第32話 ひどくひどい少女もどきと少女たち
二戦目の勝者となったアイル。
だがおチビたちは、アイルの頭――椰子の木の上に鎮座しているヒヨコが気になってそれどころではなかった。
珠から生まれた得体の知れぬヒヨコではあるが、見た目は可愛らしいのでメリアもちょっとうずうず。ノラやディアに至っては、ピヨピヨ言いながらヒヨコを我が物とすべく背伸びして手を伸ばす。
ところがこのヒヨコ、どうも飼い主(?)のアイルに似てしまったのか気性が荒く、椰子の上から「ピョピョピョッ!」とけたたましく鳴きながらおチビたちを威嚇する。
だが荒ぶろうとヒヨコはヒヨコ、ただ可愛らしいだけであり、おチビたちはますます興味をかき立てられているようだった。
「アイルお姉ちゃん、ちょっとだけピヨちゃん貸して?」
「ちょっと、ちょっとさわるだけです。ちょっとだけです」
「ああもう、じゃあ宿に戻ったらな。戻ったら」
戦闘後ということもありアイルはお疲れ。じゃれついてくるノラとディアに根負けしたようにそう言い、お預けを食らった二人はちょっとしょんぼりだ。
そんなヒヨコでにぎわう俺たちとは違い、アフロ王子側は最初の勢いがすっかりなくなっていた。
「まさか使徒が出てくる前に、こうも立て続けにやられることになるとはな……。だがこうなっては仕方あるまい。あとは我らで巻き返すのみだ。頼むぞ、『剛力』のラトマンダよ!」
「……」
王子の言葉に頷き、アフロ三号が黙したまま前に出る。
三号は重装の見るからに力自慢といった姿だ。二つ名も『剛力』と先の二人に比べればずっとわかりやすい。
と、ここでついさっきまでピヨピヨ言っていたノラとディアがずずいと前に出る。
「いよいよ私たちの出番みたいね。行こう、ディアちゃん!」
「うん、いこう、ノラお姉ちゃん!」
「はいそこ、待ちなさい」
意気揚々と出ていこうとしていた二人の襟首を掴んで止める。
「ぐえっ」
「うぎゅっ」
二人は可愛らしくうめいたあと、非難がましい目を向けてきた。
「もー、せんせー、何するのー!」
「急に引っぱったら苦しいです!」
「いやあのね、お嬢ちゃんたち、その自信はどっから拾ってきちゃったの? ちょっと出してみなさい。シセリアにあげるから」
「いりませんけど!?」
しっかり聞いていたシセリアに強く拒否されてしまった。
いかんな、よほどつらい思いをしたせいか、心がささくれてしまっているようだ。
しかし今はシセリアの心のケアよりもノラとディアだ。
「私たち魔法が使えるようになったし、訓練もしたし、そろそろ実戦経験が必要だと思うの」
「うーん……」
俺が家の構想に掛かり切りになり、二人だけで遊ばせ――ではなく、訓練させていたのが変な自信を抱かせることになってしまったようだ。
「大丈夫です。ちゃんと作戦もあります」
いやまったく大丈夫ではないだろう。
あとその『作戦』とやらには、なんとなく心当たりがある。
だから余計に戦わせたくない。
「何もお前たちが行く必要はないからな? えっと……」
とりあえずここはエレザを――と思ったが、オーバーキルでエグい事になりそうな予感がしたので、クーニャを放り込むことにした。
「というわけでクーニャ、行ってくれるか」
「あの、ケイン様? 私はか弱い神官、ただの記録係ですよ?」
「記録なんてしてたか?」
「ケイン様以外の方は細かいところまで記録する必要がありませんから。シセリアさんは頑張って勝った。アイルさんは戦いの途中で不思議なことになって勝った。これくらいで充分です。きっと後世の人たちも、お二人の戦いに興味を抱くことはないでしょうし」
「いやまず俺の記録も興味ないと思うが……」
「そんなことはありません! うちの神殿では、早く次の記録を届けろとせっつかれるくらいですから!」
「一部熱心なのがいるだけじゃねえか……」
「いずれは増えます! それで、どう致しましょう。行けと仰るのなら行きますが……」
どうしたものかと首を捻り、ふとラウくんと目が合う。
ふるふると首を振られた。
いや、いくらなんでもそんな無茶振りはしない。だから襲いかかって来たペロをなんとかして欲しい。最近、やたらペロにズボンの裾をしっちゃかめっちゃかにされるんだ。
「まあもういいか、俺が行ってとっとと――」
「ここは私が行きましょう」
充分つきあってやったと判断して俺が行こうとしたところ、エレザが腰を上げてしまった。
「シセリアさんが頑張りましたからね、ここは私も頑張る姿を見せねばなりません。せっかくですので、ノラ様やディアさんにもちょっと手伝ってもらいましょうか」
