第33話 魔導王ヴォルケードの厄日
魔導王はよほど驚いたのだろう、その精神的なショックがちょっとした衝撃を発生させ、纏っていた黒い煙がぶわっと吹き飛ばされた。
するとその拍子にフードがめくれ、現れたのは骨に皮を張り付けただけのような白い顔。頭には品の良い王冠を被り、それがすっかり枯れてしまった柳を連想させるわずかばかりの白髪が醸しだす世の儚さをやや軽減させることに成功していた。
「あれっ、儂の霊廟は!? 墳墓は!? なんで更地なんじゃ!? えっ、もしかして潰されちゃった!? 儂ってそんなに蔑ろ!?」
もう雰囲気ある声を響かせるどころではないのか、魔導王は普通に喋ってしまっている。
と、ここで元凶たるヘイルが魔導王に呼びかけた。
「おお、偉大なる魔導王! ヴォルケード陛下! お初にお目にかかります! わたくし、貴方の尊き血を引く者、名をヘイルヴォートと申します!」
「うん?」
と、ここで魔導王は我に返り、「んっんー」と喉の調子を整える。
『――ほう、汝は我が末裔であるか。ではヘイルヴォートよ、まずはこの状況の説明をせよ』
「はっ! 実はやむにやまれぬ事情により、陛下の棺を祖国よりこの地へと運んでまいりました! ここはウェスフィネイ王国ではなく、かつての辺境伯領、ユーゼリア王国でございます!」
「なにしてくれとんじゃお前ぇ!?」
さっそく声が戻っちゃう魔導王。
「どうして、何で、ユーゼリア!? ユーゼリアつったらお前あれじゃぞ、魔境のすぐ側に領都を構えた頭のおかしい奴の縄張りだった所じゃぞ!? つか何だお前その頭!? まさか今の王家ではそんな頭にするのが流行っておるのか!?」
「ち、違います! これは攻撃を受けてこのようなことになってしまったのです!」
「髪をそんなことにする攻撃ってなんじゃそれ!?」
おっと、どうも変な誤解をされているようだ。
ここは訂正しておかねばと、俺は仕方なく口を挟む。
「違う違う。攻撃じゃないんだ。ちょっと〈探知〉という魔法を使った結果、その影響でそうなっただけの話なんだ」
「お前、探知って言葉の意味知っとるか!? 決して人の頭をあんな愉快なもじゃもじゃにすることを指す言葉ではないぞ!?」
「いや待ってくれ。目覚めたら知らない場所で状況がわからず取り乱すのはわかるし、気の毒に思うが、ひとまず落ち着いて聞いてくれ」
「む、うむ……。そうじゃな、聞こうか」
「つまりはこう言うことだ。俺が使う〈探知〉の魔法は、どういうわけか探している対象を発見すると同時に爆発させてしまう。そしてその爆発に人が巻き込まれた場合、そいつの頭はあんなことになってしまうんだ。ちょっとした副作用だよ。だから、決して人の頭をああするための魔法ではないんだ」
「訳がわからんわぁ! お前、落ち着け人に言っといて、それを聞いてどう落ち着けっちゅーんじゃ!?」
「信じられないか……? あー、じゃあちょっと試しに〈探知〉してみよう。そこの棺を〈探知〉で――」
「ええい、やめえや! やると棺ぶっ壊れるんじゃろ!? おまけに爆発に巻き込まれた儂の頭もあんなことになるんじゃろ!? とんでもないわ!」
「ああ、王冠の上に白いもふもふなんて、見た目に縁起が良さそうだもんな。せっかくの恐ろしい印象がおかしくなるか」
「儂そんな話しとらんよ!? そんな話しとらん! 縁起が良かろうが悪かろうがあんな頭はごめんじゃつっとんじゃ! 儂の毛根は死んどるんじゃぞ!? つまりずっとあの頭ってことになるんじゃ! あんなの、威厳も何もなくなってしまうわ!」
「いやその髪の薄さで威厳だなんだ言われても――」
「黙れふさふさぁッ! 黙れぇッ! 生前散々苦労して、みるみる減っていった髪じゃが、なんとかこれだけは残ったんじゃ! お前にはそこを酌もうという人にあるべき心はないのかぁ!?」
