第14話 酔いは竜の本性をも曝くか?
森ねこ亭両隣の取り壊しが終わった現在、ドワーフたちはよそで依頼された周辺地区の取り壊しに着手した。作業に動員される人数はさらに増え、結果としてこの近辺で唯一の料理専門店となる『鳥家族』はますますの盛況となっている。
俺はその忙しなく賑やかな様子を見ると、ログレットたちを勧誘できたのは僥倖だったとつくづく感じる。
もしこれがアイル一人だったらさすがに対応しきれず、もうドワーフたちにバトルロイヤルでもさせて生き残った奴にだけ料理を提供するなど、ちょっとした工夫が必要になっていたことだろう。
この従業員確保のきっかけになったミシェルの孤児院には、鳥料理のお裾分けをしにいくついで、やる気がある子がいるなら雇うことも伝えた。
現状、『鳥家族』はアフロ野郎ども、そして髭モジャ野郎どもがひしめく世紀末世界もかくやという状態になっているので、たとえ大したことができない子供であっても、もう居てくれるだけで雰囲気をやわらげるのに役立ってくれる。
ぜひとも働きに来てもらいたいところだ。
こうして『鳥家族』はひとつの危機を乗り越えたが、同時に別の問題も浮上した。
それは俺抜きにしては、『鳥家族』が事業拡大をするのが不可能という事実である。
いや、正確には現状維持すら難しいのだ。
現在、俺が『鳥家族』に供給しているものは主に油、調味料、酒である。
食材となる鳥が不足している場合は鳥肉もだ。
これを自分たちで用意するとなると……。
まず鳥について考えてみる。
今はまだなんとかなっているが、『鳥家族』が評判になればなるほど不足気味になり、いずれ計画されている屋台部隊が出撃したとなればそれは深刻な状況にまで至るだろう。
需要を狩りでまかなうのはあまり現実的ではない。下手するとこの地域に生息する特定の鳥類を絶滅させることになりかねない。
となると養鶏場のような畜産に頼ることになるだろう。
たぶん養鶏場なんて存在していないと思うので……これはもう自分たちで始めるしかないのでは?
でも始めるつったって、畜産に適した鳥を見つけるのも大変だろうし、それを飼育するのも大変。それに餌となる飼料用穀物の生産もしなければならない。つまり農業も始めないといけないのだ。いや、考えてみれば、農業こそ始めなければならないものか。大量に消費されるであろう油、各種調味料、そして酒、すべて農業ありき。
他にも流通とか、保存技術の確立とかも必要だし……。
頭痛くなってきた。
ざっと想像するだけでもこれなのだ。
実際に着手するなど俺にはとうてい無理で、となるとこれは偉大なる商人セドリックに任せるしかないだろう。
この供給連鎖を実現したら、世界企業、世界のヘイベスト商会になるんだと、頑張って唆そう。
まあ妨害してくる連中とかは引き受けるから丸投げではないと思う。
適材適所で一緒に頑張ろうっていう話だ。
△◆▽
やっかいな『鳥家族』問題を未来のセドリックに託すことで心の平穏を取り戻すことができた俺は、そのうちセドリックを捕まえて詳しい話をしようと考えながら食堂でくつろいでいた。
するとそこに、すっかり更地になった『シルのお家建設予定地』で遊ばせていたおちびーズが飛び込んで来る。
「せんせー、シルお姉ちゃん来たー!」
「来ましたよー!」
「……ん~」
「わん!」
おちびーズとおもりのエレザが来たことで食堂は一気に賑やかになり、くつろぎスペースでうとうとしていた猫どもが何事かと首だけ起こし、しかしすぐに問題はないと判断したらしく、こてんと首を下ろしてまた寝に入った。
やがて少し待つと――
「ケイン、私はいよいよ逞しくなった」
「どういうこと……?」
妙な事を言いながら現れたシルは、その手に半分ほどになったウィスキーのボトルを持っていた。
最初から飲んでるのは初のパターンだな。
何かいいことでもあったのだろうか……。
「報告で聞いた通り、隣はすっかり更地だな。下りるのが楽で助かる。ただ反対側は何だ? 居る連中がみんなして不思議な頭をしているので、一瞬知らない種族でも集まっているのかと思ったぞ」
そういやシルには建築の報告が主で、アフロ族にまつわるあれこれの報告はしていなかった。
「あれはアイルの店だよ。急遽用意することになったんだ」
それから俺は隣りに座ってきたシルに事のあらましを説明しつつツマミを用意してやり、同じくテーブルについてひと休みすることにしたらしいおチビたちとエレザ、物欲しそうな顔をするシセリア、ついでだからとクーニャにおやつを配った。
「なるほど。そんなことがあったのか。いきなり金貨を奪われたとあっては、報復はせねばならんな。それで何もせず、舐められたとあっては後が面倒になる。お前にしては上手くやったのではないか?」
確かに丸く収まったと思う。
俺の未来に苦難が待ち受けていることを除けば、であるが。
「しかし、変な連中ばかり集めるのはどうなんだ? これではそのうち、私までその内の一人と見られかねない。いやそれどころか、最初の一人であったということになってしまうぞ」
「……」
俺、知ってるぜ。
沈黙って金なんだ。
「ま、まあ気をつけるよ。それよりお前の家のことなんだが、俺の故郷にあったような家にしようかなと思ってる。お前もちょっと興味があるようだったしさ」
要は日本家屋で、これを生活しやすいようにアレンジしたもの。
和モダン建築ということになるだろうか。
「んで、今はどんな外観がいいか、内装はどんな感じがいいか、あれこれ想像しながら絵にしているところだ」
模型を創造できたら話は早かったが、さすがに無理だった。
チャレンジはしてみたが、できたのは内部がすかすかの、妙に立派な鳥の巣箱みたいなものでしかなかった。
ひとまず俺はこれまで描いた絵を出して見せ、機能性やこだわりポイントなどをシルに説明する。
なのに――
「えい、えい、えいっ」
最初こそ話に相槌を打っていたシルだったが、やがてテーブルにへにょっと突っ伏し、暇を持てあました猫が「かまえ、かまえ」とアピールするようにちょっかいをかけてくるようになった。
「シルさんや、いま貴方の家の話をしてるんですけどね……」
構う構わないで言えば、思いっきり構っているのに何が不満なのか。
今日は初っぱなから酒を入れたせいでもう眠くなって訳わかんなくなっているのかと思ったが、どうもまだ眠くはなさそうで、いい感じに酔っぱらって気分よく遊んでいるだけのようだ。
「んふふー」
何がそんなに楽しいのか、満足げな笑みを浮かべて俺の脇を突っつくシル。
生暖かい目で見守る周りにはわからないだろうが、酒が入っているせいでこれがまた大概な威力になっている。
もし俺に強靱さが足りなければ、今頃は『脇に七つの傷を持つ男』が誕生していたことだろう。
△◆▽
シルがしつこくつんつんするせいで、おチビたちも面白がって俺をつんつんするようになってしまった。
これはあれか、俺が黒髭のように天高く飛んでいくまで続くのだろうか?
