第4話 探偵以外が真相に気づくと
いまいち気乗りしないものの、張りきるセドリックに引っぱられるようにしてドワーフ街を訪れた俺は「酒の気配がする……」と訳のわからないことを呟きつつにじり寄ってきたドワーフどもを蹴散らしながら大工団の工房へと逃げ込んだ。
「ふん、来たか」
頭領たるドルコは俺たちの顔を見るや、ふてぶてしい笑みを浮かべて言う。
「屋台の追加だな?」
「違えし」
こいつ『俺はわかってるんだぜ』みたいな顔して適当な事を……。
屋台の追加とか、おもいっきりお前らの願望じゃねえか。
「ああん? では何の用だ?」
「家を建ててもらいたい」
「無茶言うなボケェ! 屋台でもねじ込むのに大変だったのに今度は家じゃとぉ!? そんなもん無理に決まっとるじゃろうが!」
「だよな」
さっそくキレられた俺は、どうすんのこれとセドリックを見る。
「やっぱりダメみたいだけど?」
「まあまあケインさん、ここは私に任せてください」
セドリックは怒るドルコを前にしても笑顔を崩さず、俺から交渉を引き継ぐと優しい口調でもって話を始める。
「ドルコさん、聞いてください。ケインさんが建ててもらいたい家は、自分の家ではなくご友人に贈るための家なのです」
「友人だぁ?」
「はい。ドルコさんも御存知の方ですよ。アロンダール山脈のシルヴェール様です」
「なにぃ!?」
厳めしかったドルコの顔が驚愕に――ってあんまり変わらんな。
髭もじゃすぎるせいで判別しにくいからだろう。
「じゃあなにか、こいつ、守護竜様に贈る家を儂らに依頼しにきたんか!」
「その通りです。守護竜様の邸宅ともなれば、そこらの大工に任せるわけにはいきませんから、こちらを、と見込んでお願いに参ったのです。しかし……駄目ですか?」
「いやっ、駄目とは……んー、駄目、か? じゃが絶対に駄目ってわけでもないような気がせんでもない……ような?」
「ドルコさん、この仕事を任されるのは、とても名誉なことだと思います。また逆にこれを断るということは、このユーゼリアにおける大工仕事の第一人者という座を自ら降りるようなもの。……本当に断ってしまってもいいのですか?」
「ぐぬぬぬ……」
お髭をわっしわっし揉みながら唸るドルコ。
ついさっき依頼を突っぱねたとは思えない悩みようである。
「くっ、わかった、儂の負けじゃ。これは受けんわけにはいかん。やれやれ、しかし家となると、今回はさすがに各方面へ仕事が遅れると謝りに行かんとな」
「ではこちらからもお詫びの品を用意しましょう。ケインさん、ここは余計な反感を抑えるためにも、あの三品と竜の方々がこぞって買い求めたお酒を贈ろうと思うのですがどうですか? お金があっても手に入れられない希少な品々です。きっと喜ばれると思いますよ」
「わかった。そうしよう」
「おいおい、酒じゃと? もしかして公園で振る舞っていたあれか? 儂らには頑なに売ってくれんかったあれか?」
酒と聞き、作業中だったドワーフたちが手を止め、こちらに顔を向けて『ごくり』と喉を鳴らす。
こっち見んな。
「だってお前らに売ったら絶対仕事に影響出るだろ。ただでさえ屋台を占領するほど押しかけてやがるし」
「あれは交代で行っとるから問題ないわい」
「じゃあ屋台で出すようにしたんだから、それでいいじゃねえか」
「屋台で飲むのと家で飲むのはまた違うんじゃ。嘆かわしい。あんな良い酒を用意できるというのに、そんなこともわからんか」
「わからんでもないが、そこまでこだわるほどではないな」
「まったく……。まあええわい。仕事は引き受ける。じゃから儂らにもあの酒を売ってくれ。無理を押しての依頼なんじゃ、これくらいの役得がないとな」
「わかったよ……」
俺としてはドワーフたちを心配して供給を断っていたのになー。
「それで、どんな家にするかは決まっておるのか?」
「いや、そのあたりはまだ全然だ。家を贈ろうと思いついたのが今朝だったからな」
「唐突すぎるじゃろ!? そんな思いつきで家を建てるなんぞ聞いたことないぞ!」
やはり驚かれてしまったか。
宿ではすんなり受け入れられたのになー。
「ひとまず家の設計は後回しで、先に土地を確保するつもりだ。立ち退き交渉は明日からの予定で……ああ、あと立ち退いてもらったあとの家の解体も頼みたい」
「ふむ、それは人数のごり押しでどうにかなるな……。まあ実際に残された家屋を見て決めるわい」
「あ、ドルコさん、実は私も土地を確保しようと考えているので、こちらの解体もお願いできますか? あらためて依頼するよりも手っとり早いでしょう?」
「うん? まあ引き受けてやってもいいが……お前まで土地を確保じゃと? また急な話じゃな」
「ええ、ケインさんの話を聞いて決めましたので」
「こっちもまた唐突じゃな!?」
「いえいえ、考えてもみてくださいよ。守護竜様の邸宅が建つのですよ? 近場に土地を確保しようとするのも当然だとは思いませんか?」
「確かにそうじゃな……。そうか、確保するなら今か」
「ええ、話が広まれば騒がしくなるでしょうからね」
