第19話 呪いの木馬

 同じ物がずらっと並んだ様子は人に特別な印象を与えるもので、その例に漏れず、楼門前に配置した木馬は俺に壮観さを感じさせた。それはきっと、一台一台、〈猫袋〉から引っ張りだし、魔法をかけ、せっせと並べていった達成感も影響しているのだろう。


 そんな俺とは違い、楼門の上にいる応対役の人たちは、上から見る木馬の胴体――その三角形の鋭い辺ばかりが目につくためか、あからさまに気味悪がって怯えていた。

 あの木馬は人が乗る物であると容易に想像はつくものの、ではいざ乗ったらどんなことになるか、またそれも容易に想像がつき、思わず股がすくんでしまうのだろう。


 現状、俺が何をやろうとしているのか、漠然とながらも理解しているのはおそらくシルだけだ。


「危ないかもしれないからちょっと下がろうか」


 俺が木馬を準備しているのを見たシルはそう言い、おちびーズ(メリアとフリードを含む)を連れてちょっと離れ、エレザもそっちについていったので、今現在、並べた木馬のすぐ後方で待機しているのは俺とシセリアとクーニャだけになっている。


「ケインさん、トロイの木馬って何なんです? いったいどんな邪悪な儀式なんですか?」


「いや、儀式ってわけじゃ――ってちょっと待て。どこから『邪悪』が出てきた?」


「え?」


 そう戸惑ったシセリアは曇りなきまなこをしていた。

 つまり、シセリアは皮肉でも悪気があったわけでもなく、本当に俺がわざわざ邪悪な儀式を選んでこれから始めようとしていると思っているのだ。


「シセリア、どうやら君は俺に対して大きな勘違いをしているようだが、それについて語るのはまたの機会、今はトロイの木馬について説明をしよう。トロイの木馬というのはな、俺の世界のとある神話に出てくる代物なんだ」


 この神話――トロイア戦争について、きっかけとなる神々のいざこざから、囲郭都市トロイアの滅亡まで詳細に知っている人はあまりいないと思われる。三国志と一緒だな。

 しかしこの『トロイの木馬』だけは非常に有名で、木馬がどのように使われたものであるか知っている者は多い。


 そんなトロイア戦争を語るにあたり、押さえておくべき事柄は一つ。

 NTRから始まった戦争ということだ。


 NTRされたのはスパルタの王。

 名前はまったく覚えていないのでスパルタンXとしよう。


 そしてNTRしたのはトロイアの王子。

 名前は……確かパリピだったと思う。


 パリピがスパルタンXの妻をトロイアに連れて行ってしまい、これに激怒したスパルタンXが軍勢を率いトロイアを攻めた、これがトロイア戦争だ。


 スパルタンX軍は名だたる英雄が揃う強力な軍であったが、それでもなかなかトロイアを陥落させることができず、戦いは十年くらい続いたとかなんとか。

 そこでスパルタンX軍に参加していた英雄、オ……オデッセイだったかな? まあそいつが、これは埒が明かんと考えた作戦、それが作り上げた巨大な木馬の中に兵を潜ませ、これをトロイア側に自ら市内へと運び込ませるというものだった。


「そしてこの作戦は見事成功し、スパルタンX軍はトロイアを陥落させたというわけだ」


 うろ覚えで端折りまくった説明になったが、要点はトロイの木馬がどのように利用されたか、その一点なのでそう問題はない。

 この戦争で英雄アキレウスが幾多の冒険者のように膝に矢を受け、それで死んでしまったとか、そんな話はきっと興味ないだろうし……。


「あの、ケインさん、もしかしてあの木馬の三角の部分に折りたたまれた人が入っているとか、そういうことですか?」


「なにそれ怖い」


 なんて残酷なことを思いつく娘さんかと思ったが、なるほど、俺が『トロイの木馬』をそのまま再現しようとしていると考えたのか。


「シセリア、俺はなにもトロイの木馬がこの状況で通用するとは考えていないんだ」


 そもそもトロイの木馬も、神の手助けがあって無事トロイアに回収されたのだ。でなければ敵が残していったあからさまに怪しい代物なんぞ、いくらイカれた神々にもてあそばれる原始人のような連中だって回収しようとは思わないだろう。