確かに尻の穴にズボッっとやられたら「アァーッ!」と跳び上がる自信はあるが、イスに座ってる状態だし、もしやられそうになったら俺は普通に逃げるだろう。
この状況をいったいどうしたらいいのか。
俺がほとほと困っていると、そこに来客がやってきた。
偉大なる男、セドリックだ。
「こんにちは。従業員を連れて建設予定地の視察に来たので、まずはご挨拶をと。ああそれとこちら、娘のメリアです」
セドリックの隣りには俺を見てぽかーんとしているメリア、それからおやつの予感に期待が膨らみ尻尾をふりふりするフリードがいた。
「え……へっ!? ふえぇっ!?」
やがてメリアは我に返ると同時にびっくり。
そしてあたふた取り乱しながらも挨拶をしてくる。
「はわわ、は、はじめまして! メリアです!」
「ぶふぉっ」
それを見た悪いお父さんはたまらず噴き出し顔を背けた。
この反応にメリアは「おや?」という顔をしたあと、すぐにおおよそを察したのだろう、むっとしてセドリックをぽこぽこ叩き始めた。
セドリックはごめんごめんと謝るが、顔は笑いっぱなしなのでまったく誠意が感じられず、メリアはますますむくれていた。
「え、えーっと、はじめまして、ケインです」
「むうー、初めてじゃないでしょ!」
「まあそうだけど、とりあえず合わせておこうかなと……」
「遅いわよ! まったく、貴方がケイン……さん、だったんですね! どうして名乗ってくれなかったんです! 父に内緒にしておくようお願いでもされていたんですか!?」
「いや、メリアがセドリックの娘さんだと知ったのは最近だ。名乗らなかったのはなんとなくで、とくに他意はないから」
「それもどうなのかしら……。もう、お土産をもらったり、父が色々とお世話になってるからいつかお礼をと思ってたのに、全然そんな雰囲気じゃなくなっちゃったじゃないですか」
「なんかゴメン」
それもこれも、まだニヤニヤしているセドリックが悪いのだ。
こうしてとうとう正式な顔合わせをしたあと、セドリックとメリアは居合わせたみんなにご挨拶。特にシルには念入りな挨拶をしていたが、前例がないほどぽやぽやしているシルがちゃんと聞いているかはちょっと怪しいところだ。
そしてそのあと――
「猫ちゃん! いっぱいいる!」
メリアがくつろぎまくっている猫どもに強い興味を示した。
このメリアの反応に『こいつはちょろそうだ』と判断したのだろう、猫どもは猫を被ってにゃんにゃんすり寄った。
「ふわわわ! 猫ちゃん! 猫ちゃんが!」
「メリア、落ち着け、落ち着くんだ。騙されてはいけない」
「ふえ? 騙されるって?」
犬に関しては一家言あるメリアだが、猫には耐性がなく、ただのお子ちゃまになってしまうようだ。
これはいけない。
「メリア、猫を見た目で判断してはいけない。確かにこいつらは可愛らしい姿をしている。しかしその内面は獣なのだ」
するとその時だった。
猫の一匹――シロがせかせか爪とぎ用の木材へ移動し、にゅっと立ち上がるとこちらに顔を向けたままガリゴリ爪でバリ掻き始めた。
「み、見ろ、あれがどういう意味かわかるか!?」
「爪とぎ気持ちいいにゃん?」
「違う……! あれは『俺はこうしてお前をバリ掻いてやることもできるんだぞ? 嫌ならば早くかまえ! そしておやつ寄こせ!』とこちらを脅しつけているのだ……!」
それは驚愕の真実であったのだろう、話を聞いていたラウくんが「……こわい!」と恐れおののいた。
「そうだ、見ろ、奴の顔を。まるで獣のようだろう? 猫と相対するとき、油断をしてはいけないんだ」
「猫はそもそも獣じゃないの……。それにそういうところも含めて可愛らしいじゃない」
「な、なん……だと?」
ダメだ、メリアはすっかり猫に取り憑かれてしまった。
くそっ、ご主人が猫どもに誑かされているというのに、番犬たるフリードはいったい何をやっているのか。
探してみると、フリードは離れたところでしょんぼり寂しそうにしており、側に居るペロはそれを慰めているようだった。
なるほど、ペロもかつてはラウくんの興味を猫どもに持って行かれてしょぼくれていたからな。
気持ちはよくわかるのだろう。
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