第7話 そうです、私が犯人です
「金狼族が……それも子供が、大森林にいるわけはない。そう納得してしまったのが間違いだった……」
俺をクワッと睨んでいたシルだったが、やがて目を瞑り悔やむように呟き始めた。
「よく考えるべきだった。あの森はどんな珍事も起こりうる状態にあったのだと……」
「どうしたん?」
「どうしたではないわー!」
またクワッと睨まれる。
恐いお。
「まったくお前はもぉー。ほら、言え、いったいなにをした?」
「なにをって、え、俺を疑ってるの? いやいや、俺はペロの誘拐なんてしてないよ?」
「意図的に誘拐したわけではないのだろう。おそらくはお前がしたなにかにペロは偶然巻き込まれてしまったのだ」
「なにかって……」
「思い当たることがあるだろう? 言ってみろ。みすみす見過ごしてしまった私にも責任がある。一緒に謝ってやるから」
「ええぇ……」
どうもシルは絶対の自信があるようで、俺が『わんわん侯爵家わんこ御令嬢行方不明事件』の犯人だと決めつけていた。
極めて遺憾ではあるが、シルがこうも言うのだ、ひとまずここは過去の出来事を思い起こし、その上で俺が清廉潔白であると主張すべきだろう。
ペロと遭遇したのは半年――いや、今からすればもうちょっと、だいたい九ヶ月ほど前のことになるだろうか。
その頃の俺は……ああ、そうそう、いいかげん〈猫袋〉を完全なものにしようと、自宅からちょっと離れた場所で思い切った実験をおこなったのだった。
確かあの時は空間異常が発生して、森の一部が知らない場所に置き換わるという事故……事故が……。
「すぅー、ふぅー、はふぅー」
思わず乱れそうになった心を、俺は意識的に深呼吸することで落ち着かせた。
ああ、確かに認めたくないものだ。
自分自身の、若さ故の過ちというものは。
「あのー、なんか思い当たることがあるような気がしないようでもないんですけどね、違うんです、悪気はなかったんです」
「いいから言え、ほら、言うんだ」
「ううぅ、実はちょっと魔法の実験をしましてね……」
渋々、俺は実験の際に起きた出来事を話した。
「ペロが現れて餌をねだるようになったのは、確かにあの後からなんだよなぁ……」
「決まりだな」
「そ、そうかな? もしかすると違うかもしんないよ?」
「ではそれが明らかになったとき謝るから、それまでお前は犯人として神妙にしていろ。めっ!」
「うぐぐ……」
お母さんが幼い子供を窘めるときにやる「めっ」と違い、シルのは『この馬鹿者め!』の『めっ』であるため迫力があって恐い。
「すまない、どうもこいつが事の発端のようだ」
「ああいえ、シルさんが謝ることはないのよ? ケインさんにしても悪気はなかったようだし……。あー、でも向こうでは騒ぎになっちゃってるのよねぇ……。あの人から聞いてはいたけど、これまたさっそく……いえ、この場合は『さっそく』とは言わないのかしら?」
衝撃(?)の真相を知ったことで、ルデラ母さんは戸惑っているような、狼狽えているような。
「ひとまず、この……事件? その流れを一度整理してもいい? いずれオルヴァイト家やジンスフィーグ王国に詳しい事情を伝えないといけないから……」
このルデラ母さんの提案により、情報を継ぎ接ぎして『わんわん侯爵家わんこ御令嬢行方不明事件』の全体像を把握することになった。
まず最初の舞台となるのは魔界である。
そこではペロが侯爵家のしきたりに従い、試練の森での儀式に臨んでいた。
その頃、汎界のアロンダール大森林では、俺が〈猫袋〉完成のための実験を試み、盛大に失敗、空間異常が発生する。
この空間異常は魔界にまで及び、儀式中だったペロをアロンダール大森林に転移させる結果となった。
魔界ではペロが行方不明ということで侯爵家は大慌て。
さらに国王がこの出来事を魔界制覇に乗り出す口実に使い始めたことで事態は侯爵家の問題から国の――ひいては魔界全体の問題にまで発展する可能性が高まってしまった。
一方その頃、大森林にいるペロは俺が与える燻製肉が好物となっていた。
前触れもなくやってきては、騒がしく吠えて燻製肉をねだり、堪能したあとはさっさと森に帰るという、無邪気さを武器としての強奪を繰り返すけしからん子犬に成長していた。
そして舞台は再び魔界。
戦国時代に逆戻りなんて事態を防ぐためにも、侯爵家は元王金級冒険者という実績を持ち、ユーゼリア王国第二王子の妻という政治的な地位にもあるルデラ母さんに事件の調査を依頼。
友人の頼みということもあり、ルデラ母さんは魔界へはるばる出張しての長期間に及ぶ調査を開始。
しかし解決の糸口は掴めず、ただ時間ばかりが経過する。
で、一方その頃、森を出た俺を追い、ペロは王都ウィンディアに到着。そのまま森ねこ亭に居着き、ディアやラウくん、途中から合流することになったノラに遊んでもらって楽しい毎日を送る。
「それで私が戻ってきて――ということなのね。ヴェロアちゃんが楽しく暮らせていたことは幸いなんだけど……」
