第24話 人型災害の監視者たち
バーデン商会は王都ウィンディアでそこそこ名の知れた商会である。
しかしながら、その評判はあまりよろしいものではなく、口さがない者は『あくどい』とすら言ってのけるほど。
確かにバーデン商会は強引な商いを行う問題のある商会なのであろうが……実は、それ以上に大きな秘密を抱えた商会でもあった。
バーデン商会はユーゼリア王国を密かに狙う隣国――クロネッカ王国の間者が立ち上げた商会なのである。
主な任務は王都ウィンディアでの情報収集であり、この情報は貴重な魔道具にて本国へと伝えられる。
そんな秘密があるならば、本来であれば素行よろしくつつましい商いを行い、なるべく注意を向けられないようにするところ。
そこをあえて注目が向くよう派手に動く、その理由。
これはときおり商業ギルドから注意を受け、場合によっては調査すら行わせることで、周りに『問題は目立つがそれ以上の悪事はない』と油断させるためだった。
本当に守らなければならない秘密――会頭と一部の従業員が隣国の間者であるという事実にまで辿り着かせないようにするための一工夫である。
そんなバーデン商会であるが、このところ、とある問題により戦々恐々としていた。
「使徒が魔導学園を滅ぼしかけたそうだ……」
「いよいよ使徒の本領発揮ということか……?」
「くそっ、また本国の連中が恐慌をきたすじゃないか……!」
バーデン商会の裏に関わる、会頭と一部従業員は定期的に秘密会議を行うのだが、ここ最近の会議内容は使徒のことばかりであった。
「あの使徒、どっか行ってくんないかな……!」
「やめろ! まかり間違って本国に来たらどうすんだ! 不吉なこと言うな!」
何故、彼らが使徒の行動に一喜一憂するのか?
その理由は過去にさかのぼる。
春頃、バーデン商会はアロンダール山脈に住む守護竜がウィンディア王家に人探しの依頼をしたという情報を得た。
この情報を本国に伝えたところ、これを利用して王都ウィンディアを少しばかり混乱させるようにと指示があり、そこでバーデン商会は公示人を使って噂を流した。
ユーゼリアの面目を潰し、守護竜との間に不和――とまではいかないまでも、少々信用を失わせることを目的とした作戦だった。
だが、すぐに件の男が使徒であり、また守護竜とは友人関係であることが明らかとなった。
「王宮上空で空中戦を行う友人関係っていったい……」
そう戸惑っていられたのは、この事実を本国に報告するまで。
事実を伝えられた本国は『余計なことをしてしまった!』と混乱に陥ることになったが、それも致し方ない話であった
使徒と守護竜、どちらか一方だけでもやっかいなのだ。
両方ともなれば、これはもう国の危機である。
「うおぉい、まずいぞ! 本国の連中は錯乱してもうユーゼリアに降伏しようとか言いだしているそうだ!」
「どんな判断だよ!? ユーゼリアにしても、宣戦布告どころかそう険悪でもない隣国がいきなり降伏してきたら度肝を抜かれるだろ!」
「まあ、理由を聞けば納得もするだろうが……だからといきなり一国が手に入っても困るに違いないな」
「かつての大国――ウェスフィネイ王国からの独立以後、ユーゼリアに国土拡大の気運が高まったことはない。一国が転がり込むのは、むしろ迷惑でしかないだろう」
幸いなことに、この『いきなり降伏作戦』は立ち消えになった。
それくらいの判断をできる余裕は残っていたようで、結局、話は『バレたら全力でゴメンナサイする』という方向でまとまったらしい。
その後、今後は一切使徒に手出ししないという方針が決まり、バーデン商会には『使徒の監視』という役割が追加された。
これは使徒に隣国――クロネッカ王国に何かしら関わろうとする動きがあった際、すぐに対応するためである。
この役割の追加に、バーデン商会の間者たちは暗澹たる気持ちにさせられることになったが、空中戦を行って以降の使徒は意外にも大人しいものであった。
使徒が滞在する宿には人が増え、猫が増え。
宿の子供たちや、王女、犬や猫にまとわりつかれている状態であればそう問題行動は起こさない。
何だかんだと世話を焼く様子は微笑ましくすらあった。
「猫は可愛い」
「ああ、可愛いな。これまで知らなかった」
「おいおい、子犬だって可愛いだろ? 無邪気の塊だぜ?」
などと、バーデン商会でのん気な会話が交わされるくらい、のどかなものであった。
が、ここ最近だ。
使徒に動きがあった。
貧困地区では金貸し一味の拠点を爆破、構成員をすべて捕らえ、宿仲間の狂ったエルフが取り仕切る料理店でこき使っている。
「あああ、カラアゲを食べてみたいのに! 屋台の時もそうだが、ドワーフが邪魔なんだよ! 多すぎるんだよ! どっからあんなに湧いてくるんだよあいつら!」
カラアゲに焦がれる間者の談である。
そして今回、使徒は魔導学園に謎の魔物を放ち、滅ぼしそうとしたのだ。
「スライム・スレイヤーのように世界に混沌をもたらすほどではないにしても、あれは充分に一国を滅ぼせる使徒だ」
「あの宿で大人しく暮らしているなら監視を続けるだけでもよかったが……もしこれから活発に活動するとなれば、これは交友を結び、その攻撃性がこちらに向かないようにすべきではないか?」
どう使徒と付き合うべきかという、気の進まない会議。
次第に流れは交友を結ぶにはどうすればよいかという内容に推移していき、幾つかの提案が出た。
