第17話 世界がもっと輝けと囁いている

 おちびーズとエレザはシルと一緒に空のお散歩に出掛け、クーニャはシセリアを連れて神殿に神敵発見の報告に向かった。


 これにより、いつもの面子で宿に残っているのは俺だけという珍しい状況になった。

 お客さんであるメリアは猫どもがもてなしている(?)ので、俺は寂しげにしているフリードに燻製肉をあげて元気づける。


「ご主人はお前が嫌いになったわけじゃない。今はちょっと猫に取り憑かれているだけなんだ。心配するな」


「ワフッ」


 穏やかな時間。

 食堂はいつもより静かで、そのため近辺で行われている家屋の取り壊しの騒音や作業に勤しむドワーフたちの声がよく聞こえる。

 世間が仕事をしているなか、のほほんと過ごせるのはなかなか気分が良いものだ。

 しかし、残念なことにのほほんとばかりしてもいられない。


「メリアは学園からそのままこっちに来たのか?」


「ええ、猫ちゃんが足りなかったの」


 それは僥倖、猫どももたまには役に立つ。

 まだメリアが家族に報告していないのなら、早急に担任教師の誤解を解くことで俺が余計なことをしたという印象もやわらぐだろう。

 となれば俺が学園に出向き、その教師に事情を説明するのが一番手っとり早い。

 ならばここは、手土産の一つでも持っていくべきか。


「メリア、その先生の好物とか知ってる?」


「好物……? 知らないわ」


「知らないか」


 まあ知らんわな。

 俺も小中高と担任の好物なんて知らんまま過ごしたし。


「ちょっとその先生のことを教えてもらえる?」


「んー……」


 気乗りしないようであったが、メリアは考えながら担任教師について端的に語る。

 名前はファスマー、年齢は三十ほどの男性。

 そして――


「面倒くさい人ね。必要がなければわざわざ話しかけたいとも思わないわ。自分は魔導師だ、教師だ、って変に偉ぶってるもの。それで本当に優秀ならまだわかるんだけど、べつに優れているわけではないのよね。そりゃ私からすれば優秀なのは確かなんだけど、魔導院に籍を置くほどでは無い……まあ普通の魔導師? かしら」


「周りの評判はあまり良くなさそうな先生だな」


「良くないわね。私みたいに大したことない相手は見下してるし、優秀な相手は敵視して無駄に張り合おうとするし。あ、でも生徒とか教師とか、平民とか貴族とか、そういう立場や身分によってその態度を変えないのは立派かもしれないわね。いっそ清々しくもあるわ」


「それは褒めるところか……? いや、褒めるところがそれくらいしかないということか」


 確かに面倒な人物のようだ。

 会いに行ったはいいが、ついイラッとしてぶん殴ったりしないよう気をつけなければならない。


「ところでメリア、その魔導院ってなんなんだ?」


 魔導学園はまあわかる。

 魔法の才能を持つお子さんが魔法を学ぶ学校だろう。

 では魔導院とは……?


「うーん、この国の魔導学の中心で、優秀な人がより魔法を学ぶために行くところ? 色々やっているみたいだけど、詳しくは知らないの。宮廷魔導師はみんなそこの出みたい」


 ふむ、ひとまず大学と解釈しておけばいいか。

 そう納得したところ、空の散歩に出掛けていた面々が帰ってきたことで急に食堂が騒がしくなる。


「あ! メリアお姉ちゃん来てるー!」


「いらっしゃーい! その服、学園の制服!?」


 ノラとディアはさっそく寄ってきてきゃっきゃと話し始め、メリアがどうして宿に来たか理由を聞いてからはメリアの頭をよしよしと撫でて慰め始めた。

 その一方で、シルはあきれたようにため息をつく。


「まさか取り合ってもらえなかったとはな。これまで自分が学んできた魔法を蔑ろにされまいとした意地もあるのだろうが、頭ごなしに否定するのは頂けない。話を持って行った相手が悪かったな」


「確かに。なあメリア、それこそ魔導院にでも話を持って行けばよかったんじゃないか?」


「そ、そんなこと出来ないわよ。伝手もないのに。門前払いされておしまいよ。別の先生に話すにしても、あとで知られて面倒なことになるだろうし」


 上司を無視してその上に掛け合うようなものか。

 拗れる場合はとことん拗れるな。


「んー、その先生に話をするだけじゃダメかもしれんな……」


 話しに行ってそれですめばよかったが、どうもすんなり事が運びそうにないため、そうなると学園側で事情を理解してもらえる人を捕まえる必要がでてくる。

 順当に考えるなら、学園の責任者である学園長だろうか。


「なあシル、俺このあと学園へ話をしに行くつもりなんだけど、お前も一緒に来てくんない? ほら、使徒ってあんまり有り難がられるわけでもないみたいだからさ。守護竜のお前ならちゃんと対応してくれると思うんだ」


