第7話 解放されえぬ野生

 交渉から二日もすると、俺が立ち退きをお願いしたご近所さんたちはすっかり退去、黄金を抱いて新天地(主に都内)へと羽ばたいていった。


 空き家となった家屋には、もう用はねえとばかりにほとんどの家具が残されたままとなっている。

 こういった家具は、売り払うか欲しい者にあげてしまうのが一般的であるらしい。

 また取り壊す家屋にしても、ただぶっ壊して燃えるゴミにしてしまうのではなく、丁寧に解体して使えそうな建材は活用するか売るかするようである。どうにもならない廃材であっても、薪として売るか配るか、もったいない精神により活用されるらしく、これにはもったいないオバケもにっこりである。


 急ぐなら家屋ごと〈猫袋〉に放り込むという方法もあるが、建てる家の構想すらない現状では別段急ぐ理由はないため、このあたりの事はドワーフたちに任せようと思っている。


 そしてこのドワーフたちなのだが、家の建築依頼をしに行ったその日のうちに都市外の同朋へ応援要請を出したらしい。

 今後のことを考えると、王都にいるドワーフだけではとてもではないが手が足りないと考えたようだ。


 確かに、この地域一帯が丸ごと建築ラッシュとなると、それこそ王都中の大工が集まっても手が足りないだろう。もうユーゼリア中の大工が集結してあたるような規模だ。


「そんなわけで、最初はちょっとこの宿の隣りにお前の家を建てようってだけだった話がえらいことになっているんだ」


 この日、俺は訪問を待っていてもらっていたシルを招き、これまでの詳しい報告をした。ある程度のあらましはスマホで伝えていたが、細かな話となるとやはり顔を合わせていた方が説明がしやすい。


「お前の影響力がようやくわかった感じだよ」


「本当にようやくだな、まったく」


 森ではちょいちょい遊びに来るドラさん、だったからな。

 さすがにそれでは理解しようもないのである。


「んで、近々取り壊しも始まるし、そろそろどんな家にしたいか聞きたいんだ」


「あー、ここでか?」


「え? ダメ?」


 俺とシルが居るのはいつもの森ねこ亭、いつもの食堂。

 大きなテーブルには俺とシルのほか、屋台を引いてドワーフを誘き寄せに行ったアイルを除くいつもの面々がそろっている。

 つまりはノラ、ディア、ラウくん、エレザ、シセリア、クーニャで、猫どもはふてぶてしくもテーブルに散らばってのさばり、ラウくんの前には守護者のようにペロがちょーんとお座りしている。


「聞いた要望を紙に書いて、その紙を並べていこうとか思っていたから、広いテーブルがあるのは都合がよかったんだ。ダメなら――」


「あー、いや、大丈夫だ。私は逞しくなった」


「何が……?」


 なにやらシルが不可解なことを言っているが、大丈夫と言うならこのまま始めさせてもらうとしよう。


「じゃあまずはざっと土地を上から見た図を……」


 テーブルに大きな紙を用意すると、俺は大雑把な見取り図を描くべく鉛筆を持った手を伸ばす。

 するとその時だ。

 それまではでろんとテーブルに横たわっていた猫どもが、急に起きあがったかと思うと紙の周りへと集まって来て、その内の一匹が鉛筆を持つ俺の手にスパーンッと容赦ない猫パンチを食らわせた。


「ちょっ!?」


 暴走する俺の手。

 ズギャーンッと紙に描かれる、アグレッシブな直線。

 さらに間髪を容れず、今度は別の猫が俺の手をペシコーンッと引っ叩いたので紙にはエキサイティングな曲線がズギュギューンッと描き出された。


「おいぃぃ!?」


 荒ぶる猫ども。

 もてあそばれ続ける俺の手。


 やがて紙の上に姿を現したのは得体の知れぬアバンギャルドな絵であり、それは解放された猫どもの野生に他ならなかった。


 この猫ども……さては俺を前衛芸術家にするつもりだな!?


 だが生憎と、こちらの人類に前衛芸術は早すぎる。

 つか出鼻を挫くように邪魔すんのやめてくんねえかな……。


「みんな、悪いけど猫どもを捕まえておいてくれる?」


 このお願いを快く受け入れ、ノラ、ディア、エレザ、シセリア、クーニャはそれぞれ一匹ずつ猫を抱え、そしてこねる。仲間はずれになるのが嫌だったのか、ラウくんは自発的にペロを抱えてこねていた。


「まったく猫どもが、いらぬ手間をかけさせやがる」


 得体の知れぬものが描かれた紙は破棄しようと考えたが、せっかくなので額縁を用意して収め、食堂の壁に飾ることにした。間接的ではあれど猫どもが描いた絵だ。森ねこ亭にはちょうどいいだろう。

