第23話 にゃごにゃご卓円会議

「家がな! 家がな!」


 ふんす、ふんす、と鼻息荒く、お喋りしたくてしかたないシルさん。

 家が建ち始めたことがよほど嬉しいのか、すっかり無邪気ちゃんと化している。

 しかし、だ。


「お、俺はそろそろ店に戻ることにしよう。ではな」


 前にブレスぶっ放されたヘイルからすれば興奮状態の大怪獣。

 うっかり機嫌を損ねたら大変と、話を切りあげそそくさと『鳥家族』へ避難していった。

 またシセリアは――


「ごちそうさまでした! 満足したので部屋に戻って優雅にお昼寝しようと思います!」


 大福を存分にもちもちしたので寝るらしい。

 それは優雅というより自堕落なのだが、まあそれが貴族というものなのだろう。

 こうして食堂は俺とシルの二人きりに。

 くつろぎスペースに猫どもはいるが、だからどうした。


「家がなー!」


「うん、わかった。わかったから落ち着こうか。ひとまず俺も確認しにいきたいし……ドルコはいたか?」


「いたぞ! 骨組みの天辺で歌っていた!」


「……それはどういう儀式なの?」


 酔っぱらってやんちゃしてるのだろうか。


「妖精よけのお呪いだそうだ!」


「え、ホントに儀式なの……!?」


 どうやら大昔の妖精は建てている家を燃やしたりと度を超えた悪戯をしていたらしく、そこで歌を披露するなどちょっと楽しませることで悪さしないように対策を講じたとかなんとか。

 大工の間では風習として残っているらしく、とりわけ重要な仕事の際には魔除けのお呪いとしてなにか芸をするようだ。


「そっかー、気合い入れて建ててくれてるんだな」


 これはお礼の一つでも、と確認がてらドルコに会いにいったら酒を要求された。

 そのへんにブレはない。

 まあ日本ではこれくらいの段階で上棟式があって、施主が職人たちを労い、安全祈願をしたりするもの。

 ひとまず良さげな日本酒を贈ってみたが――


「ぐぬぬぬ……」


 シルがすごく欲しそうだ。

 でも禁酒中なので、俺にくれとは言えないみたい。


「家が完成したらお祝いすることになるだそうし、その時は一旦禁酒を中断したらいいんじゃないかな……」


「むっ。なるほど……。そうだな、祝いの席だからな、そうだな、うんそうだ」


 ひとまず気をそらすことに成功。

 これには一升瓶を抱きしめていたドルコもほっと胸をなでおろした。



    △◆▽



 そのあと、俺はこの先の工事についてドルコに確認をとった。

 このあとは屋根を作って壁を作ってと進め、それから内装にかかる予定、シルの反応を見つつ進めるのはそこからになる。

 まだ日数に余裕はあるものの、その間に魔界のあれこれを全部片付けるのはさすがに無理だろう。

 なんとかしなければいけないと考えつつ、宿の食堂に戻る。

 と――


「お、家を見にいっておったのか?」


 ヴォル爺さんが学園から戻ってきていた。

 でもトロイの姿が見当たらない。


「戻る途中、ドワーフたちに捕まっての。でかくなっておるから、前の寸法では鞍が合わんと測りなおすために連れていかれたんじゃ」


「魔界にいけばまだでかくなるんだが……まあいざとなったら削ればいいか」


 食堂の広いテーブル、爺さんとは向かい合わせに座る。

 ご機嫌なシルは俺の隣りだ。


「それで魔界へはいつ戻るつもりでいるんじゃ?」


「ひとまず明日のつもりでいるんだが……」


「なんじゃ?」


「考えてみたんだ。ペロはみんなと一緒じゃないと嫌がるだろ?」


「うむ、そのようじゃな。家族と離ればなれの時間が長かったからかのう。会おうと思っても自分で会いにいける距離でないことが、なんとなくわかっとるんではないか?」


「なるほど、俺次第というか、猫次第というか、ペロの方からじゃ無理だからな」


「うむ。それで、ペロ嬢が嫌がるからなんじゃ?」


「あー、実はペロだけの話でなくて――」


 と、俺はシルにとっては建設中の家が大事という話や、どうもこれから『鳥家族』関連で苦労しそうなことを説明する。


「それでな、これを解決するにはどうしたらいいか考えて、思いついたのは魔界門だ」


「魔界門じゃと……?」


「ああ、魔界門がこの宿にあればすべて解決だろ? だから、ちょっと挑戦してみようかと――」


「や・め・ろ!」


「えっ」


「や・め・ろ!」


 ふむふむと話を聞いていた爺さんが、くわっと表情を一変。

 のんびり日向ぼっこしていた野良猫を撫でようとしたら、フシャーッと威嚇してきたような有様である。


「なあケイン、私のことを気にかけてくれているのは……まあ、うん、あれだが、お前が思いつきで挑戦すると……ほら、あれだから、な?」


 シルもやんわ~りと止めてくる。


「ダメか……?」


「駄目に決まっとるじゃろうが! お主にしてはマシと思っておった収納魔法もこの事態じゃぞ!? 魔界門に挑戦しようもんなら、いったいどんな混乱が世に引き起こされるかわかったものではないわ!」


「でもほら、試練の森で会った偉そうな犬は、挑戦し続けろ、みたいなことを俺に言ってただろ?」


「そんな話はしとらんかったぞ!?」


 してなかったっけ?

