第36話 竜のおもてなし

 決着がついたと言うか、つけさせられたと言うか。

 ともかくシルの一撃によってこれ以上諍いを続ける気にはならなくなったため、やっとこさ服を着た俺はひとまず宿へ戻ることにした。

 しかしここでシセリアが言う。


「このまま帰られると困るんですけど! 無理言って場所を空けてもらったのに、大穴拵えてはいさよならは困るんです! 私が!」


 確かに、このまま帰るのは無責任か。

 俺がやったわけではないものの、犯人捜しなんてしたら藪から怒った竜が飛び出して来かねないため、俺は釈然としない気持ちをぐっと呑み込んでクレーターを埋める作業に取りかかる。


 立つ鳥跡を濁さず。

 蜜蜂は蜜を吸っても花を傷つけない。


 魔導王に「不条理な魔法じゃな……」などと呟かれつつ粛々と訓練場を均していたところ、ここにきて謎の団体さんが登場。


「あん? クロネッカ王国から来た?」


「はい。お詫びを申し上げたく、お伺いしました」


 現れたのはクロネッカ王国が派遣した『ゴメンナサイ使節団』。

 アフロ王子に絡まれたバーデン商会の間者たちはすぐ本国に連絡を入れ、もうダメだと諦めたクロネッカ王家は直ちにゴメンナサイするためのこの『ゴメンナサイ使節団』を編成して派遣したようだ。


 大急ぎで王都ウィンディアを目指した使節団は、今日の朝方に到着し、この国の王様にご挨拶と事情説明、そしてゴメンナサイをしていたが、その最中にバーデン商会崩壊の報告がもたらされたため中断してこっちに来たとのこと。


「まあそうじゃろな。こっちを優先するじゃろな」


 何故か俺の横で話を聞いている不気味なジジイ。

 使節団は気になっていたようなので、とりあえず自己紹介させたらみんなすごい顔になった。


「そ、そんな常軌を逸した事態になっていたとは……」


「おんしら賢い選択をしたぞ。いやホント。嫌味でもなんでもなく」


 それからも使節団によるゴメンナサイは長々と続いたが、俺としてはわりとどうでもよくなっていたのでへいへいと聞き流す。

 そんなゴメンナサイの中で耳を傾けるべき点は、迷惑をかけたということで賠償金を貰えるという話であった。

 確かに迷惑はかけられたので……これは貰っておいても良いか?


「ここは貰っておくのがいいじゃろ。クロネッカとしても、お主に受け取ってもらわねば気が気でないじゃろうからな」


 魔導王がそう言うと、使節団の面々はうんうんとうなずく。

 なんかいつの間にか魔導王が俺と使節団の橋渡し役みたいな立ち位置にいるんだが……。


 まあ話を簡潔にまとめてくれるのが助かるのも事実、そのまま好きにさせることにして、ひとまず俺は賠償金を貰うことにした。

 俺が成し遂げた証としての金銭ではないものの、これは『ちゃんとした所持金』でいいだろう。こっちは『よくわからん所持金』と違い増える予定もなく、無一文状態だったので正直助かる。


 こうして俺へのゴメンナサイがひとまず終わると、使節団は次に間者たちによって誘拐されたメリアにゴメンナサイを始めた。

 メリアにも賠償金が支払われることになり、さらにはクロネッカ王国の親善大使に選ばれ、間者たちはこれからメリアの護衛として影ながら活動することになるとかなんとか。

 もちろんメリアは戸惑った。


「いや、あの、他国の人間を親善大使ってどういうことなの……? と言うか、どこに対しての親善……?」


「そ、それは……」


 つつっと使節団の視線が俺に向く。


「あー、つまりはじゃな、クロネッカ王国による、ケイン殿への親善大使ということじゃな。新しく派遣するのではなく、すでに側に居る者に協力してもらいたいんじゃろ」


「それなら別に私でなくても……」


 メリアはそう言うが、どうだろう?

 まずシルは論外。ディアやラウくんはちょっと無理だろうし、ノラはこの国の姫だ。アイルを選ぶのは正気ではないし、エレザもアイルとどっこい。

 ではシセリアは……?


「……」


 何かを感じ取ったのか、シセリアはそそっとラウくんの背に縮こまって隠れた。

 んー、シセリアはこの国の騎士という立場があるし、こっちもちょっと無理か。


 クロネッカ王国としては、消去法でメリアを選ぶしかない。

 そう思われた選出だったが、最近、ヘイベスト商会は貴重な品を販売している商会であるとクロネッカ王家でも話題であり、それもあってメリアが選ばれたようだった。


「ボディーソープ、シャンプー、リンス……。なんだか原因を辿るとすべて貴方に行き着くんだけど……」


 メリアの視線がちょっと痛い。

 でも悪気がないことはわかってほしい。


 メリアは親善大使を辞退したいようだったが、使節団の面々が必死に懇願するため最終的には承諾することになった。

 やはり押しに弱いようだが、俺がクロネッカ王国に何かしら敵意を抱くことになった場合、それをなだめるという簡単なお仕事で給与が支払われ、何かと便宜を図ってもらえるというのだからこれはお得な話だ。


「私の立場がどんどん訳のわからないものになっていくわ……」


「あー、わかりますー、私わかりますよーその気持ちー」


 シセリアはにっこにこの笑顔でメリアにそう言った。



    △◆▽



 使節団のゴメンナサイが終わったあと、詳しい話はまた後日ということになり、俺たちはようやく宿に戻ることになった。

 これに同行するのは、王子とお供のガチムチ三体、そして魔導王である。


 話し合いの末、王子とガチムチ三体はアイルが引き取り、『鳥家族』で扱き使うことになった。

 てっきり王子は嫌がると思ったが、意気揚々と国を飛び出して使徒に負けた(?)とあってはのこのこ国に戻るわけにもいかないらしく、しばらくは『鳥家族』で働くことを受け入れた。

