第35話 蒼天より来たる

「陛下! 使徒にくみするとはどういうことですか! 何故!?」


 頼りにしていた魔導王が敵に回り、これにはヘイルも動揺した。


「何故もなにもあるかーい! こんなもん無理無理じゃ! つかお主、どうして自分が未だ五体満足でボケたことを言ってられるかわかっとらんな!?」


「ボケたことですと!? いくら陛下とて私の志を――」


「そっち違う! 気にすべきはそっちじゃない!」 


「……?」


「え、ちょっと待って。今の王家ってお前みたいなのばっかとか言わんじゃろな?」


「生憎と消極的な者が多く、私のように行動を起こす者はいませんでした!」


「ならええわい。万歳じゃ。――で、話はどうしてお前がぴんぴんしていられるかということじゃが、要はケイン殿からしてみれば、お前なんぞどうでもいいからに他ならん!」


「どうでもよいですと……!?」


「考えてみよ、もし明確な敵意を持つ者が現れたらどうする? 何かしら対処しようと思うじゃろ? そこには敵意に対する敵意が生まれるはずなんじゃ。しかしケイン殿にそんなものは感じられん。どうでもいいからじゃ。どうとでもなるからじゃ。脅威ではないんじゃよ。せいぜい目の前を飛び回る羽虫、それを疎ましく思う程度でしかない」


 んー、まあ間違ってはないかな?


「そして、それは儂がけしかけ騎士団から罵詈雑言をぶつけられようが、禁断の魔法をぶつけようが変わっておらん。儂もまた脅威ではなく、どうでもいい存在なんじゃ。これがどういうことかわかるか? 儂ら程度では、ケイン殿の敵たりえんのじゃよ」


「では、陛下は敵わぬと悟り、下ったと……?」


「まあそういうことじゃが……そもそも悪いのはお前じゃし。それに敵う敵わぬ関係なく、ケイン殿と敵対してはならん。使徒と敵対など愚かな話じゃが、ケイン殿の場合は特にじゃ。出会ってまだわずかな時間じゃというのに、幾つの異常性を垣間見ることになった? 儂は恐ろしい。スライム・スレイヤーの方がまだわかりやすくて助かるくらいじゃ」


「スライム・スレイヤーよりひどいとか心外なんだけど……」


「すまんの、事実じゃもんで。スライム・スレイヤーは世界規模の迷惑――まさに大災害じゃったが、それでも終わりはあった。スライムの絶滅という、物理的な決着によって収まるものじゃった。しかしケイン殿は……。のうケイン殿、お主は目的とかあるのか?」


「悠々自適な生活を実現することだな」


「うむ、最悪じゃな」


「おいぃ!? どこが最悪なんだよ、慎ましく穏やかな夢じゃねえか!」


「明確な達成段階が存在せず、結局はお主の気分次第というのが困るんじゃ。お主はそのあやふやなものを求め、あっちこっちをふらふらするんじゃろう? 実現のためにあれこれ試行錯誤して、でもって異常性をばら撒くんじゃろう? これを最悪と言わずなんと言う。まさに徘徊する混沌じゃ」


「このジジイ……!」


 なんたる侮辱。

 黒騎士たちの罵詈雑言よりずっとひどい。


「おおう? やるのか? ひどいのう、大事な棺を猫に盗られて嘆いておる哀れな爺をやってしまうのか?」


「こいつ……!」


 泣いたり怒ったりと忙しかった魔導王、ここにきてやっかいな妖怪化。

 まさかその精神にまだ形態変化を残していたとは……!