 似た様な話はしていたと思うが……。


「ケイン、お前は森でも色々と失敗していたし、魔界門はさすがにやめておいた方がいいと思う。ほら、唐突に身の回りの仕事をしてくれる使い魔がほしいとか言いだして、なんか妙なものを異次元の門から喚び出しかけたこともあっただろ?」


「あー、あの目がいっぱいある黒いスライムみたいなのか……」


 慌ててぶん殴って追い返したな、確か。


「のう、お主が森にいた二年間、もしかしてずっと世界の危機だったのではないか……?」


「そこまで大げさなわけあるか」


「そうであればいいんじゃがな! ともかく、魔界門に挑戦するのはやめい。そもそもお主、転移門を用意することができんのじゃろ? にもかかわらず、そこを飛びこえて魔界門なんぞ無茶がすぎる。お主に挑戦させるくらいなら、まずシャカ殿に頼んでみるわい」


「いや、そこはシャカばっかり働かせるのも悪いかなって。それに飼い猫に頼ってばかりってのはさ、飼い主の尊厳が損なわれるだろ?」


「お主の尊厳なんぞ知るかぁ! 世の平穏が損なわれる方がずっと重要じゃわ! ともかくシャカ殿に出てきてもらえい!」


「ええー……」


 すっかり爺さんが荒ぶってしまって、どうもシャカに来てもらわないことには話ができそうにない。

 とはいえ、シャカがいても今はクーニャという通訳係がいない――


「ただいま戻りましたー」


 と思ったら帰ってきた。


「おや、なにかご相談の最中でしたか……?」


 テーブルにつく俺たちの雰囲気からなにか察したのかクーニャが小首を傾げる。

 ひとまず経緯を説明してみたところ――


「ああ、ではちょうど良かったんですね」


 にこっと微笑み、クーニャはいそいそと俺の隣りに着席した。

 すると逆隣りに座っているシルが言う。


「何故わざわざそこに座る。ここだけ窮屈ではないか」


「それはもちろんケイン様の隣が良いからです。あ、質問をそのまま返しても――」


「おい! 早くシャカ殿を喚ぶんじゃ! 手遅れになっても知らんぞー!」


「お、おう」


 どこかのM字ハゲみたいに爺さんが急かすので、ちょっと話を聞いてもらうためシャカに出てきてもらう。

 シャカはテーブルの上ににょろんと現れ、ちょーんとお座り。

 尻尾はくるっと前に持ってきて、先っぽを揃えた前足の上に。


「みゃん」


「話は聞かせてもらった、と仰っています」


 お前はどこかの調査班――いや、障子を突き破ってくる猫か……?


「なぉなぉんな~ん、おぁーお、おぅー」


「自分にはまだ設置型の転移門は難しい」


「にゃお、にゃうおう、うなーん」


「ここは先輩たちに協力を仰いだ方がよいかも、と」


「先輩……?」


「うちの猫たちですよ」


「ああ、そういうこと――って、あいつら先輩扱いだったのか」


 実にどうでもいい事実が明らかになるなか、さっそくシャカはくつろぎスペースで休んでいたニャンゴリアーズに呼びかける。

 でろでろーんと怠惰にすごしていたニャンゴリアーズは、よっこらせっと体を起こし、うーんと伸びをしてからテーブルに飛び乗ってきた。


 そして完成したのが、クロ、シロ、ミケ、サバト、マヨ、そしてシャカという六匹の猫による円陣で、さっそくにゃごにゃご話し合い。

 猫の集会というほどの規模ではないので、猫の井戸端会議とでも言えばいいのだろうか?


「ふむ……」


 やがてシルが立ち上がり、どうしたのかと思ったら少し距離をとってせっせと猫たちを撮影し始めた。


「子供たちに見せてやろうと思ってな」


 なるほど、確かにこんな光景はほかでは見られないもの。

 きっとメリアは自分も撮影したかったと悔しがるのだろう。


「話はどんな感じだ?」


「えーと、物質的な門を二つ用意して、そこにお呪いをかけたら実現できるようですが、簡単というわけではないみたいですね」


「そっか、ちょっと大変なのか」


「いやいや、実現可能というだけでもうとんでもない話なんじゃが……?」


 俺たちが見守るなか、猫の会議はにゃごにゃご続いた。

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