子さんたち。

 服を着ようと、人の言葉を話せるようになろうと、俺がお子さんホイホイであることは相変わらずのようだ。


 それでふと思い出したのは、なんか笛吹きが子供たちをどこかに連れていく話。

 あれは……確か、みんなでネズミの国へ行ったんだったかな?

 ネズミの国――きっとそれは遊園地的な夢の国、魅惑のパラダイスなのだろうが、あいにく俺が向かうのは、世の爪弾き者たちがたむろする人生の終着駅みたいな冒険者ギルドなのである。

 すまんな、子供たちよ。



    △◆▽



 吸い寄せられてきた子供たちと遊んでやるのはひとまず後回しにして、まず俺は冒険者ギルドでお仕事だ。

 なんだかんだで久しぶりの訪問となった第八支部はやはり相変わらずのボロ屋であり、「ねこしゃんねこしゃん」と俺に夢中になっているあどけない子供たちがいるのは相応しくない。


「ニャーはお仕事してくるニャ。みんなは外で待ってるニャ」


 おチビ分隊はノラたちに任せ、クーニャを伴って俺はギルドの中へ。

 なんかテペとペルがおまけについてきちゃったが、以前はペロが入り浸っていたので問題はないだろう。


「お邪魔するニャ」


 挨拶は大事。

 それは人としての絶対の礼儀であり、猫には――ってあるわ。

 猫にも挨拶あるわ。

 基本、鼻先をくっつけてくる行動がその挨拶だが、慣れてくるとこっちの顔を見て「にゃん」と一声鳴くくらいしてくる。

 やれやれ、挨拶程度で猫を超越できはしないということか。


『……』


 俺が訪れると、ギルド内に妙な緊張感が生まれるのはいつものこと。

 それまでにぎわっていたのに、ボリュームダイヤルをぐりっと左に回したようにすうっと喧噪が消えるのだ。

 しかし、今日はいつもと様子が違う。

 普段ならよそよそしい態度を見せる冒険者たちが、今日は頭に『?』を浮かべてきょとんとしているのだ。


「お仕事にきたニャ」


『???』


 皆が浮かべるハテナが増えた。


「ひかえなさい。こちらに御座すお方は、ニャザトース様の使わした使者にして、かの尊きお方、『千の寝相』たるニャルラニャテップ様にも認められた偉大なお方、ニャスポーン様であらせられます!」


『??????』


 クーニャの説明により、さらにハテナが増加する。


「クーニャ、無駄な説明が多いニャ。みんな混乱するニャ。ニャーがケインってことだけわかればいいニャ」


「むう……そうですか」


 ケインを名乗ったことで、静まっていたギルド内がざわっと。


「〈猫使い〉が猫そのものに……?」


「猫が猫を操るのか、いったいどうなってるんだ……」


「自分自身が猫になることが〈猫使い〉の真の姿だと……?」


 なんか勝手なことを囁き始めているが……連中は俺が『ケイン』であることを認識できるようだ。

 それとも、これから徐々に『ケイン』よりも『猫』のほうに意識を持っていかれてしまうのか?


 気になるところではあるが、今は仕事が最優先。

 未だ唖然としている者たちに簡単な説明をするようクーニャに言いつけ、俺はいつものお仕事掲示板へ向かう。

 するとそこには、俺の訪問を待ちすぎた結果、冒険者ギルド内にお仕事スペースを確保して書類仕事をしている錬金術ギルドの職員がいた。

 もはや奇行の類だが、今の俺には都合がいい。

 掲示板には依頼が書かれた薄い木の板がピンで留められており、これを猫の手で取るとなると困難が予想されるからだ。


「喜ぶニャ。今日は大盤振る舞いニャ。納品してほしい薬草をお前が選ぶといいニャ。まとめて納品してやるニャ」


「お、おお……? おお! それはありがたい!」


 お目当てのものを得ることに比べれば、俺が猫になっていることなど些末なことのようで、錬金ギルド職員はあれこれと薬草を指定。

 俺はその薬草を『猫袋』から出して確認してもらい、それが終わったところで一緒に受付へ向かう。


「ケインさん……なんですか?」


「そうだニャ……。でも、なにも好きで猫になったわけじゃないニャ……。おまけに戻れないのニャ……」


 応対してくれるコルコルの表情は、いつもにも増して不機嫌そうに見えた。

 おかしい、ちょっと猫になってるだけで、なにも迷惑をかけているわけではない。

 それなのに、なぜコルコルの機嫌は悪いのか。

 こうして納品もいっぱいする。

 ギルドにとっては良いお客さんなのでは……?


 刺激しないように気をつけつつ、錬金ギルド職員に依頼内容と納品数を伝えてもらう。

 依頼者が直に確認しての報告なので問題などあるわけもなく、コルコルは険しい表情のまますみやかに手続きをおこない、最後に書類を一枚、俺の前へ。


「では、こちらにサインを」


「んニャ?」


 あれ、困ったぞ。ペンが持てない。

 どうしよう、ここは正直に……ってコルコルの俺を睨む目が怖い。

 食い入るように見つめているとはこのことか。


「うにゃっ、んにゅっ、こいつ、手強いニャ……!」


 俺は大人しくサインに挑戦するしかなかった。

 なんとかしてペンを持とうとするが、これが実に難しく、何度も何度もカウンターの上、コルコルの前でペンをコロコロさせてしまう。


「……! ……!? ……ッ!」


 い、いかん……ふざけてると思われたか、コルコルがますます厳めしい表情になって怒りのあまりぷるぷるし始めている!


