第7話 ニャーメルンの歌うたい

 肩車チャレンジが終わり、ようやく散歩へお出かけだ。

 参加者はノラ、ディア、メリアに、ラウくん、ペロ、テペ、ペルで、ここに『散歩? 散歩なの? ならボクも連れてってよぉ~!』と必死のアピールをしてきたフリードが加わる。

 あとは俺の通訳にクーニャ――と、これで全員かと思いきや、ここで思わぬ飛び入り参加が。

 シセリアである。


「二日酔いという瀕死のなかで、私は人生を見つめ直しました」


「???」


 いきなり現れて、こいつはいったいなにを言っているんだろう。

 そもそも初めて出会った時がまさに『瀕死』だったような……。

 あの時ではダメだったのだろうか?


「このままでは死ねない、そう思ったんです。私には、まだやりたいことがたくさんあるって。それで、なんだかよくわからない出世のことを気に病んでいても仕方ないってわかったんです」


 いや、『なんだかよくわからない出世』ではなく、世間的にはマジもんの英雄らしいのだが……。


「私はもっと人生を楽しまなければなりません! だって、私は生きているんです! 美味しい物を食べられるんです!」


「なーうー(まいったなぁ)……」


 人生初の二日酔いをへて、シセリアはなんか悟ったらしい。

 まあだからとなにかが変わるわけではないだろうし、これで一応前向きにはなったようなので良いことなのかもしれないが。


「とはいえ、ですよ。私は陛下からそれなりの地位を授かったわけですから、ただ人生を楽しむことばかりに一生懸命でいるわけにはいきません。伯爵という地位に相応しい働きをすべきなのでしょう。しかし、そうなるとやっかいな問題があります。ケインさん、わかりますか?」


「にゃうにゃ(しらんがな)」


 覚醒したシセリアは、なんだかもったいぶり屋さんになってしまってやや面倒くさい。

 でもちゃんと『ケイン』と呼んでくれるので、もうちょっと付き合ってあげる。


「……ふむ、わからないようですね。ではお答えすると、私はこれまで特になにもしないまま勝手に出世してきてしまったので、高い地位に相応しい働きというものがまったくわからないのです!」


 それは『やっかい』というレベルの話か?

 致命的な問題なのでは?


「私は考えました。やるべきことがわからない。なら、まず自分ができることから始めてみてはどうだろう、と。すると閃いたんです。そもそも私は、ケインさんの御用聞きみたいな感じで一緒にいることになったじゃないですか? ならまあ、とりあえず、伯爵としてやるべきことが見つかるまで、ケインさんについてればいいんじゃないかって。ほら、これなら仕事はしてるって面目も立ちますし」


「……」


 俺は未だに、シセリアという娘を正確に評することができない。

 思考はわりとまとも寄りだと思う。

 勝手に与えられた(?)地位に胡座をかくことをよしとしない潔白な精神を持っているし、望まずとはいえ命ぜられた伯爵に相応しくあろうと行動を起こした。

 そこまではいいんだが……その『行動』が極端にしょぼいというのは……。

 つかこれ、散歩だからとついてくるだけじゃねえか。

 ぶっちゃけフリードと同じだぞ、この伯爵。



    △◆▽



 出発際に変な覚醒した変なのが加わったが、まあともかく散歩である。

 目的地はいつもの公園。

 俺は両前足をノラとディアにしがみつかれ、尻尾はラウくんが握り、ラウくんの空いた手をペロがとっている。

 テペとペルはかつてのペロがそうだったように、あっちいったりこっちいったり。

 でもって楽しみはしたが、結局にゃんこ肩車の夢破れたメリアは大人しくフリードのリードを引くことに。


「フリード、ゆっくりよ! もっとゆっくり!」


「ワフン!」


 メリアは構ってもらえるのが嬉しくて仕方ないフリードにぐいぐい引っぱられて先行ぎみだ。


「ねえねえニャスポン、お歌うたってー?」


 道行く人に『……? ――ッ!?』と二度見されつつ向かう公園への道すがら、ノラが唐突な無茶振りをしてきた。


 なんでまた歌なのか。

 そう疑問に思ったが、ふと魔界で一曲歌っていたことを思い出した。

 あのとき、自主的に拍手を贈ってくれたのはおチビたちだけで、ならまあ歌ってやらねばなるまいと、俺は熟考の末に『おれ、ねこ』を選定してさっそく歌い始める。

 ただこの歌はすごく短いため、俺はおチビたちがせがむまま延々と繰り返し歌うことになってしまった。

 そして公園に到着したところで気づく。


「んにゃ!?」


 なんか知らないお子さんたちがついてきちゃってる!


