第30話 なにが彼女を駆り立てたか

 ひとまず戦う覚悟を決めたシセリアに、おチビたちの声援が飛ぶ。


「シセリー、頑張れー!」


「シセお姉ちゃん、がんばってー!」


「……んば!」


 勝つことを期待しているとかではなく、ただシセリアが戦うので励まそうという無邪気な応援だ。

 その一方、おちびーズ古参とは違い、新規参入(?)となったメリアはシセリアの心配をしていた。


「相手は霊銀級冒険者みたいだけど、大丈夫なの?」


「信じるんだ」


 俺はメリアにそう返し、こそっとエレザに尋ねる。


「霊銀級の強さってどんなもんなの……?」


「そうですね……ユーゼリア騎士団の隊長を金級として、そこからさらに頭一つ抜けた能力を持つ者と考えていただければ」


「なるほど」


 つまり霊銀級冒険者とは、鉄板の一発芸を有する芸人みたいなものらしいが……やっぱりシセリアは大丈夫じゃないっぽいな。

 もう勝ち目があるとかないとかの話ではなく、無事に戻ってこられるかとかそんなレベルだ。


 まずそもそも、シセリアは丸腰であるし、とくに鎧を装備しているというわけでもない。

 これは鎧を持っていないというわけではなく、ユーゼリア騎士団や神殿騎士団から一式貰っているのに装備しないのだ。

 着たら運命の輪に磨り潰されるとかよくわからないことを言って、シセリアはとにかく着ない。

 もはや恐れていると言ってもいい。


 そんなわけで、シセリアはきちっとしてはいるが布の服姿であるため、防御面でもそこらの一般市民とそう変わらないのである。


「せめて剣とか持たせてやった方がいいかな? 用意するけど」


「いえ、無手の方が良いでしょう。下手に武器を持たせると、シセリアさんでは自分を傷つけることになりかねません」


 なんちゃって騎士であっても従騎士まではいったのに……。


 味方は無邪気に応援するか、すでに諦めているか、そんな状態だったが、当のシセリアはというと相手となるアフロ一号に媚びていた。


「え、えへっ、私は、その、騎士ではありますが、実は見た目通りの小娘にすぎないんですよ……」


「シッ!」


「ですから、あの、お、お手柔らかにお願いしますね……?」


「シッ!」


「うぐぅ……。な、なんでこの人『シッ』しか言わないんです!? もうなんか怖いんですけど!」


 媚びにいってさっそく恐れをなすシセリア。

 するとアフロ一号が動きを見せた。


「シッ! シッシッ! シッ! シッシッ!」


 準備運動なのだろうか、アフロ一号は高速反復横跳びを披露。

 こんなものでも、今のシセリアには恐怖の対象だ。


「ひぃぃ! 無理ぃー! やっぱり私では無理ですよぉー!」


「大丈夫です! シセリアさん、思い出してみてください! これまでの訓練を!」


「訓練……これまで……ひ、ひぃ、ふひぃぃぃ……!」


 シセリアは見ていて哀れになるほど怯え、豚のように叫び始めた。

 萎縮させてどうすると思った、その時。


「負けたらもっと厳しくなります!」


「うおぇあぁ!?」


 ああ、追い込もうとしただけか。

 すげえな、エレザってこれでシセリアと親友のつもりなんだぜ。


「さて、では始めるとしよう」


「わおーん!」


 ヘイルが促し、ペロが吠える。

 それが試合開始の合図となった。


 まずはアフロ一号の先制。

 その巨体をぐぐっと屈めたと思ったら――


「シッ!」


 飛び出す。

 シセリア目掛け一直線。

 あの図体でなかなか素早い。『疾風』の由来はこれか。

 防具で固めた右肩を正面に突き出していることから、シセリアを撥ね飛ばすつもりであるようだ。


 これは終わったか……?

 いや、終わらない。


「おひゃぁん!?」


 シセリアは愉快な悲鳴を上げながら身をよじりつつ横に跳び、アフロ一号の高速ショルダータックルをなんとか躱した。

 すごい。ちょっと無様ではあったが、初見であの攻撃を完全に回避できたことは素直に褒めるべきだと思う。

 きっとそこらの一般人であれば誰も躱せないはずだ。


「シッ!?」


 回避されるとは思っていなかったのか、アフロ一号は驚きの表情。

 それは自信の裏返し。

 おそらく、自分の質量を高速で叩きつけていくのがアフロ一号の戦闘スタイルなのだろう。それで腕だけ防具で固め、それ以外は動きやすいよう身軽にしているということか。


 ひとまずシセリアは試合開始直後の突然死をまぬがれた。

 が、それは事態の好転を意味するものではなく、ただ苦難が続くというだけの事でしかない。


 最初の攻撃を躱されたアフロ一号は、そこから連続しての高速タックルでシセリアを撥ね飛ばそうと試みる。

 ところが意外や意外、シセリアはアフロ一号の猛攻をすべて躱してのける。ただのタックルではなく、腕を伸ばしてのラリアットなどちょっと変則的な攻撃もぎりぎりで回避。


 おチビたちからすれば、その様子は車がビュンビュン行き交う道路に迷い込んだ小動物を見るようなものなのだろう、もう応援のための声も上げられず、ハラハラと見守っている。

