第8話 恥知らずのシリウス
や、やべえ!
やべえぞこれ!
猫に『適応』なんて考えもしなかった!
最近、めっきり活躍の場がなくなっていた『適応』さんに、まさかこんな落穴があったとは……。
この俺の聡明な頭脳をもっても想像だにできなかったわ!
でもさ、これって仕方なくね?
まだ移住先へ訪れてもいない段階で『俺はいずれでけえ猫になってしまうかもしれん……!』なんて予想するわけないだろ。
つまり俺は悪くねえ。
しかし俺が良かろうが悪かろうが『適応』による猫化は待ったなしだ。
これは一刻も早く対策を立てなければならない。
一番の解決法といったら俺が人の姿に戻ること。
んなことはわかってる。
それができないから困っているわけで、たとえ時間経過で戻るにしても、恐るべき仮説が登場した今、もうそれを待っていられる状況ではなくなってしまった。
だから、なにかしらの対策が必要なのだ。
△◆▽
秋の訪れを感じるものといったらなんだろうか?
きっと人により違うのだろうが、俺の場合は涼しくなってきたからよく日の当たる場所で日向ぼっこを始めたものの、秋の日差しの眩しさはいかんともしがたく、むぅとしかめっ面になっている猫である。
爺さんに自分が危機的状況にあることを気づかされた翌日早朝、俺はシルさん家の縁側にて、まさにそのしかめっ面で日向ぼっこ中のニャンゴリアーズに混じってにゃごにゃご唸りながらあれこれ考えていた。
しかし解決策はまったく思いつかず、それどころか――
「なんだ、かまってほしいのか? まったく、仕方のない猫だなお前は。こいつめ、こいつめ、実にけしからんもふもふだ!」
と、シルが俺を罵りながら撫で繰り回すので、おちおち思索にふけることもできない。
ただそこに居ただけなのに、飼い主に謎の罵倒をされながらいじり回される猫ってのはこんな気持ちだったんだな、と俺は猫への理解が深まることになった。
これはむしろ状況の悪化であろう。
このあたりで、俺は一人で考えても埒が明かないと理解し、学園へ出勤しようとしていたヴォル爺さんを相談役に確保して緊急会議をおこなうことにした。
会議の場は、今や俺の住処となったシルさん家の居間。
座布団の上にちょーんとお座りして爺さんと対面する俺の隣にはちょいちょいちょっかいをかけてくるシルがおり、反対側にはせっせと記録を取っているクーニャがいる。
べつに議事録とかそんなものではなく、神殿に提出するための、いつもの『ケイン観察レポート』だ。
最近は『ニャスポーン観察レポート』に題名が変更されているらしいが。
「身も心も猫になってしまうかもしれない? うーん、それはどうだろう、私には完全な猫になってしまうとは思えないが」
ひとまずクーニャ経由で俺の置かれた状況を説明したところ、飽きもせず俺をなでりなでりしていたシルが言う。
「おそらく、猫の姿に適応した精神構造というか、猫の姿でいるのが自然な感じになるよう精神が変化するのではないか? つまり、この現状がまさにというわけだ。もしかすると、実はすでに『適応』していて、いざ人の姿に戻ってみたら違和感を感じるようになるかもしれない」
「のぁんのぁんにょうおうぉー……」
「不安になるようなことを言わないでいただきたい、と仰っています」
他人事なのはわかるが、もっと親身になってくれてもよいのでは?
居候の身ではあるが、そもそもこの家を建ててやろうとしたのは俺だし、あれこれ身の回りの世話をしてやっているのも俺、シルにはそのあたりのことをよ~く考えてもらいたい。
「あと、すっかり『適応』したなら、人に戻れるようになるという可能性もあるのではないか? 今は中途半端だからこそ、戻ろうと思っても戻れないのかもしれない。ほら、ペロも狼に戻れなくなっているだろう?」
なるほど、その可能性は否定できないものだ。
「しかし……正直なところ、私はそのもふもふが失われるのは惜しいよ。悔しいが、私はすっかり依存してしまった。朝起きて居間に転がっているお前をもふもふすると、今日も頑張ろうという気になれるのだ」
「ふしゃー!」
俺は
さすがに怒った。
お前この数日、家にこもって酒飲んでごろごろしてただけだろうが。
なにを頑張るんだよなにを。
「それに、お前が人に戻ったら子供たちがひどく残念がるだろう」
「んなうー(それなー)……」
わかっている。
わかってはいるが、でもね、そこはあきらめてもらいたい。
この会議、おチビたちが課題に取り組んでいる隙をみておこなわれている。
いれば俺は猫のままでいいと騒ぐだろうし、むしろ猫になりきってくれとか言いだしそうだ。
おチビたちは、ケインを生贄にニャスポンを完全召喚したいのである。
「まあ今のお前は以前のお前の上位互換だからなぁ……。特に見た目の愛くるしさともふもふが大きい。あまりにも」
かつての俺をディスるのはやめていただきたい。
努力して過去の自分を超えたとかそんな話ではなく、べつに頑張ったわけでも、気に入っているわけでもないニャスポーン以下と判断されるのは屈辱とは言わないまでも釈然としないのである。
だがまあ、客観的に考えると、シルの言うこともわかってしまうのが悲しい。
ある日、友好的なでっけえ猫が現れて、あんなことやこんなことを不思議なパワーで叶えてくれるとなれば、そりゃお子さんなんて一発でめろめろになってしまうに決まってる。
これで俺が元に戻ったら、おチビたちは深刻なペットロス(ペットじゃねえけど)に陥るのではあるまいか?