「あー、えー、侯爵家には、ペロはなに不自由なく、面白おかしく暮らしていたとお伝えください」
「お伝えくださいではないわ! お前も謝りにいくに決まっているだろうが!」
「や、やっぱりゴメンナサイしにいかないといけない?」
「当たり前だ」
「そうかー、となるとペロを返しに魔界までおでかけかー……」
これまたえらい遠出である。
考えてみれば転移してきた森からそれほど離れるのはこれが初だ。
「えー、ペロちゃん帰っちゃうー?」
「……ちゃう?」
「うー、わふぅー」
そろそろペロとお別れしなきゃいけないことがわかってきたか、ディアとラウくんはとても残念そうだ。
仲良しだもんね、完全に宿で飼う気になってたもんね。
「ペロちゃんとはもっと一緒にいたいけどー……。うーん、やっぱりお母さんに会いたいもんね?」
「わん!」
ノラの言葉に吠えて応えるペロ。
ペロとしてもおチビたちとの別れはつらいようだが、やはり家族のもとへは帰りたいか。
「さて、すでに大ごとだが、ペロを返し事情を説明すればまだどうにかなるだろう。ともかく急いで魔界へ向かう必要があるから、ここは私が飛ぶしかないな」
「あ、みんなで魔界いくの!?」
シルの話を聞き、寂しげな様子から一転ノラが嬉しそうに言う。
しかし――
「い、いや、今回は遊びに出掛けるわけではないから……。それにほら、全員は乗せられないんだ。だから、行くのはこいつとペロと、あとルデラだな」
自分たちは同行できないとわかり、なんかずっと唖然としっぱなしのメリアを除くおチビたちはしょんぼりした。
その一方で明らかにほっとしたようなシセリアがおり――
「はい!」
また一方では、びしっと挙手をするクーニャがいたりする。
「お前はいらん」
「いえいえ、そんなことはありませんよ? 謝罪に向かうのですから、ここは神官である私を同行させた方がよろしいのでは? 心証が違いますよ?」
「あー、そうか、確かにそれはあるな……」
シルは嫌そうに納得するが、俺にはどういうことかわからない。
「なんでクーニャを連れていくといいんだ?」
「それはですね、魔界の成り立ちが関係してくる話です。魔界はニャザトース様の慈悲によって誕生した世界ですから、魔界に住む人々の多くは熱心なニャザトース教の信徒なのです。当然、神官は敬われるため、取り成し役としてちょうどよいのです」
「なるほど、そういうことなら同行してもらった方がいいか……」
こうして魔界遠征組は俺、シル、ペロ、ルデラ、クーニャということになる。
ノラとディアが『行きたいなー、一緒に行きたいなー』と目をきらきらさせてアピールしてくるが、今回はあきらめてもらうしかないだろう。
そう思っていたところ――
「おや?」
俺の手前に亜空間の渦が発生。
そしてそこから、にょろりんとシャカが現れた。
「にゃ」
「シャカちゃんだー!」
そう叫んだのはメリア。
これまで話についていけない感じだったが、唐突に覚醒すると『こいつぁレアな猫だぜ!』とばかりにスマホを構えて写真を撮りまくる。
さらに触発されたノラとディアも一緒になって撮影。
ここ一週間ほどですっかりカメラに慣れたな……。
「この子がシャカちゃん? 見た感じは普通の猫ちゃんなのね」
ノラから聞いていたのか、ルデラ母さんはちょこんとお座りしているシャカをまじまじと観察する。
「なーご、なーご、なうにゃうー」
やがてシャカは一部の大騒ぎを気にする様子もなく、俺たちになにかを訴え始めた。
皆の視線は自然と翻訳係のクーニャへ向けられ、それは聞いてなかったらしくルデラ母さんは「なに? なに?」と周りを見回した。
「えー、シャカさまが仰るには、その事故の現場へ出向けば、魔界への門を用意できる……かもしれない、と」
「んあーう、おうおうー、おあーん」
「えー、でもまず森へ向かうためには猫たちの協力が必要になるので、おやつをあげてご機嫌を取ってね――だそうですよ」
「つまり……行こうと思えばすぐに魔界まで行けるってことか?」
「にゃん」
「そのようです」
「ならそっちの方が手っとり早いな……。じゃあさっそく向かう?」
「え!? いえ、あの、ちょっと待って。今から向かうのはさすがに性急というものよ。準備する時間がほしいわ。せめて明日に」
「そうだな……。今から向かってもあれこれしているうちに夕方になっちまうだろう……って、あれ、時差とかどうなってるんだ?」
「え、時差? 一番近い魔界門からだと、そんなに変わらないような……?」
「なら気にする必要はないか。じゃあ明日の朝に出発だな」
「明日の朝というのも早いのだけれど……そうね、急ぐべきね」
魔界へとんぼ返りというか、ピッチャー返しのような勢いで戻ることになったルデラ母さんもひとまず納得。
こうして俺たちは明日、魔界へお出かけすることになった。
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