そのなかで、単純ではあれど、しかし効果の高い手段として支持を集めたのが使徒に贈り物をするという提案であった。
なるべく、喜ぶものを、である。
ではいったい使徒は何を貰えば嬉しいか、次はこの問題について会議は紛糾する。普通の者であれば金が一番だろうが、使徒は滞在する宿屋周辺の土地を高値で買い上げ、おまけに金貸し一味の顧客の借金を立て替えもした。
金に困っているわけではないようだ。
「では、女はどうだ?」
「お、おまっ、馬鹿野郎! ふざけんな! ホントふざけんな!」
「お前よぉ、使徒は守護竜に家を贈ろうとしてんだぞ!? 人からすれば婚約したようなもんだ! そこに女を宛がう!?」
「使徒はまだしも守護竜の方が激怒して大暴れで、それでもしバレたらこんな商会吹っ飛ぶぞ!? もう文字通り吹っ飛ぶ! 木っ端微塵だ! なんなら本国の王宮も吹っ飛ぶわ!」
あまりにもふざけた提案――。
もしかするとこの者はユーゼリア側に寝返っているのではないか、そう疑念を抱いた長の命により魔法をかけての尋問が執り行われる。
結果、ただのアホであることがわかった。
カラアゲが食べてみたくてしかたなく、最近まともにものを考えられなくなっていたらしい。
△◆▽
カラアゲに会議の雰囲気を破壊されたことにより、この『仲良くしようね!』作戦の結論は次の会議に持ち越されることになった。
間者たちは使徒が落ち着きを取り戻し、こちらが要らぬ苦労をしなくてもよくなるよう切実に祈る。
そんな時だった。
招かれざる客がバーデン商会を訪れたのは。
「俺たちは霊銀級冒険者パーティー、『栄光回帰』だ」
バーデン商会に裏の顔があると知って尋ねてきたのは男性四人組。
二十歳ほどの若い男が一人と、むさ苦しい巨漢が三人だ。
「俺の名はヘイル。この『栄光回帰』のリーダーを務めている」
ヘイルの髪はあざやかな赤、瞳は青く、それらと相まって端正な顔立ちは実に凛々しく栄え、ちょっとした物語の英雄のような印象を受ける。
「仲間たちを紹介しよう。こいつが疾風のボミリアン」
「シッ!」
なんでここで気合い入れたの、と間者たちは戸惑う。
「次に、旋風のホスホリパー」
「フゥー」
なんでここで深呼吸なの、と間者たちは困惑した。
「そして最後は剛力のラトマンダ」
「……」
沈黙である。
かわりに首をゴキゴキと鳴らして見せてきた。
ずいぶんとこっているようだ。
この何とも言えない紹介に、間者たちはざわついた。
風、多くね、と。
四人のうちの二人、通り名が『風』で被ってるのだから当然だ。
しかし間者たちにそんなことを思われているとは露知らず、仲間の紹介を終えたところでヘイルは本題に入った。
「使徒が現れたと聞いた。てっきり、古くよりユーゼリアの地を狙っていたクロネッカ王国であれば、邪魔になるであろう使徒を排する計画を練っていると思った。――が、まったくの期待外れであった。排するつもりであれば手を貸したものを」
こいつはいったい何者か、そして何を言っているのか、と間者たちは狼狽する。
王金級には敵わないものの、霊銀級の冒険者ともなれば一般的な金までの冒険者から頭一つ飛び抜けた存在だ。しかし、そうは言っても一国の機密にこうも詳しいのは異常。
ヘイルは間者たちに強い警戒心を抱かせ、また使徒への強い敵意を感じさせるところは、間者たちからすればあまりに身の程知らずであると一種の恐れを抱かせた。
「俺は使徒に対し個人的な恨みがある。クロネッカ王国が及び腰で話にならなかったため、この手で直接裁くためにやってきた」
どうやらヘイルは使徒と事を構えるつもりらしい。
馬鹿である。
「お、お、お前は使徒のことを何もわかっていない……!」
「下手に手を出してはいけないんだ、あれは!」
「大人しくしているなら、そっとしておくのが一番なんだよ!」
間者たちはとばっちりを受けてはたまらないと、必死になってヘイルを止めようとした。
が――
「俺ほど使徒のことを知る者はいない!」
ヘイルは豪語。
知っていて事を構える――。
なるほど、やはり馬鹿か。間違いない。
「使徒とはこの世界における異物。あるべき形を歪め、我らの祖先がこれまで連綿と受け継いできた歴史を踏みにじる悪である。この世界の道理に大人しく恭順するならまだしも、異世界の理屈を押しつけてくるような傲慢者だ。そのような者どもに屈してはならぬ! 認めてはならぬ!」
言っていることはもっともであるが、だからどうした、そう間者たちは思った。
たまに居るのだ、使徒に突っかかっていく馬鹿が。
いや、まだ実力を過信した者の力試しならよいのだが、このヘイルという青年は明らかに使徒を敵視し、自らが抱く大義に酔っていた。
実に迷惑な馬鹿であった。
そしておそらくこのヘイルは……。
「さて、そこでなのだが、俺たちが使徒を処罰するため、このバーデン商会には少々手を貸してもらいたい」
ああ、やはり。
もちろん拒否である。断固拒否だ。
「ほう、では以前の騒動の黒幕が、この商会と隣国クロネッカであったと暴露するしかないな。使徒は動くだろう。俺はそこを狙う。それだけの話だ。どうする?」
こうなっては拒否などできず、せめて商会の協力は表だったものではなく、またこの計画に関わっていることを明かさないという条件をつけるくらいしかできなかった。
渋々、嫌々、やむを得ず……。
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