第21話 学ぼう、物理で殴る大切さ

 学園内部――。

 広い会議室の中央にある円卓に教師たちはついていたが、一人、円卓内部の空間に立たされ糾弾を受ける教師がいた。

 彼の名はファスマー。

 この度、学園に降りかかった災難、それを招く原因となった教師である。


「知らなかったんだ! あの話が神の教えであったとは聞かされなかった!」


 評判の良い教師ではない。

 生徒ばかりか、同僚からも疎まれている彼だが、それでいて実は努力家でもあった。日々、魔導学を学び、実践も欠かさない。しかし才能が乏しいため、それは実を結ばず、彼はただ誰よりも努力しているという自負によって己を支えていた。


「メリアの話に出てきたのは使徒と守護竜だけだった!」


 精神に作用する魔法をかけられたファスマーの言葉は信用に値するもの。

 しかし、だからと彼の責任がなくなるわけではない。


「ファスマー先生、貴方はせっかく生徒が伝えてくれた話を、馬鹿馬鹿しいと一蹴してしまった。いち学生の思いつきであったというならまだわかる。だが使徒と守護竜まで話に出て、それでその判断はいかがなものか」


 率先して尋問を行うのは、まだ若いながら副学園長の立場にある教員であり、ファスマーに魔法を掛けた男でもあった。


「その話が本当なら、これまでの俺の努力は無駄ではないか。使徒には特別な力があって、たまたま創造魔法を習得できたのだと考えるのが普通だろう。そんなあやふやな考えを持ち込まれ、先人が営々と積み上げてきた魔導学を無茶苦茶にされてはたまらない」


「その気持ちはわからなくもないが……。では水を取り上げたのはどのような判断から?」


「危険なものではないか調べるためだ。危険があるなら、使徒には指導をやめるよう伝えなければならない」


「真っ当な判断だな。だがどうしてろくに説明もせず追い返した」


「いらん手間を掛けさせられることが腹立たしかった。俺は暇ではない」


 そのファスマーの発言に、周囲からはため息がちらほら。


「水は何故か安全だった。高濃度の魔力を含み、どうして水の状態を保っているのかわからないような代物であったにもかかわらず。ああ確かに、こんなものを生活用水にしていれば、守護竜が補足したように余剰魔力が生まれ、創造魔法のようなものが使えるかもしれない。そう思った」


 使徒の話は極めて特殊な環境において実現する。

 それは魔素が豊富なアロンダール大森林に住み、そこに育つ野草や果実、生息する魔獣を食べて生活してもまだ足りないという、現実的ではない環境だ。


「メリアには悪いことをしたと思った。限定的な話とはいえ、確かに事実だった。それと同時に、この特殊環境下における創造魔法の習得法を調べ、論文として発表すれば評価されるのではないかと思った。叶うなら、習得法の証明のため被験者となり、創造魔法を習得したいと思った」


 それは素晴らしい思いつきかに思われたが、事態はファスマーが輝かしい未来を妄想しているうちに大きく動いてしまった。

 その結果が今の学園の状況である。


 学園としては神殿に探られて痛い腹などないが、だからとすんなり神殿騎士を受け入れるわけにもいかなかった。


 すでに事態はファスマー一人を突き出して済む状況ではなく、ではどうすべきかと相談が始まり、やがて押しかけてきた神殿側ではなく使徒に直接謝罪してはどうかという提案が出た。


 教員たちは学術の徒、使徒についても一般人よりは詳しい。

 世間ではスライム・スレイヤーの悪行ばかりが語られる傾向にあるが、使徒は基本的には温厚な異世界人である。謎のこだわりが原因で騒動や混乱を引き起こすともされるが、実際はそれも『少数』に分類される。そもそも使徒とは告げず、また周りにも気づかれず生涯を終えた場合、記録になど残らないのだ。


 では、現在この王都に滞在している使徒はどのような人となりなのだろうか?


 学園に押しかけていないことから、少なくとも侮辱を受けたと怒りに燃え行動を起こす人物ではないようだ。


 しかし、穏やかな人物ではない。

 王都にやってきてそう時間も経たないうちに王宮上空で守護竜と空中戦を行った事は記憶に新しい。

 完全に『少数』に分類される使徒だろう。


 いやそもそも、直接謝罪しようにも、その使徒がいないという根本的な問題がある。連れてきてもらいたいなど言おうものなら神殿の連中はさらに怒るだろうし、出向こうにも門を開けば神殿騎士が突撃してくる。


 ではどうするか?

