第11話 働け、と働かざる者は言った

 変態三人が跨がる木馬を引くシセリア、まだおでこを撫でたがるクーニャ、頭に乗りっぱなしのシャカをともなって煙の発生元へと辿り着いた俺が目撃したのは、冒険者ギルド第八支部くらいの規模はあったと思われる崩壊した建物で、そこには〈探知〉による爆発に巻き込まれたのであろう、アフロヘアーの野郎どもが三十人ばかり茫然と立ちつくしていた。


「ケインさん、す、すごい髪型ですよ……! みんなおそろい……仲間意識を高めるためでしょうか? それとも相手に恐怖を与えるため? まさか髪型の奇抜さでアイルさんを上回る人たちがいるとは……!」


「……。そうだな!」


 下手したらお前もああなって――などと余計なことは言わず、俺はシセリアの発言に同意しておいた。

 奇抜なのは確かだしな。


 そんなシセリアの度肝を抜いた咲き乱れるアフロたちは、この世界においての髪の色の多様性も関係してずいぶんとカラフルである。

 またその形状も同様で、頭全体がタンポポの綿毛ボールのような者、おでこ帝国の後頭部侵略により左右側頭部に残る赤茶の髪がトイプードルの耳のようになっている者と、みんな違ってみんないい。世界に一つだけのアフロだ。


 そんなことを思っていたところ――


「ンンーッ! ン、ンゴォ――――ッ!」


 木馬に跨がる変態の一人がやけにわめきだした。

 すると茫然としていたアフロどもはこちらに気づき、ぽかんとした顔を向けたと思ったらすぐに驚愕の表情になった。


「おおい! そ、そいつらうちの者じゃねえか! なんてむごいことしてやがる!」


「舐めたことしやがって! 覚悟はできてんだろうな!」


「さてはこの有様もてめぇらの差し金だろ! どこのもんだ!?」


 荒ぶるアフロ。

 ジョージ・ワシントン少年のように正直者である俺は、誤魔化すことなくそれに答える。


「差し金もなにも、やったのは俺だが?」


「ざけんなコラァ! ただじゃすまさねえ!」


 するとアフロたちはますますいきり立ち、明らかに殺気立ってずんずんこちらにやって来た。


「あー、来ちゃいますかー。まあそりゃそうですよねー」


「むむっ、ケイン様、ここは私にお任せを……!」


 クーニャがずずいと前に出て、アフロたちに告げる。


「ええい、静まりなさい! 静まるのです! こちらに御座す――」


「うっさいどけやぁ!」


「おやや?」


 もはやアフロたちは聞く耳持たず。

 クーニャは場を鎮めようと試みたが、その表情が得意げな猫のような、微妙にむかつくものだったのが災いしたのか余計に煽る結果になってしまった。


「クーニャ、下がれ。そしてシセリア、懲らしめてやれ!」


「うぇえ!? 無理ですけど!? いややれと言うなら頑張りますが!」


「はっ、この正直者め! 金のドワーフはお前のものだな!」


「何の話です!?」


 活躍させてやろうと思ったが、この人数となるとシセリアはきついのか。

 ならまあ仕方ない。

 自分でちゃっちゃと張り倒して黙らせるまでだ。


「おるぁ! くたばれやぁー!」


「そーい!」


「へぶぅ!?」


 殴りかかってきたアフロ一号を優しくビンタ。

 ところがそれでも威力が強かったのか、アフロ一号は命がかかった『あっちむいてホイ』のごとく大げさに首を捻らせ、しかしそれでもビンタの勢いを殺しきれずくるくる回ってぶっ倒れた。


「やりやがったなぁ!?」


「そーい!」


「どんどん行け! こいつを生きて返すなぁ!」


「そーい!」


「な、なんなんだよてめぇはよぉ!?」


「そーい!」


 襲ってくるアフロどもを張り倒していくと、途中から動きが鈍くなってきたのでこっちから張り倒しに行くことになった。

 倒れたアフロどもは動かなくなるので、そいつらはシセリアとクーニャにふん縛らせ、三角木馬を追加して跨がらせる。


「アーッ!? や、やめてくれーッ! 下ろしてくれーッ!」


「ま、股が裂けて体が全部お尻になっちゃうぅぅッ!」


 アジトが吹き飛び、お通夜になっていたアフロたちもずいぶんと元気になってきた。


「お、おいっ、こいつやべ――」


「そそーい!」


 調子が出てきた俺はアフロたちをどんどん張り倒し、どんどん木馬へ送る。


 やがてまだ立っているアフロが五人ばかりとなったところ、旗色が悪いと判断したのか、じりじりと距離を取り、隙あらば逃げだそうとし始めた。


「はっはっは、どこへ行こうというのかね」


 逃がしてなるものかと、俺は土壁を生やして辺りを囲む。


「に、逃げられねぇ……!?」


「やるしかねえ! やるしかねえ!」


「い、一斉に、一斉に行くんだ! うおらぁぁ――――ッ!」


 いよいよ絶望したのか、残るアフロたちがいっぺんに殴りかかってきた。

 まあ張り倒すだけなのだが。


「そい、そい、そーい!」


 俺の華麗なビンタは冴えに冴え、アフロたちは全員沈黙。

 いやまあ木馬の刑に処されたところで賑やかになるのだが。


「これはなかなか壮観なことになったな」


 三角木馬に跨がるアフロ集団。

 まるで地獄の騎馬隊だ。


「ケインさん、えらいことになってますが、このあとはどうするんです?」


「このあとか、本格的なお仕置きをしたいところだが……実は思いついたことがある。聞いてくれ」


 木馬に跨がるアフロたちを見て、俺の創造性が刺激された。

 思いついたのは、三角木馬による回転木馬メリーゴーランドだ。


 しかし必要な建材は創造でどうにかなるとしても、いざ作るとなるとなかなか大変な作業だろう。もしかするとドワーフたちに手伝ってもらわなければならないかもしれない。

 正直、面倒な話だ。

 でも俺は作ってみたい。

 木馬に跨がるアフロどもが、悲鳴を上げながらぐるぐる回り続ける姿を見てみたい。

 きっとすごくファンタジーな感じがするはずで、もしかしたら見物料を取れるかもしれない。それで予想以上に人気が出るようなら、サーカス団や移動動物園のように各都市を巡ることも考えねばならないだろう。


 そんな話を、回転木馬メリーゴーランドの動力として働くことになるシセリアに説明していたところ、アフロどもが必死に命乞いをしてきた。


「いや、誰も殺すなんて言ってないんだが……」


「あのー、ケインさん、お怒りはごもっともですが、もうけっこうなお仕置きになってるんで、ここらで収めてはどうですか? それにこの人たち、どうして自分がこんな目に遭っているのか、まだわかってないと思いますよ? なんの説明もしていませんし」


「おお!? そういや説明してないな……!」


「ではまず説明をしましょう。あ、今の状態だとちゃんと話を聞いてくれるか怪しいので、下ろしちゃいましょうね」


「せっかく壮観なのに……」


 惜しくはあるが、説明しないことには被害者の俺が一方的に襲いかかって来た加害者だと思われたままになってしまう。

 それはおもしろくない。


 仕方ないので俺はアフロどもを木馬から下ろしてやることにした。

 アフロどもはシセリアに泣いて感謝した。



    △◆▽



「静粛に、静粛に、この猫の紋章が目に入りませんか! ここに御座す方をどなたと心得ます! 恐れ多くもニャザトース様の使わせし使徒、ケイン様にあらせられます! 一同、頭が高いですよ、控え居るのです!」


 その後、クーニャがノリノリになってどこかで聞いたような口上を告げ、アフロどもを正座させたのだが――


『ひ、ひいぃぃぃ……ッ!?』


 なんか『ははーッ!』って平伏するんじゃなくて恐れおののかれた。

 なんでや。


「ではケイン様、どうぞ」


「うむ、ではまず、事の発端から説明しよう」


 俺は恐怖に顔を引きつらせるアフロたちに、孤児院に寄付しようとした金貨を奪われたことを話して聞かせた。

 するとこれに激怒したのがアフロたちのカシラたる金貸し――最後に張り倒すことになった強面の巨漢にして、トイプードル・サイド・アフロのログレットであった。


「てっ、てっ、てめえ! なん、なんてことを……!」


 ログレットはブチキレで、落伍者Aを罵倒し始める。

 結局、こいつが俺から金貨を奪ったりしなければ、アジトが吹っ飛ぶことも、仲間がアフロになることもなかったのだ。


「わからなかったんです! わからなかったんですよぉ!」


 口に突っ込んでいたペロペロキャンディーは噛み砕いたのか、落伍者Aは必死に弁解。


「わからなかったって、てめぇなぁ! こんな、額に猫の肉球ぴかっとさせて、頭に猫乗っけて、猫人の神官連れてたら〈猫使い〉って気づきそうなもんだろうが!」


「あの肉球や猫は金貨を取ったあとに出てきたんですよぉ……!」


「じゃあなにか、あの神官もそれで湧いたってぇのかぁ!?」


「いや神官は最初からいましたけどぉ……! それを言うなら、カシラだって気づかず襲いかかったじゃないですかぁ!」


「状況が違う! こっちは拠点吹っ飛ばされて唖然としてるところに自分がやったって犯人が名乗り出てきたんだぞ! そんなもん頭に血が上っちまって気づけるわけないだろうが!」


 ログレットは落伍者Aを叱り飛ばし、それから俺に頭を下げる。


「知らぬとはいえ、部下が大変な失礼を。お詫びに金貨を……十枚贈りますんで、それで許してもらえやせんか?」


 媚びるようにログレットは言う。

 しかし迷うまでもなく、俺の答えは決まっていた。


「許さん!」


「ええっ!?」


「俺は怒っている。こんなに怒りを覚えたのはな、三ヶ月ぶりくらいだ!」


「季節ごとに癇癪起こしてるんで……?」


「うるさい!」


 なんだよ季節ごとに癇癪って。

 たまたま三ヶ月くらい前にブチキレてただけだっつーの。


「いいか、これはもはや金の問題ではない! 俺の気持ちの問題なのだ! 俺の大切な金を奪ったその行動は死んで償えるような生ぬるいものではない! だから俺は心ゆくまで貴様らをしばく! 反省も謝罪もいらん! とにかくしばく!」


「ううぅ、よりにもよって一番面倒な……」


「ついでに言うと、貴様は俺がもたらした影響を利用し、儲けようと企んだ、それもまた気に食わん! 借金を盾に孤児院を取り上げ、そこを高く売ろうとしたのだろう! 制限があるとはいえ、貸している金よりは儲けられると踏んで!」


「そ、それはまあ金を貸しているのは事実ですし、返してもらえないとなればそういう方法をとるしかないでしょう?」


「貴様、そうやって金を貸している者たちから家を取り上げる気だな? そうか……ならば俺も責任を取らねばなるまい」


 そう判断した俺は必要になるかと残しておいた金貨を全放出。

 ログレットの前に金貨の小山を作り出す。


「お前が方々に貸している金はこれより多いか?」


「え? ど、どうですかね、利子などを含めると、もっと多いのではないかと……」


「ならばこれは手付けだ。お前が貸し付けている金、そのすべてを俺が立て替えよう」


「え、ええっ……!?」


 足りない分はセドリックに借りるか、それとも何か買ってもらうか。

 まあ断られたとしても、あては他にもあるのでなんとかなるだろう。

 しかし、なんでこうどうでもいい金を集めるのは簡単なのか。


「さて、となると、お前らにはあと何が残る?」


「何が……? え、えっと、この金貨……?」


「違う! 貴様らに残るもの、それはこの俺の怒りよ……!」


「なにその地獄!?」


「受け入れるのだな。貴様は金貸しに向いていなかった、その結果がこの有様なのだ。まずそもそも、貴様は金を得るための覚悟が足らん! 努力が足らん! 孤児院でのやり取りからして、これまでは手下を使ってただ返済の催促しかしてこなかったのだろう! そんなことで金を取れるかバカものめ! 返せないなら返せるよう、孤児院が収入を得られる手段を考えて行わせるのが賢いやり方というものだ!」


「へ、へえ……」


 金貸しとしての不甲斐なさを指摘すると、ログレットは不承不承といった感じで頭をへこへこ下げる。


「まったく、もっとちゃんと働け! 金というものはそうやって得るものだ! 巣に籠もって返済を待つだけとか舐めすぎだ!」


 勤労精神が皆無であれば何を言おうと無駄だが、一応とはいえこいつらは働いていたのだ、この叱咤から得るものはあるだろう。

 とは言え、こういう連中はもはや口で言うだけではダメなのだ。


「さあ立て! 全員だ!」


 俺はログレットたちを立たせる。

 なかには足が痺れてろくに立ち上がれない者もいたが、また木馬に跨がりたいかと尋ねたら死に物狂いで立った。

 為せば成る。


「では今から俺はお前たちを殴る!」


「唐突にどういうこと!?」


 もうお仕置きは終わったと思っていたのか、ログレットたちは愕然とした表情を浮かべた。


「俺は貴様らに怒っている! だが、これから叩き込む拳はただ怒りにまかせての暴力ではない! いや、ろくに叱られず人生を棒に振り続けてきた貴様らの根性を正す指導、俺の愛と言っても過言ではないだろう! もしこれを暴力などと言う者がいるなら、出るところへ出ても構わん! そいつらもまとめて殴る!」


「それはもはやただ傍若無人なだけでは!?」


「うるさい! ともかく食らえっ、愛情ぉぉぉいっぱぁぁぁ――――――――つッ!」


「ごへあぁっ!?」


 ほとばしる愛情をまずはログレットにお見舞い。

 叩き込んだボディーブローにより、ログレットはくの字に折れ曲がって宙に浮き、そして落下、でもってジタバタ、ちゃんと手加減したのでのたうち回る程度ですんでいる。


「ちょちょっ、こういう場合って顔なんじゃねえんですかい?」


「いや、顔は骨があるから、下手すると砕けちゃうかなと。顔でいいなら顔を殴るが……」


「は、腹でいいです! 腹でぇ!」


「腹ぁ殴ってつかーさい!」


 そうアフロどもが必死に懇願するので、俺はお望み通りボディーブローを叩き込んでいき、やがて辺りは死屍累々、悶絶するアフロで賑わうことになった。


「ふむ、わりと気分がすっきりしてきたな……」


 まだやる気はあるものの、これ以上はあれこれ手の込んだお仕置きをするとなるとちょっと面倒くさい。

 でもここで飽きたからと、こいつら放置するとまた金貸しを始めるだろう。

 それも俺が渡した金で。

 それはちょっと気に食わない。


「こいつらがもっと真っ当な商売をしていれば……」


 と、呟いた時だった。


「――ッ!?」


 脳内で雷鳥(♂)が『グェーグゲゲーッ!』と邪悪な感じに鳴き、それは俺に素晴らしい閃きをもたらした。

 これだ、と確信した俺はにっこり笑顔になると、地面に転がるログレットたちに優しい声で尋ねた。


「お前ら、鳥料理は好きだよな?」

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