第23話 すべての道は『鳥家族』に通ず
農業――。
この発想は俺に爆発的なビジョンをもたらした。
それはファスマーの償いだけに終わらず、俺を助くばかりか、この世界に変革をもたらす大いなる可能性を秘めていた。
ビジョンというものは大切だ。
金がなくても、実力が乏しくても、ビジョンさえ素晴らしく人々をあっと言わせるものであれば、どういうわけか人は集まり、代わりにあれこれやってくれて事が進んでいくのだ。
詐欺と言ってはいけない。
「ふふっ……。おっと、すまない、少し――いや、とてつもなく素晴らしい閃きがあってね。それで……ファスマーくん、実は君に興味が湧いてね、よければ君のことを教えてはもらえないかな?」
「え、ええぇ……」
なんで怯える。
よくわからんが、ともかくファスマーは恐る恐る自分がどのような男であったか、いかに愚かであったかを語り始め、やたら謝るその様子は嘘を言っているようには見えなかった。
メリアの話とはずいぶん印象が違って実に素直、どうしてまたこんな男が騒動の発端になったのかちょっと不思議なくらいだ。
魔が差したのだろうか。
「すみません、つまり私はですね、すみません、魔法での立身出世をですね、すみません、目指すあまり、すみません、愚行に走ったのです、すみません」
「……」
ただ、言葉に『すみません』が多すぎる。サブリミナル効果を狙ったにしてもダイナミックすぎ、もう狙いがまったくわからん。
だがまあ、そんなことはどうでもよいのだ。
なんなら内容すらどうでもよく、俺にとってはファスマーが『魔法で名を上げたい男』という、これだけが重要であった。
「なるほど、わかった。こう言っては失礼だが、ファスマーくんは魔法の才能が乏しかったのだな」
「すみません、はい、すみません」
「いやそこは謝らなくていいのだ。俺が言いたいのはな、才能が乏しいとなれば、才能が豊かな連中と同じようにやっても名を上げることは叶わないということなのだよ。ファスマーくんはあれだね、努力でそこを補おうとしていたのだね? いやー、駄目だよぉ~、それでは結局同じ道だ、ファスマーくんが名を上げることは無理だろう」
はっきり言うことでファスマーは残念そう……って、もともとしょぼくれていたからよくわからんな。
「ならば、では、どうすればよかったのか? これだ、これだよ、重要となるのは。同じ道ではいけないんだ。ファスマーくんが進むべきは、これまで誰も見つけていなかった道でなければ!」
「す、すみません、そうは言われましても……すみません」
「ふっ、そうだな、そんな道を見出していれば、こんな事にはならなかったのだから。――ときに学園長、魔法というものがどれくらい農業の場で活躍しているか教えてもらえるかな?」
「ふぉおおぅ!?」
急に話を振られたことで学園長はビクッと震え、口に放り込んだばかりのマシュマロがすぽーんっと自由を求めて飛び出した。
「ああぁ! すみません! 頂いた貴重なお菓子を……! すみません……!」
「学園長までやたら謝るのはやめてくれ。それならむしろこの状況でマシュマロを食べ始めたふてぶてしさを謝るべきだと思うが……いや、いい、そのマシュマロは拾って食べなくていいから、質問に――」
「ケイーン、またマシュマロが焦げてしまったのだがー……」
「焦げてしまったってか真っ黒ですね!」
ここで突然のシル、
仕方ないので話を一時中断、俺はビッグマシュマロを良い感じに炙り、ふて腐れた感じのシルに渡してやる。
「違うぞ、私は料理ができないわけではないのだ」
「いや誰も何も言ってないんだが……」
焼きマシュマロを料理と言っても良いのか?
まあともかく、シルはマシュマロをもちゅもちゅし始めたので俺は中断した話を再開する。
「すまない、なんかすまない。それで、魔法は農業の場で活躍しているのかな?」
「活躍と言うほど運用はされておりません」
聞けば、開墾時に巨大な岩など、邪魔な物があった場合に依頼されて破壊しにいく、その程度のものでしかないようだ。
てっきり、広範囲を一気に魔法で開墾したり、溜め池を作ったり水路をひいたりと大活躍だと思っていた俺は、そのまったく魔法が活用されていない現状にちょっとびっくりした。
「え? 効率悪くないか? 国とか領主にしても、農地が増えるのは良いことなんだから、こう魔導士を雇ってぱぱっと開墾しようとは思わないのか?」
「使徒様、普通の魔導士にそのようなことは出来ないのです……」
「あれ?」
実際の魔導士は俺の想像よりしょぼかった。
一般的な魔導士の使う魔法はそれほど自由度が高いわけではなく、例えば攻撃魔法なら火炎放射機とか対戦車ロケット弾的な効果、と規格が決まってしまっており、またそれを一日中使い続けるとかそんなことは出来ないようだ。
普通の魔導士というものは、それを習得して使うだけ。要は装備した武器とか道具を使うだけのようなもの。
「なら開墾のための魔法とかはないのか?」
「使徒様が想像するような魔法となると、魔力の消費が現実的ではないのです」
「あれま」
そうかー……。
いや、そうだな。
俺、普通の魔導士って会ったことなかったもんな。
けっこういっぱいいても、
などと考えていると――
「すみません、使徒様、すみません、どうやら私は、すみません、ご期待に添うことができないようです、すみません」
