第29話 デスマッチは突然に
ウィンディア自然公園にあるユーゼリア騎士団の訓練場。
雰囲気は元の世界で馴染みのある運動場とそう変わらず、目立った違いは表面の色くらい、こちらは土色をしている。
エレザの話では、基本的な集団行動や戦闘訓練はこちらで行い、野外を想定する場合は周囲の林や、そのまま向かえるすぐそこの湖を利用して行うらしい。
そんな訓練場では現在ユーゼリア騎士団が訓練の真っ最中であったため、決戦の場をここと指定したシセリアは、ちょっと半べそかきながら事情説明のため突撃していった。
「すみません! 王都の危機なんです! この場所を空けてください! 他でやるとかなったら、きっと騎士団のお仕事も増えちゃうんで、ここは被害を最小に抑えるためにもぉー!」
話を聞くのは俺の知らない隊長さん。
どうやら訓練を行っていた隊は、シセリアの古巣である第五隊ではないようだ。
シセリア必死の説得により、ひとまず場所を空けてもらえることになり、訓練を行っていたユーゼリア騎士団の面々は、今度は訓練場の周囲に展開して外部の者がうっかり立ち入らないよう警備を始めた。
訓練の邪魔をした上に、働かせることになったのは申し訳ないのであとでなんか差し入れを贈ろうと思う。
さて、こうして俺たちと赤アフロ団は訓練場の真ん中で相対する。
本当は俺一人のつもりだったが……なんかみんな俺の周りに集合しちゃってる。
まあいいか。
「ふっ、この国の騎士たちは、この戦いの良い証人となるであろう」
赤アフロが周囲を見渡しつつ言う。
確かに、騎士さんたちは警備をしているが、みんなこっちを見ているので遠巻きに見学しているとも言えるような?
「では名乗るとしよう。俺は霊銀級冒険者パーティー『栄光回帰』のリーダーを務めるヘイル。赤き閃光のヘイルだ」
赤アフロ――赤き閃光のアフロはヘイルと名乗る。
しかし、だ。
「だが、これからの戦いに、この身分、この名は相応しくない。故にあらためて名乗ろう。我こそはヘイルヴォート! かつて大国と知られたウェスフィネイ王国の王子である!」
「……?」
知らん。
なんか『どうだ!』みたいな感じに言われたけど、その、えっと、ウェ……ウェイ王国にまったくピンと来ない。
これどう反応したらいいんだ?
しかし戸惑う俺とは違い、エレザ、シセリア、クーニャの三人は『あー……』となんかしみじみ納得したような反応を見せた。
「ふん、使徒ケインは人里に下りてきたばかりで、この地の歴史に明るくはないようだな」
「確かにその通りだが、なんかムカつくな……」
田舎者どころか未開人であるかのような言いよう。
俺からすればこの世界そのものが田舎で未開だというのに。
「ケイン様、ウェスフィネイ王国とは、かつてこのユーゼリアを一地方としていた大国のことです。スライム・スレイヤーの騒動の際、秩序が不安定となり、分裂崩壊してしまいました」
「あー、それか」
エレザの説明を聞き、ようやく理解が及ぶ。
ユーゼリア王国が昔は辺境伯領だったということは知っていたが、傘下に入っていた国についてはとくに知らないままだった。
「現在のウェスフィネイ王国は小国となっています。大きな領地を持つ貴族が国を興した際、周辺の小さな貴族はそちらへ流れ、ほかにも王都から離れた王領などがそのどさくさに奪われてしまったので」
「よく滅ぼされなかったな……」
「当時はどこかを攻めるような余裕のない状況でした。それに事態はなにもウェスフィネイ王家が悪いという話ではありません。独立もただ自分の領地の安定を優先した結果で、またそれが負い目でもあり、周辺諸国は蔑ろにしてしまったウェスフィネイ王国に余計な手出しはしないのです」
「そういうことだ」
と、ヘイルはエレザの話を受けて言う。
「ウェスフィネイ王国に汚点などなかった。すべては使徒……世のすべてのスライムを殺し尽くそうとしたスライム・スレイヤーによる使徒災害の結果よ!」
使徒災害て……。
いや、自然災害とか人為災害って言うし、災害はそれまで保たれていた社会的均衡が崩壊することを言うから、おかしくはないのか。
「当時の王は優秀な人物であった。魔導にも長け、魔導王ヴォルケードと称されるほどにな。王はなんとか混乱を収めようと尽力した。記録が残っている。苦労と苦悩の記録が……! その記録の最後はこう締めくくられている。『使徒、許すまじ……!』とな!」
「お、おう」
それは何というか、お気の毒な話ではあるのだが……。
「神殿としてもウェスフィネイ王国は難しい国なんです、経緯が経緯なので。使徒様に当たりが強いですし、ときおり王家からは使徒をこれでもかと敵視する方が現れてまあ色々と……ええ、まさに今のような……」
このクーニャですら何とも言えない表情で語るとは。
すごいぞウェイ王国。
「幼少の頃より、俺は使徒を野放しにする世ではいけないと常々思っていた。そこで数年前、俺は奮起して国を飛びだし、冒険者として諸国を巡った。その過程で人々を助けるうち、霊銀級冒険者になっていたがそれはおまけでしかない。真の目的は、またの使徒災害への備えとして、多数の国の間に同盟関係を確立させることだった」
「無駄に行動力のある王子だな……」
「そしてクロネッカ王国への道すがらであった、俺はこの国に使徒が現れたことを知ったのだ。その時、俺の目の前を黒猫が横切った。俺は理解した。これは使徒を倒せという啓示であると!」
黒猫が横切るのって、そんなもんだったっけか?
