第15話 私が育てました
セドリックが宿に顔を出したのは都合が良く、俺は『鳥家族』の大いなる躍進のためには偉大なる商会の協力が不可欠であることを簡潔に伝え、実現した暁には両者共にその名が五大陸に響き渡るであろう(大陸いくつあるか知らないけど)事を予言した。
「ほほう? ほうほうほう」
卓越した商人であるセドリックは、この話を夢物語と一笑に付すことはなく興味を持ち、また後日詳しい話をするという約束をしたのち、ひとまず今日の予定である土地の視察へ向かった。
地区の再開発を十年以上もしぶとく狙っていた男だ、きっとこの長期プロジェクトにも着手し、そして成し遂げてくれるに違いない。
こうしてセドリックは宿を去ったが、連れてきたメリアはそのまま残して行った。
元々こちらに残して交友でも深めさせようと考えていたのか、それとも猫どもにめろめろにされている娘を見て、ここは置いていった方が機嫌を直してくれると踏んだのか。
ともかくメリアは宿に残り、嬉しそうに顔をほころばせながら猫を三匹ばかり抱えてテーブルについている。やや強引に抱えられることになった猫三匹は、さすがにちょっと窮屈に感じるのかなんだか不機嫌そうな顔で、一方、構ってもらえないフリードは側でクゥンクゥン鳴いている。あとで燻製肉をやろう。
そんなメリアの両隣には、それぞれ猫を一匹ずつ抱えたノラとディアが挟み込むように陣取っており、あれこれ質問をぶつけていた。
「普段は魔導学園に通っているわ。猫ちゃん可愛いわよね。そんな凄くはないの、成績もそんなにだし。猫ちゃん可愛いわよね。将来は魔導院に行けたらなーって思ってるわ。猫ちゃん可愛いわよね」
「猫ちゃん可愛いよねー」
「ねー」
「クゥ~ン……」
猫に取り憑かれているせいか、メリアはこれまでのようなツンケンした雰囲気はなく、ノラとディアに対し気さくに受け答えしている。
そんな娘たちに感化されたのか張り合ったのか、エレザがやたらシセリアに話しかけて胃にダメージを与え続けている。きゃっきゃと話しかける行動自体もそうだが、このところ課している特訓をさらに強化しようという内容のほか、何故か貧民街に巣くう悪党の重鎮たちがシセリアに一目置くようになっているという内容もダメージ増加に役立っているようだ。
また、あぶれたクーニャは暇なのか、尻尾を手前にもってきて、その先っぽをにょきにょきさせてラウくんの興味を惹いていた。
怪しい術をかけようとしているのか、はたまたアンコウが誘引突起を動かして獲物を誘き寄せるようなものなのか。
しかし幸い、ラウくんが抱っこしているペロが『この泥棒猫が!』とクーニャを威嚇しているので大事には至らないだろう。
でもって、皆の様子を観察する俺はというと――
「それで? それで? 家はいつ出来るって?」
「まだしばらくは出来ないって……」
「そっかー。できないかー」
セドリックとメリアの訪問で終わったかに思われたシルのうざ絡み……いや、だる絡み? 暇絡み? ともかくそれが再開されて困っていた。つんつんされたり、ぐいぐい押されたり、勝手に人の手で遊びだしたかと思ったら突然の指相撲を挑まれたりとオモチャにされている。
俺としてはこうしてシルがいるうちに家の構想をちょっとは詰めたいのだが……珍しくほわほわ楽しそうにしているシルを見ると、まあそう急がなくてもいいかなーと思えてしまう。
お泊まりする場所にしても確保した土地を更地にできたので、そこに仮設住宅を生やしておけば当面の間はしのげるはずだ。
「あーん、あーん」
「はいはい」
口を開けて待機するシルに、ツマミとして用意してあったシロップを絡めたナッツを食べさせてやる。
「んふー」
もぐもぐするシルはご満悦。
いつもより面倒であり、しかし扱い易くもあるという妙な状態。いったいどこが逞しいのかわからないが、ふてぶてしいのは確かである。
もしかして今日はずっとこんな感じなのだろうか?