「んー、意外とああなるために髪が増えるかもしれないぞ?」
「摂理ねじ曲げてくるぶん余計そら恐ろしいわ! お断りじゃ!」
「陛下、お喜びください! 私の毛根は元気ですよ!」
「うっさいわこのもじゃもじゃぁッ! 横からなんじゃぁ、いらん自慢すんな! 子孫だから何でも許されると思ったら大間違いじゃぞぉ!」
魔導王の中で豊かな髪への憎しみが膨れ上がる。
その時であった。
にゅうっ、と。
謎空間より超巨大な猫の手が出現し、あっという間に魔導王の立派な石棺を引きずり込んでしまったのだ。
「なんじゃぁぁぁぁ! 今のはなんじゃぁぁぁぁぁ!? なんなんじゃぁぁぁぁぁ! ユーゼリアはこんなヤバイところなんかぁぁぁぁ!」
度肝を抜かれたらしく、ただ叫ぶばかりになってしまった魔導王。
まずいな、どうしてシャカが棺を欲しがったのかわからないが、俺の関係者(関係猫?)が犯人だとバレては、損害賠償を請求されてしまうかもしれない。
そう、ペットの粗相は飼い主の責任になるのだ。
「ふう、今日は古の王が復活するわ、謎の猫の手が石棺をかっ攫ってしまうわ、実に不思議なことばかりが続くな」
「おいそこぉ! お前いまのが猫ってわかっとるではないか! なんか知っとるんじゃろ! 返せ! あれ儂にとって大事な棺なんじゃ! 心が安らいで良い夢が見られる魔法が施されておるんじゃ!」
「いや、こうして目覚めたことだし……もう必要ないのでは?」
「返せぇつっとんじゃ! お前毎朝目が覚めたらベッドどっかに放り捨てるんか!? でもって夕方に買ってくるんか!? しとるとか言うなよ、恐くて儂泣いちゃうぞ!? でもって返さんちゅーなら儂はお前に酷いことされたって町から町、国から国へと半べそで練り歩くからな! 何十年かかろうが世界すべてを巡るからな!」
この乾燥ジジイ……マジだ、その凄味がある。
「わ、わかったよ。説得するからちょっと待ってくれ」
「おん? 説得って……お前、どこにおるかもわからんような謎の猫をどう説得するっちゅーんじゃ?」
「いや、あいつ、俺の心に住んでる猫なんだ」
「ここっ、住んでるぅ!? おま――いやっ、言うな! 恐い! 詳しく聞いたら儂びっくりして止まった心臓が動き出すかもしれん!」
それは悪い話なのだろうか?
まあともかく、半世紀近くかけて悪評を広めるとかまったく恐ろしい話なので、俺は仕方なく内的世界にいるシャカの様子を窺ってみた。
するとシャカはちょろまかした棺の上に乗っかり、頭を下げてしょーりしょーりと舐めているではないか。
「(シャカさんや、シャカさんや、お気に入りのオモチャを手に入れてご満悦なところ悪いんだけど、それ外に居る乾燥お爺ちゃんの大事なベッドみたいだから、返してあげようね)」
なるべく刺激しないよう優しく語りかけると、シャカは「なーうー」とやや不満そうに鳴き……そしてまたぺろぺろ作業に戻る。
今のところ、返却するつもりはないようだ。
「ど、どうじゃ?」
「うーん、なかなか返してくれないな。もうちょっと待ってくれ」
「頼むぞ! ホント頼むぞ! あの棺は儂に残された最後の楽園なんじゃからな!」
そう俺に言いつけると、次に魔導王はヘイルに尋ねる。
「それで……結局のところ、儂はなんで起こされたんじゃ?」
やっとこさの肝心な話。
この質問に、ヘイルは意気揚々と魔導災害における国家間の同盟構築という自分の活動、それから俺という使徒が現れた話を聞きつけ、後先考えず喧嘩を売ったことを語って聞かせた。
で、これを聞いた魔導王。
目をぱちくりさせながら、シャカ説得中の俺に確認してくる。
「え、お前って使徒なの……?」
「ん? ああ、そう呼ばれる者ではあるな」