「そこで俺はクロネッカ王家に協力を求めた。しかし拒否。使徒災害の同盟には賛成だが、使徒そのものを攻撃するのは否定的、下手に手を出すべきではないとな。まったく腑抜けている。埒が明かないと判断した俺は、これはもう自らの手で打ち倒すしかないと、こうしてこの都市を訪れたわけだ」
「うーん……」
同盟はまあいいとしても、いきなりやって来て使徒と戦うのに協力してくれとか、そのクロネコ王国としては、すごい迷惑だったんだろうな。
しかも相手は扱いにくい国の、さらに扱いにくい王子で、叩き出そうものなら他の国々から後ろ指をさされかねない。
もうなんかババ抜きのジョーカーみたいな奴である。
関わってはいけないあの人だ。
「どうだ、俺が貴様に挑む理由は理解できたか? ならば始めるとしよう、この、歴史に残る戦いを! まずは我が家臣――疾風のボミリアン、旋風のホスホリパー、剛力のラトマンダ、この三名が相手をする!」
「お前がやるんじゃねえのかよ」
「ふっ、身分を明かしたからには、まずは家臣が動くものなのだ。――ボミリアン!」
「シッ!」
敵性アフロ一号が前に出る。
二号、三号を含め、ガタイのいいガチムチであるという事がやたら印象的なせいでいまいち区別のつけにくい連中ではあるものの、身につけている装備の違いで差別化はされている。
アフロ一号は身に纏う衣服こそ布製の、そう目立ったものではない。しかしその肩から手にかけてのみ、肩当、上腕甲、肘当、腕当、手甲とがっちり鎧で固められていた。
「べつに四人まとめてでもいいんだが……まあいいか」
そう呟きつつ、前に出ようとした――その時だ。
「シセリアさん、出番ですよ! 頑張ってくださいね!」
「え……?」
エレザからの突然の推薦を受け、シセリアはきょとーんとする。
まだ言われたことの意味が理解できていないようだ。
しかしそれもわずかな間のことで、理解したところでシセリアは「あばばば」と震えながら首を振り始めた。
必死に振り始めた。
が、しかし、エレザは応じない。
許さない。
そこでシセリアは訴える相手をヘイルに変えた。
「こ、これってケインさんが戦うんですよね!? 私は関係ないって言うか、ここで出ていったら場違いですもんね!?」
「確かにこの戦いは――」
と、ヘイルはシセリアに応えようとした。
だがそれを遮るエレザ。
「いえ! こちらのシセリアはケイン様の騎士! 身を挺しケイン様を守り、その命尽きるまで戦い抜く者です!」
「ほわぁっ!?」
「ほう、なるほど……あっぱれである! 騎士シセリアよ、汝が戦うことを認めよう!」
「おほぉぉぉぅ!?」
シセリアはともすれば気持ちよさそうにも見える形相に。
やがてゆっくりとエレザを見て、それからアフロ一号を見て、そしてまたエレザを見る。
そして――
「へぐっ、へぐぅぅ……」
へっぴり腰のファイティングポーズをとった。
どうやら前門の虎と後門の狼を比べた結果、狼の方がヤベえと判断して諦めたようだ。
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