第5話 お母さんと一緒

「ではいってくるぞい」


「いってまいります」


 朝、トロイと名付けられた木馬魔人(馬フォーム)に跨がり、魔導学園へ出勤するヴォル爺さん。


 その不気味な姿は最初こそ仕事にきたドワーフたちに恐れられていたが、五日もすると受け入れられ、今では気軽に挨拶をされるようになっていた。

 さらにそればかりか、王様が跨がるのに木馬そのままは相応しくなかろうと、手綱や鞍をつけようとか、果ては馬鎧を用意しようなんて話が持ち上がり、相応しくあろうとするトロイはこれに乗り気だ。


 でも、いったい誰がそんな酔狂なことに金を出すのか?

 そう疑問に思うところだが、学園から支度金なんてものを貰った爺さんは、己の尻の安全のためと悪ノリするドワーフたちにトロイ用の装備を依頼したらしい。

 いずれ完成した装備をトロイが纏ったとき、あの出勤する姿は威厳が加わってのより不気味で迫力のあるものになるのだろう。


 そんな爺さんとトロイ、今のところ学園ではそれなりにうまくやっているらしい。

 爺さんは魔法のデモンストレーションによって実力を知らしめたことで生徒や教員は最初から従順、トロイの方は身に受けた魔法について細かく感想を述べ、術者へ適切なアドバイスをおこなうため最初は警戒されていたものの、徐々に信用を獲得しているとかなんとか。



    △◆▽



 基本的に森ねこ亭のにぎやかさは、ノラとディアのペアによるところが大きかったようで、ノラとエレザが王宮に戻ったことで宿は少し静かになった。


 ディアはノラに会えなくなったものの、与えたスマホで連絡が取り合えるので寂しがる様子はなく、むしろ夜になったらスマホでお喋りすることを楽しみにしているくらいだ。

 ただ、つい夜更かしをしちゃうようで、そのことをシディア母さんに怒られていたりする。


 何気にディアが怒られるのを見るのは初めてで、俺としては良い傾向なのではないかと思ったりしている。

 これまで閑古鳥に呪われていた宿だ、生活は貧しく、ディアは精一杯の良い子でいなければならなかった。それが楽しいことに夢中になって些細なやんちゃができるようになったのは、生活が改善されて心に余裕が生まれたということだろう。


 で、エレザが居ないことによる変化はというと――


「ふう、朝の訓練終わりです! ケインさん、お菓子ください!」


「ああ、しっかり食え」


 シセリアが悠々と羽を伸ばし始めたことくらいか……?

