第21話 わん娘はみんなと離れない
ゴーディンがバイゼス王を倒した翌日、俺たちはお手紙を預かって次の国へと出発した。
この手紙はバイゼス王に書いてもらったもので、これから訪れることになる六カ国の王様たち宛である。
内容は決闘に敗れたのでゴーディンを犬狼帝と認める、というものだ。
これがないと訪問先で俺たちが説明しようといまいち説得力に欠けてしまう。いっそ王様を攫っていけたら手っとり早いのだが、そうなると一国ごとに一人と人数が増えていくことになるし、最後には送り届けないといけないわけで、ちょっと手間なのだ。
こうして始まったゴーディンの魔界一周カチコミ旅行。
先々でゴーディンは危なげなく勝ち続け、旅は順調に進んだ。
戦った王様たちは、やろうと思えばポーションがぶ飲みゾンビアタックで粘ることもできたのだろう。しかしそれを良しとせず、潔く敗北を受け入れたのはやはり魔界ならでは、強者への敬意があるからなのだろう。
まあ負けてもとくに損がないことも大きいか。
さらに言うと、進むごとに増えていくお手紙も一役買っていたのだと思われる。
勝敗が決したのち、バイゼス王だけが知っているのは不公平とゴーディンが猫になりたいことを暴露しちゃうのだが、王様たちの誰もが怪訝な顔をしたあと、何故か納得したような顔になる。これはきっと先に渡したお手紙に『こいつはさっさと犬狼帝にしてしまった方がいい』みたいなことが書かれているからではないかと予想している。
猫なりたさになにをしでかすかわからないのが王をやっているより、犬狼帝というひとまずの目標を達成させて大人しくなってもらった方がよっぽど気は楽だからな。
△◆▽
魔界一周カチコミ旅行は八日目にゴールとなるジンスフィーグ王国に到着して終わりを迎えた。
帰国したゴーディンは直ちに家臣を集め、魔界制覇を成し遂げ犬狼帝となる資格を得たことを伝える。
もちろんみんなぽかーんである。
そりゃ進軍していった王様が行方知れずになったと思ったら、竜に乗って戻ってきて魔界制覇が完了したとか報告してくるんだから仕方のない話だ。
さらに犬狼帝となるにあたり、ジンスフィーグ王国の王位を退くことも告げると、今度は混乱が始まった。
この騒ぎは『え、この国どうなんの?』と慌てふためく家臣たちに、今すぐ辞めるのではなく、時期をみてと伝えることでやや落ち着きをみせ、次に犬狼帝の位に就いたことをはっきりさせるための式典をおこなうことが告げられると、『そんなもんどうやんのよ』という困惑によって塗りつぶされた。
話は『ゴーディンが各国の王たちに犬狼帝と認められましたとさ、めでたしめでたし』では終わらないのだ。
困惑する家臣たちに、さらにゴーディンは計画を告げていく。
式典をおこなうのは、魔界の真ん中にある権力の空白地帯――聖地にて、各国の王や貴族を招いて執りおこなわれる。
「なあクーニャ、聖域ってぶっちゃけなんなの?」
「魔界ができたあと、犬狼たちが最初に導かれた魔界門がある場所と聞いています。汎界の各地で危機に瀕していた犬狼たちの前に忽然と門が現れ、そこをくぐるとその魔界門から魔界にでたのだとか」
要は記念すべき最初の魔界門だったということか。
しかし話を聞くと、どうやら緊急の避難口といった役割だったらしく、定位置の魔界門が増えてからは役目を終えたとばかりに消え失せてしまい、現在はなにもなくなっているのだとか。
とはいえ魔界の歴史が始まった地には違いないため、特別な場所――聖地とされているようだ。
これまでずっと手つかずで残されてきたのは、魔界を統一した者がその聖地――またその聖地を中心とした地域を管理すべきという共通認識があったからとか。
資格無き者がうかつに手を出したら、すべての国どころか国内からもフルボッコという事態になるらしい。
ゴーディンは史上初めて、そんな場所の管理者としての資格を得たのだ。
「まあ管理とはいっても、俺はその地域を開拓するようなつもりはないのでな、魔界門があった聖地の中心に留まり、神に祈りを捧げながら暮らそうと思っている。猫として」
最後の『猫』が実現するかどうか怪しいところだが……。
まあしばらくは、魔界の頂点にいる者として、もし国家間でなにかいざこざがあったら仲裁するといった仕事がメインになるのだろう。
帝王というより教皇だな。
それはクーニャも感じているらしく、神殿とはどういった関係性がよいかと話し合ったりしている。
あまりに短期間で事が進んでしまったということもあり、これからの計画は方針だけ決まっていて具体的な内容はほぼ白紙状態。
