第22話 仲直りのマシュマロパーティー

 シルに怒られた。

 まあそれは慣れているからいいのだが、痛かったのはこの事態を穏便に収めるための、俺の俺による俺のためのフォロー作戦が崩壊してしまったことだ。


 それは危機的状況にある教師たち(二名ほど犠牲になったがやむを得ない)を救うことで好感度を獲得し、まだ教師たちが茫然自失のうちになるべくフレンドリーな感じで騒動の発端が俺であると暴露しつつなあなあで話を終わらせるという完璧な作戦だった。


 しかし、シルがやって来てくどくど話をしたせいで、ぼんやりしていた事態がくっきりはっきり明らかなものになってしまった。

 これには俺もしょんぼりである。


「……せっかくタイミングを計って助けに入ったのにな……」


 でもってちょっと納得いかないのは、なにもシルは学園に迷惑をかけたことを怒っているわけではなく、楼門を突破する際に自分の案を蹴っておいてしくじったことに腹を立てているということだ。


「まったく、お前が正面から堂々と入るなどと駄々をこねた結果がこれなんだぞ。こんなことなら、私の方がよっぽど穏便だった。見ろ、この者たちを。してやられたと感じるどころか、恐怖に顔を引きつらせているではないか」


 確かに、教師たちの表情には安堵など欠片もなく、ひたすら顔を引きつらせており、それはむしろ笑顔に見えるほどである。

 そんなに木馬魔人が恐ろしかったのか……。


「これからはちゃんと私の提案も考慮すること。自分のやりたいようにやってしまうのではなく。いいか」


「へーい」


 シルは両手を腰にやって、いかにも怒ってますのポーズ。

 実のところ、シルは俺に文句を言いたかっただけで、本当に怒っているわけではないのだろう。

 むしろ『自分の言うことを聞かないからこんなことになったんだぞ、ざまぁ!』という、邪な喜びを抱いている……いや、それは言いすぎか。

 となると、お姉ちゃんぶりたいお姉ちゃんが言うことを聞かずやんちゃして痛い目にあった弟を叱り、お姉ちゃんぶれてちょっと嬉しい、みたいな感じだろう。


 そんな怒ってるのに嬉しそうでもあるシルの周りには、一緒にやって来たおちびーズがいるのだが、何を思ったのかまずノラがシルの『怒ってますポーズ』を真似て、そしたらディアも真似、ラウくんも真似たことにより『怒ってます分隊』が形成され、メリアはそれを『何やってんだこいつら……』という顔で眺めている。


 ぷくーっと頬を膨らませているおチビたちは正直微笑ましく、俺はこの様子を写真に残しておきたい衝動に駆られた。

 だが生憎とそんな文明の利器は存在せず、さすがに創造もできない。

 ならば魔法か……?

 一瞬そんな考えがよぎるも、俺は自重した。

 理解はしているのだ。

 魔法で無理をすると、その無理がとんでもない副作用を引き起こすと。


 あ、でも遠距離通話はシャカの協力でなんとかなったし、案外いけるのかも……?


「こら。ちゃんと聞いていたのか? 返事も生返事だし」


「ちゃんと聞いてるよぉー」


 色々と気は散るが、聞いてはいるのだ。

 でもなー、釈然としないんだよなー。

 木馬魔人たちが思いのほかハッスルしてしまった結果として俺のしくじりになっただけで、予定では無血開城だったんだけどなー。


 まあそれを言っても「負け惜しみ」とか「往生際が悪い」と一蹴されるだけだ、ここは大人しく説教に甘んじよう。

 シルの調子もだいぶ以前の感じに戻っているようだし……。



    △◆▽



 こうして、ひとまず騒動は収まった。

 穏便とは言いがたい過程をたどっての結末ではあるものの、皆が最善を尽くしたとしても悲惨な結末を迎えることもあるのが現実というもの、そこはついてなかったと諦めよう。


 そのあと学園のあちこちでほったらかしになっていた木馬魔人の残骸を生徒たちと協力して集め、運動場で燃やした。

 宣言通り芋を焼くのだ。


 ついでだからと、ドワーフたちに解体してもらった家屋の建材で、もう薪にするしかないような木材も投入して巨大なキャンプファイヤーにしてやった。

 いや、この規模となるとどんど焼きか……?


