第18話 正統に至ったそれなりの理由
事件(?)の当事者であるメリアに案内されて学園へ。
ちょっとばかり差し迫った状況ということもあり、最初はシルの背に乗せてもらい、俺、メリア、シセリアで向かうつもりだったが、おちびーズの『一緒に行きたいなぁ~』攻撃を受けてシルが陥落した。
さっさと向かうか、とか言っていたのに意見を一転。
「全員を乗せるのは難しい。危ないからな。まあ何も学園が滅ぶわけではないのだ。歩いて向かえばいいだろう」
シルはなんだかんだで子供に甘い母親になりそうな気がする。
「大丈夫でしょうか……」
「まあ大丈夫だろ」
シセリアは心配そうだが、使徒である俺を迎えに行くという話が通ったならきっと大人しく学園で待っているはず。
そう思いながら、てくてく歩いて学園へ。
シルの両腕にはノラとディアがしがみつくようにしており、その様子はまるきり遊びに出掛けるようであった。
そして到着した魔導学園。
自然公園のほど近く、初めて目にする学園は学び舎というよりも小ぶりな要塞のようで、敷地を囲う頑丈そうな石壁には側防塔すらあり、説明がなければここが学園とは誰も思わないだろう。
でもってその学園は、現在、明らかに外部を拒絶する光の壁に覆われていたりする。
「ケインさん、あんまり大丈夫には見えないんですが……」
「そうだなぁ……」
はやる信仰心に突き動かされもう何かやっちゃったようで、きっちり閉ざされた学園の正門たる楼門の大扉前にはいきり立った神殿騎士たちがたむろして開けろ開けろと叫んでおり、楼門の上にいる学園関係者は待て待てと訴え続けている。
その一方、少し離れたところでは生徒とおぼしき少年少女が集められ、クーニャに監視されながらひたすらうにゃうにゃ合唱していた。
『うにゃ! うにゃ! にゃざとーす、ごろにゃん! うにゃ! うにゃ! にゃざとーす、ごろにゃん!』
それは間抜けな合唱であったが、声には悲愴感が混じり、また生徒たちの様子も楽しさなど欠片も感じさせない必死なもので、明らかに強要されていることがわかる。
「ケインさん、あの、あれやめさせてもらうことできない?」
事態の発端となったメリアが申し訳なさそうに言う。
「そうだな。まずあれをやめさせるか」
正直もう帰りたくなってきたが、ここで放置するとますます状況は悪化すると俺は諦めてクーニャの元へ。
すると――
「ああケイン様、お喜びください! この者たちは異端者ではないようです!」
「……」
これアカンやつや。
すっかり信仰をキメてやがる。
「この子たちは?」
「野外授業から戻ってきたところを捕らえました。審問を行った結果、異端に傾倒しているわけではないことがわかり、それは学園すべてが異端の手に落ちたわけではないという証明にもなります」
「なんでうにゃうにゃ言わせてんの?」
「せっかくの機会ですので、ニャザトース様を崇める――」
「わかった、もういい」
これ以上は聞いたところで俺が納得するような理由は出てこないと悟り、ひとまず生徒たちに合唱をやめさせる。
やっと話を聞いてくれる人が来た。
そう感じたのか、生徒たちは明らかにほっとした様子で、それはなんだか俺をすごく申し訳ない気持ちにさせた。
「ごめんな、なんかごめんな」
間接的にでもこの騒動の始まりに関わった者としては何かしらの償いをしたくなり、俺はメリアに手伝ってもらいながら学生たちにどら焼きを配った。
「ケイン様、ケイン様、私にもください」
「てめぇにやるどら焼きはねえ! おらっ、ちくわでも食ってろ!」
クーニャにはどら焼きの代わりにちくわ一本を与える。
切れ端でなかったのはせめてもの慈悲だ。
碌な事をせん猫など、それこそちくわの切れ端を追い回しどたばた走り回っていればいいのだ。
まあそれですら、ときおり家具の隙間からちくわのミイラを発見するというしょうもない驚きをもたらすことになるのだが。
「で、どうしてこの状況になったんだ?」
やがてクーニャがちくわをもぐもぐし終わったところで、俺はこの場で起こった事を説明させる。
「うーん、特別なにか起きたわけではないのですよ?」