「そうなると、儂らにやたらめったら仕事が舞いこむ事になりそうじゃな……。こりゃえらいことじゃぞ。それこそ儂らもそっちに拠点があった方がいい。うーむ、どうするか……」
「まあまあ、まだ数日は猶予がありますから、ゆっくり考えてください。ではケインさん、依頼もできましたし、今日はここまでですね」
「ああ、じゃあひとまず戻るか」
「あ、私はまだ寄るところがありますので」
「ん?」
「いつもご贔屓してくださる方々に、ちょっとしたご報告などを……。ああ、もちろんケインさんの邪魔になるようなことにはなりませんので、そこはご安心を」
なるほど、懇意にしているお金持ちにあの地域の価値が上がると知らせに行くのか……。
ふむ、今日のセドリックは実に商人してるな。
△◆▽
セドリックと別れた俺は宿屋に帰還した。
お留守番していた皆には、明日ご近所さんへ立ち退き交渉をしに行くことを簡単に伝える。
引っ越しとまではいかないが、シルがお隣さんになることをおちびーズは喜んでいるようだ。
霊峰への遠征がよりシルに懐くきっかけになったらしい。
とは言え――
「ご近所さんが引っ越しになっちゃうけど、そのあたりは気になったりしない?」
そう、シルは来るが、代わりにご近所さんはどっか行く。
これをどう受け止めているか気になってディアに尋ねてみたが、どうやらあまり交友はなかったらしくそう気になるわけでもないようだ。
どうして交友がなかったかは……まあ、あれだな。
ちょっとした腫れ物扱いだったのかもしれないな。
貧相な民家が建ち並ぶ地域に、それなりに立派な宿屋。
しかし客は驚きのゼロ、閑古鳥大合唱。
なのに営業し続けている。
正直、こんな宿屋が近所にあったらとっつきにくくて仕方ないだろう。
もしかしたら触れてはならないものに触れてしまったのかと若干の空恐ろしさを感じながら俺はこの話を切りあげ、ひとまず今日の進捗をシルに報告するため猫スマホで連絡をとる。
が、シルが出ない。
なかなか出ない。
いったい向こうではどれほど呼び出しニャンニャンが繰り返されているのだろう。
これはまた後でかけ直すか。
そう思った、その時だ。
『えーっと、これでいいのかな? ケインくんだよね?』
電話に出た相手はシルではなくヴィグ兄さんだった。
『シルの部屋からすごく大きな猫の鳴き声が響き始めたから、最初は何事かと思ったんだ。でもこのスマホ? のことを思い出してね』
すごく大きな鳴き声とな?
もしかして目覚まし時計のアラームみたく、徐々に音量がでかくなる機能でもあったのだろうか?
「あー、どうも、シルは今いない?」
『いや、居るんだけどね、なんか庭で暴れてるんだ』
「え? なんで?」
『いやそれはこっちが聞きたいんだけど……。まあ暴れているって言っても、腹を立ててとかそういう感じではないんだ。んー、過去の失敗とか全部一気に思い出しちゃったような感じ? 戻ってしばらくは部屋に篭もっていたんだけどね、なんか今は暴れてるんだよ。いったいそっちで何があったの?』
「何があったと言うほどでも……。これまでのお礼ってことで、家を贈ることを伝えたくらい?」
『え? 家? それは……あー、うん、わかった。そうかそうか、そういうことか。あはは、そりゃ取り乱しもするよ』
「そうなの?」
ヴィグ兄さんは理由がわかったらしい。
さすがはお兄ちゃんだ。
「よければ教えてもらえる?」
『これは言っていいのかな……。でもまあ、いずれわかるだろうし、内緒という――ぐぎゃあぁぁぁッ!?』
「ふぁ!?」
突如、穏やかだったヴィグ兄さんの声が悲鳴に変わる。
そして――
『……シ、シル!? いきなり跳び蹴りするなんてひどいじゃないか……!』
聞こえてきたヴィグ兄さんの声は遠い。
どうやらスマホが拾っている音声のようだ。
『……ひどくなどありません! 兄上! 勝手に人の部屋に入るばかりか、なにスマホに出ているのですか……!』
さらにシルの声も聞こえてきて、そこからはどたばたと揉み合いになっている騒々しい音が続き、ちょいちょいヴィグ兄さんの悲鳴が混じる。
「シルー、おーい、シールー!」
無駄かも知れないと思いつつ呼びかけることしばらく。
騒音が落ち着いたところでやっとシルが出た。
『ケイン、悪いがちょっと取り込み中だ! 私は兄上と大事な話をしているのでな!』
『……これは話し合いじゃないよー……』
遠く聞こえるヴィグ兄さんの悲しげな声。
「取り込み中なのはわかるけども、報告を……」
『じゃあ夜に連絡するから! その時に聞く! それまでには始末をつけるから!』
「あー、うん、わかった。なんかよくわからないけど、ほどほどにしてあげてね?」
『ああ、ではまた後でな!』
『……ケインく――……』
こうして通話は切られ、ツーツーではなくウニャーンウニャーンという話中音が聞こえるばかりとなったため、俺もスマホを切った。
「無慈悲な暴力がヴィグ兄さんを襲う……俺がうっかり連絡したばかりに……」
まったく申し訳ないことである。
そのうち、何かお詫びの品でも贈ることにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます