第13話 原因と結果の天罰

 金貸しアフロどもを『鳥家族』の従業員にする。

 それはまったく素晴らしい発想であり、そこでアフロどもに対する俺の意識は『お仕置きの対象』から『こき使っても良い人材』へ変化したようだ。


「にゃうー、猫の紋章が消えてしまいました……」


 おでこの紋所が消えたことをクーニャは残念がる。

 また、俺の頭に乗りっぱなしで、アース線、あるいは圧力釜の安全弁のような役割を果たしていたシャカも「んにゃぁー」とうんざりしたように鳴いてから住処へ戻った。


 そのあと、俺は一度放出した金貨を回収、崩壊した拠点に残るアフロたちの私物などは瓦礫ごとまとめて〈猫袋〉へ収納した。


 これであとはアフロどもを再び三角木馬に跨がらせ、シセリアに引かせて帰るだけだ。

 その様子は踏切を閉ざし続ける驚異的な長さの貨物列車のごとく壮観なものになるに違いなく、さっそく俺はアフロの木馬再搭乗、そして木馬同士の連結に取りかかろうとした。

 しかし――


「いやいや、私では引けませんから、さすがに。それにあれですよ、行きですら悪目立ちしてたんです。これで数を増やして帰るとか、ケインさんの評判がえらいことになりますよ。あ、もちろん悪い方に、ですからね!」


 シセリアの話には納得できるところもあり、俺は木馬行列を断念。素直に縄で繋いで連れていくことにして、俺の世間体を守ることに一役買ったシセリアにはご褒美にイチゴのクレープをあげた。


「あもあもあも……来た甲斐はありました。もう一つください!」


「まあいいが……」


 まったく図々しい。

 だがなんとなく憎めないのでバナナのクレープを追加してやる。


 その後、俺は木馬をせっせと回収。

 下手に放置するとここらの住人が面白半分に跨がって危険な喜びを見出す可能性があり、またこれが子供であった場合、人生の直線が致命的な角度に折れ曲がってしまう。


「よし、片付いたな。では戻るとするか」


 一仕事終えたあと、俺はアフロたちを連れて一度ミシェルの孤児院を訪れ家具や木材の寄付を行い、それから森ねこ亭へと帰還した。

 すると――


「髪がすごいの!」


「すごーい、もじゃもじゃー!」


「……もじゃ!」


「わんわんわん! わん! がるるるる! がうー!」


 連れ帰ったアフロ集団、ドワーフの髭以上のもじゃもじゃを目の当たりにしたおちびーズは超常の存在を見るような目を向け、大いに驚き、またペロに至っては何らかの脅威と判断したようで威嚇しっぱなしになった。


「いいかみんな、観察するのはいいけど、近寄っちゃダメだぞ?」


「えっ……。先生、もしかしてあのもじゃもじゃ、うつるの……?」


「いや感染はしないけどね!?」


 ノラの逞しい想像力にはびっくりだ。

 つかあの強面集団を見て、危機感を抱くところがそこなのか。


「エレザ、みんなを頼むぞ。もしかすると、好奇心を抑えきれずあの髪をむしりに突撃するかもしれない」


「はい、お任せください!」


 おチビたちをエレザに託し、それから俺は調理場で料理の下拵えに追われていたアイルに事情を説明した。


「うおぉぉ! マジかよ! 鳥仲間が増えんのか! やったぜ!」


 そろそろドワーフどもに殺意が芽生えそうなほど忙しかったアイルは、人手が増えることを跳び上がるほど喜んだ。


「師匠、ありがとな! お礼にこれから毎日鳥料理をご馳走するぜ!」


「や、やめろ! やめろ……!」


 恩を仇で返されるなどたまったものではない。

 なんで鳥三昧から逃れるために始めさせたことで、鳥三昧をぶつけられにゃならんのか。


「ともかく、奴らはお前に任せる。鳥料理を作れるようにしてやれ」


「おう! つーことはオレの弟子だな! わかった! みっちり仕込んでやるよ!」


 弟子だ弟子だとはしゃぐアイルは、ちょっと顔合わせするのにわざわざあの奇抜な格好になってから出ていった。


 それを見送ったあと、俺はドルコを呼んで宿左側の家屋の取り壊しについて話をした。

 いずれは『鳥家族』の店舗用にと確保した土地だったが、こうして従業員候補を捕まえた今となっては早いところ使えるようにしたい。さすがにあの人数、宿の調理場には収まらないのだ。


