第9話 猫の小判を奪るべからず

 ウォッカによるアルコール消毒の結果、ドワーフたちは二日酔いで一日寝込むことになった。しかしその翌日には元気になり、代表であるドルコは「ひどい目に遭わされたんだから儂らにはあの酒を売ってもらう権利がある」とかわけのわからないことを言いだした。


「どうだ、そうすりゃ一日無駄にさせられたことも水に流してやらんでもないぞ?」


「確かに用意したのは俺だ。でも意気揚々と飲み始めたのはお前だろうが」


「ああん? 出された酒を飲まずして何がドワーフかよ! 言ってみりゃ習性……いや、生き様じゃ、儂らは悪くない!」


 ドルコは後悔どころか反省すらしていない様子。

 どうして俺がアルコールの向こう側へと誘おうとしたのか、その理由を想像しようともしていないようだ。

 まさか俺がいたずらにあのような行動に出る人間であると思っているわけではあるまいに。


「もう酒の供給全部止めようか?」


「おおい! そ、そういう意地悪は良くないぞ!? とんでもない苛めじゃ! お前さん、儂らのようなむさ苦しい野郎どもをいびるのが趣味というわけでもないんじゃろ?」


「だからって好き放題に酒を飲ませて喜ばせる趣味もないんだがな」


「な、なんじゃ、いったい儂らの何が気に入らんのじゃ!」


「飲み食いに遠慮がなさすぎなんだよこのボケェー!」


 どうにも埒が明かないと、俺はすでに食事の提供が限界突破していることを告げ、これからは弁当を持参するなり、給仕部隊を寄こすなり、自分たちでどうにかするよう求めた。


「むぅ、そうか、気兼ねなく楽しめると少々羽目を外しすぎてしまったか。だがのう、皆ここのさ――食事に期待しておるのじゃ。これで駄目となると仕事に差し障る。これからは大人しめにするから、なんとかならんか?」


「昼食くらいなら許容範囲だが、問題はそこじゃないんだよ。これからどんどんこっちに来るドワーフが増えるだろ? となると普通に食事をするだけでも、その人数に対応できないんだ」


「うむむ……。人手を増やすなりして、なんとか対応することはできんか? なんならこっちの給仕組を協力させるぞ?」


「それならまあなんとか……?」


 本当にそれで対処できるかどうか、現段階では判断がつかないもののある程度の期待は持てそうだ。


「じゃあ、ひとまず調理場と食事場を増やすか。となるとシルの家が建つ土地は避けて……ああ、宿の左側がある、そっちを使おう。宿の右側の取り壊しが終わったら、そのまま左側も頼む。更地になったら、俺が即席の大食堂を作るから」


「ふむ、左もとなると予定がさらに押すが、今後のことを考えると必要じゃからな。……それで、そのウォッカという酒なのじゃが――」


「解体が終わったらな」


「よしきた!」


 結局ウォッカも販売することになってしまったが、ここで断ろうとドルコは諦めはしないだろう。モジモジしながらお願いしてくる髭モジャのおっさんなど悪夢の養分でしかない。ここはさっさと約束をしてやる気にさせた方が効率的にも精神的にも良いのである。



    △◆▽



 一日休業があっての解体作業四日目。

 すでに家屋八軒分の空き地ができあがり、解体した建材の置き場に困らなくなったことで俺は収納係から脱し、現在は宿の食堂にていずれこの地域に溢れる腹ペコドワーフ集団にどう対処すべきか頭を悩ませていた。

 するとそこに、作業に勤しんでいるはずのドルコがやって来る。


「おーい、お前さんに客じゃぞ」


「客?」


 ドルコに続いて食堂に現れたのは、お婆さんと言うほどではないがお年を召した女性。身につけている衣服はずいぶんとくたびれていてボロく、見るからに貧しそうであり、どういうわけか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「こんにちは。私はミシェルといいます。実はお願いがあって伺いました」


「お願い……?」


「はい。今行われている家屋の取り壊しは、貴方が家を建てるためだと聞きました。それで、もし必要のない家具、捨ててしまうような木材があれば、私に頂けないかと……」


「ああ、そういうことか」


 言い方は悪いかもしれないが、物乞いに来たということか。

 対価を払って譲ってもらうのではなく、タダでくれとお願いに来ているのだから、申し訳なさそうな顔をしていたのだろう。


「どうじゃ、どうせお前さんは全部いらんのじゃろ? ならここは気前よくやっちまうというのは。なんでもこのミシェルはな、ここより奥の地区で孤児たちの面倒をみているようじゃ。使うにしろ売るにしろ、そっちでどうにかしてもらった方がいいじゃろ」


「孤児院を運営してるのか」


「孤児院というほどではありませんが、身寄りのない子供たちを育てているのは確かです」


「そうか……。よし、わかった。欲しいだけあげよう」


「ありがとうございます。それでは後日、子供たちと一緒にまた伺います」


「ああいや、その必要はない。すでに取り壊した八軒分の家具や建材は俺が魔法でしまってるから、ついていってそっちで出すよ」


「ええ……!?」


 この対応は予想していなかったのか、ミシェルは唖然。


「そ、そこまでして頂くわけには……」


「一緒に行って、しまってある物を出すだけだから」


 恐縮するミシェルをなだめ、俺はさっそくその孤児院に向かうことにした。


 そして「ちょっと出掛けてくる」と皆に告げて出発しようとしたのだが……なんかいっぱい付いてくるんですけど。


 食事係のアイルこそ居ないが、それ以外は全員集合。

 ペロだけでなく猫どもまで付いてくる。

 まあエレザやシセリア、クーニャを始めとした獣どもはいいのだが……。


「行くのはさ、あんまり治安が良くないところなんだ」


 やんわりとおちびーズの同行を阻止しようと試みる。

 同行させても危害が及ぶことはないだろうが、おチビたちが面白半分で出掛けるような場所ではないことは確かだ。

 なのに、この気遣いのわからぬ者がいる。


「え? ケインさんって治安を気にするんですか?」


 あろうことか我が騎士シセリアだ。

 当人は素朴な疑問を口にしただけなのだろうが……癪に障るのは何故だろう?

 べつに侮辱されたとかではないのだが、なんか釈然としない。

 そこで俺は返事をするかわりに、木の器に暴君ハバ○ロを盛って手渡してやった。


「あ! お菓子ですね!? ありがとうございます! あむあむ、あ、これは辛いおか――しっ!? からっ! からぁぁぁぁッ!? ああぁぁぁ――――――――ッ!」


 シセリアは概ね予想通りの反応をしてくれた。

 しかし予想外だったのは、おちびーズが興味本位で暴君ハバ○ロを口にしてシセリア同様に悶え始めたことである。


「からららッ!?」


「あうー、舌がいたひです……ッ!」


「……んぅーッ!」


 無駄にチャレンジャーなおチビたち。

 仕方ないのでイチゴミルクを用意してやり、ようやく落ち着いた頃にはなんだかお留守番しなさいと言いにくい雰囲気になっていた。

 ちょっと恨めしそうな顔をしながら、ちゅーちゅーイチゴミルクを飲んでる姿を見るとねぇ……。



    △◆▽



 森ねこ亭から歩くこと小一時間。

 ボロかった街並みがさらにボロくなり、嵐でも来たら軒並み倒壊するのではないかと心配になるようなボロ屋がみっちり密集する、まさにスラム街といった地域にミシェルの孤児院はあった。ここらのボロ屋に比べればまだ立派といえる建物で、敷地だけなら森ねこ亭と同じくらいありそうだ。


 ここまでの道中、普段から奇異の目で見られる集団である俺たちはこの地域の住人たちにとっても大層物珍しかったらしく、やたらめったら好奇の視線を向けられることになったが、妙なトラブルに見舞われることもなく無事に到着できたのは、きっと俺の日頃の行いが良いおかげだろう。


「みんな、戻りましたよ」


 ミシェルが玄関で帰宅を告げると、すぐにひょこひょこと子供たちが集まって来た。ラウくんより幼い子から、ノラやディアくらいの子までと十人くらい。どの子も森ねこ亭で初めて会ったときのディアやラウくんよりも痩せて貧相である。食糧事情はかんばしくないようだ。