 言ってみれば、俺が行おうとしているのは『トロイの木馬』にインスパイアされた、俺なりの、新時代のトロイの木馬なのだ。


「実はな、俺はあの木馬に特別な魔法をかけた」


「えっ、また失敗シリーズなんですか?」


「失敗シリーズ言うなや」


「じゃあちゃんとした魔法なんですね?」


「それは……まあ、不完全な魔法なんだけどね……」


「やっぱり失敗シリーズじゃないですかー!」


 くっ、シセリアの中で変なカテゴリーが生まれてしまっている。

 つかそのカテゴリーを適用すると、俺の魔法なんぞほとんどがそこにまとめられてしまうではないか。

 いや、単純に火とか水とか出すのはちゃんと出来るんだけど、何かしら効果を持たせようとするとどうも失敗作になるのだ。たぶん頑張って取り組めば〈猫袋〉みたいにちゃんと使えるようになるのだろうが、いかんせん面倒で放置になっている。


「まあまあシセリアさん、まずはケイン様がどのような魔法をあの木馬にかけたのか聞きましょう」


「うぅ、聞きたいような、聞きたくないような……」


 何故かシセリアは俺の魔法に対し過敏になっているようだが……まあともかく説明を続けよう。


「使ったのは魔法は対象に何かしらの効果を与える〈付与〉だ」


「おや、思いのほか普通に知られた魔法なのですね」


「いやいや、クーニャさん、油断はできませんよ。ケインさんが使う付与魔法は、きっと〈付与〉と名付けられた『何か』です」


「……」


 シセリアが疑い深くて悲しい。

 そして事実その通りなのも悲しい。


「ケインさん、いったい木馬に何を付与したんです?」


「シセリア、そんな警戒しないでくれないか、切なくなる。木馬に付与したのは『抗魔』だ。魔法への耐性だよ」


「はあ、抗魔ですか」


「なるほど、ケイン様はあの障壁に抗魔を付与した木馬をぶつけて消してしまおうと考えているのですね」


「そういうことだ」


「うーん、抗魔を付与しただけなら、そうひどいことには……?」


 と、シセリアが少し安堵した、その時だ。

 ガタガタガタ……と木馬が一斉に勝手に震えだした。


「ケインさん、ケインさん、木馬の様子がおかしいですよ、ケインさん」


「いや、想定通りだ」


「想定通り……!? ただ抗魔を付与しただけなんですよね!? どこに木馬が震え出す要素があるんです!?」


「それなんだが……」


 と、俺は〈付与〉に初挑戦した時のことを語る。


「あれは寒い日のことだった。俺は平気だったが、遊びに来ていたシルは寒いのが不快だからどうにかしろと言いだして……」


 魔法でストーブのようなものを用意できないか、そう考えた俺は付与魔法を思いつき、コンクリートブロックほどの石を用意するとさっそく『加熱』を付与してみた。


「こうして『ほかほか石』は完成し、家は暖かくなった。ただな、しばらくしたところで俺はその石がどんどん熱くなっていることに気づいたんだ。ちょっと危機感を覚えた俺は、石を家の外へ放りだした」


 そして暖を取るための別の方法を模索し始めたのだが……。


「何故か寒さが落ち着いた。それどころか少し暖かいくらいで、これはどういうことかと外へ出てみたら、石を捨てたその場所に赤光を放つ溶岩魔人が居てな、一生懸命、冬の森を暖めようとしていたんだ」