 で、困ったのが魔導王である。


「いや、また収納されるのはごめんじゃぞ? せっかく起きたことじゃし、しばらくはのんびりすごそうかと思っておる」


 魔導王は国に帰るつもりはないようだ。

 まあのこのこ戻っても面倒なことになる予感しかしないので、その気持ちはわからなくもない。

 とは言え、『森ねこ亭』に居座ろうとされても困るのだ。


「ケインくん、新しいお客さんかい!?」


「いや客ではないんだ。例えるなら『いいえ』を選んだのに馬車に飛び込んで来たモンスターと言うか……ともかく落ち着いて」


 きっかけがあれば宿を増築しようとするグラウをなだめつつ、この爺さんは客ではなく迷い込んで来た犬猫のようなものであると説明。


「ひとまず軒先に吊して魔除けにするからさ」


「おーい、儂の扱いが酷すぎるじゃろ!? 宿の横は空き地なんじゃから、そっちになんとかならんか!」


「あそこはシルの家を建てる予定の土地なんでな」


「あー……。それはいかんの。では宿の裏でどうじゃ?」


「んー、仕方ない。じゃあ地下室を用意してやるよ。安らぐだろ?」


「べつに地下でなくとも……あ、いや、それでええわい。ここで妥協しとかんと、どんなことになるかわからん」


 話がついたところで、俺は我が儘なお爺ちゃんを軒先に吊そうと試みる。

 だが抵抗された。


「なんで是が非でも儂を吊そうとするんじゃ!?」


「この宿にいる者は、何かしら宿の仕事を手伝う定めなんだよ。大丈夫、簡単な仕事だ。夜、酔っぱらってこの宿の前にお裾分けしようとするドワーフがいたら、その恐ろしげな顔で『コラーッ!』って怒鳴りつけて魔法をぶっ放すだけだ」


「過剰防衛はなはだしいわ! 夜中に吊された儂が怒鳴りつけようもんなら、それだけで心臓が止まるわ!」


「じゃあいきなり魔法をぶっ放してやれ」


「いやそうじゃなくての、仕事ならもっと儂の技能が活かせる仕事をやらせてもらいたいんじゃが? ほれ、儂って魔導王じゃろ? 魔導学とか魔法とか教えられるぞ?」


「いやー、うちは間に合ってるんで」


「お主にこそ必要と思うんじゃが、儂は……」


 それからも何だかんだと理由をつけて魔導王は吊されるのを拒否したが、何か仕事を見つけるまでということで最後には吊した。


 その後、ようやく落ち着くことができた俺は、何やらずっとそわそわしていたシルと話を始めることができた。


「それで、今日は何か特別な用があったのか?」


「い、いや、特別と言うわけではないのだがな、ほら、前に私は料理が出来ないわけではないと言っただろう? それを証明しようと、料理を作って持ってきたのだ」


 俺はようやく理解した。

 何でまたシルが怒ったのかとちょっと不思議だったが、やっと料理が作れるようになって驚かせようと連絡せず宿に来てみたら――ということか。


「料理だと……? それは人でも食べられるものなのか?」


 シルの特訓についてはヴィグ兄さんから聞いたが、この情報は極秘のため俺は知らないていで対応しなければならない。

 ヴィグ兄さんの命がかかっている。


「もちろん人でも食べられるものだ。馬鹿にするな」


 そう言いつつ、シルはいそいそと魔法鞄から料理を取りだし、どーんどーんと食堂のテーブルに並べていく。


 ほぐれたお肉と野菜のスープを鍋ごと、具がたくさん載ったキッシュのような大きなパイ、巨大な魚の丸ごと蒸し、おそらくローストビーフ的なでっかいお肉の塊、冷製肉と野菜の盛り合わせ、あとパンが数種類……。


「えらく作ったな……!?」


 ちょっとしたパーティーが開ける量だ。

 見た目や香りはちゃんと美味しそうである。


「ちゃんと私が作ったものだからな! さあ食べてみるといい!」


 自信ありげなシルに促され、俺は皿や器にちょっとずつ料理を取って食べてみる。

 驚くほど美味しい――というわけではなかったが、料理は普通に美味しかった。

 これはすごいことである。

 何しろマシュマロもまともに焼けなかったシルなのだ。

 相当頑張ったのだろうし、それに付き合わされたヴィグ兄さんは……。


「ど、どうだ?」


「美味しいぞ。すごいな、ちゃんと料理が作れたんだな……」


「と、当然だ! もっと食べてもいいんだぞ!」


「ああ、食べるよ。でもさすがに全部は食べきれないから、みんなにも分けてやっていいか?」


「うむ、いいぞ、分けるといい」


 鼻高々な様子のシルが許可したことにより、じ~っと見つめていたおチビたちがさっそくテーブルにつき、遅れて他の面々も参加してのお食事会が始まった。

 ノラとディアに「おいしいよ」としきりに褒められ、シルはよほど嬉しくなってしまったのか、もう飲まないと言っていた酒を飲みつつ自分の料理をつまみ、最終的にはべろんべろんになった。


 で、そんな後日、俺は『ゴメンナサイ使節団』から賠償金を貰いほくほくしていたのだが、魔導学園から過剰負荷によって故障した防衛障壁の展開装置やら破壊された品々の賠償を求められ、全部きれいに吹っ飛んでしまった。

 いや、吹っ飛ぶどころか、むしろちょっと足りないくらいだった。

 残念なことに、俺の悠々自適な生活はまだ遠いようだ。

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