 そんな子供たちはおかえりなさいとミシェルを迎えたが、すぐに俺たちの存在にも気づいて目をぱちくり。無理もない。今や俺たちは初見では判断のしようがない集団だ。ペロだけならまだいいが、猫五匹が特に難易度を爆上げしてしまっている。


「こちらはケインさん。不要になった家具や木材を私たちに贈ってくれる人ですよ。みんな、お礼を言いましょうね」


 このミシェルの言葉に、子供たちは口々に「ありがとー」と言い始めたのだが――


「あの、あの、わんわんさわっていい?」


「ねこちゃんいっぱーい!」


「あ、こら、まだ話はおわってないからダメよ!」


「そうだぞ、だいじなお客さんだから、ちゃんとしてろよ」


「えー、ちゃんとしてるもん!」


「ぼく、ねこさわったことないから、さわりたいな」


「わたしもー」


「おれ知ってるぜ、猫ってさわり方が気にいらないとひっかいてくるんだ」


「だーかーらー」


 なんか一気に収拾がつかなくなった。

 ひとまず子供たちが落ち着かないことには話が続けられないため、俺は棒付きキャンディーを配る。

 結果――


『………………』


 子供たちは口から細い棒を突き出したまま、虚空を見つめながら飴を舐めるのに必死になった。

 ちなみにうちの面々にも配ったので似た様な状態である。


「ケインさん、ありがとうございます」


 とりあえず手っ取り早く黙らせただけだったが、ミシェルは嬉しそうに感謝してくれた。

 子供たちを黙らせたことへの感謝であればブラックジョークだが、純粋に食べ物を提供したことへのお礼だ。


 これは……要らない家具やら建材よりも、まず食料なり生活用品なりを寄付した方がよさそうである。


 いっそのこと、扱いに困るお金を寄付してしまおうか?


 何しろ使徒は物騒な奴だと思われている。俺はそんな使徒どもとは違うと理解してもらうためにも、何かしらの善行は積んでおく方が良いだろう。


 さしあたり、竜たちからもらった酒の代金があと二割ほど残っているのでここで渡してしまってもいいか……?


 いや、このお金はセドリックにも把握してもらっているので、今後使う予定が組まれていた場合は困ることになる。

 となるとうかつに使えないので、寄付はまたの機会?

 ああいや、ちょっとだけ使えるお金があった。

 冒険者ギルドに提出した薬草の代金だ。

 けっこう貴重な薬草だったらしく、金貨一枚になった。

 酒の代金からすれば微々たるものであるが、この金貨一枚は俺の働きによって稼ぎ出された誇り高き特別なお金なのである。


 これを寄付すると俺はまた精神的無一文に戻ってしまうが、ここで渋るようなみみっちい心構えでは悠々自適を達成できるはずもない。


 俺は意を決し、大事な金貨を〈猫袋〉からつまみ出してミシェルに渡そうとする。

 と、その時だった。


「おうおう、なんだぁ、またガキを増やすのかぁ? そんな金があるならとっととこっちの借金を返してもらいてぇんだがなぁ!」


 なんか変なのが湧いた。

 冒険者ギルドにたむろしている冒険者どものような、いかにも社会の落伍者といった風体の野郎三人組である。


 だいぶ見慣れてしまったからか、それともアイルのお出かけモードほど気合いが入っていないからか、うちの面々はそう気にしたふうでもなかったが、ミシェルはびくっと身をすくめ、それまで飴に夢中になっていた子供たちも怯えながら玄関の奥へと引っ込んだ。


「あ、あの、お金でしたら、もう少し待ってもらえれば返せるようになるので……」


「つったって全額は無理だろ? いいかげん、こっちも困るんだ。もう諦めてここから出てった方がいいんじゃねえか? うちのカシラは出来た人でなぁ、ここを明け渡すだけで借金をちゃらにしてやるって言ってくれてんだ。まったくお人好しがすぎるぜ!」


 よく喋る落伍者Aはよたよたとミシェルに近づいてきたが、そこでふと俺の手に視線を止めた。


「おっ、ガキを押しつけるための金か? 金貨たぁ気前がいいじゃねえか! どうせこっちに回される金だ、手間ぁはぶいてやるよ!」


 と、落伍者Aは俺の手から金貨を奪い取った。

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