第9話 行方不明からの行方不明

 大森林側に皆が集まったあと、ニャンゴリアーズは『これで自分たちの仕事は終わりだ』とばかりににゃーにゃー鳴いて宿側へと帰っていき、これにともない転移門は消失した。


 そのあと、この場所についてシルが簡単な説明をすることになる。


「もともとこの場所はきれいな更地だった。上から見ると、ちょうど猫の肉球の形になっていてな、ケインが暮らし始めてしばらくは危険な魔獣が入りこめない聖域になっていたんだ」


 なんでまたシルが説明するのかというと、好奇心いっぱいであれこれ尋ねてくるノラとディアに窮している俺を見かねたからであった。

 森での出来事すべてを黒歴史の一言で片付けてしまうわけにはいかないものの、ほぼ忌まわしき記憶であることは間違いなく、俺の口は重いのだ。


 そしてこのおチビたちの好奇心から始まった説明であるが、とりわけ喜んだのはクーニャだった。


「ここがケイン様の下り立った地、そしてニャザトース様の聖地であった場所……!」


 シルの話をガリガリ記録していたかと思うと、クーニャはそっと跪いて地面に手をつき、それから腹筋ローラーで無理してそのままずべっと突っ伏しちゃった人みたいにうつ伏せになった。

 五体投地というやつである。


「ケイン様、私はここに神殿を建てようと思います……」


 うつ伏せのままクーニャがもごもご言う。

 まあ雰囲気は良いし、もし神殿があればさぞ絵にはなるだろう。

 建てるのは勝手だ。

 でもせめて池の周りを駆け回っているペロくらい強くないと神殿を維持――いや、生き延びることすらできないだろう。


「わんわん! わん!」


 ペロは元気よく池をぐるぐる何周もして、一緒に遊ぼうと誘うように吠える。

 ラウくんは追いかけたそうだったが、しかし、がっちりメリアに確保されてそれは叶わなかった。


「駄目よ、のどかに見えてもここは魔境なんだから」


 メリアはしっかり者のお姉ちゃんだ。

 ノラを自由にさせて、なにか問題が起きたら打ち砕くスタンスのエレザよりずっとまともな保護者に思える。


「私たちはケインさんたちから離れちゃいけないの。周りの森からなにが飛び出してくるかわからないでしょ?」


「……ん!」


 真面目に注意され、ラウくんは素直に納得。

 まあ今この辺りに魔獣の気配はないのでメリアの警戒は杞憂だが、そう意識しておくことは大切だと思う。

 でもって――


「だからほら、貴方たちも離れないの! 薬草集めしに来たわけじゃないんだから! あとアイルさんは採取の指導でなくて二人を止めるところでしょ!」


 辺りの草むらに薬草はないかとごそごそし始めたノラとディア、それに助言をするアイルがまとめてメリアに怒られていたり。


「ではケイン、問題の現場へ案内してくれ」


 やがてシルに促され、俺たちは森へと入る。

 隊列はシャカを頭に乗せた俺とペロを抱えたシルが先頭、最後尾は魔除け的、そして囮的な期待によってヴォル爺さんとトロイが。

 それ以外は真ん中でごちゃっとまとまる。


 そして出発後、最初こそ意気揚々としていたおチビたちだったが、しばらくしたところでもたつき始めた。

 おチビたちは森に入るのは初めてで、もちろん森歩きも初めて。

 普段は元気いっぱいで駆け回っているノラとディアであっても、やはり勝手が違う森の中となると調子がでないようである。


 目的地はそう離れた場所というわけでもないし、遅れるのは構わないが、このままではおチビたちが疲れ果ててしまいそうだ。

 そこで余裕のある者がおチビたちをおんぶして進むことを提案してみたが――


「であれば、ちょうど良いのがおるじゃろ。のうトロイ」


「ハッ、お任せください!」


 トロイが人型フォームから馬型フォームに、さらにそこからにゅぅーっと胴が伸び、ダックスフンドのような姿になる。


「さあ子供たち、私の背にお乗りなさい」


 わぁーっと喜んで乗るノラとディア、そしてラウくん。

 メリアはちょっと遠慮がち。

 俺としてはなにかの拍子に背中から三角の台が突き出さないかちょっと心配だが……。


「なあ爺さん、あいつの背中……大丈夫なんだよな?」


「最初は儂も不安を覚えたが、まあ杞憂じゃったよ」


 爺さんは自信ありげ。

 何気に懐いているトロイだ、爺さんに恥をかかせるような真似はしまいと頑張ることだろう。

 おそらくは大丈夫。

 でもやっぱりちょっと不安もあったり。


 こうして進行速度は上がり、楽ちんになったおチビたちは記念にときゃっきゃしながら森の様子を撮影。

 危険な森の中にあってまったく恐れを見せないのは、それだけ俺たちを信頼しているということなのだろう。

 エレザの腕を掻き抱いておっかなびっくりなシセリアも、ちょっとはおチビたちの余裕を見習ってもらいたいところである。


 そしてしばしの行進のあと、俺たちは実験現場へと到着した。


「たぶんこの辺りだったと思うんだ。森は森なんだが、この森にもともと生えていた草木とは違う……よな?」


 ちょっと自信がない。

 事故直後は、なんかぐわっとしたあと、ふわふわっと辺りの様子が書き換わったのでわかりやすかったが、さすがに時間がたっているため断言ができないのだ。


「ふむ、そうじゃな。なんとなくじゃが、なんぞかおかしな感じになっとるのはわかるぞ」


「おそらく間違いないわ。試練の森でよく見た植物ばかりだもの」


 ヴォル爺さんとルデラもそう言うので一安心。

 よかった。

 これでどこだかわかんなくなっていたら、どれほどシルに怒られることになっていたか。