「ねこしゃんねこしゃん!」


「さわっていーい?」


「ねこちゃん、あそぼー?」


 数は八人、年齢はだいたいラウくん前後といったところ。

 どうやらこの子たちは、歌いながら行進する俺たちに吸い寄せられてしまったようだ。

 まだ現実と幻想の区別が曖昧なお子さんの前に、楽しそうに歌いながら行進する猫なんて現れようものなら、そりゃあふらふらとついていってしまうことだろう。


 ええい、仕方ない。

 こうなったらちょっとは遊んでやらねばなるまいと、俺はお触り会を催したり、みんなで俺を捕まえるという変則鬼ごっこを始めたり、お歌を歌ったりした。

 もうほとんど幼稚園の先生である。

 きっと俺だけだったら対処しきれなかったことだろう。

 わりと子供の扱いに慣れていたクーニャには助けられたし、あと精神が子供と大して変わらないのか一緒に仲良く遊んでいたシセリアにも一応は感謝せねばなるまい。


 が、しかしだ。

 そろそろ帰ろうとなったとき、問題は明るみになった。


「おうち……? わかんない……」


「ここ、どこー?」


 なんと全員迷子である!


「にゃうー(マジかー)……」


 子供たちはつい俺たちについて公園まできちゃったから、自分の家がどこにあるかわからないと言う。


 犬のお巡りさん、犬のお巡りさんはいませんか……!

 一応、犬はいるが『お巡りさん』は……さすがに無理かぁ……。


「ふぇぇ、おかーさーん……」


 夢から現実に引き戻され、自分が迷子になっていることがわかった子供たちは、連鎖反応を起こしてめそめそし始める。


「ありゃま。みんな、泣かないでください。大丈夫ですからね。――ってケインさん、こういうときはお菓子です。お菓子出してください。ひとまずそれでしのげます」


 シセリアに指示されるのは少々癪であったが、これで大泣きされるといよいよ収拾がつかなくなるので、俺はせっせとお菓子を用意。

 するとシセリアはそのお菓子をもしゃもしゃと頬張り、子供たちに「とっても美味しいお菓子ですよ!」とアピール。

 アピールだよな?

 でもってお菓子を配り始め、子供たちの感情のダムが決壊するのを食い止めた。


「あまーい!」


「おいしー!」


「ねこちゃん、おねえちゃん、ありがと!」


 今泣いた烏がもう笑うとはこのことか。

 異世界産のお菓子の美味しさに、迷子の不安も吹き飛んで子供たちはにこにこ。

 とはいえ、これは問題の先送りでしかなく、すぐにまた不安がぶり返してしまうだろう。

 なんとか今のうちに解決法を考えねば。


「ニャスポーン様、どうしましょう? 一度、神殿に連れていって、手分けして家を見つけてもらいますか?」


「なごなごなーん、のあんあーん(それはよそう。よけい恐がらせるかもしれん)」


 これでもう夕暮れというのであればその手段も考えるが、幸いなことにまだ時間はある。

 なにも都市中から集まったわけではないのだ。

 俺たちが公園までやってきた道の近くに家があるのは間違いないのだから、確認しつつ引き返し、付き添って家に帰してやればいい。


 というわけで、俺はおチビ分隊を率いて公園を出発。

 お歌をせがまれたが今回は却下だ。

 これでまた歌を歌おうものなら、楽しくなった子供たちがそのまま森ねこ亭までついてきちゃう可能性がある。


 まあこれくらいの人数なら、シルにお願いして庭に簡易の宿泊施設を用意するなりとなんとでもなるが、幼い子供が帰ってこないとなればそりゃあ親御さんは心配するわけで、勝手にお預かりするわけにはいかない。

 下手すると『子供を誘拐する極悪なドラ猫』なんて噂が立ってしまうかもしれず、これっぽっちも悪いことなんてしてないのに、いくらなんでもそれは切ないのである。


 結論から言うとこの作戦は功を奏し、子供たちをそれぞれ家に送り届けることができた。

 しかし問題もあって、ようやく家に帰した子供が「ねこちゃんいっちゃやだー!」と泣くのである。

 たった数時間でどんだけ懐いてんだこいつら。

 しかし泣かれようとその家の子になるわけにはいかない俺は、お菓子をあげつつ『きっとまた会えるよ!』と誤魔化して撤退した。

 ああ、ちくしょう、なんでこんな苦労を。

 いったい俺がなにしたってんだ。



    △◆▽



 日がだいぶ傾いた頃、すっかり精神的に疲弊した俺はやっとこさシルの家に戻ってくることができた。


「いやー、今日はよく働きました! 晩ご飯が楽しみです!」


「ニャスポーン様、シセリアさんがなにか言っていますが……」


「にゃご(ほっとけ)」


 意気揚々と森ねこ亭に向かうシセリアは放置して、俺は戻ったとシルに声をかけようとする。

 が、シルは居間ですかーっと居眠り。

 座卓には空き瓶の摩天楼、つまり酒飲んでの寝落ちである。


 シルさんたら、ちょっと優雅すぎやしませんかね?

