第34話 魔導王、悟る

 やがて、わめき散らしていた魔導王は急にすんっと静かになった。

 それは高電圧をかけられ、けたたましい動作を見せていた動くオモチャが、ぶっ壊れて動かないオモチャになってしまったようであった。

 が――


「眠りにつくとき、儂は思ったんじゃ。次に目覚めるときには、また迷惑な使徒によって世が乱れているはずじゃと。人々はきっと苦労しとるはずじゃと……」


 魔導王はまだ壊れてはいなかった。


「国を維持しきれんかった儂じゃが、そんなクソのような経験もな、今まさに苦労しておる者たちにとって笑い話になるかもしれんし、もしかしたら自分たちはまだマシだと安堵する理由になるかもしれん。どちらでもいい。それは確かに励みになる。儂の経験が無駄ではなかったことになる。儂は……せめてもの希望になりたかったんじゃ」


 それは悲しげな独白のような語り――。

 ところがここで様子は一変。


「それがなんじゃぁぁぁ! 何じゃこれはぁぁぁ! 目覚めてみたらユーゼリアじゃし! 起こした子孫はドアホじゃし! 目の前におる使徒はなんかヤベえし! いったいぜんたい儂の運命はどうなっとるんじゃ!? 生前、儂は平常心を心がけておったが、もう無理じゃ! もぉ~無理じゃこんなんは! 儂はキレたぞ! ブチキレじゃ! とりあえずお前ら二人ぃぃぃ! ぶち殺すから覚悟せーやぁぁぁ!」


「うおいっ、なんで俺を含めんの!?! 俺、お前に何かしたか!?」


「棺返せやこのボケェェェッ! 要るんじゃ、今まさにあの棺が儂には必要なんじゃ! このつらすぎる現実から夢の世界へと逃避するためにはあの棺が不可欠なんじゃ! だって普通に寝たら絶対悪夢じゃもん! 泣きながら起きるもん! でも起きても儂を慰めてくれる者なんておらんもん! だから棺返せやぁぁぁッ!」


 まずい、すっきりして落ち着いたのかと思ったが、どうやら嵐の前の静けさ、いよいよ本格的にご乱心のようだ。

 これは俺が元の世界で使っていた、けっこうお高めのマットレスとか用意しても満足してもらえそうにない。


「(シャカさーん! シャカさーん! そろそろ棺を返してほしいんですけどー! シャカさーん!)」


 必死に訴えるが、シャカはこちらに顔を向けて「んなーうー」と低く鳴いたきり、またペロペロ作業を再開してしまう。

 反抗期? 反抗期なの?

 いったいシャカは何を考えているのか……。

 通訳係としてクーニャを心の中に放り込めたら――ってそれはダメだな、きっと碌な事にならない。


「も、もうちょっと、もうちょっと待ってもらえる……?」


「待てん! もう儂は待てんのじゃ! 返さんと言うなら仕方あるまい、まずお前をとっちめるしかないのう! お前が大変なことになれば、その猫も棺を返すことじゃろう!」


「なんてこったい……!」


「ふはははっ!」


 この展開、喜んだのはヘボ王子だ。


「使徒ケイン、とうとう打ち倒される時が来たようだな!」


「もじゃもじゃぁーッ! 次がお前じゃからなぁ! 震えて待っとれーいッ!」


「あれぇ!?」


 めでたく王子も敵認定。

 これが奴だけなら言うことは無かったのに。


「くそっ、攻撃なんてしてないのに、なんで発狂モードなんだよ」


 もしかすると精神的ダメージが蓄積された結果だろうか?

 考えてみれば、発狂とは精神の異常。となると、魔導王のご乱心は実に正しい発狂なのであろう。


 ここは先手必勝、やられる前にやるのがベスト。

 しかし、この乾燥ジイさんをやってしまうのはさすがの俺も気がひける。

 何しろ先に手を出した(まさに手だった。あれは前足とかそんなツッコミは受けつけない)のはこっちだ。


 さらに言えば下手に攻撃して、俺にイジめられたと世間に吹聴されても困る。悠々自適な生活を実現したあとで、あのジイさんはまだ世界のどこかで俺の悪口を広めているのだろうかとか考えたくはないのだ。