 俺はどちらかというと、四方八方から発射されるボールを必死に避ける体当たり芸人なのだが。


「ふふ、訓練の成果が出ているようですね」


 と、そこでエレザが小さく微笑みながら言う。

 てっきりコロッセオで奴隷とライオンを戦わせ楽しもうとするようにシセリアを送り出したのだと思っていたが、どうやらそれは俺の思い違いであったようだ。


 遅ればせながら理解する。

 エレザは手ずから訓練を課したシセリアの出来を確かめたかったのだ。

 それに応えるように、今、シセリアは回避盾として覚醒しつつある。


 回避盾、それは主にゲームなどで用いられる、盾役と呼称される役割の一種である。

 普通の盾役が鎧に盾と、ガチガチに守りを固めて敵の攻撃を一身に引き受けることで仲間を守る囮的な役割をはたすことに対し、回避盾は逆に軽装、回避能力を高めることで巧みに敵の攻撃を躱し続けるのだ。

 ……。

 でもシセリアがわざわざ盾役になる意味ってあるか?


「相手はなかなか良い動きをしていますが、制御し切れておらず一直線が精一杯です。今のシセリアさんにはちょうど良い相手ですね」


「ちょうど良い……?」


 エレザはそう言うが――


「おほほぉぉん! ほんげぇぇぇっ!? あっぴゃっぴゃぁぁ!」


 当のシセリアはもうとても乙女がするようなものではない必死の形相で攻撃を躱している。

 うん、ちょうど良くはないと思うな。


 しかしそれでも、最初は一瞬で決まると思われていた勝負をもう十分ほど継続させているシセリアは立派なもの。


 さらに、最初はただ回避するのみであったというのに、今では横っ飛び回転回避のどさくさに握り込んだ土を、突撃してくるアフロ一号めがけ「おらぁ!」と妖怪砂かけババアのごとく叩きつけ、嫌がらせを行うという周到さを見せている。


 はたしてこれが騎士の戦い方かと尋ねられたら返答に窮するところであるが、だからと『汚いなさすがシセリアきたない』と断じてしまうのはあまりに慈悲がない。


 シセリアは生き延びるために必死なのだ。

 端から敵わないとわかる戦いにそれでも挑まざるを得ず、懸命に自分のできることを体面など知ったことかとやってのけるその姿はいっそ清々しくもある。


 そんなシセリア必死の粘りによって、わずかながら勝ち目も見えてきた。


 シセリアと違い、アフロ一号の運動量は多い。シセリアを轢き殺そうと一直線に駆け抜け、躱されたらまた一直線と、短い距離とは言えあの速さで連続して行っているのだ、体力の消耗は激しい。


 対してシセリアは数歩の距離を横っ飛びで躱すのみ。

 運動量は圧倒的に少ない。

 が、しかし。

 順当に行けばアフロ一号のスタミナ切れを狙えるものの、ぎりぎりの回避を強いられているシセリアの精神はごりごり削られているようで、その影響は疲労として如実に表れてきている。

 勝つか負けるか、これはもうシセリアがどれだけ粘れるかにかかっていた。


 ところが――


「ボミリアン! 情けないぞ! 相手が小娘だからと手を抜くのは勝負を侮辱するものだ! 敬意を持って全力であたれ!」


 ここでヘイルがアフロ一号を鼓舞。


「シィィ……シッ!」


 ボスに怒られ、アフロ一号の表情が変わる。

 それはシセリアを侮っていたことへの反省、そしてわざわざボスに甘さを指摘させてしまったことへの申し訳なさがあり、やがては己を戒め、覚悟を決めた男の表情となった。

 で、その一方――


「おほ、ほぅおぉ、うほほほぉーん……!」


 シセリアの表情も変わる。

 それは悲しみ、怒り、憎しみ、絶望と、負の感情を一緒くたにした、ある意味芸術的とも言える、十四歳の少女が浮かべていいようなものではなかった。


「なん、なんで……なんで! なんで余計なこと言うんですか! なんでそんな、人の頑張りを、台無しにするような、そんなひどい追い込みが、できるんですかぁぁ――――――ッ!」