 まあともかく、ダイナミックに燃えあがる炎は、そろそろ暗くなり始めていた運動場に集まる人々の姿を照らし出していた。

 集まっているのはうちの面々を始めとして、神殿騎士、衛士など学院職員、教員、そして生徒たちだ。


 芋が良い感じに焼けるまでには時間がかかる。

 そこで心優しい俺は、大量のマシュマロを創造して皆に提供した。

 普通サイズのマシュマロだけでなく、キャンプで焼いて食べる用のビッグマシュマロも用意した。恵方巻きくらいの太さでずっしりと重く、思わず「マシュ……マロ?」と呟きそうになる代物だ。


 この見慣れぬ異世界のお菓子に最初は誰もが戸惑っていたが、すぐにみんなして棒に刺したマシュマロをじりじり炙っては頬張るようになった。

 甘いものだから女生徒には人気で、男子生徒にはいまいちかな、と思ったが、どうもそんなことはないようで、みんなして焼きマシュマロを堪能している。

 もちろんうちの面々も楽しんでおり、おちびーズは仲良くマシュマロを焼いていた。


 その一方、シセリアは何故か生徒たちに人気で連れて行かれ、そっちの集まりでマシュマロを焼いていた。

 歳が近いから親しみやすかったとか……?


 まあよくわからんが、シセリアを囲む生徒たちは楽しげで、当のシセリアはその状況にやや戸惑っているようだったがマシュマロを食べるのはまったくやめない。

 そこはさすがである。


 で、シセリアをじ~っと眺めているのがエレザだ。


「シセリアが気になるなら、あっちに混ざりに行ったらいいんじゃないか? 子供たちは俺が見てるし。メリアもついているし」


「ああいえ、それもあるのですが、今、シセリアさんのそばに行くと面倒な説明をしなければならなくなるので……」


「うん……?」


 何やらシセリアのそばに行けない理由がある模様。

 このふてぶてしいエレザが躊躇するとか相当である。

 いったいどんな恐ろしい理由なのかと思っていたところ――


「ケイン、上手く焼けなかったのだが……」


 渋い顔をしたシルが棒に刺した暗黒物質ダークマターを突き出してきた。


「こいつは盛大にやらかしたなぁ……」


「火に突っ込んだらな、燃えたんだ」


「そりゃ燃えるよ」


 マシュマロはすぐ燃える。なんならロウソクみたいに火がつく。黒く焦げてしまった場合、マシュマロはほろほろサクサクの苦い炭でしかなくなるのだ。

 まったく、せっかちさんの不器用さんである。


 仕方ないので、俺はビッグマシュマロを丁寧に炙り、全体をこんがりきつね色に焼き上げてシルに渡してやる。


「すまんな。どれ……、んお? おおっ、おー……」


 クリームとはまたちょっと違う……例えるなら温かいソフトクリーム、そんなこれまでにない食感の甘味に、シルは驚きの表情を浮かべてから顔をほころばせる。

 ひとまず満足してもらえたようだ。


 するとそこで、俺に話しかけてくる者たちがいた。


「使徒様、この度は私の監督が不十分であったことにより、こちらのファスマーがご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした」


 一人は立派なローブを身につけた爺さま――学園長で、もう一人の冴えない男性が件のファスマー先生だ。


「それで使徒様、このファスマーの処分はどのようなものがお望みでしょうか? 学園としては解雇で終わってしまいますが、それでは使徒様の気が晴れないでしょう?」


「いや、そんなことはないけど……。つか、べつに俺はそいつのやったことに怒ってるわけじゃないんだよ。穏便な話し合いをするつもりで来たら、何故か学園を滅ぼしそうになっただけなんだ。だからそいつを解雇とかしなくてもいいよ? 反省文とか書かせて、しばらく給料を減らすとか、それくらいでいいんじゃないか?」


「そ、それでよろしいのですか?」


「ああ、それでいいよ」


 と、俺は話を終わらせようとしたのだが――


「ケイン様、それでは示しがつきませんよ」


 焼きマシュマロをもちゅもちゅしながらクーニャが口を出してきた。


「示しと言われてもな。じゃあどうすればいいって?」


「そうですね。しばらくの奉仕活動などを課してはどうでしょう」


「奉仕活動ねぇ……」


 都市のゴミ拾いでもさせればいいのだろうか?

 そうぼんやり思った時だった。


「――ッ!?」


 俺の脳裏に突然の稲光。

 雷は思考の闇を消し去り、落下地点に猛々しい火柱を発生させる。すると浮かび上がってきたのは、ホッケーマスクを被った怪物の集団で、そいつらは炎を囲んで仲良くマイムマイムを踊り出した。


「そうだ、農業だ!」


 それはまったく素晴らしい思いつきであった。

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