 となるとここは……まあシャカが棺を返してやるのが一番なのだろうが、どうもまだ返す気はないようなので、ジイさんが暴れ疲れて落ち着くのを待つしかなさそうである。


「くっくっく、うっかり死なれても棺が戻らず困るからのう、さてどうするか……」


 さっきまで元気大爆発だったものの、ここにきて魔導王はその容姿に相応しく不気味な感じでウキウキ。どう俺をいたぶろうか考え始め、やがて名案を思いついたのか、意気揚々と呪文を唱え始めた。

 そして――


「開け、冥界の門。来たれ我が剣、死霊騎士団よ……!」


 魔導王の呼びかけに、突如として荘厳なれどおどろおどろしい巨大な門が出現し、閉ざされていた扉がゆっくりと開き始める。

 門の向こうは塗りつぶされた闇。

 その闇から現れたのは、金の馬鎧を装備した黒馬に跨がる者――金の縁取りが為された黒い全身鎧を纏った騎士たちであった。


「見よ! 恐れよ! あの者らは儂と共に激動の時代を耐え抜いた騎士たち! 儂が後の世の礎になるつもりであることを知り、進んで協力を申し出てきた、まっことあっぱれな者たちよ!」


 黒騎士たちは三十人ほどで、すみやかに隊列を作り上げると馬を降り魔導王の前に跪く。

 先頭に居る一人は、ひときわ立派な鎧を纏った黒騎士だ。


『陛下、お久しぶりでごいざいます。またお目にかかれたこと、誠に嬉しく思うとともに、残念に思います。陛下が我らを必要とする時が来てしまうとは……』


「ん、んんっ、そ、それなんじゃがな、使徒災害が起きておるわけではないんじゃ……」


『おや、では何故に我らを?』


「実はな……」


 と、魔導王は状況を説明する。

 すると黒騎士たちはあからさまに困惑し始めた。


『陛下、話が違いますぞ。我らは使徒と戦うためにあるのではございませぬ。ご乱心召されたか』


「ええい、ご乱心言うな! わかっとる。お主の言いたいことはよくわかっとるんじゃが……ここはお前たちの力が必要なんじゃ、悪いが頼まれてはくれんか」


『……』


 しばしの沈黙。

 そして――


『腑に落ちませぬが、陛下たっての願い、尽力致しましょう』


 渋々といった感じではあったが、魔導王の命を受けた黒騎士たちは再び馬に跨がり、今度は俺の方にやってきた。


『使徒ケインよ! 汝に恨みはないが陛下の命だ!』


 ドドドッと馬にて迫る黒騎士たちはなかなかの迫力。

 やがて集団は三つの隊にわかれ、それぞれ俺を取り囲んで回る。

 右回り、左回り、そしてまた右回り。

 ドカドカ音をさせながらぐるぐる回る三重の円。

 それはすごい迫力で、中心にいる俺はいったいどんな攻撃をしてくるのかと期待を抱くほどであった。

 そして――


『バーカ!』


「んん!?」


『アホ!』『間抜け!』『ボンクラ!』『脳たりん!』『野蛮人!』『クズ!』『おたんちん!』『腰抜け!』『うすのろ!』『トンチキ!』『すかたん!』『キチガイ!』『悪人顔!』『あんぽんたん!』


 全方位からの罵詈雑言。


「な、なんだ……!?」


 これは俺を怒らせようとしているのか?

 それとも動揺を誘っている?

 であれば、見事にその作戦は成功したと言えるだろう。

 なにしろ超戸惑っている。


 ひとまず悪口に耐えていると、ふいに三重の輪が崩れ、黒騎士たちは俺から遠ざかると、そのままドドドッとすごい勢いで門に飛び込んでいき、最後の一人が突撃したところで扉がバターンッとやけくそ気味に閉ざされ、そして門が消滅した。


「え?」


 訳がわからなかった。

 だが――


「うっそじゃろお前らぁッ!?」


 魔導王が叫んだことにより、今の悪口集中砲火があの黒騎士たちの『尽力』であり、やることはやったから帰っちゃったのだと理解した。


「そ、そんな馬鹿な、馬鹿な……!」


 動揺しまくりの魔導王は、それから再び黒騎士たちを召喚すべく呪文を唱え始めたが、残念なことに不発。

 三回チャレンジして三回とも不発。

 そこで魔導王はよろよろと地面に膝をつき、頭を抱えて叫んだ。


「ああああああああああぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!」


 それはこの世の悲しみを一身に背負ったような……。

 さすがの俺も気の毒になってきた。

 俺自身はまだ本当に何もしていないというのにこの有様、そろそろシャカにはちゃんと棺を返却させないといけないという使命感すら湧いてくる。

 こんなの、ちっちゃな子から寝ても覚めても抱えてるお気に入りのぬいぐるみを取り上げたようなものだ。


 やがて――


「人は一人で生まれ、一人で死ぬ……。それは無情の定め、されど孤独を慰める救いともなろう……」


 なんか魔導王が思春期真っ盛りみたいなことを言いながら立ち上がる。


「だが、では、ならば……? いや、これは自ら選んだ道よ。我はヴォルケード……魔導王ヴォルケードである! 使徒ケインよ、そろそろ我が棺を返してもらうぞ。いい加減、儂の心も限界じゃ。儂が儂でなくなってしまう前に、儂は夢の世界へ帰る……!」


