第19話 拳の名は
ジンスフィーグ王に、俺はなるわん!
そう奮起した諸侯のみなさんはゴーディンに挑むことを決め、そこからどたばたと戦いの準備にはいった。
どうやらこの集まりというのは、ジンスフィーグ軍を迎え撃つためのものだったようで、みんな自分の装備を持ってきていたらしく、そこは実に都合がよかったようだ。
この挑戦者たちの準備が整うまで、俺たちはしばし待機となる。
決闘の場に選ばれたのは、王宮の片隅に存在する衛兵の訓練所。
大きさとしては小さな体育館くらいのものだ。
一足先にそこへ移動したあと、俺はテーブルとイスを用意して、お茶とお菓子でもって人型になったシルのおもてなしをする。
今回の計画である『狂犬にゃんこ(略称)』はこの国だけで終わる話ではなく、あと六カ国を制覇しての完了となるため、シルにはまだまだ飛んでもらわねばならず、よって特に必要もなく同行している俺はこのようにしてご機嫌伺いをしなければならないのだ。
おまけとしてテーブルには爺さんとクーニャがいるものの、爺さんはすでにくたびれたように肩を落とし、クーニャはせっせと記録をしているため場は静かなもの。
そしてゴーディンはというと、すでに訓練場の真ん中に立ち、腕組みして目を瞑りその時を待っている。
いよいよ自分の望みを叶えるための戦いが始まると、はやる気を静めているのかなんなのか。
これは魔界の命運を決める戦いではあるものの、ぶっちゃけゴーディンが犬狼帝となったところで魔界はそう変わりはしないだろう。
なのでそこはどうでもいいが、気になるのはあいつの願いが叶うかどうかだ。
本当に猫になれるのだろうか?
正直わからんとしか言いようがない。
でもシルばかりかペロも人型になれる世界なんだから、あのガチムチ大男だって可愛い猫になれてもおかしくはないと思う。
そんなことを思いつつ、シルと話をして時間を潰していたところ挑戦者の面々が集まり始めた。
それぞれ武器を持ち、防具で身を固めての完全武装。
みんなやる気で、興奮気味に鼻息荒く、尻尾ふりふり。
そのあたりはやはり犬なのか。
実にどうでもいい発見であった。
△◆▽
やがて挑戦者が勢揃いしたところで、さっそく戦いは始められる。
最初は言い出しっぺとなる三人組。
侯爵だったり伯爵だったりするらしいが、興味はないのでとりあえず得物で判断することにして、戦斧使い、戦槌使い、大剣使いと呼ぶことにする。
もともとごつかった連中が鎧を纏い、ごつい武器を手にしている。
それは見る者を威圧するには充分な迫力であったが、しかしゴーディンの前に立ってみると、その三人以上にごつくてでかい野郎なので見た目のインパクトは釣り合っている感じだった。
「ゴーディン王は我ら三人を無手、鎧も纏わず相手するおつもりか」
「然り」
「武器も防具も不要……。なるほど、さては相当な犬狼拳の使い手であるのだな」
「これは油断できんな」
犬狼拳ってなんぞや?
干涸らびた知恵袋が審判役で向こうにいっちゃってるので、とりあえず近くにいた奴を捕まえて尋ねてみる。
「犬狼拳とは魔界独自の拳法だ。我々の祖先が魔界に移住してきたばかりの頃は物資が乏しく、戦いとなれば己の肉体に頼ることが多かった。その中で拳術が培われ、やがては拳法となったのだ」
さらに聞くと、魔界での肉弾戦はもうみんな犬狼拳と呼ばれるらしい。
要は空手もカポエラも相撲もプロレスもカバディもみんな犬狼拳で、違いを示すためには『犬狼拳』の前に『何々流』とつけるのだそうな。
「えー、ではこれより、ジンスフィーグ王国の王座をかけた決闘を執りおこなうぞい」
爺さんが簡単な宣言をおこない、決闘を始めさせる。
挑戦者が多いからね、ここはちゃっちゃとね。
「では、始めい!」
開始の合図。
すぐに挑戦者三人は散開、すみやかにゴーディンの正面斜め左右、そして一人が背後に回り込む。
ゴーディンの右手が戦斧使い、左手が戦槌使い、そして背後が大剣使いだ。
国王になりたい三人組は、一人一人戦うのではなく、ひとまず三人で協力して一気にやってしまう腹づもり。
すでに誰が国王になるとか、分け前をどうするとかある程度決めてるのかな。
まあ全部無駄だろうけど。
仁王立ちでまったく動じないゴーディンに、三人はじりじり距離を詰める。
そして――
「ぬおぉぉぉ!」
「でやぁぁぁ!」
「どぅうぇぇぇい!」
うまくタイミングを合わせ、三人同時に攻撃をしかける。
その瞬間だ。
「にゃおぉぉぉん!」
ゴーディン、突然の奇声。
あれは裂帛の気合い……でいいのだろうか?
ゴーディンの体には瞬間的に赤い光が灯り、と同時に爆ぜる。
ドウッという鈍い音をさせ放たれる衝撃。
離れて見ているこちらにもびりびり振動を感じるほどの衝撃は、襲いかかろうとしていた三人組の足を止めるばかりかその体勢をも崩させた。
「むぅん、にゃうっ!」
間髪容れず追撃をかけるゴーディン。
右手は指をぎゅっとたたんでの、手のひらを突き出すような形。
ほのかに赤い光を宿したその手で、まずは右――戦斧使いの腹に掌底打ちを叩き込む。
「のごぉ!?」
ゴーディンの掌底をもろにくらった戦斧使いは、戦斧をその場に放る形でドギューンとかっ飛び、その体でもって訓練所の土壁をぶち抜いた。
「ほげぇ!?」
俺たちが戦斧使いに目をやっていた間に、さらにゴーディンは戦槌使いを戦斧使いと同じ目に遭わせていた。
これで訓練場に大穴が二つだ。
「ぬ、ぬあぁぁぁ!」
ここで背後の大剣持ちがゴーディンに斬りかかる。
が、ゴーディンは振り返りざまに左手の指で挟み込むように大剣を受け止め、そのまま振り返りつつ、流れるように大剣使いの腹に掌底打。
「はあぁぁぁん!」
ゴーディンにつままれた大剣を残し、大剣使いは先の二人と同様に壁をぶち破ってのダイナミック退出だ。
「あー、こりゃ勝負ありじゃな。勝者はゴーディン王じゃ」
ここで爺さんがゴーディンの勝利を宣言。
終わってみればあっという間の決着、ってか大惨事。
その後、すぐに犠牲となった三人の救助が始まったが、あれだけ派手にやられておいてまったくの無事、軽傷すら負っていないことが判明した。
「な、何故だ……? 何故、俺は怪我すら負っていないのだ……?」
観戦した者たちばかりか、当の本人たちも困惑している。
するとここでゴーディンが口を開いた。
「訂正しておこう。俺の拳術は犬狼拳ではない。ニャザトース様への信仰を鍛錬に取り入れたことにより編み出された、信仰の拳。名付けて――夢想にゃんこ神拳」
お集まりの皆さんが『夢想にゃんこ神拳……!?』とざわつく。
夢見る猫神さまからきているのだろうが、神猫拳ではダメだったのだろうか?
「先ほど使った技は、猫の打撃をもとに編み出されたもの。誰もが知るように、猫の打撃は相手をいたずらに傷つけるものではない。多少の痛みはあれど、その弾力に富む肉球による打撃は相手を牽制するためのものである。故に、我が
ゴーディン曰く、覇猫肉球掌は攻撃の瞬間、闘気が肉球と化して攻撃の威力を殺し、さらに相手を包みこむことによって一時的に保護をするらしい。それで壁をぶち破るほどぶっ飛ばされても平気だったのだとか。
『……』
ゴーディンの説明にみんな唖然である。
純粋にゴーディンの強さに驚いているのか、それとも『こいつなに言ってんの?』と困惑しているのか、それともその両方か。
「さあ、次の挑戦者は誰だ? 今の戦いでわかるように、俺はお前たちを傷つけることはしない。安心して挑み、そして敗れるといい。一人ずつでも、全員まとめてでも俺は構わん」
武装した連中相手に無茶なことを言っているが、もうこれを聞いて気色ばみ飛び出そうとする者はいなかった。
なにしろこれ以上ないくらいの手加減で三人を圧倒だ。
ようやくゴーディンの強さの一端を垣間見たというところだろう。
しかしそのせいで、次は自分がと名乗りでる者が現れず、挑戦者たちは目配せしあうばかりに。
ちょっと前まで『俺が俺が』だったのに、なんだか『お前がお前が』という雰囲気になっている。
諸侯の皆さんは強い。
それは確かなのだろうが、ゴーディンはその強さの段階から逸脱してしまっている。
あれだ、ごついわんわんの中に筋肉の成長を抑制する因子が仕事をしないせいで超絶ムキムキになったわんこが紛れているようなものだ。
と――
「くっくっく……」
諸侯の皆さんが尻込みするなか、笑いだしたのはバイゼス王だ。
「まったく、とんでもない男と同じ時代に生まれてしまったものだ」
苦笑いを浮かべつつ、バイゼス王がゴーディンに向かっていく。
これを諸侯連中は止めようとするが――
「控えよ。お主らでは相手にならん。それはもちろん余として同じだろうが、余にはこの国の王であるという自負がある。みすみす負けるような無様は曝さんよ」
そう一蹴し、バイゼス王はゴーディンの前へ。
武器も防具もなしの無手だ。
「ではゴーディン王、国をかけての決闘をおこなうとしようか。我が名はバイゼス。ティグロッド王国の王にして、ティグロッド流犬狼拳の使い手である。いざ、尋常に勝負……!」
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