 溶岩魔人は手強い相手だった。

 水をぶっかけたら爆発を起こしやがったし。

 最終的には熱に『適応』した俺が押さえ込み、シルがブレスをぶっ放して俺ごと攻撃することで勝利を収めることができた。


「……」


 話を聞いたシセリアは目を瞑り、そっと天を仰いでいた。

 すでに木馬の震えはすさまじいものとなっており、耳を澄ませば『ウゴゴゴ……』とうめきだしているのが聞こえる。


「俺の〈付与〉は確かに望む効果を対象に与えることができる。しかし効果は時間経過と共に高まっていき、最終的には対象がその効果を至上とする魔人になってしまうんだ」


 そう話し終えたとき、木馬たちに決定的な変化が起きた。

 ビキビキッ、メキメキッを木が軋む音を立てながら、木馬としての形状が変化し始め、最終的には人の形に近くなる。

 そして誕生したのは、背中に三角形の台を生やした妙にムキムキで体格の良い馬頭の魔人どもであった。


『マ、魔法……魔法ニ抗イタイ……!』


『魔法ヲ……我二魔法ヲ……!』


『モウ我慢デキナイヨ……!』


 木馬に付与したのは『抗魔』。

 つまりあの木馬魔人たちは、魔法に抗いたくて仕方ないという欲求に突き動かされているのだ。

 そんな木馬魔人たちの目の前には魔法の障壁。

 木馬たちは嬉々として大扉に突撃し、べったりと張りついて存分に存在意義である『抗魔』を堪能し始めた。


『アア、痺レル……堪ラン……!』


『モ、モット激シク頼ム……! 激シク……!』


『ヒヒーン……! ヒヒヒーン……!』


 木馬魔人たちが楽しむなか、シセリアは身動き一つなく固まっていたが、クーニャの方は目をぱちくりしながら質問してきた。


「あの、ケイン様、あれって生命の創造になるんですか? だとしたら、ちょっとした奇跡ですよ?」


「いや、生命ではないと思うぞ? 精霊的な何かじゃないか?」


「それでも充分奇跡ですが……」


 クーニャは茫然とそう言うが、こんな奇跡は起こせたところで嬉しくもなんともないのである。


「――ハッ! 意識が飛んでいました! ってちょっとケインさん! こんなの聞いた話と全然違うじゃないですか!? 木馬くらいしか合ってないんですけど!」


「シセリア、落ち着け、木馬を利用して門を開かせるのは確かなんだから。つまりはこうだ。木馬たちに障壁を破壊させたあと、俺は楼門の上にいる連中に要求を突きつける。ここで大人しく門を開くなら、木馬を退かせるとな」


 もし木馬が大扉を突破してしまえば、学園内で大暴れすることだろう。

 応対役たちにとって、もはや背に腹はかえられぬ状況というわけだ。

 これなら扉を開けざるを得ないし、仕方なかったということでたぶん責任も軽くなるだろう。


「でもケインさん、それなら鑑定で障壁を消してしまって、それで扉も消されたくなかったら開けろって迫るだけでよかったんじゃないですか? それとも障壁は消せないんですか?」


「け、消せないねぇ……」


「……」


「シセリア、ほら、このどら焼きはアンコに栗が入っているぞ?」


「いただきましょう」


「ケイン様、ケイン様、私もそのどら焼きを食べてみたいのですが」


「お前もか、わかった、ほら」


 シセリアとクーニャにどら焼き(栗入り)を与え、それからしばし木馬魔人たちの奮闘を見守る。


 始めはバシバシ音を立てながら木馬魔人たちを退けていた障壁だったが、供給される魔力が無限などというわけはなく徐々に弱まっていき、シセリアとクーニャがどら焼きを八つ食べ終わる頃にはとうとうその効力を失った。


『魔法……終ワッタ……!?』


『嫌ダ……! モット魔法ヲ浴ビタイ……!』


『入レロ……! 中ニ入レロ……!』


 木馬魔人たちは物足りないと、大扉を破壊して魔法使いが大勢いる学園内へ侵入しようと試み始めた。

 だが、木馬魔人たちに大扉を破壊することはできない。

 魔人化しても元は木でしかなく、付与された魔法も『抗魔』という破壊活動には向かない魔法だからだ。

 要は奴ら、見た目が不気味で魔法に強いだけの魔人なのである。

 しかし、得体の知れぬ怪物が学園に入れろと訴えているのは、上から見ている応対役たちからすればさぞ恐ろしいに違いない。


「よし、ではそろそろ交渉といくか」


 そう動こうとした時だった。

 やたらめったら大扉を蹴る殴るしていた木馬魔人たちが、急に集合して組体操の人間ピラミッドを構築し始めた。

 背中が三角形の台で尖っているのだから、普通の人間にはとても無理な話だがそこは元が木、問題はないようで、すぐに立派な人間ピラミッドが完成する。

 その後、あぶれていた木馬魔人は仲間が構築した人間ピラミッドを猛然と駆け上がり、大きく跳躍、そして次々と楼門へ飛び込んだ。


「うぎゃぁぁぁッ! 来たぁぁぁッ!」


「助けてくれぇ――――ッ!?」


『開ケロ! 扉ヲ開ケルノダ……!』


「お股裂けちゃうぅぅ――――――――ッ!?」


 聞こえてくる悲鳴と、魔人どもの声。

 やがて、大扉がゆっくりと開き始め――


『ヤッタ……! ヤッタゾ……!』


『魔法……! 魔法イッパイ楽シメル……!』


『ヒヒィ――ン……! ヒヒヒ――――ン……!』


 人間ピラミッドを構築していた木馬魔人どもが、我先にと学園内へ突撃していった。


 これはちょっと想定外なことになりましたねぇ……。

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