「えらく余裕じゃねえか……」


「ふむ? 確かにそうじゃな……。いや、これは調子が戻ったと言うべきかのう。いいぞ、調子が良い。なにやら急によくなった」


 余裕が生まれた魔導王はあからさまに厄介なジジイになった。

 これに比べれば、踏んだら爆ぜるカンシャク玉みたいだった方がずっとやりやすかった。


「まま、お主の目標のことは、今はええじゃろ。それより、とっとと決着をつけてしまわんとな。とりあえずどうする?」


「ぐぬぅ……」


 魔導王の俺に対する評価は改めさせたいところだが、確かに先に片付けるべきはヘボ王子の方だ。

 ここはちゃっちゃと――と、思った時であった。


「……ッ!?」


 俺は脅威の気配を感じ取った。



    △◆▽



 脅威は空に。

 そう感じ取ったとき、遠くから響く声があった。


「……ケイィィーン……ッ!」


 それは聞き間違えようのない声。

 シルだ。

 いやシルなのはいいんだが、問題はどうもこの声の感じからしてかなり怒っていることが予想できることである。


「な、なんで怒ってんの……?」


 わけがわからず戸惑っていると、シルはすぐに訓練場の上空にまですっ飛んできた。

 このシルの登場に、これまで様子を見守っていたうちの面々は俺を残してすたこら撤退していき、王子配下のガチムチ三体もそそくさそと離れていった。


「アロンダールの守護竜か! お主、守護竜になんかしたんか!?」


「いや、なんかしたってか、友人なんだ……」


「友人!? そ、そうか、友人か……。ならば殺されるようなことはなさそうじゃな。この感じからすると殺されんだけかもしれんが」


 魔導王はなんか不吉なことを言う。

 しかしあながち間違ってなさそうなのがつらい。


「ケイン! いったいどういうことだ!」


「な、何が!?」


「何が、ではないわ! お前、せっかく私が訪ねてきたというのに、新しい友人と遊んでるとはどういうことだ!」


「え!?」


 何のことかわからない。

 こいつらはべつに友人じゃないし、遊んでいるわけでもない。

 するとその時、俺の脳裏にフラッシュバックする光景が――。


『おや、お出かけかい?』


『なんか俺と遊びたい奴がいるみたいだから、ちょっと出掛けてくるよ』


 これだ!

 宿から飛び出したときの、グラウとの何気ないやり取り。

 シルは俺がどこに行ったか尋ね、まさか誘拐犯をとっちめに行ったなんて思わないグラウは、俺が気取って言った台詞をそのままシルに伝えたのだ。


「おい、事情はよくわからんが、めちゃくちゃ怒っとるぞ!? 友人と遊ぶだけでこれほど怒るわけあるまい! お主、ほかに何かやらかしたんではないか!? 何した!?」


 魔導王がえらく焦った様子で言ってくる。

 さっき生まれた余裕はもうご臨終のようだ。


「いや、ちょっと気取った台詞を言っただけなんだ……」


「んなわけあるかぁぁぁ!」


「ホントだって!」


「ならどんだけ気取った台詞だったんじゃ!? 守護竜を激怒させるほど気取った台詞ってなんなんじゃ!?」


「いやそういうことじゃなくて……!」


 魔導王は誤解をしているようだがそっちはどうでもよく、まず何より先にお空に浮かびながら今にもブレスをぶっ放してきそうなシルの誤解を解かねばならない。


「シル、違うんだ! こいつらは友人じゃない! まずそもそも友人と遊ぶってのは言葉の綾で、本当はちょっとした厄介事を片付けようとしてるだけだ!」


「むっ……本当か?」


「本当だって! いやそれに、来るなら連絡を入れてくれたらよかったのに!」


「ん……! いやっ、まあ、それは、そうなのだが……」


「だろう!?」


「で……でも……。な、なんだ、べ、べつに連絡を入れずに来てもよいではないか!」


 あれ、逆ギレ!?


「お主は馬鹿かぁ!? ここは相手を落ち着かせるところであって、落ち度を突くところではないじゃろ!?」


「いやまあそうだけど、俺も焦ってんだよ……!」


「ほほう、さすがの使徒も竜には臆すか」


 そう言う王子はこの危機的状況がわかってないのか割と余裕がある。


「臆すってか、あいつには色々と頭が上がらないんだよ!」


「なんと! 守護竜と友誼を結んでいるとは聞いていたが、貴様の頭を抑えられるとは……!」


「んー? ちょい待てい。お主と守護竜は本当に『友人』なのか?」


「本当だって! 今度、家を贈るくらいには仲がいいぞ!」


「ほう! なんじゃ、ということはつまり、お主とあの守護竜は――」


「おいそこぉぉぉ黙れぇぇぇぇ――――――――――ッ!!」


 何が癇に障ったのであろうか、シルは叫びながらブレス発射態勢。


『ちょっとぉぉぉぉ――――――――ッ!?』


 その時、俺は身構え、魔導王は早口で詠唱を始め、王子は素早くこの場から離れようとした。

 三者三様。

 そして。


 カッ――。

 チュドーンッ!