 もう立派なんだか情けねえんだかわかんねえなこれ。


「酷く手荒なことになるが、もし死んでも恨むでないぞぉ!」


 ご乱心の向こう側。

 鬼気迫る魔導王、姿こそ変わらないがきっと精神的には最終形態だ。


「来たれ永遠の兆しよ――生きとし生けるものの定めよ――」


 意気揚々と黒騎士を召喚した時とは違い、今度はなにやら凄味のある雰囲気を醸しだしつつの呪文詠唱。周囲の魔素が反応を起こし、オーロラのごとく妖しく美しい光を放つ。

 そして――


「暗始冥終――絶望の闇」


 俺を包みこむように出現したのは揺蕩う闇。


「ん?」


「聞け、使徒ケインよ! それは魔境に存在する『命を吸い取る呪われた石』から着想を得て作り上げた、ただ『生き物を殺す』だけの魔法じゃ!」


「……ん?」


「あまりに残酷であるが故、人に使うことを自ら禁じた魔法でもある! この魔法は防ぐことなどできぬ! 死にたくなくば、命を吸い尽くされる前に、棺を返すようあの猫を説得するのじゃな……!」


「……んー?」


「で、なんで効いてないんじゃ?」


 説明はしてみたものの、俺がまったく平然としていることに疑問を抱いた魔導王は素直に尋ねてきた。


「なあ、もしかして、その『石』って『殺生岩』のことか? それなら前に家の基礎に使った物だから……慣れてるんだ」


「慣れる!? 慣れるぅ!? いやお前あれは慣れるとかそういう次元の代物じゃないじゃろ!? つか家の基礎ってなんじゃい! あれを家の基礎に使ったぁ!? うっそじゃろお前!? そんなの生き物がする思考ではないぞ!?」


「いやいや待て待て、何も巨大だったあの岩をそのまま使ったってわけじゃないんだ。わかるかな、基礎つっても、正確には細かな小石にまで砕いて、基礎の下に敷き込む砕石として使ったんだ。あれって小さくなればなるほど力が弱くなるから」


「小石でも普通は死ぬわぁ! 死んじゃうわぁ! つかなんでそんなもん使ったぁ!? 石ならほかにもあるじゃろ!?」


「害虫駆除ができて便利だから、あとエコかなと」


「エコってなんじゃぁ!? 滅びの言葉か!? なんにしてもお前ちょっと頭おかしすぎるじゃろ!? まだそんな狂気の家に住んどるんか!?」


「いや、家はついカッとなった拍子に爆発して消滅した」


「???」


 そう答えたところ、魔導王は困惑をありありと表情に浮かべて黙ってしまった。

 しかしやがてはハッと我に返り、何故か穏やかな顔になったかと思うと、俺の方へてくてく歩いてきて隣りに並ぶ。


「使徒ケインよ、よくよく考えてみれば儂はお主に恨みなどない。目覚めてからがあまりに衝撃的で、どうも儂は正気ではなかったようじゃ」


「んんっ!?」


 急にどうしたこのジイさん。

 俺は魔導王の突然の心変わりに驚くことになったが、当の魔導王は気づいてないのか気にしてないのか、構わず話を続ける。


「おそらく、騎士たちはそれに気づいておったのじゃろう。それで余計な手出しをせんかったのか……。ああ、もちろん棺は返してもらわねばならんが、要はそれだけの話じゃ。それより、儂の愚かな子孫が迷惑をかけたのう。じゃが遠慮する必要などないぞ。存分に懲らしめてやるといい。なんなら儂も協力するぞ?」


「へ、陛下ぁ!?」


 魔導王の精神的な均衡がめちゃくちゃなのは気になるが、ヘイルを懲らしめる提案には賛成である。

 きっとお墓を無下に扱ったから、ご先祖さまは祟ることにしたのだろう。

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