第22話 戦争なんてなかった

 ペロ、テペ、ペル、ディライン父さん、ヴィリセア母さん。

 皆とお別れできないペロに根負けして、もうみんなで森ねこ亭にお邪魔することになったわんわん一家。


 この判断の決め手となったのが、にゃんこ転移門の存在であり、また、これまでペロがお世話になっていた宿へのご挨拶、それから長い間ルデラ母さんを借りていたことに対する感謝と謝罪をユーゼリア王家に出向いて伝えること、あと魔界の情勢が一変したことを説明する、という幾つかの用件をいっぺんにすませることができるという都合の良さも影響していた。

 まあぶっちゃけ『行く』ための言い訳なのだろうが。


「ではシャカさんや、ひとつお願いします」


「んなー」


 準備が整ったところでシャカさんにお越し願い、にゃんこ転移門を用意してもらう。

 にゃごにゃごといつもの呪文が唱えられ、やがて出現した転移門はニャンゴリアーズが用意するものよりちょっと小ぶりの門だった。


「もう行けるのかな……?」


 そう呟いたとき、ひょこひょこっと門の向こう側から見慣れた猫たちが顔をだし、俺たちを確認するとすぐに『なーんだ』と興味をなくしたようで頭を引っこめた。


「うん、ちゃんと宿に繋がってるみたいだな」


「んなうー、にゃう、なーう」


「ケイン様、そんなに長い時間は維持できないそうですよ」


「あ、じゃあ急ぐか」


 どうもまずは俺からという雰囲気だったので、先陣を切って門をくぐる。

 と、そこは慣れ親しんだ森ねこ亭の食堂。

 不思議と『帰ってきた』という安心感がある。


「もどったー!」


「ただいまー!」


「……まー!」


「ただいま!」


 俺に続き、わーっと雪崩れ込んでくるおチビたち。

 なんかペロまでただいまとか言っているがまあいいか。


「お、みんな帰ってきたんだね」


「あらあら、お帰りなさい」


 急に食堂が騒がしくなり、おやおやっとグラウ父さん、シディア母さんが現れる。

 と――


「ただいま!」


「……ま!」


 ディアとラウくんはててっと父さん母さんに駆け寄ってひしっとしがみついた。

 考えてみれば二週間くらい会っていなかったわけだからな、いくらスマホで連絡が取り合えるとしても、あのくらいの子供となるとやはり寂しさはあるのだろう。


 するとそれを見て、ノラがルデラ母さんにぎゅっと抱きつき、ペロもヴィリセア母さんにむぎゅーっと抱きつき、テペとペルはディライン父さんのズボンの裾にがぶぅっと食らいついた。


「いったいどういうことだい!?」


 ディライン父さんはびっくりしているが、テペとペルは楽しそうだ。

 きっとお父さんへの新しい甘え方と学習してしまったのだろう。

 そんなおチビたちが親に甘えるなか――


「ああもう、フリード、ちょっと落ち着きなさい」


「アウワゥーン、キュキューン キュウーン!」


 帰還したメリアにじゃれ付いているのが、お留守番していたフリードだ。

 きゅんきゅん唸りながらメリアにすがりついたり、離れたり近寄ったり、その場でくるんくるん回ったり伏せたり、傍からすればパニックを起こしているようにも見える。


 グラウ父さん曰く、フリードは新店舗建設の関係で毎日こっちにやってくるセドリックについて宿に来ては、待機してメリアが戻ってくるのを待っていたようだ。お世話は魔界へ同行できなかったメリアの護衛人たちがしていたそうで、きっとそいつらもメリアが無事に戻ってほっとしていることだろう。