    △◆▽



 シルの攻撃により訓練場に出来たクレーターのど真ん中。

 そこにはブレス直撃により衣服を消し飛ばされ、ひとまずタオルを腰に巻いた半裸の俺が正座。

 ちゃっかり自分だけ魔法障壁を展開し、ほぼ無傷でやり過ごした魔導王が『ん!』と口を噤んでびくびくしながら正座。

 咄嗟に逃げたものの逃げ切れず、余波をくらって湖まで飛んでいきそのまま沈んだが騎士たちに回収された王子がずぶ濡れで正座。


 そんな正座三人衆と化した俺たちの前には腕組みをしたシルがおり、ちょっと離れたところにはガチムチ三体、それからもう大丈夫だろうとやってきたうちの面々がのほほんとした様子でこちらを眺めている。


「まったく、慣れないことをするからだぞ。まぎらわしい」


 ひとまず、俺と王子による事情説明によってシルの怒りは収まった。

 この過程で、バーデン商会がお隣の国の間者たちによるフロント企業であり、以前、余計な噂を流布させ純真な俺の心をもてあそんだ黒幕であることが明らかとなった。


 しかしまあいまさらな話でもあるし、シルの方はそのおかげで俺が早く見つかったとむしろ好感を覚える始末。こうなると、それを無視してお仕置きといったようなことは、今の俺にはちょっとできない。


「それで、これからどうするのだ?」


「どうするもなにも……」


 いまさら仕切り直す気分ではない。

 とりあえず王子には何か償いをさせるが、問題は魔導王だ。


 ひとまずシャカに棺を返却させて――と思ったとき、そのシャカが棺の上にお座りした状態で内的世界から出現する。


「みゃっ」


「あれ!? 小さい! 猫、小さい!?」


 シャカをあの巨大な手のサイズの猫だと思っていた魔導王は、普通サイズのシャカを見て戸惑った。


「やっと返す気になったのか……。満足したか?」


「んなーう、あぉあぉー、うー、おうおうー」


 うん、何を伝えたいのかわからんな。

 するとここで見守っていたクーニャが寄って来る。


「あの~、シャカ様が言うには、この棺、幸せな夢を見られるものの、強い結びつきが生まれ、棺から出ていると精神がどんどん不安定になってしまうみたいですよ?」


「はあ!? なんじゃとぉ!?」


「なぅなぅおぁ~ん、にゃーうにゃう、おあーん」


「えーと、悪いとは思ったものの、強引に回収して調整したそうです。まあ私が代弁するにしても、シャカ様は猫ですからね、あの状況で信用してもらえたかどうか」


「そ、そうじゃったのか……。しかし調整とは……?」


「にゃうー、にょわ~ん、おうー」


「ちょっと良い夢が見られるくらいになってしまいましたが、精神が不安定になる作用は抑えられ、もう効果は出ているとか」


「え……なんか急に落ち着いてきたのってそれか!?」


 驚いている魔導王に、シャカは最後に「みゃん」と鳴いて、にゅるんと内的世界へ戻って行った。


「あの猫――シャカ殿はなんと?」


「良い夢見ろよ、と」


 シャカまで気取るんかい。

 いや、俺はもう気取るのはよそう。

 シルの言う通りだ、慣れないことはするものではない。


「あー、儂、好きじゃなぁー……。お前らよりあの猫ちゃんの方が好きじゃなぁー……」


 そんなことを呟きつつ、魔導王はいそいそと魔法でもって大事な棺を収納する。


「ほほう、陛下は猫好きでございましたか。それは伝わっておりませんでした」


「そっか、猫好きなのか」


「違う、そうじゃない。そういうことではないんじゃが……もうええわい。おんしらには皮肉を言うのも馬鹿らしい」

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