「ふっ、仕方ないな。私の話も否定されたわけだし。つきあおう」


 と、ちょっと得意げに言うシルは落ち着いたものだ。

 きっと空の散歩に行ったのがよかったのだろう。


 こうしていよいよ学園へ出発という段階になったのだが――


「ケインさ~ん!」


 情けない声をあげて、猫型ロボットに助けを求めるポンコツ少年のようにシセリアが舞い戻ってきた。


「どうしたんだい、シセリアくん」


「聞いてくださいよ、ケインさーん」


 そしてシセリアが語りだしたのは、クーニャに引っぱられて神殿に連れこまれてからの話だ。


「激怒するクーニャさんは、さっそくウニャード様を捕まえてあれこれ事情を説明したんです。私はてっきり、ウニャード様は『そんなに怒るものではないよ』とかなだめてくれると思ってたんですが、そんなことなくて、なんかウニャード様まで怒り出しちゃったんです!」


「あー、ウニャ爺さんまで怒っちゃったか……」


「怒っちゃったんですよ! これはもう正統思想であるかどうか学園ごと異端審問を行うしかないとか言いだして、神殿騎士を突撃させようってことになったんです! でもって蔑ろにされたケインさんの従騎士である私が指揮官ってことになりそうで――」


「逃げてきたのか」


「いや違うんです、聞いてください。まずケインさんに話を通していないのに、勝手に突撃するのはいかがなものかと、私は主張したんです。すっごいピリピリした空気の中で、頑張って主張したんです。あとケインさんは神様の教えを受けたことは伝えてなかったので、今の段階では正統を疑うほどでもないんじゃないかって異議を唱えて、やっぱり当事者であるメリアさんとケインさんを欠いた状態で学園に押しかけるのはまずいので二人を連れてくるからって逃げてきたんです」


「やっぱり逃げてきたんじゃねえか。取り繕おうとするなら最後まで頑張れよ。あきらめんなよ」


「向こうで頑張ったのでもうその気力も尽きたんです。とにかく来てくださいよ。クーニャさんが代理とか言って率いていった神殿騎士の皆さんとは学園で合流することになっているんで」


「元々行くつもりだったが……行きたくなくなってきたな」


「それは困ります! 仕方なかったんです! 私には殺気立った皆さんを止めることなんて出来なかったんですよー!」


 よほど追い詰められているのか、シセリアはなりふり構わず「よよよ」とすがりついてくる。

 するとその様子を見守っていたエレザが呟く。


「どうにもなりませんか……。これはやはり訓練をさらに強化して、どうとでもなるようになってもらうしか……」


「そんな馬鹿な!? な、なんで、なんでこんな事に!? おお、おかしいです、さ、最近、世界が私に厳しすぎます……!」


「シセリア、落ち着け、ほら、これを食べろ」


 どうもシセリアがいよいよ絶望し始めたので、俺は救済措置としてどら焼きをあげた。


「ああ、染みる……! 優しいアンコが心に染みる……!」


 やや持ち直した。

 ある意味シセリアはタフだと思う。


 そのあと皆もどら焼きを欲しがったので、大皿に山盛りで用意してやった。

 日本の子供たちの憧れが今ここに……!


 実を言うと俺も憧れていた。

 まあ実際に食べるとなると三個くらいが限界だが。

 ともかく大量のどら焼きだ、みんなで仲良く『あもあも』と食べる。


「シセリアさん、あもあも、もっと自信を持ってください、あもあも。必死の訓練により、あもあも、回避能力はめざましい向上を見せています、あもあも。軽い攻撃であれば、あもあも、私の剣を避けられるようになったことは、あもあも、素晴らしい進歩ですよ、あもあも。才能は無いと見くびっていたことを、あもあも、謝らなければいけませんね、あもあも」


「そりゃ命の危機を感じたら、あもあも、必死にもなりますよ、あもあも」


 そんなのどかなおやつタイムであったが――


「ってのんびりしている場合じゃないわ!」


 メリアがハッと我に返り、食べかけのどら焼き片手に叫んだ。


「学園が神殿騎士に襲撃されるかもしれないんでしょ!? 早く行って止めないと!」


「む、まあそうだな、あもあも」


 これで拗れて妙な騒動になれば、メリアの立場も悪くなる。

 さすがに学園から追い出されるようなことはないだろうが……。


 まったく、あのクラフト素材は碌な事をせんな。

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