酔いが覚めたら戻るとは思うが、きっとストックはいっぱい持っているだろうしな……。
と、そんなアンニュイ風味な俺たちとは違い――
「メリアお姉ちゃんって十二歳だから、もう冒険者になれるねー」
「え? 冒険者? 確かに登録できると思うけど……猫ちゃん……」
「じゃあこれはもう登録しないと……!」
「ええっ……!? 猫ちゃん……」
娘っ子たちは早々と打ち解けたらしく会話が盛り上がっていた。
「ねえねえ、私、来年は冒険者になれるの。そうしたら一緒に冒険者やろー? 一緒一緒ー」
「うぅ、わたしは再来年……。でもついてくー」
「いや私は……猫……」
「やろー? やろー? きっと楽しいと思うの」
「うん、楽しいよー? 薬草あつめてもっていくとお金がたまるよ」
「べ、べつにお金には困ってないんだけど……猫……」
ノラとディアは熱心にメリアを冒険者仲間に勧誘している。
しかしメリアはいいところのお嬢さんなので、冒険者という自営業にはあまり惹かれ……うん? じゃあノラは……まあいいや。
「じゃあじゃあ、今度一緒に薬草集め行ってみよ? 絶対楽しいの」
「楽しくて毎日いきたくなっちゃうよー?」
そりゃ楽しかろうて。
ピクニックのついでに薬草むしってくるだけだからな。
べつにメリアをピクニックに同行させるのはかまわないが、これを普通の薬草採取と勘違いされ、あとで「詐欺じゃない!」と怒鳴り込まれても困る。セドリックの心証も悪かろう。
ここはやんわりと勧誘を諦めるよう促すか。
「これこれ、そこのお二人、気乗りしない娘さんにあまり無理強いするものではないよ。強引に誘ったとしても――」
「あーん、あーん」
「はいはい。あーんして美味しいね。――で、えっと、無理に誘っても長続きしないよって話だ。それに誘うにしても急ぎすぎだし」
「むー、でもパーティーに魔法使いは必要だと思うの」
「魔物がいっぱいでもどーんてやっつけられます」
そうか、メンバー構成的にもメリアを欲しているわけか。
だが――
「二人ももう魔法使いだし、いずれは強い魔法も使えるようになると思うよ?」
「「あ」」
はっとするノラとディア。
なるほど、これは魔法使いうんぬんは別としても、メリアが居てぽやぽやした二人の面倒を見てくれた方がいいことは確かである。
きっと苦労する役なのでもちろんお勧めはできない。
「えっ、貴方たち、魔法が使えるの?」
「使えるようになったの!」
「まだ水の魔法をちょっとだけだけど」
これを聞き、メリアは目をぱちくりさせながら俺を見る。
「指導しているとは聞いたけど……まったく使えないところから?」
「なんとかな」
少し前までは水鉄砲ちょろちょろだったが、今はもうちょっと使えるようになった。
「あ、じゃあ見せてあげるね!」
ノラはそう言うと、抱えていた猫をぬるんと床に放流し、さらにメリアが抱えていた三匹も次々に放流していく。
「ああ、猫ちゃん……!」
「大丈夫、猫ちゃんは逃げないから」
確かに逃げない。
どこか散歩に出掛けても、断固たる意志で宿に戻ってくる。
結局、メリアはノラだけでなくディアにも手を引かれ、宿の裏へとつれて行かれてしまった。
まあ危ないことなどないだろうが、一応見守ることにした俺は移動することをシルに告げる。
「おんぶ」
「……はい」
△◆▽
シルを背負って宿の裏庭から『シルのお家建設予定地』へ向かう。
俺からすれば広々とした空き地、その一角に、姿見くらいの土壁がにょきにょきとあちこち生えだしている場所があり、そこがノラとディアを水魔法で遊ばせている場所だった。
「メリアお姉ちゃん、じゃあ始めるね!」
「見ててねー!」
メリアを少し離れた位置で見学させ、ノラとディアは土壁エリアで距離を置いて対峙する。
そして開始の合図もなく、それぞれ手のひらに鏡餅の上に乗せる橙くらいの水球を作り出し、それを相手目掛けて投げつけ始めた。
「てやー!」
「とー!」
お互い、相手に水球をぶつけてやろうと、また相手に水球をぶつけられまいと、土壁を盾にしつつちょこまか動き回っての攻防を繰り広げる。
雪合戦――いや、水風船合戦のようなこの遊びは、激しい運動をしながらも魔法が使えるようにと二人のために考案したものだ。
ただ残念なことに、ラウくんはこの遊びに参加出来ない。
理由は上手く水球を投げられないからである。
だいたい半分くらいの確率で、手前足元に「ていっ」と水球を叩きつけることになってしまうのだ。
もしかしたらラウくん、ちょっと運動音痴なのかもしれないな……。
「え、え、ええぇ……」
きゃっきゃと楽しげに続けられるノラとディアの試合をメリアは唖然として見つめていた。
「詠唱もせず、あんな、動き回りながら雑に……!? ちょっとあれどういうこと!? どんな指導したらあんなことになるの!?」
「どんな指導と言われてもな……」
ひとまず感覚を掴むことが大事だと説明してみる。
しかしメリアは納得いかないようで――
「そ、それくらいだったらもっと使える人がいてもおかしくないじゃないの! そう説明されて、ああそうなんだってすんなり使えるようなものではないわ!」
「そうなの?」
「ん、そうだぞ」
と、応えたのはおんぶしているシルだ。
「お前の話に間違いはないのだろうが、それはある程度魔力を保有できている場合だろうな」
「魔力の保有……? 俺、来て三日くらいで使えるようになったけど保有とか関係あるの?」
「飢餓のあまり、魔力を溜め込んで生きられるよう『適応』し始めていたのだろう」
「おおう!?」
三年目の真実!
魔法は誰でも使える(ただし条件あり)。
「でもそうなると、子供たちが魔法を使えるようになったのはどういうことだ……?」
「お前が創造したものをたくさん摂取しているからだろう。やたら魔力が籠もっている。森林で採れる果実のようなものだ。ああ、生活用水もだな」
なるほど、おチビたちは飲み水から食べ物から風呂と、魔力をたっぷり摂取できる環境だったのか……。
「子供たちが早くに魔法を使えるようになったのは、まだ生まれたてで幼く摂取したものの影響が出やすかったこと、あとはお前の言うことを素直に信じて感覚を掴んだからだろう」
「そうだったのか……」
「ふふ、どうだ」
「え?」
「どうだ、褒めてもいいんだぞ?」
「す、すごーい、シルすごーい」
「そうだろう、そうだろう」
褒めながらサービスでちょっと揺すってやったところ、シルは満足してくれた。
やはり面倒くさいが扱い易い。
「魔力の保有と感覚……。これ、ちょっとした発見じゃない? ねえケインさん、よかったら水を少しわけてもらえる? 明日、学園に持ち込んで報告してみようと思うの」
「ん? いいぞ、好きなだけもっていくといい」
もしこれで学園にメリアの話が認められたら、何かしらの功績として表彰されるかもしれない。
となればセドリックの心証も良くなることだろう。
これはぜひ上手いこと説明してもらいたいところである。
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