第20話 わんにゃん発表会

 己が望みを叶えんと宿命に抗う男。

 降って湧いた災難に見舞われながらも果敢に抗う男。

 ゴーディンとバイゼス。

 やがて魔界に大きなうねりを引き起こす、その始まりの戦いが、今幕を開ける。


「では始め!」


 爺さんの掛け声。

 次の瞬間――


「わっふぉーん!」


 叫んだのはバイゼス王。

 助走もなくその場から跳躍すると、実に見事なライダーキックフォームでゴーディンに襲いかかる。


嬉々猛襲拳ききもうしゅうけんッ!」


 不意打ちを狙ったこの攻撃。

 だがゴーディンとて剛の者。素早く体をそらし、すんでのところで跳び蹴りを回避。

 かに思われたが――


「ぬっ」


 ズシャとゴーディンの肩、服が破れ、曝された肌には血が滲む。


「ティグロッド流犬狼拳は打撃が主体よ。犬が喜び勇み飛びつく様子を模した必殺の蹴撃、よくぞ躱した」


 ゴーディンの背後へと着地したバイゼス王が言う。

 狂えるゴーディンがその狂人的発想でもって猫の動きを拳法に取り入れたのかと思ったが、犬狼拳も象形拳、どうやらその影響あってのものだったようだ。

 ところで、蹴りなのになんで拳なん?


「まずは余が……ぐはっ」


 と、そこで立ち上がろうとしたバイゼスが吐血。

 腹部を押さえ片膝をつき、観戦者たちに動揺が走る。


「さては、あの一瞬にか……!」


猫掌揉撃波びょうしょうじゅうげきは。猫が前足を交互に動かし、丹念に踏み踏みする様子を模したにゃんこ神拳の奥義が一つ。その効果は遅れて表れる」


「くっ……」


 してやったと思ったら、実はしてやられていたバイゼス王は悔しげだ。

 ゴーディンが奥義と言うだけあってそのダメージは軽いものではないらしく、バイゼス王はすぐには立ち上がれないでいる。

 それは追撃をかけるに充分すぎる隙であったが、ゴーディンは黙し見つめるままで動こうとはしない。

 これが心の毛皮の逆撫でになったか――


「舐めるな!」


 歯を食いしばり立ち上がるバイゼス王。

 爪を立てるように開いた手を正面上下におき、獣を思わせる構えをとる。


「はあぁぁぁ!」


 高まる……なんだろう?

 たぶん魔力なんだろうが、雰囲気的には闘気とかオーラとかそんな感じのものがその体からほとばしり、それは留まるところを知らずさらに苛烈になっていく。

 と、そのよくわからんものの影響で、身につけていた衣服がビリビリビリーと破れ始め、通常は上半身だけ裸になるのがお約束のところを律儀に下半身まで曝すことになった。

 古代オリンピックかな?

 いや、違う。

 パンツが金属製だ!

 セーフ!


「ブフゥーッ!」


 そこで突然のストリップに『ほーん』という感じで見学していたシルが顔を背けてお茶を吹き出す。

 おかげで俺が大惨事だ。

 切ない。


「ゆくぞゴーディン王、勝負はこれからよ!」


「くるがいい!」


 パンツ一丁となったバイゼス王が挑み、これをゴーディンが受ける。


「ぬぅおう!」


「ぜあぁ!」


 放たれる拳と拳が激突し、ごっと鈍い音を訓練場に響かせる。

 だがこれは始まりにすぎず、そこから両者は連打を開始。


轟掘穿地拳ごうくつせんちけんッ!」


万物迎撃拳ばんぶつげいげきけんッ!」


 ぶつかり合う拳と拳。

 何度も何度も、より苛烈に、より速く。

 ごっ、ごっ、ごごごごごっ……!