 話は堂々巡りとなり、時間ばかりが浪費される。

 そんな状況でまた事態は動いた。

 件の使徒が守護竜と共に正門前に現れたとの報告を受けたのだ。


 事態はいよいよ逼迫、だがこれは好機でもあった。

 使徒に憤慨している様子はなく、むしろ神殿側が過剰に反応してしまっていることを憂い、事を穏便に収めたいと望んでいるのだ。


 この機会は逃せないと、慌てて段取りの話し合いとなる。

 まずは学園長を筆頭に教師全員で向かい、事情を説明したのちファスマーを突き出して謝罪させる。ここで下手な発言をされ使徒の機嫌を損ねたらたまらないため、内容についてはおおよそを決めておきそれを語らせる。


 そんな相談をしていたとき、それは現れた。


『コンニチハ……!』


 会議室に飛び込んで来たのは謎の化物。

 全身は木で出来ており、体は逞しい人の肉体が模されているが頭部は馬だ。なかなか精巧な造形ではあるが、目は存在せず穴が空いているだけなので見ていると不安な気持ちになる。


 化物の出現に驚く教師たちであったが、数名は冷静に、その化物が自然の魔物ではなく作り出された怪物――造魔であることを見抜いた。

 そればかりか――


「氷縛」


 副学園長に至ってはすでに呪文の詠唱を終え、魔法を発動。

 造魔は現れてすぐ氷の柱に封印されることになった。


「まったく、この忙しい時にふざけた真似を……。どこのどいつだ」


 後で詳しく調べるための、綺麗な状態での確保。

 ところが――


『此処カ……!』


『魔法ヲ感ジタ……!』


 造魔は一体きりではなかった。

 さらに六体ばかりの造魔が会議室に飛び込んで来る。


「ふん、何体現れようが変わらん。標本が増えるだけだ」


 副学園長は追加の造魔も氷漬けにしようとする。

 だがその前に――。


 バキンッ、と。


 封じたはずの最初の造魔が内側から氷の柱を破壊した。


『詰マラナイ、ガッカリダ……。貴様ノ魔法ニハ熱意ガ無イ……』


「んな!?」


 まさか造魔に魔法を破られるとは――さらに言えば駄目だしを食らうとは思ってもおらず副学園長は驚いた。


『魂ノ籠モッテイナイ、魔法ニ対スル敬意モ喜ビモ無イ、何ト腑抜ケタ魔法デアルカ……』


 明らかに落胆する造魔。

 追加の造魔もそれを聞くと『ハズレ』だとか『失望シタ』など好き勝手言い始める。

 これには副学園長も頭にきた。


「轟雷槍ッ!」


 完全に破壊するつもりで雷の魔法を叩き込む。

 巨大な槍の形をした雷は最初の造魔だけでなく、追加で現れた造魔も巻き込み、さらにその余波は会議室をも破壊する。

 しかし――


『確カニ、ツマラナイナ……』


『ウム、威力ダケダ……』


 造魔たちはまったくの無傷。


「馬鹿な……!?」


 倒しきれなかったというのならまだわかる。

 だがまさか無傷で耐えきるなど、いくらなんでもおかしい。


『期待外レ、コレハ、オ仕置キダナ……!』


「なっ、なっ、何をする……!?」


 自分の魔法がまったく通用しなかったことにショックを受けていた副学園長を造魔は二体がかりで捕らえると、四つん這いになった一体の背――その三角形の台に跨がらせようとする。


「おいぃぃ!? そんな、ふざけるなよ!? そんなところに跨がったら大変なことになるではないか! 誰だこんな邪悪な造魔を作った奴は! 頭がどうかしているぞ!」


 身の危機を感じた副学園長は、造魔から逃れるべく身体強化の魔法を使うが――


『認メヌ……!』


「おおぉぉおおぉう!?」


 絶対処すマシーンと化した造魔はそれを許さず、哀れ副学園長はこれまでさして脅威など感じたことのなかった三角形、その頂角に潜む地獄を存分に味わうことになった。


「アアアァァァ――――――――――――ッ!?」


 容赦なく股に食い込む頂角。

 これまで体験したことのない激痛に、副学園長は必死の思いで回復魔法を使用する。


『許サヌ……!』


「なぁんでなのぉぉぉ――――――――――ッ!?」


 希望はなかった。

 他の教師たちは副学園長を助けようにも、魔法が効かない、あるいは無効化する造魔、対処のしようがなかった。

 そしてまた、傍観者で居続けることもできなかった。


『サア、汝ラ、我ニ魔法ヲ放ツガイイ……』


『遠慮スルナ、汝ラノ全テヲ込メルノダ……』


 三体のチームで副学園長を攻め立てる造魔、それらを除く四体が教師たちに魔法の行使を強要する。

 恐怖にかられた教師たちはそれぞれ魔法を放つが――


『汝ラ、巫山戯テイルノカ……!』


『魔法ガ使エル道化ダ……!』


『何奴モ此奴モ、残響ノ様ナ魔法バカリトハ……!』


 あえなく造魔たちを怒らせるだけの結果となった。

 自分たちの魔法がまったく通用しない存在に、教師たちはいよいよ絶望することになったが、突然のことに放置されていたファスマーはまだ造魔に攻撃を加えてはいなかった。


「舐めるな! 造魔どもが! くらえ、魔弾!」


 それは初歩的な、多くの場合は魔法を学び始めた者が最初に習得する攻撃魔法であった。しかし初歩の魔法とはいえど侮れないもので、術者の力量によってその威力は大きく変化する。単純に相手を攻撃する魔法としては、これほど合理的な魔法はないと称される基本にして奥義とも言える魔法であった。

