第8話 懐かしの爆心地へ

 そして翌日の早朝。

 まずは魔界へ向かう面子を宿の裏庭に集めて点呼を取る。


「はい! はい! ノラいるよ!」


「は~い! ディアです!」


「……ん!」


「あお~ん!」


「元気があって大変よろしい。だが名前を呼ぶ前に返事をするのはよしてくれないか」


 点呼もなにもあったもんじゃなかった。


「えー、まあみんな居るってことでいいか……」


 出鼻を挫かれたこともあり、結局はおざなりな確認で終わる。

 もうなんか一チームくらいの人数であるが、まだこれくらいならざっと見回してみれば誰がいるくらいはわかるのだ。


 集まっているのは俺、シル、ノラ、ディア、ラウくん、ペロ、メリア、シセリア、エレザ、クーニャ、アイルと頭の椰子の木に鎮座するピヨ、ヴォル爺さん、トロイ、ルデラ母さん、さらにシャカとニャンゴリアーズで、お見送りのためにいるのがグラウ父さん、シディア母さん、フリード、あと影ながらメリアの護衛をしている面々である。


 このうち、今回の遠征に不可欠なのが主役たるペロ、ゴメンナサイに伺う俺、一緒に謝ってくれるシル、事情を説明してくれるルデラ母さん、それから取り成し役をしてくれるクーニャだ。


 一方、一緒に行きたくて行きたくて仕方なくての参加がノラ、ディア、ラウくんであり、メリアはべつに魔界へ行きたいわけではないものの、この三人のまとめ役として同行しないといけないという使命感によって参加となった。


「だって心配じゃない。うっかり目を離したら、どこかへいっちゃいそうだもの」


 お姉ちゃんとしての責任感か、それともパーティーリーダーとしての自覚でも芽生えてしまったのか、ともかくメリアも同行するのでおちびーズは全員参加である。


 エレザもおそらくメリアのようにノラたちの面倒を見るための同行だろう。

 そんなおちびーズとは逆に、本当に行きたくなさそうなのがシセリアである。


「生きて帰れる気がしない……! だって世界全体が魔境のようなものなんですよ……!?」


 ずいぶんと悲観しているようだったが、それでも同行を拒否されないならついていこうとする根性は立派である。

 そして同行する面子で、よくわからないのがヴォル爺さんとトロイだ。


「守らねばならん……! 子供たちを、そして魔界を……!」


 本当によくわからない。

 昨日、魔導学園から帰ってきた爺さんはペロの話を聞き、なにかと騒いだ。


「たった半日ほど目を離しただけでこれなのか!?」


「いやこれは過去の行動が影響しての話だから」


「それはそれで恐ろしい話じゃな……。お主がいくら大人しくしていようと、過去が亡霊のように祟るんじゃろ……?」


 まさにその『過去の亡霊』的な奴がなにを怯えてやがるのか。


「しかし謝罪に向かうのか……。もちろん当然の話ではあるが、お主が関わるとなると、これもう行かせない方が結果的にはええような気もするんじゃが……」


 さらになんか失礼なことまで言い始める。

 結局、爺さんは勤め始めたばかりの学園に休暇願を提出、すんなり受理され、どうか頑張ってくださいと励まされたようだ。

 まあ爺さんは元国王だし、難しい話し合いの際には役立つかもしれない。

 その一方で、そんな期待がまったく持てないのがお供のトロイである。


「相手方に警戒されかねないから、お前は残ってもらいたいんだが……」


「いえいえ、私は使い魔ですから主に同行しませんと。それに魔界は犬や狼の獣人が多いのでしょう? きっと人型でいれば、皆さん私のことは馬の獣人と思い仲良くしてくださるはずです」


「いやお前の場合は馬の獣人よりも馬頭の人魔だからな? 魔物だからな?」


 一応、説得を試みたが、まさに馬の耳になんとやらでトロイは聞く耳を持たない。

 まあ考えてみれば爺さんも人魔の枠組みだし、爺さんが同行する時点で相手方を刺激しないように、なんて気配りは意味のないものなのかもしれない。


 さて、このように集まった面子は必要に駆られて向かう者、観光気分の者、保護者のつもりの者、仕方なく向かう者、よくわからないが向かう者と様々であるが、ここで最後に利己的に便乗する者がいる。

