第31話 鳥を愛するものたち

 湖の浅瀬に刺さったアフロ一号の回収作業が騎士たちによって始まるなか、俺たちは地面でごろごろするシセリアの面倒を見る。

 おチビたちはシセリアの頭をよしよし撫でたいようだが、こうもごろごろされてはそれも叶わず、困ったノラがふと提案してきた。


「先生の回復魔法で治るー?」


「あれか……」


「おごご……ちょっ、それって大丈夫なものです? ちゃんとした回復魔法なんですか? 異常性があったりしません?」


「えっとね、痛いのが鳥になって飛んでくの」


「説明に異常性しかない……!? うご……あ、ありがたい話ですが拒否――ではなく、断固お断りさせてください……! 私はこの痛みを友として生きていきますから……!」


「おーい、シセリア、落ちつけって。オレのポーションやっから」


 見かねたアイルが回復ポーションを飲ませてやり、これによってシセリアの負傷はひとまず回復。苦痛から解放されたシセリアは『痛みがない』という幸せな状態をやや放心状態で堪能し始めた。


「ほわー、はぁー、ほわわ~ん……」


 ようやく大人しくなったシセリアの頭を、おチビたちよしよしと撫でる。

 そこで心無いメイドのエレザが一言。


「まだやれそうですね」


「ほわっ!?」


 こいつマジかっ、みたいな顔で見上げるシセリア。

 残念なことにマジなのだろう。


「む、むむ、無理です! やれません! ホント無理ですゴメンナサイ許してください何でも――はしませんが!」


「そうですか……仕方ありませんね」


 まだいけそうなんだけどな、みたいな顔をしつつも、さすがにこれ以上追い詰めると友情(?)にヒビが入るとでも考えたのか、エレザは連戦の提案を取り下げた。


「霊銀級相手になんとか勝利できたんだ。ここはよくやったと褒めておいたらいいんじゃない?」


「それはもちろん。素晴らしい結果です」


「ほわぁー……」


 最後の危機も回避できて、シセリアはいよいよぐったり。


「ケインさん、ください。私、頑張ったのでお菓子ください。たくさんください。たくさん……」


「お、おう。後でな」


 俺の騎士として戦ったわけだから、ここは要求通り与えねばならんか。

 つかいつも与えてばかりのような気がしないでもない。


 ともかく一戦目はシセリアの勝利で終わった。

 しかしこれでアフロ王子が退くわけもなく、遠くで騎士たちに回収されたアフロ一号が立ち上がったことを確認したところで次の家臣に呼びかける。


「ホスホリパー、次はお前だ! 奴らにお前の『旋風』を見せつけてやるといい!」


「フゥ~」


 のっそりと前に出るアフロ二号。

 一号は腕だけ鎧という特殊な格好であったのに対し、二号はゆったりとしたローブに身を包んでいる。


「へっ、『旋風』ねぇ……。『緑風』のオレとしちゃぁ、ここは黙ってられねぇな!」


 二つ名に対抗意識を燃やし、アイルが勝手に前に出る。


「これは『緑風』のオレと『旋風』のお前、どっちが真に風を冠するに相応しい戦士か、それを決める戦いだ!」


 どうもアイルの中で『疾風』はなかったことになっているらしい。

 ともかく、こうして椰子の木頭とアフロ頭は対決することになった。



    △◆▽



「あぉぉーん!」


 ペロが咆え、そして始まる戦い。

 先制はアフロ二号。

 ただ、はたしてあれを先制と言って良いものかは謎である。

 なにしろ、アフロ二号はその場で踊り始めたのだから。


「なんだぁ? てめぇ踊り子かぁ?」


 アイルはそう言うが、奴を踊り子と称するのはちょっとどうかと。確かにキレキレの動きと軽快なステップは見事なものであるが、踊り子と言うに奴はあまりに暑苦しい。


 それにあまり良い予感がしない――。

 と思ったらすぐ、アフロ二号が大きく足を上げたことでローブの裾がめくれ、奴の逞しい生足が見えた。


「ぐふっ」


 俺の心に小ダメージ。

 踊りが激しくなり、チラッ、チラッと姿を現すようになった生足は、押し入れの戸の隙間から居るはずのないものが覗きこんでくることに気づいた時のように、決して見たくなんかないのについ視線が引き寄せられてしまう妖しい存在感があった。