乗りかかった船、ここであとは頑張れと放置して妙なことになっては寝覚めが悪いので協力はするが、とにかく決めることがたくさんあり、あーだこーだと話し合っているうちに数日が経過。
「ケイン、家が気になるのだが。骨組みはもうとっくにできたらしいぞ」
「うん、わかる。気になるのはわかるけど、もうすぐみんながこっち来るから。そしたら帰ろう」
お家の建設具合が気になるシルをなだめすかし、もうちょっと我慢してもらう。
俺たちが魔界一周カチコミ旅行に出発すると同時、おチビたちはわんわん侯爵家の面々と一緒に王都で合流すべく出発していた。
そんな話をした翌日、スマホで王都に到着したとノラから連絡があり、俺たちは王都にあるわんわん侯爵家の屋敷へと向かう。
「大変だったの!」
再会してすぐ、ノラが王都への旅がどれくらい大変だったのか説明してきたが、侯爵家の面々と一緒なのでむしろ優雅な旅だったのだろう。
しかし俺がいるピクニックやキャンプが基準になっていたため、なにかと不便で大変だったとノラは語るのだ。
「先生の言うとおりだった、魔法は大事!」
冒険者となったとき、俺がいなくても快適な旅ができるようにとノラは魔法熟達への意欲を燃やす。
どうやら苦労は感じたが、良い経験になったようだ。
再会した皆はとくに変わりもないようで――
「って待てや! おいこら馬ぁ! おめぇなにそんなデカくなってんの!?」
どういうわけか、トロイが無視しきれぬくらいにでかくなっていた。
元が適当な木馬、ロバ程度だったのが、今ではちょっと小さめな馬くらいになっている。
「魔界の空気が合ったようで、すくすく育ちました」
当のトロイはのん気に言う。
こいつ、終いには『トロイの木馬』のように巨大化するのだろうか。
正直、でかくなられても邪魔なだけなので、もうちょっとゆっくりしてからと思っていた宿への帰還を前倒しにする。
「あー、もう帰るのかー……」
「うぅ、いよいよですか……」
ノラとディアはとうとうペロとの別れの時が来てしまったと、悲しみつつも受け入れている感じだ。
ラウくんも心なしかちょっと悲しげである。
で、ペロは――
「やー! なんでー! もっといたらいいの!」
皆が帰るのを猛烈に嫌がった。
どうやら『家に帰れた! みんなも一緒、やったー!』というパーフェクトな状態で思考が完結していたようで、ペロにとってはいきなりの別れとなってしまい受け入れられないようだ。
「いやいや、いったん帰るが、またすぐこっちに来るから。早ければ明日だろうし、遅くとも数日中にな」
「なんか、やっ! やー!」
「あお~ん!」
「わお~ん!」
ダメだ、ペロったらめっちゃ嫌がる。
なにがそんなに嫌なのかよくわからないが、とにかく嫌がる。
あんまり叫ぶもんで、呼応してわんこ弟妹も謎の遠吠えを始め、場はカオスとなっていた。
「んー、もー、じゃあぼくもそっちいくー!」
「いや来るのはかまわんが……」
困ってご両親を見るが、ご両親もまた困っていた。
「ヴェロアちゃん、せっかく帰ってきたんだから、このままお父さんとお母さん、ディフェードとヴェルナと一緒にいましょう?」
ヴィリセア母さんがやさしく話しかけ、なんとか留まってもらおうとする。
ペロもずっと離ればなれになっていた家族を置いて宿にいっちゃうのは本意ではないらしく、ぐぬぬぬ……と考え込み、そして言う。
「ラウーはぼくの子分だからこっち!」
だいぶ譲歩したが、ラウくんが犠牲である。
ひしっとしがみついて、なんとしてもラウくんだけはこっちに残そうという意気込みだ。
この娘の様子に、ヴィリセア母さんは「あらあら」と微笑みを浮かべるが、ディライン父さんはちょっと面白くないっぽい。
「ヴェロアや、子分だからと引き留められてはラウゼくんも困るだろう。それにだね、身分がどうのと言いたくはないが、曲がりなりにもうちは侯爵家、ヴェロアにはもっと相応しい子分がいいとお父さんは思うんだ。なんならお父さんが見つけてきてあげるぞ、強くて立派な子分をな」
「ちがうの、ラウーはぼくが見つけた子分なの! ちちのはやーっ! テペ! ペル!」
「わおん!」
「わうーん!」
ペロの号令に、テペとペルがディライン父さんに突撃、ズボンの裾に食らいつく。
「なっ、ディフェードとヴェルナがこんなやんちゃを……!? ズボンの裾をしっちゃかめっちゃかにするなんてどこで覚えたんだい……!?」
もうめちゃくちゃである。
結局、泣く子には勝てないという言葉通り、なるべくペロの意思を尊重しようということになり、ペロだけでなく弟妹、そして両親もご挨拶にと一緒に宿に向かうことになった。
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