 せっかく家を贈ってご機嫌取りをしたのに今回のことですっかり台無しなのだ。

 これ以上の失態は控えたいのである。


「さて、ここまでは来たが……シャカ、どうするんだ?」


 尋ねると、シャカはするりと頭から離れて地面へ着地。

 それからあっちこっちをとてとて歩き回り、やがて俺たちから少し離れた場所で「にゃお~ん」と鳴いた。


「こっちに来てほしいと仰ってますよ」


「わかった」


 招かれるまま皆で移動すると、シャカはちょーんとお座りした状態でにゃーおにゃーおとしつこく鳴き始めた。

 この鳴き声の感じだと俺には『お腹すいたよー、ごはんちょうだーい、ちょうだいよ~』と騒いでいるように聞こえてしまう。


「シャカはなんだって?」


「これはわかりませんね。猫たちが転移門を用意するときの、あの鳴き声に近いものだと思います」


 そうなるとクーニャではわからないか。


「大人しく見守るのがええじゃろうな。おそらくじゃが、シャカ殿はこの場の歪みを正そうとしておる」


 そうヴォル爺さんが言った――その時だ。


「あれ……? シャカ……!?」


 鳴きっぱなしだったシャカが、ふわ~っと透けて消えてしまった。


「どこいった……!?」


「いや、違うぞ。これはシャカ殿が消えたのではない。儂らの方が消えたんじゃ」


「は?」


「歪みが正されたんじゃよ。儂らはあるべき場所に戻った『場』に乗って魔界へ来たんじゃ」


「あれ!? じゃあもうここ魔界か!? 事故のときはもっとこう、ぐわっとした感じがあったんだが!」


「お主の場合は無理矢理にねじ曲げたからではないか? シャカ殿がやったことは絡まった糸をほどくようなものだったんじゃろう。要は干渉できればよかったわけで、そう力は必要せんかったのじゃろうな」


 マジかー。

 すげえすんなり魔界に到着しちまった。


「あの! あの! じゃあシャカちゃんは向こうに取り残されちゃったってこと!?」


 心配したのか、メリアが騒ぐ。


「そういうことになると思うが……」


 こういう場合、シャカはどうなるんだ?

 向こうからでも俺の中に戻れるのだろうか?

 ちょっと目を瞑って確認してみると――


『んなぁー……』


 居たわ。

 珍しくひっくり返ってのへそ天でぐったりしている。


「安心しろ。シャカは俺の中に戻ってる。役目は果たしてくれたし、だいぶお疲れな感じだからしばらく休ませよう」


「なら良いわ。もっと仲良くしたかったけど、それは次の機会ね」


 シャカが無事なことを知り、メリアはほっとしたようだ。


「さて、ひとまず魔界に来たようだが……これからどうする?」


「そうねえ、すぐにでも森の入り口に戻りたいところだけど……いきなり放り込まれることになったから、どの辺りにいるかよくわからないのよね」


「それなら問題ない。私が森の上にでて確認すればいいだけだ。ここはケインを働かせたいところだが……なにかの拍子にそのままどこかへ飛んでいってしまったら面倒だ。事態の悪化はまぬがれん」


 シルがやれやれといった感じで言うと、ルデラ母さんはふふっと笑う。


「苦労しているのね」


「んんっ。ま、まあ仕方ないのだ。私にはこいつを見つけてしまったという責任があるからな」


 責任て……。

 どうやらシルの好感度低下は深刻なようである。


「ではちょっと見てくるから、少し離れてもらおうか。ほらペロ、ラウくんのところへ行くといい」


 そう言いつつシルは抱えていたペロを下ろす。

 が、ここでペロは予想外の行動を起こした。


「わおわお~ん!」


 急に元気よく吠えたかと思うと、そのまま森の奥(?)へと駆けだしてしまったのである。


「おいペロ!?」


「ヴェロアちゃん!?」


 いったいペロはどうしたというのか。

 せっかく行方不明事件が解決しそうだってところで、今度は自発的に行方不明になるとか。

 戸惑っているうちに、ペロの姿がもう森の景色に紛れて見つけられなくなってしまう。

 今はまだ気配を捕捉できているが、あまり離れられるとそれもおぼつかなくなる。


「ひとまず私が追うわ! 皆は後から――」


 とルデラ母さんが焦って声を上げた、その時だ。


「ピヨ! ピヨヨ! ピヨー!」


 アイルの椰子の木の上に鎮座しているピヨが騒ぎだした。


「師匠、なんかグロールが任せろみたいなこと言ってるぜ。ペロが向かう先はわかる、みたいな」


「はあ? ホントかぁ?」


 どうも疑わしい。

 そしたらピヨが荒ぶりだした。


「ピヨッ! ピヨォーッ! ピョピョピョォーッ!」


「なんだって?」


「いや、怒って師匠に罵声をぶつけてるだけ」


「なんじゃそら」


 ピヨが暴れるので、アイルの椰子の木は強風に煽られたようにびよーんびよーんと大きく揺れ、その様子をおチビたちは『ほわー』と楽しげに眺める。


「お前たち、あまり熱心に見つめるな。うっかり催眠術にかかって、自分を鳥だと思い込んじゃうかもしれないぞ」


 そこらでバタバタするだけならいいが、木の上からアイキャンフライとかはさすがに困るからな。


 ともかくここでペロに行方不明になられては、わざわざ魔界に来た意味も行方不明になってしまう。

 いまいち信用してよいのか謎ではあるが、ひとまず俺たちはピヨの誘導に従い、どこかへ突撃してしまったペロを追うことにした。

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