 シセリアは咆えた。

 それは自分自身のための魂の叫びだ。


 しかし叫ぼうが咆えようがアフロ一号はやる気あらため殺る気で、これまでとは違い、屈んで両手を地面につけてのクラウチングスタートの体勢になる。足を支えるスターティングブロックもないのにそれは意味があるのかと尋ねたくなるが、とにかく『これまでとは違う』という迫力だけはあった。


「ひ、ひぃ……!?」


 シセリアにとっては、もう発射準備が整った大砲を向けられているようなものなのだろう、完全に呑まれて萎縮してしまっていた。

 いつあの巨躯がぶっ飛んでくるのか。

 極限の緊張状態で焦らされるシセリアは――


「うひっ、うへへ……ふひひひ……」


 変な笑い声をこぼし始めた。

 壊れてしまったか……。

 誰もが過大なストレスを受け止められるようには出来ていないのだ。

 お菓子で回復してくれるかな?


 そう思った時だ。

 へろっとシセリアが動き、次の瞬間、アフロ一号が発射される。

 その速さ、過去に邪悪な鎧を纏って現れたエレザと同等か。

 アフロ一号はとうとうシセリアを撥ね飛ばす――かに思われた。

 しかしだ。

 シセリアは無意味に動いたわけではなかった。

 のこのこやってきた猫が、上半身を下げ、そこからねじり込むようにごろりんと横になるように、素早く前に向かって横倒しになった。


「――ッ!?」


 刹那の時間の中、困惑するアフロ一号。

 これまで横に回避するだけだったシセリアの予想外の行動。


 地面に転がっている相手にタックルはできない。

 アフロ一号は転がるシセリアを跳びこえることで対処しようとする。

 だが、シセリアが『前へ』転がったために、わずかに目測が狂う。


 結果、アフロ一号がシセリアに少し足を引っ掛けた。

 ドゴッと。


「ほんごぉッ!?」


 シセリアのうめき。

 そしてシセリアに足を引っ掛けたアフロ一号はというと、空中で体勢を崩したままドギューンと緩やかな放物線を描いて飛んでいき、そのまま湖の浅瀬に頭から突き刺さった。

 水面から飛び出す二本の足。

 実に見事なスケキヨポーズである。


「うん? これは……もしかして……?」


 再びシセリアに視線を戻すと、そこには横っ腹を押さえて地面をのたうち回っているシセリアの姿が。


「おごごごごご……!」


 あの速度で足が当たったとなれば、内臓がやべえんじゃないかと心配になるが、見た感じはただ痛がっているだけのようである。

 何気に丈夫なのか、それとも丈夫にされてしまったのか。

 案外、頑張れば普通の盾役もいけるかもしれない。

 そんなことを思っていたところ、エレザがヘイルに話しかけた。


「殿下、これはシセリアさんの勝ちで良いのではありませんか?」


「む、うむぅ……だが――」


「シセリアさん、貴方は相手の自滅を狙ったのですよね?」


「うごご……。は、はいぃ。な、なんか、攻撃を避けていたら急に生まれてからの出来事が浮かんできて……」


 走馬灯じゃねえか。


「そ、そのなかで、前にケインさんが絡んできた冒険者に水の球ぶつけて転ばせた様子があって、私これだって思って、それで水の代わりに土をぶつけてたんですけど上手くいかなくて……」


「それで最後は自分の体を使って転倒させることにしようとしたと」


「そんな感じですぅ……」


 なんと、仕方なく戦いに臨んだシセリアだったが、それでいて実は勝利を目標としていたのだ。

 そうか、そんなにエレザの訓練が厳しくなるのが嫌だったのか……。


「なるほど……。よかろう、貴殿が勝者だ」


 ヘイルが認めたことにより、この戦いの勝者はシセリアとなった。

 これに大喜びしたのはずっとハラハラ見守っていたおチビたちで、遠巻きに観戦していた騎士たちからも動揺混じりの歓声が上がる。


 泥臭い、まさに土にまみれた姿を晒しながらも勝利してみせたことで、シセリアは同僚の騎士さんたちにも認められたようだ。

 よかったよかった。




――――――――――――――――――――――――――――


【おまけ】


「まさかシセリアの奴が勝利するとは……」


「あの速さの攻撃を、よくあれだけ避け続けたものだ」


「うむ、いつの間にあんな真似ができるようになったんだ?」


「なんか副団長に付きっきりでしごかれてるらしいぞ」


『あー……』

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