「うん、手伝うー!」
「お手伝いします!」
エレザはノラとディアを誘って前に出る。
すると遠巻きに観戦モードだった騎士さんたちの背筋が伸びた。
騎士団での教育(恐怖)がどれほど行き届いていたのか、よくわかるというものである。
「おーい、ヘボ王子、なんかこっち三人になっちまったけど、いいのかー?」
「誰がヘボだ! はんっ、娘一人に子供二人、それでラトマンダが倒せると言うなら倒してみるがいいわ!」
「あー、バカが……」
きっとエグいことになるというのに……俺は知らんぞ。
こうしてエレザはおまけ二人と戦うことが認められ、アフロ三号と相対する。
「わおぉーん!」
そこで三度目となるペロの遠吠え、戦いの合図。
「……」
アフロ三号が首を回してゴキゴキと鳴らし、すっと両手を掲げながら前に出した。
力比べのお誘いだ。
「ずいぶんと、凝りに悩まされているようですね」
エレザはそう言いつつ、自分も両手を出し、アフロ三号の手と組み合わせる。
これでいわゆる手四つの状態となったが、ガタイのいいアフロ三号と若がえ――若いエレザではもはや大人と子供の体格差、もうすぐにでもエレザがぺしゃんこにされてしまいそうに見える。
だが、そんな未来は来ないのだろう。
「……」
アフロ三号、まずは余裕そうだ。
しかし、すぐに『おやっ』という顔になり、そう間を置かず『なんだこれっ』という顔に、やがては『なにこれ怖いっ』と必死の形相になって力を込めるようになった。
これに対するエレザはまったく変わらぬ涼しい顔をしており、ここでその両手首をぐっと前に倒す。
「……ッ!?」
互いにかみ合わせた手だ、エレザが前に倒せば、アフロ三号の手首は後ろに反らされることになる。
残念なことに手首の可動域はそう一般人と変わらなかったアフロ三号。
苦悶の表情を浮かべ、反らされる手首の痛みから逃れるよう、自ら腰を落とし、それまで見下ろしていたエレザを見上げる形になっていく。
「……ッ!? ……ッ!?」
自分より一回り二回りも小さな娘に、涼しい顔で屈服させられることになったアフロ三号はきっと訳がわからないだろう。
すでに万全に力を込められる体勢ではなくなり、あとはエレザに押しつぶされるのを先送りにするだけの状況。力比べを始めてすぐであれば蹴りでも出せたものを、膝を突かされた今となってはもう為す術がない。
そんな状態のアフロ三号に、エレザは優しく語りかける。
「実はわたくし、貴方の体中の関節を外すことで凝りをほぐして差し上げようと思っていたのですよ?」
「!??!?!」
ヤベえ娘がヤベえことを言いだし、アフロ三号はもう泣きそうな表情になっている。
「力比べを選んで正解でしたね。そのぶんの痛みはまぬがれることができましたよ。とは言え、これからの苦しみは避けられませんが」
そう言って少し微笑むと、エレザはおまけ二人に呼びかけた。
「ではノラ様、ディアさん、存分に攻撃してください」
「はーい!」
「わかりました!」
待機していた二人は元気よく返事をすると、水の球を作り出して抵抗できないアフロ三号にぶつける。
ノラは股間に。
ディアは顔に。
二人の作戦、それは前に俺が教えた事の再現だった。
「おごっ!? ごはっ!? あぶぶっ!? ほんげっ!? あばば!」
エレザの力で押しつぶされそうになっているところに、股間に水球ぶつけられるわ、顔にぶつけられて呼吸できないわと、アフロ三号は地獄の責め苦を味わうことになり、もう無口を貫くどころではなくなっていた。
それはあまりに惨い光景で、観戦していた騎士たちがざわつく。
子供になんてことやらせてんだあの人、とエレザに慄いているのであろう。
つか一人はこの国の姫だぞ。
「はいそこまでー! そこまでー! やっぱりエグい事になった! 相乗効果でもう戦い通りこして拷問になってるよ!」
これ以上は色々まずいと、俺は戦いを止めた。
ヘイルはこのあまりに結末に唖然としており、特に文句をつけてくることもなく、この戦いはエレザとおまけ二人の勝利となった。
△◆▽
三戦目が終わった、その後――
「まさかこれほど一方的な結果になるとはな……」
さすがのヘボ王子も沈痛な面持ちになって呟いた。
しかし――
「されど、真に敵たるは使徒ケイン。ここで使徒ケインを打ち倒すこと、それこそが我が望み、世に求められていた偉業。長きにわたるこの旅が、今、ようやく終わる……!」
ヘイルはまだ諦めてはいないようだ。
つか諦めて帰られても困るが。