「ケインさん、私、お父さまに顔を見せにいってくるわ」


 なんとかフリードを落ち着かせたあと、メリアはそう告げてセドリックに会いにいった。

 するとそれを皮切りに、用のある者がこの場から離脱していく。


「ケイン、私は家を見てくるからな!」


「あ、私は神殿に記録の提出と魔界の情勢が変化したことを伝えにいってきますね!」


 と、いそいそ離れていったのがシルとクーニャ。


「まだ儂が抜けるわけにはいかんじゃろうから、学園に事情を説明しつつ謝ってくるわい」


 爺さんはしょぼくれた感じでトロイに跨がってお出かけ。

 そして――


「師匠! オレ、ゴーディンが出店の後ろ盾になってくれるって話を伝えてくるな!」


 アイルはうきうきで隣りの『鳥家族』へ。

 犬狼帝が後ろ盾となれば、それこそ魔界全土に『鳥家族』を広げることも不可能ではないのだろう。

 ゆくゆくは巡礼地となることを見越して、魔界での第一店舗は聖地に構えるつもりらしい。


 そんな帰還後のばたばたと騒がしい一幕のあと、わんわん夫妻が宿屋夫妻にご挨拶。

 グラウとシディアがすんなり幼女化したペロを受け入れているのは、スマホでディアと連絡を取り合っていたからなのだろう。


 そのあとわんわん夫妻はルデラ母さんに案内されて王宮へ出向くことになったが、ペロを始めとした子供たちはおチビ同士で遊びたいらしく宿に残ることになる。

 まあ遊びたいというか、お守り役のエレザに見守られつつもうとっくに宿やその周辺を走り回って遊んでいるのだが。

 騒がしいのでニャンゴリアーズはちょっと迷惑そうである。


「やれやれ、ようやく落ち着いたか」


 食堂から人がはけたあと、俺はテーブルについてひと息。

 ほかにはシセリアが残っており、テーブルに突っ伏してへにょっとしている。


「ああ、この実家すら超越した安心感……。今回はとくに何事もなく、無事に戻ってこられて本当によかったですねー。あ、ケインさん、ほっとできる感じのおやつとかほしいです」


「色々とあったけど……!?」


 戦争が起きそうだったのに、こいつ自分に直接なにも起きなければ『なべて世はこともなし』ですませられるのか。

 すげえふてぶてしさだ。


 でもまあ、色々あって追い詰められた状態のシセリアと二人でいるよりはずっとマシかもしれない。

 俺はそんなことを思いつつ、自分もゆったりしたいこともあって、シセリアの要望に応え緑茶と大福を用意する。


「ずずー、もちもち、ずずー……」


「ずずー、もちもち、もちもち、もちもち……」


 とくに会話するでもなくのどかな時間を満喫。

 しかしそこに、騒がしいのがやってきた。


「おいケイン、アイルが魔界全土へ出店とかおかしなことを言いだしているのだが!」


 アフロ王子ことヘイルだ。

 アイルに魔界での事業計画を聞かされ、視察のはずがどうしてそんなことになったのか俺に尋ねにきたらしい。

 ひとまず俺はヘイルのぶんも緑茶と大福を用意してやり、ずずーもちもちしつつ事情を説明してやる。


「……とまあ、犬狼帝に恩を売った結果、魔界に出店し放題になったわけだ。なんとか頑張ってくれ」


「いや、どう考えても頑張ることになるのはそちらだが……?」


「おや?」


 考えてみれば、急な出店となれば頼られるのは俺である。

 おおう、これは困った。

 ひとまず聖地に一店舗としても、必要なものを運ぶとなるとシャカなりニャンゴリアーズなりにお願いすることになる。

 しばらくは客なんか来ないのだろうが、本当に巡礼地と化してにぎわうようになったら魔法鞄なりを用意してストックしておくにしても、行き来する頻度は増えていくに違いない。

 どうしたものかと考えていると――


「おーい、ケイン、骨組みはしっかりできあがっていたぞ!」


 建設中のお家を確認しにいったシルがやっと戻ってきた。

 時間がかかったのは、たぶんはしゃいで撮影とかしていたからだと思われる。


「あ、そういやシルの問題もあるな……」


 シルはまだ魔界でやってもらいたいことがある。

 ゴーディンの国と聖地を行ったり来たりの輸送役だが、しかしシルとしてはできあがりつつある家の方が重要だろう。

 さすがにここまで魔界に関わったのだから投げ出しはしないだろうが……それが不本意なのは間違いなく、ちょっと可哀想である。


 さて、どうしたものか……。

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