率直に答えたところ、魔導王はいよいよ唖然。
ヘイルを見ながらお口をぱくぱくさせ始めたが、やがてそこに声が入る。
「――お、お、おまっ、あほ、おまっ、あほほ、ほ、あほっ、ほ、うほっ、ほ、うほほーいっ」
「はい。陛下の仰る通り、私はそのように鳴く猿の魔獣を倒したことがあります」
「勝手な翻訳してよくわからんまま返答すんなボケェ! でもって肝心なことだけが伝わっとらんのはどういうことじゃぁ!?」
「肝心なこと、と仰いますと?」
「お前がアホだっちゅーことに決まっとんじゃろが! 使徒に喧嘩売るとか、お前ホントなにしてくれとんのじゃ!? 何でしたぁ! 何でそんなことしたぁ!?」
「我が物顔で世にのさばる使徒を懲らしめ、無辜の人々に希望を与えたかったのです。私には陛下がついている。だから出来ると!」
「こいつ勝手に持ちだして調子のいいことを……! やむにやまれぬ事情ってお前、儂を使徒にぶつけようって魂胆かい! ふざけんな! 正直ふざけんな! やっとの思いで安寧の眠りについったっちゅーのに、叩き起こされてなんで使徒と戦わにゃならんのじゃ!」
「おや? これは異な事を……。陛下は使徒を倒したかったのでしょう? 記録に残されていた『使徒、許すまじ……!』の文字、あそこに込められた気迫は並大抵のものではありませんでした」
「そりゃ散々な目に遭わされていたから当然じゃ! しかし、だからと実際に喧嘩を売るかどうかは別問題じゃろ!? 因縁のある国であっても必要とあれば手を取り合うのが為政者というもの、許せんからと喧嘩売っていたらめっちゃくちゃじゃ!」
「しかし人々に希望を――」
「その希望で民の夕食に一品増えるか!? 増えんじゃろ!? そうじゃない、そういうことじゃないんじゃ、王族たる者が考えねばならんのは! 思考の段階はそこじゃないんじゃよ! もっとこう……ほれ、わかるじゃろ!?」
「わかりませぬ!」
「わかれやぁーッ! わかれやそこはわかれやぁーッ!!」
不出来な子孫に魔導王はブチキレまくりだが、当のヘボ王子はまったく悪びれることなく言う。
「陛下、ひとまずその話は後にしましょう。それよりも今は使徒ケインです! 我らで懲らしめ、希望が今日という日にもたらされたことを歴史に刻むのです! 後世の人々は我らを讃え、その声が世界に満ちたとき、ウェスフィネイ王国は過去の栄光を取り戻すばかりではありません、遙か未来にまで語り継がれる永遠の国となるのです!」
「しゃらくさいわこのもじゃもじゃぁ! お前はあれじゃ、弟そっくりじゃ! クソ大変なときにスライム・スレイヤーを倒すとか大軍率いて飛び出して、こてんぱんにされてのこのこ戻ってきたあいつ……ッ! あの時、あの人手を動員できれば状況はまだマシになったであったろうに! あいつは口だけは達者で、まあ兵たちも鬱憤が溜まっていたというのもあって唆されたのじゃろうが、それでも、それでもぉ……ッ!」
どれほど腹の立つ出来事であったのか、魔導王はその思い出し怒りによってガクガクと震えだした。
「陛下! 陛下! どうか落ち着いてください! 元凶を見誤ってはなりません! 陛下のその苦労はすべて使徒スライム・スレイヤーが原因です! そう、使徒が!」
「ええい、確かに原因はそうじゃ! しかし、それでも一丸となって対処すれば被害は抑えられるものなんじゃ! なのに、それなのにどうしていらんことをする……! 余計なことをされて苦労するのは儂じゃ! いつも儂なんじゃぁーッ!」
恥も外聞もなくわめき散らす魔導王。
そういや、この国の王様もだいぶしょぼくれた感じだったもんな。
王様ってのは本当に大変なお仕事なのだろう。
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