クーニャが神殿騎士たちを率いて学園へやって来たところ、大扉はさっさと閉ざされてしまったらしい。
「話を聞くこともなく門を閉ざし防衛機構を働かせるとは、いったい学園は神殿の者をなんだと思っているのでしょう」
「よっぽど物騒な気配をまき散らしていたんじゃないか? 賢明な判断だと思うぞ」
突撃して暴れ、叩き出された。
そんな事態すら予想していた俺としては、そこまで致命的な状況になっていなかったことに安堵する。
「ひとまず向こうには私たちが出向いてきた理由を伝えました。しかしそれからは事実関係を確認するから待って欲しいと言うばかり。埒が明かないと門を破っての突撃も試みましたが、さすがは魔導学園と言うべきでしょうか、障壁に弾かれるばかりでした」
「見た目もそうだが、学び舎にしてはずいぶんと厳重な守りなんだな」
「ああ、それはいざとなったら避難所にもなる場所ですから」
例えば大森林で魔獣の氾濫が起きこの都市まで押し寄せるなど、そういう有事の際に利用されるようだ。
「なあクーニャ、正直、お前らがいると門を開けてもらえそうにないし、話がややこしくなるだけだから帰ってくんない?」
「申し訳ありません、ケイン様の頼みでもそれは聞けないのです。ここで私たちが退くことは、世の為にも良くありません」
「世の為だぁ?」
「はい。異端思想の蔓延は悲劇を招き、またそれはニャザトース様にご迷惑をかけることに繋がります。ケイン様は魔界がどのように誕生したか御存知ですか?」
「いや、知らないが……」
「では簡単に説明を。大昔の話になるのですが、その頃には今のようにまとまりのあるニャザトース教はなく、各々が思い思いにニャザトース様を崇めていました。しかしその中で、猫をより大切にしようという異端が発生し、結果として犬が差別されるようになったのです」
「もうなんか訳わかんないけど……なんで犬が?」
「おそらく、なんとなくではないかと。そもそも、そうしなければならない明確な理由など存在せず、その異端思想が滅んでも世にはまったく影響など無かったのですから」
「まあそうだな」
「犬への差別はひどいものでした。やがて追い払うどころか、犬に近いすべての動物、魔物、そして獣人やそれらを庇う他の種族すらも、すべて絶滅させてしまおうという運動に向かったのです」
「話の始まりからして犬はとばっちりだし、そのまたとばっちりもひどいな」
「はい、ひどい話です。面倒なのは、誤っているとはいえニャザトース様を敬っての行動であったため、それなりに賛同する人々が現れてしまったことでしょう。もちろん、世はすべてニャザトース様の手によるものであり、そこに絶滅させてよい存在などいないと真っ当な見識を備えた人々の方が多かったのですよ? しかし自分たちが正しいと信じ込んだ狂える異端者たちは、その正しさを証明するため、自分たち以外のすべてに戦いを挑んだのです」
「アホだな。とてつもなく迷惑なアホだ」
「まったくです。まあそれで戦争が起こったりしましたが、それはまた別の話として今は魔界の話です。この状況を憂いたニャザトース様は虐げられる犬たちの避難場所――魔力が豊富で過ごしやすい小さな世界を創造しました。これが魔界です」
この魔界への入り口は世界各地に設けられ、イヌ科の色々や保護者はそこから避難したそうな。
しかしそれでは異端者たちも追って移動してしまいそうなものだが、そこは神さまがわざわざ用意したもの、異端者たちはその入り口を通り抜けることができなかったとか。
「つまりそれは、異端思想がニャザトース様の意に沿わぬものであったという証明です。これでようやく異端者たちは己の過ちを理解し、一部は改心の後、犬たちへの償いを始めたのですが、まあどうしようもない者たちというものはいるもので、滅びるまで戦い続けた者も多かったとか」
騒ぎが大きくなりすぎ、神さまも動かざるを得なくなったのか。
しかしそうなるとスライム関連はどうだったのか気になるが……まあ絶滅はしていないし、最後は突然スライム・スレイヤーが倒されて終わるのだ、何かしら手を出したのだろう。
