第6話 犯人はこの中にいる!

 ルデラ母さんが話を始めるにあたり、まず改めての自己紹介があり、居合わせた者たちもこれに倣って順番に自己紹介をした。

 やはりラウくんの手は親指を曲げての『六歳』で、俺としては『七歳』になったとき曲げる指は人差し指なのか小指なのか気になるところだ。


「うーん、まずどこから話せばいいかしら……?」


 へっへっへ、と嬉しそうなペロを抱えてテーブルについたルデラ母さん。

 同席する面々の多く――おちびーズ、シセリア、クーニャは並べられたお菓子に集中しており、話を聞く態勢になっているのは俺、シル、あとエレザくらいのものである。


「ケイン様は魔界のことをあまり御存知ないので、まずはそのあたりから説明するのがよろしいかと」


「……」


 エレザがそう促すと、ルデラはやや困惑げな目を向ける。


「なにか?」


「あなたが幼くなってる違和感にまだ慣れてないのよ……。まあいいわ、じゃあ始めに魔界のことを簡単に説明しましょうか」


 魔界については前にクーニャからちょっと聞いていたので、ルデラの話はまずそのおさらいとなった。


 なにがどうして閃いたのか知らないが、猫をより大切にするには犬を滅ぼせばいいと思いついたアホがいて、なまじ神を敬っているだけにその思想は広まり、最終的には犬を差別するばかりか、犬に属する獣人、動物、魔物、すべてを滅ぼすという超過激思想へ到達した。


 犬を保護しようとする人々にも牙を剥く、まさに狂犬とでも言うべきこの集団、名称は抹消され、現在では便宜的に『古き異端』と呼ばれているらしいが、俺としてはいまいちぴんとこないため勝手に『絶対わんわん殺す団』と命名した。


 で、この『絶対わんわん殺す団』があまりにやんちゃするので、事態を重く見た神さまが動き、犬に属するものたちの避難所を用意。

 これが魔界である。


 魔界への入り口は犬に害意を持つ者は通り抜けられず、この事実は『絶対わんわん殺す団』の活動が神の意に沿わぬものであるという証明となり、そこから『絶対わんわん殺す団』は衰退していった。


「それで魔界はどんなところかと言うと、実はこちら――汎界とそう大差ないのよね。魔素が濃いから魔境に近い環境ではあるけど」


 だだっ広い荒野があるだけでは、避難した犬たちが生きていけるわけもなく、魔界はこっちの世界と同じようにさまざまな動植物が生息している環境であるようだ。


「でも世界の規模は小さな大陸ひとつらしいわ。これは実際に詳しく調査されたわけではなくて、飛び回ったことのある竜の証言ね」


「魔界と聞くとちょっと恐ろしげだが、実際はなんのことない、ちょっと小ぶりな普通の場所ってことか」


「そういうこと。それでここからは大まかな魔界の歴史。その移住した――ひとまず犬に属するものをまとめて『犬』って表現するけど、その『犬』たちが幸せに暮らしました、では終わらなかったのよ」


「というと?」


「新しい環境に慣れて落ち着いてきたところで、各地で争いが起きるようになって、最終的には長い戦国時代が始まることになったの」


「ええぇ? それは……世界が狭いことによる精神的な負荷を発散させようとか、そんな感じで?」


「ううん、そんな難しい話じゃないの。単純な……だって、犬だし」


「うん?」


「ほら、犬って強いものが上に立って、弱いものは従う『群れ』の生き物でしょ? 犬ばっかり集まったものだから、自然とそうなっちゃったのよ」


「あー、そういう……」


 本能の影響で修羅の国へ寄っていっちゃったのか。


「まあそれでも、『古き異端』のように、殺し尽くそうなんて話ではないから、そこはずいぶんマシなんだけれど……」


 安寧の地へ移住した『犬』たちによるそれぞれの群雄割拠。

 長きにわたる闘争により、『犬』たちは時代がくだるにつれどんどん強く逞しくなっていったそうだ。


「それでペロは強かったのか」


「あ、ヴェロアちゃんが強い理由はそれだけではないわよ? ヴェロアちゃんは金狼族っていう、魔界でも特に強い種族なの。ちなみに魔界は今、八つの国によってまとまっていて、ヴェロアちゃんはそんな国のうちの一つ、ジンスフィーグ王国、オルヴァイト侯爵家の娘さんよ」

 

「え? 侯爵? 犬なのに……?」


「こら、ヴェロアちゃんは狼よ」


「あ、いや、その、魔界では狼が侯爵になれるのかな、と」


「ん……? ああ! そうね、知らないんだから不思議に思うわね。えっと、金狼族は人の姿にもなれるのよ」


 これを聞き、えっ、とお菓子に夢中だったおチビたちの手が止まる。


「ペロが人にねえ……」


 俺はどうもペロが人の姿に、というのがすんなり納得できない。

 すると隣のシルが言う。


「ケイン、ほら、私たち竜のようなものだ」


「そうなんだろうが……どうもあの姿だとな」


「子供ができたとき母親が狼の姿でいたのだろうな。このあたりは竜も同じ――あー、えっと……その……」


 なんかシルが急にもじもじ。


「どうした……?」


「どうもせんわっ!」


「なんで怒るの!?」


 わけもわからず怒られる俺を、にやにや眺めつつルデラが言う。


「金狼族は多産だから狼の姿の方が都合がいいのよ。ヴェロアちゃんは三つ子で、下に弟と妹がいるわ。だいたい十歳になる頃には人の姿にもなれるようだから、もうしばらくはこのままね」