こっちは迷惑をかけられたのだから、それ相応の償いというものをしてもらわなければならないのである。
「さあ、使徒ケイン、前に出よ! いざ尋常に勝負!」
「へいへい」
すっかり奮起したヘイルはどこからともなく細身の剣を出して俺に向ける。
だが生憎と、俺は何の脅威も感じない。
そして――
「わわぉーん!」
四度目、これで最後となるペロの遠吠え。
「行くぞ!」
ヘイルが叫び、俺に襲いかかってくる。
確かに『閃光』と二つ名が付くだけあって、それなりに速い。アフロ一号に勝るとも劣らないといった程度であるが、あっちは主に直線的な動きしかできなかったことに対し、ヘイルはその速度を維持しつつ巧みに動き回ることができるようだ。
まあだからどうしたという話なのだが。
「うおぉぉ、必殺――閃光突きぃぃぃッ!」
「あたっ」
「瞬殺、流星閃んんんッ!」
「いてて」
「撃滅のぉぉ、彗・星・斬ぁぁぁんッ!」
「あ、これはそんなでも」
「ってちょっと待てぇぇぇい!」
景気よく攻撃してきていたヘイルだったが、ここで攻撃の手を止めてなんか文句をつけだした。
「まったく、なんだお前は! さっきから俺の攻撃を素手でぺしぺしとあしらって! これは世紀の決戦なのだぞ!? もっとこう……あるだろう!」
「知らんがな」
むしろこの茶番に付き合わされる俺の身になれと言いたい。
しかしながら、味方がやられ、自分の攻撃もさっぱり通用しないというこの状況にあって、ヘイルは余裕を失わないままだ。
ただアホ――であればいいのだが、これで使徒災害時における国家間の協力体制の構築という、それなりに真っ当な行動も起こせる奴だ。使徒を敵視しているなら使徒について調べているに違いなく、であれば自分の力が及ぶかどうかくらい判断できるはず。
つまり――
「ほれ、もういいから出せよ。奥の手かなんかあるんだろ? だからそんな自信満々で喧嘩売ってきたんだろ?」
「な――」
あーだこーだ言っていたヘイルは目を見開き、それから不敵に笑う。
「ふん、わかるか。よかろう、ならば見せてやろうではないか!」
叫び、ヘイルは再び俺から距離をとる。
正直、張り倒して成敗するのは簡単だ。
しかし使徒を倒せるという絶対の自信、その源となっている『何か』を潰して心の骨をポッキリ折ってやらないことには、懲りもせず突っかかってくるに違いない。
ここできっちり終わらせるためにも、俺はヘイルに奥の手を出させる。
これでしょうもないものだったらどうしようと、ちょっと不安を抱きつつ。
「我がウェスフィネイ王家は魔導に長けた一族である。生憎と、俺はそこまで魔導の才に恵まれたわけではなかった……が、しかし、それでも、これくらいの魔法は使えるのだ!」
呪文詠唱――。
これに反応したのはメリアで、やや戸惑いながら呟く。
「え……もしかして、収納魔法?」
その予想は正しく、ヘイル正面の空間が歪み、何か大きな物がぬっと姿を現すと、ずしんと重々しい音を立てて地面に据えられた。
「は……? 棺……?」
断言できなかったのは『それ』が俺の知る棺とは違い、大きく立派な石棺であったからだ。黒曜石かどうかはわからないが、深く黒い石でもって作られた棺は、その上蓋、側面と、金によっての装飾、また見事な彫刻が施され、もはや一つの芸術品のようである。
「我が先祖、偉大なる魔導王ヴォルケードは言った! 死を越えて眠りにつくと! もし、また使徒災害が起きたとき、世の人々の力になるべく目覚めようと! そう、今がその時だ!」
「え、お前、ご先祖さんの棺をずっと抱えて旅してたの!?」
とんでもねえ罰当たりがいたものである。
これは予想できずびっくりしていると、棺の上蓋がずりっと少しずれ、その隙間から闇が漏れだした。
真っ黒いドライアイスの煙とでも言うべきそれは、ふわふわと棺の周りにこぼれ落ち、地面に溜まっていく。
と、そこで声が。
『我が眠りを、妨げる者は誰か……』
辺りに染みるように響くしわがれた声。
『ここは神聖なる霊廟……』
さらに棺の蓋がずれ、こぼれ出す黒い煙は量を増し、その煙を纏いながら現れたのは白い枯れ枝のような腕であった。
『我に残されし最後の領土、資格無き者に災いなす、この世ならざる禁足地……』
腕は棺の縁を掴み、やがてぬっと豪奢なローブを纏う棺の主――魔導王がその姿を現した。
『みだりに踏み入り――ってどこだここぉッ!?』
なんかご先祖さま超びっくりしてんぞ。
どうすんだこれ。
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