「わぁおわおわおわおわおわおわおぉ!」


「にゃぁうにゃうにゃうにゃうにゃうぅ!」


 鈍い音と奇声と。

 互いに互いの拳を迎撃し合うという鬩ぎ合い。

 やがて――


従主一手拳じゅうしゅいってけんッ!」


忌邪抑制拳きじゃよくせいけんッ!」


 決め手となる一撃が同時に放たれ、やはりぶつかり合う。

 ゴギャッと異音を響かせ、反発力で仰け反る両者。


「くっ……!」


 この勝負、打ち負けたのはバイゼス王だ。

 拳が砕けたか、手が血塗れになっている。

 それでも――


統領放刻拳とうりょうほうこくけんッ!」


 バイゼス王はさらなる攻撃。

 足を高々と上げての蹴り。


突天大股拳ついてんだいこけんッ!」


 これをゴーディンは同じように蹴りを繰り出して迎撃。


「ぐぅっ!」


「ぬぅん!」


 ばーんと足がぶつかり合い、両者はその反発力を利用してくるりと身を翻しながら軸足で飛んで後方へ。

 示し合わせているわけではないので、これはゴーディンがバイゼス王に合わせているのだろう。


「まだ、まだだ……!」


 最初のダメージが癒えず、さらに手、今度は足を痛め、もはやバイゼス王は満身創痍といったところだが、それでも勝負をあきらめてはいない。


「ティグロッド流犬狼拳奥義――」


 バイゼス王は両手の付け根をくっつけ、獣の口にように。

 そして――


餓狼咆吼波がろうほうこうはッ!」


 放たれるかめはめ的なビーム。

 打撃主体はどこいった。


 対しゴーディンは――


餓猫令命波がびょうれいめいはッ!」


 同じくかめはめ的なビームを放った。


『ワオォォォ――――――――ン!』


『ニャオォォォ――――――――ン!』


 両者のビームはそれぞれ犬猫の鳴き声のような音を響かせ、ぶつかり合いわんにゃん鬩ぎ合う。


「うおぉぉぉ!」


「ぬうぅぅん!」


「これはいかん……!」


 そこで審判役の爺さんが慌てて魔法の障壁を筒状に展開し、戦いの場を隔離。

 で、次の瞬間だ。

 チュドーン、と。

 鬩ぎ合いが限界に達し、爆発が発生。

 この衝撃は上へと逃がされ、訓練場の屋根が派手にぶっ飛んだ。


 ええぇ……と皆が上に向けた視線を下に戻すと、そこには変わらぬ様子で仁王立ちのゴーディンと、膝をついてもう立ち上がれないバイゼス王の姿が。


「うむ、これは……勝負ありということでよいかの?」


 爺さんが確認をとると、バイゼス王は大きなため息をつく。


「まったく、たまらんな。余がろくに立ち上がれぬほど力を振り絞ったというのに、まだまだ余裕そうではないか」


 バイゼス王は苦笑しているが、ちょっと愉快そうだ。


「余の負けだ。ティグロッド王バイゼスの名において、汝ゴーディンを犬狼帝にたる者であることを認めよう」


 この宣言に反対する者はおらず、静かに見守るのみ。

 やがてゴーディンは膝をつくバイゼス王に手を貸し立ち上がらせる。


「余に勝ったのだ。ほかの王に負けてもらっては困るぞ?」


「約束しよう。俺は負けぬ。犬狼帝となり、そして猫となるのだ」


「あ」


 思わず俺は声を漏らす。

 あいつ……言いやがった。

 表情からはわからないが、あれで興奮してるのだ。

 なにしろ尻尾がぱたぱたしてる。


「……?」


 バイゼス王は怪訝な顔をしてゴーディンを見ていたが、ふと俺の方を見て、それからまたゴーディンを見る。

 そしてなにか察したのか――


「これは本当にとんでもない男と同じ時代に生まれてしまったようだな……」


 戦う前に似たことを言っていたが、意味合いがだいぶ違ってしまっている。

 まあともかく、こうして野郎二人がわんにゃん喧しい象形拳発表会は無事に終わった。

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