 ひとまず画題は『野生の解放』としておいた。


「では仕切り直しだ。この宿を通りから見て、右側がお前の家を建てる土地になる」


 新しい紙を用意し、見取り図を描きながらシルに説明。


「宿の裏の土地は、宿の裏庭を拡張してお前の家と楽に行き来できるようにしようかなと思ってる」


 もし本気でグラウが宿の増築を考えるなら提供しようと思っているが……現段階では暴走しそうなので伏せておく。


「ふむ、この辺りがか。となると少々手狭かもしれんな」


「あれ、狭い? あー、お前が住んでる家からしたらそりゃ小さいだろうな。でも一人で住むとなると、広すぎても面倒だぞ?」


「一人……。まあ一人なのだが……一人か……」


「なんだ、もしかして寂しいのか? なら俺もそっちに住むか?」


「んなっ!? ん、ぐぬっ……、くっ、はあッ! よしっ。――いや、べつに寂しいなんてことはないんだがな」


「ちょっと待って、さらっと流そうとしたけど、今なにかと戦わなかった? もしかして異次元から見えない何かが攻撃してきたの?」


「なんでもない。ちょっとした癪だ」


「そんなの抱えてたの!?」


「ああ、最近な。気にせず続けてくれ」


「お、おう」


 そう促された俺は、家の建設予定地にざっと円を二つ描く。


「これは参考になればと考えたことなんだが、宿側はこう広い庭にして、もう片方に家を建てたらどうだろう。基本的にお前って飛んでくるから、まずこの庭に下りたって、すぐに家に行くか宿に行くか選べたらいいかなって。まあこの庭が表通り側でも、裏通り側でもべつに問題ないから、そこはお前の好みになるな」


「なるほど、気兼ねなく下り立てる場所はあった方がいいな」


「だろう? あと庭がこれくらい広ければ、子供たちを遊ばせてやることもできるだろうしな」


「こどっ……! ぐっ――かはっ!」


「シル!?」


 突如、シルが胸を押さえてうめき、そのまま頭を垂れるようにテーブルに突っ伏した。


「き、効く……違うとわかっても効いてしまう……ッ!」


「何が!? やっぱり異次元からなんか攻撃受けてる!?」


「な、何でもない。何でも、ないんだ……!」


 そう言いつつシルは顔を上げたが、その表情は険しくどう見ても無理をしているようにしか思えない。


「何でもないって、とてもそうは見えないぞ?」


「お前は知らぬだろうが、竜とはときおりこのように苦しむものなのだ」


「二年くらいの付き合いで初めて見るけど!?」


「う、うるさい、いいからさっさと話を進めろ!」


「わ、わかったよ……」


 そんな怒鳴らなくてもいいのに、と思いつつ俺は話を進める。

 家の外観については後回しでもいいので、まずは重要な生活スペースをどのようにしたいか、どこに配置したいかを聞いておきたい。

 となると、だ。


「じゃあまず寝室は家のどこに――」


「はい待ったぁーッ!」


「うおっ!?」


 睡眠は大事。

 そこで寝室についての要望を尋ねようとしたところシルに止められてしまう。


「ど、どうした?」


「ケイン、すまない。今日はここまでにしよう。私は……帰る!」


「帰んなよ!? まだ何一つ決まってないんですけど!」


「そ、それはそうなのだが……」


 我が儘を言いだした自覚はちゃんとあるようで、シルは肩をすぼめてモジモジしつつ俺の顔色を窺ってくる。

 いや、べつに怒ってるわけじゃないんですよ?


「まあお前の家なんだし、じっくり考えたい、もっと時間が必要ってことなら取り壊し後の空き地に『建設予定地』って看板でも立てて置くけども……」


「むぅー……」


 シルはそう唸ると、どこかのとんち坊主のように両手の人差し指を頭にぐりぐりしながらうーんうーんと考え込み始めた。

 もしこれで『南無サンダー』とか放ってきたらどうしようと俺は心配になったが、やがてシルはぱっと顔をあげる。


「そうだ! お前が贈ってくれる家なのだ、これはもうすべてお前に決めてもらうのがいいだろう!」


「おいぃ!? ぶん投げんなよ! お前が住む家なんだから! 俺が全部決めちゃったら気に食わないところとか絶対でてくるって!」


「いいんだ、それでもお前に頼みたい。そうだな……じゃ、じゃあこういうのはどうだろう、えっと、その、お、お前が住みたい家を建てるというのは……?」


「俺が住みやすい家って……本当にそれでいいのか? あんまり居心地がいいと、森でお前がちょいちょい来てたみたいに今度は俺の方が入り浸るようになるかもしんないぞ?」


「そ、それはお相子なんだから、い、いいよぉ……」


「なんでそんな声を上擦らせてんの?」


「う、うっさいわこの馬鹿め! ともかくお前に任せるからな!」


「あ、ちょ」


 もう止めるのも聞かず、シルはツンケンして帰ってしまった。

 なんでシルさんすぐ帰ってしまうん?

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