何やらファスマーがまた謝り始めた。
どうやら学園長との話で、俺がファスマーに農地拡大を任せようとしていると思ったらしい。
「ああいや、違うよファスマーくん。今の話は、魔法がどれくらい農業に貢献しているか、それを確認したかっただけなんだ。本題は別にある」
「すみません、別と言いますと……すみません」
「俺がファスマーくんにやってもらいたいのは、攻撃的な魔法による力まかせの開墾ではなく、もっと地味で、長い時間のかかる、魔法の才能よりも根気が求められる仕事――農作物の改良なんだ」
「か、改良……?」
予想もしなかったことを言われたせいか、ファスマーから『すみません』が消えた。よかった。
「暑さに強い、寒さに強い、虫に食われにくい、収穫量が多い。そういった望みに応えるものになるよう、長い時間を掛けて作物を作り変えていくのだ、魔導学の見地からね」
農業こそ文明の基盤。
作物が豊富に収穫できるとなれば、それ以外の仕事を始める者も現れ、やがてそれは華やかな文化を形成するに至る。
「まずはどこかに実験用の農地を借り、そこで畑を作るといい。農家に話を聞きつつ、自分で作物を育ててみるのだ。そのあとは人により都合がよいものにするにはどうしたらいいか、じっくりと研究する」
「は、はあ……」
「研究が進めば、いずれはある程度の規模で作物を育てることになるだろう。出来が良ければ流通させることもできる。ああ、その時は迷惑をかけることになったメリアの家がちょうど商家だ、そこに話をもっていけばいいだろう」
「な、なるほど……」
「だが予想通りにはいかず、人が食べるには適さない代物になることもあるだろう。だが動物なら食べるかもしれん。ああ、いっそのこと畜産を始めてもよいかもしれないな。牧畜ではなく、管理された施設内で育てるという試みだ。これは食肉の安定した供給につながり、人々の生活を豊かにしてくれる。育てるのは飛行能力のない、あるいはその能力が低い鳥がいいだろう。うん、鳥がいい。ぜひ鳥で頼む」
俺はなんとかファスマーに農業を始めてもらおうと、懸命になって話をする。
「わ、私にできますかね……?」
「ファスマーくん、これは『できるかな?』ではない。やるのだ」
「あ、はい」
「必要なら学園にでも魔導院にでも、なんなら国にも協力してもらえばいいのだ。この取り組みはいずれ国を富ませる。やるべきだ。協力をしぶる場合は俺に言うといい。活きのいい木馬をたっぷりと送り込んでやる」
何しろ俺も必死だ。
やがて訪れるであろう、『鳥家族』への莫大な物資供給、この俺への多大な負担を少しでも軽くするために、ファスマーには死に物狂いで働いて償ってもらわねば。
まずは農業試験場、そしてゆくゆくは学園とヘイベスト商会による産学連携の実現だ。
「ファスマーくん、魔法に対し並々ならぬ執念を抱く君なら――いや、君だからこそ遣り遂げられるのだと俺は思う。君は魔導学の農業利用、その第一人者となるのだ!」
「第一人者……!」
「そうだ。否定する者がいたら俺に言うといい。木馬よりすごいのを送り込んでやろう。ともかく、この試みが成功した暁には、ファスマーくんは魔導学を農業の発展に用いた初の魔導士として歴史に名を残すことだろう!」
「れ、歴史に……!」
うむ、食いついた。
まあ罰だからとただ働かせるよりも、当人にとっても大きなメリットのある話の方が頑張ってくれるというもの。
「まあ話を急いでしまったが、詳しい話は後日ということにしよう」
逃さん、お前だけは……!
そう俺は思っているが、しょんぼり顔から一転、熱に浮かされたようなファスマーの様子からして余計なことをする必要はなさそうだ。
こうして話を終えたあと、俺はクーニャにお礼としてマタタビの枝をくれてやる。
最初は余計な口出しをしてきたと思ったが、おかげで恐るべき未来に対する備えがひとつ用意できそうだ。
「なんて素晴らしい贈り物……! ありがとうございます! あ、でもこれ宿に持って帰ったら猫たちに……なら神殿、いえ、そちらはウニャード様に取り上げられてしまいます、どうしたら……!」
喜んだと思ったら、クーニャは真剣に悩み始めた。
べつの物の方が良かったか……?
まあいいや。
そのあとは焼けたお芋をみんなで食べ、この……なんだろう、よくわからん夜祭は終了、集まりは解散となった。
すっかり暗くなっていたので、俺たちは宿に戻る前にメリアを家まで送ることに。
生徒たちは神殿騎士たちが手分けして送り届けるようだ。
はしゃぎ回ったおチビたちはお疲れ、ラウくんに至ってはもうおねむな様子だったので、おんぶしてあげたらすぐにすやぁと眠りついた。
そんな道すがら、ふとシセリアが尋ねてくる。
「ケインさん、ところで木馬ってすべて破壊できたんですよね?」
「さあ?」
「さ、さあって……」
「そう心配するな。自己主張の強い奴らだったし、現れないってことはもう滅んだってことだろ」
「そ、それならいいんですが……」
まあ妙に賢い奴がいて、息を潜めている可能性はある。
だが今は騒ぐべきではないと判断できる冷静な奴だ、今後も変な騒動を起こすような真似はしないだろう。
いずれ学園七不思議に登場するくらいのものだ、きっと。
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