 そしてその結果は――


『大シタ魔法デハナイ……。ガ、執念ガ宿ッテイル、コレハコレデ嫌イデハナイゾ……。他ノ者ヨリハマシダ……』


「えっ……」


 評価と言うには怪しいものの、他の教師たちより認められたことは確かであり、それはファスマーの心に小さな喜びをもたらした。

 が――


『シカシ、ネジ曲ガッタ根性デ魔法ヲ使ウノハ感心センナ……』


『デハ我ラガ性根ヲ正ストスルカ……』


『ソレガ良カロウ……』


「ええぇ!?」


 喜びはすみやかに死に絶えた。


「い、嫌だッ! やめろぉぉぉ――――ッ! 俺がいったい何をしたって言うんだぁぁぁ――――――ッ!」


 実のところ、これら騒動はファスマーがきっかけであり、一種の因果応報であったが、生憎と彼がそれを知ることはなかった。

 ただただ処されるばかりである。


「アッ、アアァァァ――――――――――――――ッ!?」


 こうして二名の教師がおぞましい目に遭わされるなか、手持ち無沙汰となった造魔一体が教師たちに言う。


『安心シロ、順番ダ……』


 誰もがもう駄目だと思った。

 その時であった。


「おお、ここにも居やがった!」


 ふらりと現れたのは、人相の悪い青年――いや、少年か。

 この少年の登場に造魔が初めて動揺を見せる。


『マズイ、創造主ダ……!』


『コレハ厄介ナノガ来タ……!』


「誰が厄介じゃコラーッ!」


 それはあっという間の出来事であった。

 創造主と呼ばれた少年は一瞬にして造魔に接近すると、その馬面を両手でがっちりと掴み――


「ふんぬー!」


『グウォアアァァ……ッ!』


 真っ二つに引き裂いたのだ。


「ったく、手間とらせやがって。変に抵抗力があるから〈探知〉も効きやしねえし、あっちこっちに散ってやがるし。ともかくお前らは廃棄処分だ。残骸で芋でも焼いてやる」


 そして少年は造魔たちを次々と破壊し始めた。

 教師たちは自分たちがまったく敵わなかった造魔を、いとも容易く葬っていく少年に頼もしさよりも恐怖を抱いた。


『待テ、我ラハ、無害デアル……!』


『魔法ノ発展ニ役立ツ……! ダカラ……!』


「やかましい! 『ほかほか石』も世界を常春にしたいだけとか言ってやがったが、そんなもん環境がめちゃくちゃになるじゃねえか! 悪気がないとしても存在が迷惑なんだよ! 魔法の発展だとか言うが、どうせ強い魔法が欲しいだけだろ! もしお前らを破壊するような魔法なんて生まれちまったら、戦争がえらいことになんだろうが!」


『ソ、ソンナ事ハナイゾ……? コノ目ヲ見テクレ……!』


「その節穴の何を見ろってんだ。虚無か。いいからとっとと薪になれ!」


『アアアァァ……ッ!』


 こうして、あっという間に造魔はすべて破壊されることになった。

 唖然とする教師たち。

 助かったには助かった。

 だがそもそも、創造主ということはあの少年が造魔を作り出したわけだし、また創造主だからとこれほど無慈悲に被造物を破壊してもよいものか。


「あ、あの、貴方は……?」


 震える声で教師の一人が尋ねると、少年はあっと何かを思い出したような反応をして、ほがらかな笑顔で言う。


「俺はケイン。まあ、使徒だ」


 使徒!

 これがそうかと誰もが驚愕した。

 知識として知ってはいたが、こうして目の当たりにした今、その実まったく理解していなかったのだと教師たちは実感したのだ。


「実はちょっとした手違いがあってさ、そのせいで変なのが迷惑をかけることになったんだ。すまない。でも、悪気はなかったんだ」


 つい先ほど、造魔に向かって『悪気が』と語っていた――いや、まずそもそもその造魔を創造した者がどの口で言うのか。


 そう思いはしても、誰も言葉にはしなかった。

 下手な発言でもしようものなら、造魔のように引き裂かれてしまうのではないかと震え上がっていたのだ。


 しかしそんな恐ろしい使徒も、子供たちを連れて現れた女性――守護竜に怒られてしょんぼりすることになり、それを見た教師たちは理解した。

 世の中、上には上が存在し、自分たちなどちょっと魔法が使えるだけの凡人にすぎないのだと。

 また、こんなことなら神殿騎士が来た段階で降伏しておけばよかったと深く後悔した。


 ああ、世界はかくも恐ろしい。

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