「この騒動の後、再びこのような異端思想を蔓延らせてはならないと正統思想を軸としたニャザトース教が誕生したのです。誕生の経緯が経緯ですから、異端思想に対しては過剰に反応せざるを得ないのです」
ただの暴走かと思いきや、根っこのところは真面目な理由だった。
そりゃウニャ爺さんもブチキレなわけだ。
「まあそれでも、本当に異端思想が学園に蔓延っているとは思っていませんから、格好として見せているというところもあります。何も厳しい取り調べを行おうとか、そんなつもりはありません。せいぜい正統である確認をとるくらいのものです。こちらの者たちにも、手荒な真似をした様子はないでしょう?」
「怯えてはいるがな」
「それはもう、恐がってもらわなければなりませんから。それも私たちの役目なのです。そして、であるからこそ、ケイン様が事を収めるにしても、私たちはそれを見届け、『学園に問題なし』と宣言するために最後までここに留まる必要があるのです」
「んー……」
つまり、この状況を防ぐためには、まず宿から飛び出すクーニャを引き留めていなければならなかったのか。
そんなのわからんて。
ともかく、事を穏便に済ませるためには俺がなんとかしなければならないということははっきりした。
話を聞いたあと、俺はシルを伴って楼門の下へ。
みんな付いて来ちゃったけど、まあ問題はないだろう。
「おーい! おーい! 俺はケイン、たぶん話に出たと思う使徒だ! でもってこっちがシルヴェール! 守護竜だな!」
俺は神殿騎士たちを下がらせると、楼閣の上にいる人たちへ呼びかける。
「このままだと話がややこしくなりそうだから、事態を収めるためにも俺たちを入れてくれないか!」
「す、すみません! それを判断する権限がなくて……!」
無理ですの一点張りか。
どうもダメっぽいが……まあもうちょっと話してみよう。
「おそらくそっちでは話し合いをしているんだと思うが、内々でまとめられても神殿関係者が納得しないと思うんだ! 俺たちは学園をどうこうしたいわけじゃなく、むしろ穏便にすませるために来ている! なんとか入れてもらえないか!」
「すみません、仰ることはよくわかるのですが、ここで入れてしまうわけにはいかなくて……! それに門を開くと防衛のための魔法も効果が切れちゃいますし……!」
まあ応対役になっちゃった人たちにあれこれ言っても仕方ないわな。
話し合いをしようってんなら、もうこっちに学園長なりなんなり来ているだろうし……。
「この学園の運営資金って国が出してんの?」
「国ですね」
と応えたのはエレザだ。
「なら王家に怒られたくなくて、あれこれ誤魔化すための話し合いが紛糾してるのかな……」
「せんせー、じゃあ私がこらーって怒ってみる? こらーって!」
「ならわたしはノラお姉ちゃんのうしろで怒ってますって感じにしてるね!」
「……ん! ん! んう~……!」
「君たち、気持ちは嬉しいが、慣れないことはやめておきなさい」
むしろ緊張していた場がなごむわ、ほわほわするわ。
「ケイン、どうも埒が明かないようだ。ここはもう飛んで乗り越えてしまわないか? 障壁は突破しよう」
「それでもいいけど……」
「なんだ?」
「いやー、こっちに非はないんだからさ、ここは正面から堂々と行くべきじゃないかと。さらに言えば、ただ力業ですますんじゃなく、相手が『してやられた!』って諦めを悟ってしまうような手段がいい」
「そんなもの……どうするんだ?」
「うん、それについてはなぁ……」
ノープランなんですけどね。
どうしようかと考えつつ、俺はあらためて閉ざされた大扉を見る。
その時であった。
「――ッ!?」
それは大神が放った雷のごとく。
突如もたらされたゼウス級の閃きに俺は打ち震えた。
「そうだ、トロイの木馬だ!」
それはまったく素晴らしい閃きであった。
何が素晴らしいって、もう使い道がなく〈猫袋〉にしまいっぱなしになっていたゴミ――三角木馬を活用できることだ。
俺は大いなる閃きに従い、三十ばかりの木馬を門の前に並べた。
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