 アイルである。


 ここしばらく鳥料理を作りまくって写真をとりまくっていたアイルだが、当初は同行するつもりがなかった。


「師匠、すまねえ! 今は完璧な鳥料理の写真を撮るのに必死なんだ!」


 写真付きメニュー実現のため、アイルは何度も料理を作りなおしては撮影するという苦労を重ねていた。

 だがあんまり写真の料理が見事すぎても、実際にでてきた料理が違うって話になるからあんまり良くないんだよな……。

 ハンバーガーとかその最たる例だ。


 このようにアイルは無駄に忙しくなっていたのだが――


「ええい! 世界を相手に商売をするつもりならば、魔界を見学に行ける機会をふいにするのではないわ!」


 すっかり『鳥家族』の事業計画責任者になったヘイルに怒られ、しかしもっともな話だと納得したアイルは魔界に同行する気になった。

 正直、アイルはべつに付いてこなくていいのだが……。


 まあそんなわけで、以上が魔界へ突撃するイカれたメンバーだ。


「んじゃ、さっそく向かうが……その前に、これだ」


 ニャンゴリアーズに森の中――自宅跡地へ転移門を開いてもらうべく、俺はシャカの勧め通りおやつを与える。


 今日はいつものチ○ールではなく、カップ容器に入ったゼリータイプのぽんち○~るをそれぞれ一つずつ、プッチンなプリンのように皿にあけて差し出す。

 猫どもはまずエキスをぺろぺろ舐め、やがてドーム型に固められた魚のペーストとフレークによるゼリーをもっちゃもっちゃと一心不乱に食べ始めた。


 その様子をおチビたちはせっせと撮影し、ペロが『こっちにもなんかよこせコラー!』と、あるいは侯爵令嬢らしく『わたくしにもお寄こしあそばせ』なのか、ともかくおねだりしてくる。


「なーう、にゃおーん」


『にゃーん』


 やがてシャカが呼びかけ、ぽんち○~るを食べ尽くして満足げな猫どもがこれに応える。


「えーと、ではさっそく、ケイン様が暮らしていた場所に向かうとのことです」


 クーニャの翻訳を聞き、いよいよだとノラとディアがはしゃぐ。

 するとそこで、ヴォル爺さんが尋ねてきた。


「のう、前にお主が『殺生岩』を家の基礎に使ったと聞いたが、子供たちを連れていって大丈夫なのか?」


「大丈夫だ。基礎ごとごっそり吹き飛んでなにも残ってないから」


「どうしてまた吹き飛ばしたのか気になるが、おそらく碌な話ではないのじゃろうなぁ……」


「やかましい」


 失敬なと言いたいところだが、これについては爺さんの言う通り。

 ちょっと悔しい。


 と、そんな会話をしているうちに猫どもがシャカを交えてあの合唱を始めた。


『のこのこのこのこのこのこ、おぁ~ん! のこの……おぁ~ん! よんにょんにょむぅー、おぁーうあぅおぅ、よんにょん、のこのこのこのこの……!』


 やがて転移門が出現し、初めて見るヴォル爺さんやルデラ母さんはちょっと驚いているようだった。

 そこで――


「ではしゅっぱーつ!」


「ぱーつ!」


 先陣を切り、さっそく突撃しようとするノラとディア。


「はい待ったー!」


 しかし、慌てたメリアが二人の襟首を掴んで止める。

 二人は仲良く「むぎゅ」とうめいた。


「向こう側は大森林なのよ!? もしも出てすぐのところに恐い魔獣がいたらどうする!」


「うむ、その通りだ。まずは私とケインが向こう側にいって安全を確認するからそれまで待つんだ」


 メリアとシルに言われ、二人はちょっと残念そうな感じではあるが「は~い……」と素直に返事。

 まあそんなことをしている間に、シャカを先頭に猫どもがすたすた転移門をくぐって向こうにいってしまったのだが。


「ではケイン、行くぞ」


「へーい」


 シルに引っぱられるようにして俺は転移門をくぐる。

 景色はすっかり慣れた宿屋周辺から一変して、もう懐かしさを感じる俺が二年をすごした森の空き地へ。

 変化というと――


「ありゃ、池になってるな」


 忌まわしき爆心地には雨水が溜まったのか、それとも地下水が染み出してきたのか、綺麗な円形状の池になっており、その周囲には草が生い茂っていた。

 こうして眺めるぶんにはのどかな感じのする良い場所だ。


「ひとまず危険はなさそうだな。気配もないし。でも一応、きつめに威圧しておくか?」


「やめておけ。また森に異変があると騒動になる。この辺りの魔獣は馬鹿ではない。お前がいれば迂闊に近寄ってはこないだろうさ。私もいることだしな」


 どうやら安全と確認できたので、さっそく俺は転移門の向こう側で待っている皆をこちら側へと招き入れることにした。

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