どうだろう。
うーん、落ち込みはするだろうが、すぐに新しく面白いものを見つけて元気になりそうな気がする。
大丈夫そうだな。
おチビたちの反応は気になるものの、結局それは元に戻れる目処が立ってから考えたらいい話だ。
今はまず人の姿に戻るためにはどうすればいいか、である。
俺は話の軌道修正がてら、黙って考えていた爺さんに意見を求める。
「猫になったお主は大人しいからのう。むしろ猫のままでいてもらった方が儂としては好ましい状況じゃ。しかし、ほれ、魔界の森でオルヴァイト殿が予見した『混沌』に対抗できるかという問題がなぁ……」
ひどくひどく、本当にひどく残念そうに爺さんが言うのを聞き、シルは「あー」と納得。
「オルヴァイト殿は此奴に自らの混沌を高めよと言っておったが……いやまあこれ充分に混沌なんじゃがな? しかしいくらなんでもコレで立ち向かうっちゅーのは無理じゃろ? それにの、いくら大人しくなったとはいっても、やはり此奴は此奴じゃから不安が残る。せめてシャカ殿が舵取りをしてくれるなら安心のしようもあるが、シャカ殿の意識はないまま、これはよろしくないじゃろう」
この爺さんの発言により、『猫も悪くないんじゃない?』的だったシルも考えを改めた。
こうして意見は『ひとまず俺を元に戻そう!』とまとまる。
ならば――
「うにゃーん、にゃにゃんごにゃー」
「いっそのこと、魔法で人の姿になってみようか、と仰って――」
「や・め・ろ!」
「うにゃ?」
「や・め・ろ!!」
「うにゃー……」
爺さん、即座の猛反対。
「やめろ、やめろよ? 本当にやめろ! お前は首の後ろに手を回して、首根っこをつまみあげて自分を持ち上げられるか? できんじゃろう? これはつまりそういうことじゃ。それにお主の魔法制御能力は確かに向上したかもしれん。しかしな、武器自体に罪はないように、魔法自体にも罪はない。要は使い手次第。儂の言いたいことがわかるか? そもそもお主、能力が上がったからとやったことがニャルラニャテップ様の召喚じゃぞ!? 制御の問題ではないんじゃ。その魔法を使おうとする者の精神の問題なんじゃ。優れた魔法制御能力で、なんだかよくわからない魔法を、なんだかよくわからないことになっている自分自身に使うなんぞ、そんなのは自殺――いや、自爆行為以外のなにものでもないんじゃ! 少しは巻き添えをくらう者の気持ちも考えんか!」
めっちゃ早口で捲したてられた。
遺憾である。
真に遺憾である。
これはもうやるしかねえ……!
「な、なんじゃ! なんじゃその猫が用を足しておるときのような無駄にキリッとした顔は……! や、やめろ、やめろ! やめてくれ! 頼むから! 頼む! なんなら謝る! 謝るから! これまで怒鳴って悪かった! この通りじゃ!」
「なぁーうー(よかろう)」
爺さんのマジ謝罪に溜飲を下げた俺は、ひとまず『なんとなく人の姿になる魔法』を発動させる試みをひとまず保留とした。
「焦らせおって……。では、さしあたりどうするか、これを考えるぞ。元に戻る方法を見つけだすのが最終目的になるが、それまでにどれほど時間がかかるかわからん。ならば『適応』の進行を阻害するべく、なにかしら対策をとるべきじゃろう」
もっともな提案。
そうそう、こういう感じでいいのだ。
余計な罵倒はいらないのである。
「具体的にはなにをするかじゃが……これは『猫らしくない』行動をとってみるのはどうじゃろうか。それで……」
うーむ、と爺さんは俺を眺めながら考え込み、そしてふと思いついたように言う。
「お主、素っ裸じゃろ。まずは服を着てみてはどうじゃ?」
「にゃにゃ!?」
そうだ、考えてみれば俺ってずっと素っ裸だった!
愕然とした。
どうしてそれに気づかなかった?
文明人たるこの俺が、ずっと『
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