「しかしお前……撃退した盗賊の連行と言うか……場合によっちゃどっかの部族を襲ってきた人狩りじゃったぞ、あの様子は」


「そうか……。やはり木馬はやめて正解だったな」


「木馬?」


「いや、こっちの話だ。ともかく、残った家具はもう俺が先に回収するから、取り壊しを急いでくれ。それとも、もう家ごとしまっちまうか……?」


「家まるごとなんぞしまっておいてどうする。今日、明日、明後日と、三日で片付けるからそれくらい待て。あの連中とて、いきなり料理の修業を始められても困るじゃろう」


「ふむ、そうか……」


 ドルコの話を聞き、俺はアフロを即時現場投入することをあきらめ、空き家の取り壊しが完了する三日の間に連中の根性を叩き直すことに決めた。


 なにしろ元金貸し一派、ろくでなしどもだ。

 根性は当然のごとくひん曲がっているに違いなく、いくらアイルが指導しようとすんなり聞き入れ、従うとは思えない。


 居るのだ、世の中には。

 根性が腐りきり、どれだけ言っても学ぼうとしない輩が。

 そういう愚か者はそもそも聞く耳を持っておらず、人の助言を無視するか、自身の都合の良いように曲解する。そして結果としてひどい目に遭ったとしても、まったく反省はせず、結局また愚行を繰り返すことになり、それは周りにも迷惑をかけるのだ。


 ドルコの助言に考えをあらためた俺は、アイルからアフロたちを回収し、王都の外へと連れだすと、市壁に沿って王都をぐるぐる走らせることにした。

 これで連中の根性を叩き直すつもりであったが……このアフロども、びっくりするほど体力がなかった。


 さては嘘をついて楽をしようとしているなと、ちょっと脅してみたところ、再び走り出しはしたがすぐに気絶してしまった。

 どうやら本当に体力がないようだ。


 まあそれでも、これで根性を叩き直せば少しは食い下がるようになるだろうと、予定通り三日間は走らせ、宿左側が更地になったところで連中の監督はアイルに交代。更地に生やした『鳥家族』の仮店舗で料理修業を始めさせた。


「アイル、どうだあいつらは。使い物になりそうか?」


「なるなる。あいつら、すっげー真面目だぜ。よっぽど鳥料理を作れるようになりてぇんだな! 指導にも思わず力がはいるぜ!」


「そうなのか」


 意外に思い、そのあとちょっと修行の様子を見に行ってみた。

 そしたら金貸しのボスだったトイプードル・サイド・アフロのログレットが、カラアゲを揚げるのが恐いと嘆きアイルに怒られていた。


 ちょっと意味がわかりませんね……。


 いや、ファンタジー世界なのだ、そういう特殊な恐怖症もあるのだろうとひとまず自分を納得させ、そっとその場を離れる。

 しかし後日、また見に行ってみると――


「ぐぅぁあああぁぁ――――ッ! ひぎゃぁぁぁ――――――ッ!」


 アイルがカラ揚げを揚げるすぐ横、廃材で作ったとおぼしき十字の拘束具に縛り付けられたログレットが悶えていた。


「なんだあれ……!?」


 岩戸から顔出したら宴会してたとか、鶴が機織りしてたとか、ババアが包丁研いでたとか、世には色々びっくり話があるも、あれほど奇々怪々な様子は聞いたこともない。


「なに、なんなの、恐い……!」


 正気度が削れるほど奇っ怪なものを目撃することになった俺は、あまりの恐怖にもう仮店舗には近づかないことに決め、おちびーズにも絶対覗きに行かないよう言い聞かせた。



    △◆▽



 料理修業が一段落、アフロたちの作るカラアゲに合格点をやれるようになったとアイルから聞いた俺は、〈猫袋〉に預かったままになっているお金や、瓦礫ごと回収した資産などを返却するためログレットを呼びだして話をした。