 それでもエレザに言いつけられたトレーニングはちゃんとおこなっていたりする。

 もちろん嫌々にだが、こっちも夜な夜なスマホで連絡を取り合っているので、そりゃサボるわけにはいかんわな。

 サボって嘘の報告をするのは、バレた時のリスクを考えるとあまりに割に合わないのだろう。


「あむ、あむ、あむ……!」


「おかわりもいいぞ」


 お菓子を頬張るシセリアは実に幸せそうで、つい先日までひどく落ち込んでいたのが嘘のようだ。

 単純に持ち直したのか、それともシセリアの中で心境の変化があったのか。

 ちょっと尋ねてみたいものの、もし理解の及ばぬ異次元の返答をされたらと思うと恐くて聞けない。

 俺にできることは、シセリアが求めるままに美味しいお菓子を提供することだけなのだ。

 が――


「うま、うま、うま……!」


「よし! ではこれより、シセリアがお菓子を一定以上食べちゃった際における追加訓練をエレザに代わり申しつける!」


「えっ」


 そう、現実とはかくも非情なものなのだ。



    △◆▽



 午後になるとドルコがシルさん家の模型を持ってきた。

 食堂の大きなテーブルにどーんと置かれた日本家屋もどきのミニチュアは大工衆が総出で拵えただけあって実に見事、ちょっとした芸術品のような出来映えだ。


「これ、すごいな! 貰っていいか!? 貰っていいよな、私の家なんだし! ちゃんと大事に飾っておくから!」


「お、落ち着いて、あのね、そんな揺さぶると俺の右脳と左脳が混ざっちゃうから……! ドルコ、どうだ、いいのか……!」


 興奮したシルにがくがく揺さぶられつつ俺は親方に確認。


「この模型製作も受けた仕事の一環じゃからな、貰ってもらえれば儂らとしても嬉しいぞ」


 はしゃぐシルを見てドルコはちょっと嬉しそう。

 貰えるとわかったシルはもっと喜んで、さらに俺をシェイクした。


 そのあと、模型で間取りなどを確認する。

 俺がせっせとイメージ画を拵えた甲斐があったか、外国映画に登場するようなヘンテコ日本家屋ほどにはおかしくない、和モダン寄りの家となっている。


「これでよいならさっそく取りかかるが……木材は任せていいんじゃよな?」


「ああ、俺が用意する」


 木材は良い感じに乾燥させたものを用意できる。

 ログハウスの残りと言うか、ほとんど残ってるやつが。

 あの洞からビームを放つ大木との戦いは無駄ではなかったのだ。


「地盤固めと基礎についても俺がやるから、どうしたらいいか教えて……いや、ここは慎重に爺さんと協力してやった方がいいか。シルに贈る家だからな」


「……!」


 シルがにやにやしながら俺に肩パン。

 痛いです。


「ふむ、ではそのあと儂らが骨組みを組んで、そこからはお前に確認してもらいつつの作業になるじゃろうな」


「そこはちょっと時間がかかるか。でもまあ、天候関係なしに作業できるから、普通よりはずっと早いだろうな」


 天候は建築に大きく影響するが、ドワーフたちが作業する空き地だけ守られていれば問題はない。

 きっとヴォル爺さんがなんとかしてくれるだろう。

 べつに俺がやってもいいが、爺さんは絶対止めるだろうから爺さんに任せるのだ。



    △◆▽



 そしてノラとエレザが王宮に戻って六日目の早朝。

 俺は出勤前のヴォル爺さんを捕まえ、協力して空き地の地盤を固めるとドルコの指示に従って基礎を作り上げる。

 そのあと庭予定地にある程度の長さで切断した木材を必要充分に用意した。


「えらく立派な……なんの木じゃこれ?」


「なんか『深王樹』とか呼ばれてる木だな。森に生えてた」


「は?」


 そのあと、ドワーフたちに寄って集ってとんでもない物をひょいひょい出すなとキレられ、しかしシルさん家の建材にするなら相応しいとか納得され、最後にはあまったら売ってくれとせがまれた。


「儂もちょっとほしいんじゃが。杖を作りたいんじゃが」


「ああもう好きにしていいから、作業を進めてくれ。あっちでやきもきしてるのが居るだろうが」


 と、皆で視線を向けた先に居るのは、工事の様子をせっせと撮影していたシルである。


「いや、べ、べつに、やきもきとかはしてないぞ。えっと……ほら、あれだ、ちょっとその木を見て、お前が頑張って討伐した木で私の家が建つんだなーと、なんとなく感慨深く思えたとか、そんな感じだ」


 おっと、これは下手すると昔の話が始まるな。

 それは勘弁してもらいたいので、俺はドワーフたちに仕事を急がせた。


 その後、爺さんは学園へ出勤し、建設予定地では大工衆による木材の加工が始まった。

 まさにいよいよ始まったという感じで、あまりにうきうきするシルは大工衆のために昼食を作ってふるまうほど。


『……ッ!?』


 まあ施主が大工に差し入れをするのはおかしなことではないと思うが、守護竜の手料理となるとさすがに大工衆も恐縮するらしく、なにがなんでも良いものに仕上げねばとちょっとした危機感すら抱いている様子だった。


 そして昼過ぎ、食堂でひと休みしていた時だ。


「ケイン様、お久しぶりです!」


 とくに前触れもなく宿にエレザが飛び込んできた。

 いつもの落ち着いた感じとは違い、なにやら慌てた様子である。


「久しぶり。どうした、なんか慌てて。ノラは?」


「私は先触れですのでノラ様もすぐ――ああ、もう来てしまいました」


「うん?」


 なんだと思ったその時、宿に女性が飛び込んできた。

 よほど急いできたのか、ぜーはー息を切らすその女性、年齢は本来の俺と同じくらいか、見るからに仕立ての良いブラウスに長いスカートを身につけている。髪は肩下あたりまでのややウェーブのかかった優しい赤で、瞳は萌黄色、そして脇に抱えているのが、ぱぁ~っと太陽のごとき微笑みを浮かべたノラである。