「……お、怒ってるニャ?」


「べ、べつに怒ってません!」


 明らかに怒っているんだが……。

 そりゃでけえ猫がわたわたどんくさいことやってれば『さっさとしろ!』と思うかもしんないけど。


「誤解してるニャ。ニャーはべつに遊んでるわけでも、ふざけてるわけでもないニャ。これでも真面目なんだニャ。大目に見てほしいニャ」


 くそっ、これ以上コルコルの機嫌を悪化させないためにも急がねば。

 俺は懸命に両手を使ってペンを挟み、なんとかサインを試みる。


「うにゃにゃにゃ……にゃ! やったニャ! できたニャ! 字が汚いのは許してほしいニャ!」


「く、くっ、うぐぐぐ……!」


 コルネががくがく震えているが……これはOKなの?

 ぎりぎりOK?

 それともぎりぎりアウトなの?


 はらはらして見守っていたところ、コルコルは大きな深呼吸を繰り返し始め、感情を己の意識下に取り戻そうと試み始めた。

 そんなキレることってある?

 もしかして猫嫌い?


 不安を抱きつつ大人しくしていると、深呼吸を終えたコルコルはいつものキリッとした表情になって、ぎりぎりOKだったらしく報酬を用意してくれた。

 今日はたっぷり納品したので、小ぶりではあれど金貨と銀貨のタワーができている。

 俺はこれをさっそく手に取ろうとして――


「ニャ?」


 ザララーとタワーを倒壊させてしまった。


「これはうっかりニャ。ちょっと待ってほしいニャ」


 怒りを押し込めているコルコルの手前、ここでもたくさして余計な刺激を与えるわけにはいかない。

 しかし焦ったのがまずかったか、掴むことに向いていない俺の前足は硬貨にカウンターからの大脱走を許すことになった。


「わざとじゃないニャ! 許してニャ!」


 床に散らばった硬貨を、あせあせと拾い集めようとする。

 もちろん、わざわざ拾わず『猫袋』に収納してしまえば早いのはわかっているのだが、それでは猫である自分に負けた気がするのだ。

 ここはなんとか『落ちたものを拾う』という猫らしからぬ行動を示してみせたい……!


「やったニャ! 拾えたニャ!」


 なんとか金貨一枚を両前足で挟んで掲げる。

 しかし喜んだのもつかの間、肉球プレスの力加減が上手くいかず金貨は滑り落ち、俺のおでこにコツンと当たってからまた床へ。


「なんでニャー!」


「ぐふっ」


 と、ここで異変が。

 コルコルが胸を押さえ、ばたーんと倒れてしまったのである。


 もしや……具合が悪いのをおして仕事をしていたのか?

 おお、こんなギルドにも関わらず、なんという職業意識の高さであろうか。


「落ち着くニャ! ニャーはこう見えても応急処置の心得があるニャ! 任せるニャ!」


 感銘を受けた俺は、あたふたするコルコルの同僚たちに告げると受付側に入らせてもらい、仰向けになっているコルコルの横にお座り。

 でもって、まずは右前足をコルコルのおでこに、それから左前足を自分のおでこに当てて熱の具合を確認する。

 が――


「これわかんねーニャ……」


 コルコルのおでこに肉球を当てたのはまあいいが、俺のおでこは毛に覆われ、さらにあってないようなもの、自分とコルコルとの差異など確認したところでそれがなんの役に立つのか。


「がはっ……!」


 熱の確認すらできないという事実。

 己の肉球を眺めながら愕然としていたところ、コルコルの病状が悪化した。


「わふ?」


「うぉん!」


 ここで苦しむコルコルを心配したか、近くにいたテペとペルがコルコルのほっぺをぺろぺろしたり、顔をすりすり擦りつけたりと、懸命に自分たちなりの介護を始めた。

 で――


「あがががが……!」


 さらに症状悪化!

 ど、どういうことだこれは……。

 もしやコルコル、犬や猫にアレルギーが!?


「ずるい……! こんなのずるい……!」


 コルコルはなにやらうわごとを繰り返してびくびく。

 これはいよいよマズいか……?


「様子がおかしいニャ! こうなったら――」


「あの! すみません! これくらいで勘弁してあげてもらえませんか!」


「これ以上はコルネに酷ですから!」


「戻ってこられなくなってしまいます!」


 魔法で治療しようと思ったところ、同僚さんたちに止められる。

 詳しいことは教えてもらえなかったが、どうやらコルコルは危篤というわけではなく、しばらく休めば症状は改善されるようだ。


 俺としては元気になるまで見守りたかったが、同僚さんたちに『それはやめてくれ!』と拒絶されてしまったため、後ろ髪(ねえけど)を引かれつつ冒険者ギルドをあとにするしかなかった。

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