 そういいながらルデラがペロをもふもふすると、なにを思ったのかペロはもぞもぞルデラの腕から抜け出してテーブルに上がる。

 いったいどうしたと皆が眺めていると――


「あおーん!」


 ペロは吠え、それにともない体が光に包まれた。


「え、まさか……!?」


 驚くルデラ母さん。

 光は強くなり――その光の中でペロはすくっと立ち上がった。

 そして光は消える。

 うん、どう見てもペロが後ろ足立ちしてるだけだな。


「わおん」


 ペロはなにやら誇らしげ。

 でもそれ人化ではなく、いわゆる『チンチン』って芸なんだよな。

 ここは指摘してやるべきかと口を開こうとしたところ――


「わー! ペロちゃんすごーい!」


「すごいすごーい!」


 ノラとディアが騒ぎ出し、これにつられてみんなペロを讃えだす。

 ペロがよちよち歩くだけで歓声が上がり、写真を撮りまくり、なんか人化までもうひと息とか無茶なことも言っている。


 ああ、言いたい、すごく言いたい……!

 それは人化と関係ないと! 芸だと!

 でもこの雰囲気でツッコミを入れるのはさすがに憚られる。

 なんという疎外感であろうか。

 思わずビリー・ジョエル風に『オォ~ゥ、チンチーン』と歌いたくなるくらいだ。


「……くっ、シル、俺を褒めてくれ、我慢してえらいって褒めてくれ……!」


「お前はいったいなにを言っているんだ?」


 シルは戸惑ったものの、ひとまず「えらいえらい」と頭を撫でてくれ、これにより俺は場の雰囲気をぶち壊さずにすんだ。



    △◆▽



 さて、ペロの一発芸によりちょっと話はそれてしまったが、一通り騒いだあと軌道修正がはかられた。


「金狼族の中にも差はあって、まさにその名が表す通り、毛並みや瞳が金に近い者ほど強いの。ヴェロアちゃんほどの姿で生まれた者は、侯爵家の歴史でも数えるほどなんですって」


 ペロは特別なわんわんだった。

 きっと狼なのにわんわん吠えるのも、そのあたりが関係しているのだろうと俺は納得する。


「それでここからが重要なんだけど、侯爵家ではそういった子に課される儀式があるの。五歳になったところで、侯爵家にとっての聖地――試練の森の奥へ向かい、祖霊から加護と神託を受けるっていう」


「もしかして、そこでペロは行方不明になったのか?」


「そうなの。家族はもちろん、国王も訪れて、試練に臨むヴェロアちゃんを見送ったんだけど、しばらくしたところで、なにかとてつもない、まるで世界を書き換えてしまおうとでもするような、得体の知れない力の働きを感じたらしいわ。最初はそれが試練なんだろうとみんな思ったようだけど、いくら待ってもヴェロアちゃんが戻らなくて、それで試練は中止、捜索が始まったの」


「でも見つからなかった、と」


「ええ、途中までは足取りをたどれたみたいだけど、まるでその場から忽然と消えてしまったように痕跡がなくなっていたらしいわ」


 まるで神隠しのような話である。


「それでね、もうヴェロアちゃんが消えちゃっただけでも侯爵家としては大問題なんだけど、さらに居合わせた国王がね、これはこの国の勢力が高まるのを恐れての、他国の工作であるとか言いだして、騒ぎがより大きくなっちゃったのよ」


「そんな可能性があるのか?」


「ないわね。その国王はどうも魔界統一主義に傾倒しているらしくって、これを口実にどこかに戦争をふっかけようと考えているみたい」


「魔界統一主義ってのは……?」


「ああ、ごめんなさい。魔界統一主義ってのは戦国時代からあるもので……要はもっとも強い者によって魔界は統一されるべきって考え方のことよ。国王は八つの国で安定している今の魔界をまた戦国時代に逆戻りさせて、自分が魔界の皇帝になろうと考えてるらしいの」


「そんなの残る七つの国に袋叩きにされて終わるだけのような気がするが……」


「そうよね。でも……やろうとするからには、なにか考えがあるんでしょう。ともかく侯爵家はこれはまずい状況だと判断して、個人的にも世間的にも信用のおける魔界外部の者――つまり私に調査をお願いしてきたの」


 調査の結果、ルデラは何者かが森に潜んでいた痕跡を発見したようだが、それでペロが誘拐されたと報告しようものなら、国王はますます戦の準備に力を入れることになってしまう。

 それに試練の最中、誰もが感じた『謎の力』を発生させるとなれば、もっとなにかしらの痕跡は残るはずで、ペロの神隠しとは無関係と判断したようだ。


「そんな力を発生させる存在となると、もうその祖霊しか思いつかなくて、もしかしたらヴェロアちゃんは今まさに試練を受けている最中なのではないかって話もでたわ。でも、それを証明しないことには国王は止まらないし……」


 調査は長引くが手がかりは見つからない。

 さすがにどうしようもなく、ルデラは申し訳ないと思いつつも調査を中止して帰国してきたようだ。


 で、ノラに見せられたのがペロ――ヴェロアの写真である。

 そらびっくりこいて宿に突撃もするわな。


「でもどうしてヴェロアちゃんがここに?」


 と、ここで今度は俺が説明する番となる。

 まあそう話すこともないので、簡単にペロとの出会いから、現在に至るまでを簡単に説明した。


「ヴェロアちゃんが魔界で行方不明になった時期と、大森林で発見された時期が重なるのはどういうことかしら? ヴェロアちゃんはあの時に発生した『謎の力』で大森林まで転移させられてしまった?」


「そう考えるのが自然だな」


 こうなると、その『謎の力』がなんなのか、これが気になるところ。

 考え込む俺だったが――


「……ん?」


 ふと、シルが俺を見つめていることに気づく。

 凄い目だ。

 まるで変態紳士を見つけたウサギ探偵のような目である。

 いったいどうしたん?

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