 これはもう顔の上にボディプレスしてやらねばならぬと俺は縁側に上がろうとしたが、そこでおチビたちに止められる。


「ニャスポンお外で遊んだから、きれいに洗お? 洗お?」


 ノラが余計なことを言いだし、ほかのおチビたちもそれがいいと同意してしまう。

 猫なんてそんなに洗うものではない。

 しかしそこで、俺は自分が魔界から戻ってきてから風呂に入った記憶がないことに気づいた。

 なんてことだ、文明人たるこの俺が、しばらく風呂に入っていなかったとは……!


「ニャスポンはうまく体を洗えないでしょ! 大丈夫、私たちが洗ってあげるから!」


 確かにノラの言う通り。

 こうなると……庭にでかいタライでも用意して、洗ってもらった方がいいかもしれない。

 シルさん家の風呂場は立派なものだが、でけえ猫をおチビたちが洗うとなると、さすがにちょっと狭いだろう。


 俺はさっそくでかいタライを創造すると、そこに魔法でほどよい暖かさの湯を溜める。

 さらについでとちっちゃいタライも用意した。

 こっちはラウくんとペロにテペとペルを――あとついでにフリードも洗ってもらう用だ。


 これであとはおチビたちに洗ってもらうだけだが……猫用のシャンプーってのがちょっと気に食わないので俺用に普通のシャンプーを用意、リンスもする所存である。


「それじゃあ洗うよー!」


 ノラ、ディア、メリアは袖まくり裾まくりで準備万端、やる気十分。

 ただ、どうもお世話してあげようという雰囲気ではなく、これからめいっぱい俺で楽しんでやろうという、利己的なものを感じる。

 結局、これも遊びの一環なのだ。


 三人はたっぷり用意したシャンプーを手に取り、寄って集ってわしゃわしゃーっと俺の毛並みをかき混ぜる。

 俺はどんどん泡塗れになっていって、やがては全身が泡に覆われた猫へと変貌を果たした。


「あははは!」


「ニャスポンかわいー!」


「さ、撮影……! 撮影しないと……!」


 大はしゃぎする三人。

 この騒がしさに、居間で寝ていたシルが「んお?」とのっそり身を起こし、でもってあわあわになった俺を発見。

 一瞬きょとんとしたが、シルはすぐにけらけら笑い始め、ごろんと転がっても笑い続け、そして笑いが収まったところでまた寝た。

 楽しさに包まれたまま寝るとか、羨ましい限りである。


 そのあと俺は湯で泡を流し、続いてリンスをしてもらう。

 あわあわ猫から一転、のっぺり痩せ細ったような姿になり、おチビたちはこの姿もまた笑い、撮影である。

 もうなんでもいいらしい。


 しばし笑われながらも待機し、リンスも洗い流して終了。

 あとは温風を起こして毛を乾かす。

 その結果――


「これ、すごっ、ふわ、もふ、あああ……!」


 俺はメリアの語彙力を崩壊せしめるほど、ふわふわもふもふの猫に変貌したのである。


「ニャスポンすんごいもふもふになったー!」


「あー、いい匂いがするー、あー!」


 やっとこさ居間に転がれた俺に、おチビたちがしがみつき、もすっと顔を押しつけてすーはー深呼吸しては騒ぐ。


「私、冬になったらニャスポンと寝る!」


「それは……名案! じゃあわたしも一緒!」


「そんな! では私もお泊まりさせてもらわないと……!」


 君たちは俺に冬までこのままでいろと……?


 まったく、子供というのは残酷なものだ。

 そんなにこのもふもふがいいのか?

 まあいいのだろう。


 やがて散々騒いだおチビたちは、俺にしがみついたままうとうとし始め、すぐにこてんと眠りについた。

 そりゃ公園で遊び回って、戻ってからは俺を洗うという一仕事をしたのだ。興奮が収まればどっと疲れがでて眠くもなるだろう。


 夕食まではこのままにしておくかと、俺はあきらめの境地。

 やがてしばらくすると、爺さんがおチビたちに夕食だと伝えにきた。


「んお?」


 そして眠るおチビたちにしがみつかれている俺を発見。

 爺さんはなにやら楽しげな表情を浮かべていたが、ふと、なにか思いついたような顔になり、やや戸惑いつつ俺に告げる。


「のう、もしかして、なんじゃがな。お主……猫に『適応』し始めておるのではないか?」


「!??!!??」

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