「ふむ、もしかして……ノラのお母さん?」


 雰囲気こそ違うが、なんとなく顔の作りがノラに近い――いや、この場合はノラの方が近いということになるのか。

 そんなノラのお母さん(推定)は、乱れた呼吸を整えつつ、こくこくとうなずいて俺の言葉を肯定しようとしていた。


「ど、どうも初めまして。ノラの母のルデラよ。本当ならもっとご挨拶とか娘がお世話になってるお礼とかしないといけないんだけれど、今はちょっと先に確認をさせてもらいたいことがあるの。ここにヴェロアちゃんがいるんでしょう?」


「ヴェロア……?」


 知らない名前を出され、はて、と首を傾げたところノラが言う。


「せんせー、ペロちゃんって本当はヴェロアちゃんなんだって!」


「んん?」


 ペロがヴェロアって……なんでルデラ母さんがそんなことを知っているのだろう。

 不思議に思うが、今はまずペロに会わせた方がよさそうだ。


「ペロなら宿の裏で遊んでもらってるから――」


 と言いかけたところで、そのペロが食堂に飛び込んできた。


「ああ……!」


 ルデラ母さんはぱぁ~っと嬉しそうな表情。

 ここはノラとよく似てるな。

 ルデラ母さんはノラをパージすると、しゃがみ込んで両手を広げる。


「ヴェロアちゃん!」


「わん!」


「ヴェロアちゃんよね!?」


「わんわん!」


「ヴェロアちゃん……!」


「あおーん!」


 ぴょーんと飛びついてきたペロをキャッチしたルデラ母さんはそのまま頬ずり。

 ペロもまた嬉しそうに悶えている。

 なにやら感動の再会的な雰囲気が醸しだされ、そのうちに裏でペロと遊んでいたディアとラウくん、メリア、そしてペロにヤンチャされてたのかお疲れな様子でぜえぜえしてるフリードがやってきた。


「あ、ノラお姉ちゃん、もどってきたの!」


「うん、お母さまと一緒に!」


 そうなんだーという反応のディア、ちょっと隠れ気味のラウくん、メリアはちょっと萎縮しているようだ。


「ホントは戻るのはもうちょっとあとだったんだけど――」


 とノラは王宮でなにがあったのかさらに説明。

 母親が帰ってきたあと、ノラはさっそくスマホで撮った写真を見せながら宿での生活について報告をしたようだ。

 これをうんうんと聞いていたルデラ母さんだったが、ペロの写真を目にしたところで様子が一変。


「なんかね、お母さまが捜してたお友達の子供って、ペロちゃんだったみたいなの」


 それでペロが本当にその捜していたヴェロアなのか確認すべく、ノラを抱え大慌てで王宮から宿まで走ってきたそうな。


「実はね、私、もっとちっちゃな頃にペロちゃんとも会ったことがあったみたいなの。ぜんぜん覚えてないけど」


 それを聞いて、ふと納得したのはノラとの出会いの状況。

 ペロが大人しくノラに確保されていたのは、ペロがなんとなくノラのことを覚えていたからではないか。


「しかし……どういうことだ?」


 ときおり、行方不明になった飼い猫を見つけたと思って家に連れ帰ったら、後日、本当の飼い猫が戻ってきて猫増殖、なんて話があるものの、ルデラとペロの様子からして他人の空似というわけではなさそうだ。

 どうしてまた魔界で行方不明になったペロが大森林にいたのか。

 一番の問題は解決したが、依然として謎は残ったままである。

 つか、行方不明のお子さんがペロだったってことは、その友人って犬なの……?


「ルデラ様、再会を喜ぶのはそれくらいにして、まずは事情を説明するのがよろしいかと」


 やがてエレザがペロときゃっきゃしているルデラ母さんに言う。


「あー、そうね。私ったら、ごめんなさいね」


 こうして俺たちはひとまずルデラ母さんの話を聞くことになった。

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