 これは気が散る。とにかく気が散る。

 つい見てしまうのもそうだが、目にしてげんなりすることや、見てしまった自分に腹が立つのもやっかいだ。


 アフロ二号は怪しい踊りで相手を惑わし、隙を突く戦い方をするのだろうか。

 そんな予想をしたとき、アフロ二号はその踊りの真価を見せた。


「フゥ~、フッ!」


 突然のポージング。

 瞬間、アフロ二号の正面に風が集束し、それは砲弾となってアイルめがけて発射される。


「んだぁ!?」


 唐突――もう本当に唐突な攻撃で、アイルはろくに対処もできず風の砲弾を受けて吹っ飛ばされた。

 だがあれは仕方ないと思う。

 効くかどうかは別としても、あんなの俺でも食らうわ。


「相手はどうやら儀礼魔法の使い手みたいね」


 そう言ったのはちょっと前まで(いや今もか?)魔導学園の学生であったメリアだ。


「うん? 儀礼魔法?」


「何かしらの儀式によって魔法を発動させるやり方のことよ。あの人にとってあの踊りが儀礼になるんだと思う」


「なんでまたわざわざそんな回りくどいことを……」


「それはわからないけど……利点はあるんじゃないかしら。まず口頭詠唱は使ってくる魔法を予測できるけど、あの踊りでは何をしてくるかまったくわからないわ」


「まあ確かに」


「それに、たぶん踊り続けることで儀式は継続されているから……ああ、要はすぐに魔法を使えるってこと。呪文の詠唱を破棄して、発導句だけで魔法を使える状態に近いの。さすがに使える魔法は限定されるんでしょうけど……それが風? 踊りによって起きる大気の流れを儀式とした……?」


 途中から思索にのめり込んでしまったメリアだが、予想された通り、そこからアフロは踊りの途中途中にポージングを差しこむことで魔法を発動させるようになり、場合によってはポージングからのポージングによって連続発動し始めた。


「ふっざけやがってぇー!?」


 あの踊りが攻撃手段だと理解したアイルだが、相手があまりに変則的に魔法を使ってくるため押され気味。回避の合間に自分も風の魔法で反撃するが、アフロ二号は似た様な魔法を放って相殺する。


 この戦い、アイルがやや劣勢で長引くか。

 そう思ったとき、アフロ二号がこれまでとは違った動きを見せた。


「な、なんだぁ!?」


 アイルが驚くのも無理はない。

 アフロ二号は踊りながらの高速接近。

 これにアイルが一瞬怯んだところでポージング、魔法発動。

 アイルが居たその場に、空へ向かっての突風が発生する。


「ぬあぁぁ!?」


 空へと巻き上げられるアイル。

 さらにアフロ二号がアイルの真下へと移動すると、これまでとは趣の違う踊りを実行。両腕を地面につき、それを軸として開脚状態の体をぶんぶん旋回させる。


 それは『トーマス』と呼ばれるブレイクダンスの技そのもの。何故、トーマスと名付けられているのか俺は知らないが、もしかすると愉快な人面機関車と関係があるのかもしれない。


 ともかくこの『トーマス』によって魔法――竜巻が発生し、落下するところだったアイルはあえなく呑み込まれ、ぐるんぐるん振り回されることになった。


「ぬあぁぁぁ! まぁたコレかよぉぉぉ――――ッ!?」


 あー、これはもうダメかもしれないな。

 なんか見学中のシセリアも「う、頭が……」とか言いだしてる。

 しかしすでに見切りをつけた俺とは違い、アイルはまだ諦めてはいなかった。


「ま、負けられねえ! 今回は負けられねえんだ! メリアにいいとこ見せるんだ! 『鳥家族』の未来はオレにかかってるんだ!」


 アイルの頭の中は『鳥家族』のことでいっぱいだ。


「いや私にいいところを見せられても……」


「そう言わんでやってくれ……」


 俺はエルフの里に行って、謝らないといけないのだろうか?