「あー、お金ですか。今となってはもう……あ、いや、ちゃんとした店舗を建てたり、屋台を用意するのに必要になりますね!」


 ログレットを見るのは、あの邪悪な儀式で目撃して以来だ。

 相変わらず左右の側頭部に赤茶のミニアフロをくっつけての強面ではあったが、以前に比べずいぶんと落ち着いた雰囲気がある。もしかするとそれは、精神が行くところまで行ってしまって穏やかそうに見えるだけかもしれなかったが、それを確かめる勇気を俺は持たなかった。


「お金の使い道は、料理長や皆とも相談して決めることにします」


「そ、そうか」


 返却はまたの機会となり、その後日、お金の使い道について話を持ちかけられたアイルが俺のところに来る。


「ったく、あいつ、よけいな気を回しやがってよ。弟子に店を建ててもらうわけにはいかねぇっつーの。まああいつらが自分の屋台を持つってのには賛成だけどさ」


 いずれ自分は料理責任者として店舗に留まり、それを補佐するアフロ、そして屋台を引いて王都を練り歩くアフロと役割分担がなされるようになることをアイルは嬉しそうに話す。


「ログレットにはオレが今使ってる屋台を任せることになりそうだな。あいつはカラアゲに愛された奴だ。本人もずいぶん入れ込んでいて、あの変な髪型、遠目だとカラアゲに見えるからってずっとそのままにするつもりらしい。まったく変な奴だぜ」


 なるほど、やはり正気ではなかったか。


「これまで屋台はカラアゲのみだったが、これからはべつの鳥料理を専門にする屋台が増やせる。でもって、それらの料理がまとめて楽しめるのがいずれ建てる店舗ってわけだ。まあ師匠が建てたあれでも営業は問題ないんだけど、やっぱり自分で建てたいからさ」


 アイルは嬉しそうに展望を語る。

 ミシェルが許すなら、孤児院の子供たちを雇って簡単な準備や下拵え、または給仕をやってもらって、もしやる気があるなら将来の料理人として組み込むことも考えるようだ。


「師匠と生命の果実の収穫に行った時さ、オレ、長老爺ちゃんからこれ渡されただろ?」


 そうアイルが示すのは、首に描けているでっかい珠の首飾りだ。


「これ大事なもんでさ、オレ、なんか里長候補として認められたんだ。いずれは里に戻って、里の連中を導かなくちゃなんねえ」


 やれやれとアイルはため息をつく。


「ま、すぐの話じゃなくて、何十年後なんだけどさ、オレ、思うんだよ。いざ長になったとき、きっと従業員を抱えての『鳥家族』経営、その経験は役に立つだろうって」


「……」


 どうしよう。

 言っちゃっていいのかな、お前に従ってんの、ゴロツキやらドワーフやらだけど、そこのところ大丈夫なのかって……。

 いずれ率いるべきエルフとか、ここには一人もいないよ?

 間違った経験積んじゃわない?


「そ、そうか。役立つ……んー、まあ、うん」


 ちょっと不安を覚えるものの、考えてみればアイルの目標は世界中に美味しい鳥料理を広めることであり、それを実現するとなれば世界規模の組織を導くことになる。それに比べれば、のどかそうなエルフの里の運営くらい大したものではないだろう。


「まあ頑張れ、俺も出来ることは協力するから」


「おう! 頼りにしてるぜ! なにしろ、師匠でなきゃ使ってる油やら調味料やら酒やら、用意なんてできねえんだからな!」


「ん?」


 アイルの言葉を聞いた瞬間、心がなにやらひやっとした。

 確かにそれらを提供しているのは俺で……従業員がどっと増えてこれから『鳥家族』は事業が拡大していって、目指すところは世界企業とくる。


 あれ、これって俺が供給止めたら崩壊しちゃうやつ?

 まずい、これはまずいぞ、人型の生産工場にされてしまう未来が見える。何とかしなければならない。セドリックに頼んだらなんとかならないか? いや無理か。物は俺しか用意できない。となると研究開発を依頼するしかないだろう。だがお手本はあるとしても、その水準のものを生産できるようになるには、いったいどれほどの年月、そして資金が必要になるかわからない。

 でも、やるしか……!


「師匠、どうした?」


「い、いや、なんでもない……」


 光の速さで遠のいていく悠々自適な生活。

 俺は破滅の未来に震え上がるしかなかった。


 ああ、ちくしょう! ちくしょう!

 いったい誰だよ、『鳥家族』の拡充なんて始めた奴は!


 俺だよぉぉ――――――ッ!!

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