 そんなことを思っていたところでアイルに異変。


 錐揉み状態で感謝のお裾分けを大地に振り撒いたというわけではない。

 あれは――首飾り。

 里長から貰ったとかいう、珠のついた首飾りが金色の光を放ち始め、その光はアイルを包みこむとトーマス竜巻から守護する。

 さらに――


鳥を愛する者アイウェンディル……鳥を愛する者アイウェンディルよ……』


 竜巻のさらに上空、そこに大きな金色の鷲の幻影が出現し、なにやらアイルに語りかけ始めた。


「あ、あんたは……!?」


『我は金色の鷲グロールソロン……』


 確かアイルの里を守護してる幻獣――だったか?

 まあそれはいいが……あの幻獣、出てくるタイミングをもうちょっと選べなかったのだろうか?

 おかげで地上ではアフロ二号が踊り狂い、上では発生した竜巻に封じ込められつつも、金色の光に守られたアイルがさらに上空に浮かぶ金色の鷲と語り合うという、えらい状況になっちまっている。


『鳥を愛しながらも貪ることをやめられぬ罪深き者、我が定めを色濃く宿す者よ……。仲間を想い抗う汝に、我が力の一端を授けよう……』


 アイルの頭の中にいる『仲間』とやらに、たぶんエルフは一人もいないと思うが、それでいいのだろうか?


 そんな俺の疑問などお構いなしに事態は進み、上空に浮かぶ金色の鷲が消えてすぐ、今度はアイルの首飾り――その珠から、ぴょこーんとモフモフした金色の塊が飛び出した。


「ピヨォォォォ――――――ッ!」


 猛々しく鳴くその塊は鳥の雛であった。


「ヒヨコ……!」


「ピヨちゃん……!」


「……ぴよ!」


 死んだ鳥とか、食材になった鳥はやたら見る機会に恵まれているおチビたちだが、雛となるとそうもいかない。

 物珍しさもあり、目を輝かせる。


「ピョッ、ピョピョーッ!」


 金のヒヨコは飛び出すいなや、アイルの頭――椰子の木のてっぺんにドッキング。


「うおおぉぉぉ――――――ッ!」


 すると神秘の力がたちまち溢れでもしてきたのか、アイルはその気合いでもって竜巻を撥ね除けた。

 さらに――


「お返しだ!」


 椰子の木の上に鎮座するヒヨコのさらに上、そこに風が集まり、やがては球体が形成される。


「いっくぜぇぇぇ――――――ッ!」


「ピヨォォォ――――――――ッ!」


 そして放たれる風球。

 アイルに竜巻を弾かれ、体勢を崩して地面に伏していたアフロ二号に逃れる術はなく、もろに風球を食らうことになった。


「ウフゥゥゥ――――――――ッ!?」


 さながらそれは風の爆弾。

 アフロ二号は爆発的な暴風に空へと舞い上げられ、さらには身につけていた衣服がパッと花が散るように引き裂かれて全裸となる。


 すっぽんぽんにされたアフロ二号は少しのあいだ宙を舞っていたが、やがては落下、そして――動かない。


「っしゃー! やったぜ!」


「ピヨッ! ピヨピヨ! ピヨォーッ!」


 地面に着地し、喜び出すアイルとヒヨコ。

 確かにこれはアイルの勝ちなのだろうが……見守っていた者の多くが突然の展開についてけず、唖然としてしまっている。

 それはアイルがいいところを見せたかったメリアも同じで――


「???」


 魔導学の学徒として、目の前で起きた出来事があまりに不可解だったせいか、眉間にシワを寄せて思考停止に陥っているようだった。

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