第3話 竜のお家はありがたい
冒険者ギルドで支部長からアドバイス(?)をもらった俺は、セドリックを頼るべくヘイベスト商会へと向かうことにしたのだが……その足取りは重かった。
なにしろ、セドリックにまでお断りされたら土地確保すらも頓挫してしまうのだ。
あまりに情けなく、とてもシルに報告できない。
もし駄目だった場合、諦めて俺一人で交渉に臨むか……それとも他に頼れる人を探すか……。
うーむ、王様とかどうだろう。
でも王様ってしょぼくれたお爺ちゃんだったし、いざ連れていって王様だよって紹介しても、徘徊老人に王冠のっけて連れてきただけじゃないかって疑われ、信じてもらえないかもしれない。
どうしたものか。
そんな不安を抱きながらヘイベスト商会を訪ねる。
すると――
「うおおおっ! ケイン様がぁ、いらっしゃいましたぁーッ!」
到着してすぐ、建物の外で作業をしていた従業員が大声で報告。
すぐに建物からわらわらと他の従業員が現れ、口々に「ようこそおいでくださいました」とか「お待ちしておりました」とかやたら歓迎してくれ、冒険者ギルドとの落差にちょっと戸惑う。
どうしてまたこんなに歓迎してくれるのか。
他にも「これで助かる」とか「危なかった」とか言いながらほっとしている者たちがちらほらいるのもまた謎である。
「ああケインさん、お待ちしておりましたよ。ささ、どうぞ中へ」
やがてセドリックも現れ、嬉しそうに応接間へと案内してくれた。
「ではケインさん、まずこちらをお納めください」
応接間に来てすぐ、俺が用件を伝える前にセドリックは以前押しつけていったボディソープ、シャンプー、リンスの代金を用意した。
結構な金額である。
また扱いに困るお金が増えてしまった……。
「えーっと、多くね?」
「適度に高い値段で、と仰ったので。しかしそれでも購入を希望する方は後を絶たず、仕入れ待ちということで誤魔化している状態なのです。急かすようで申し訳ないのですが、またあの三品を提供してはいただけませんか?」
「う、うん、わかった」
これは断れない。
そもそも面倒を押しつけたのが始まりだ。
さらに今回もまたお願いをする立場とくる、断れない。
「話の後で渡すってことでいいかな? そんな人気になるとは思ってなかったから前回はあれだけだったけど、今回は必要なだけ渡すことにするよ。ここで用意しても邪魔だろうし、倉庫にでも移動して」
「はい。よろしくお願いします」
セドリックはにこにこと満足げにうなずく。
「いやはや、ケインさんにはお世話になるばかりですね。怪盗パルンの件については、いずれお礼をと考えております」
「……パルン?」
「はい。妖精のいたずらと噂を流しておきましたが、うちのドアを開け閉めすると猫の鳴き声がする仕掛けを施してくださったのはケインさんでしょう?」
「んん!? あれ!? あの屋敷ってあんたの家だったの!?」
「え? ええ、そうですよ? パルンはうちに隠してあったボディソープ、シャンプー、リンスを盗みに入ったのです。御存知なかったのですか? ではどうしてまた猫の仕掛けを?」
「それは……あー、大した話じゃないんだが……」
と、俺は散歩していてたまたま立ち寄り、メリアにあらぬ疑いを掛けられたので犯人を見つけてやろうと考えたことを説明した。
するとセドリックは大笑い。
「ほほほっ、ふ、ふふっ、ふう、そ、そうでしたか。これは娘共々、お世話になっております」
俺はやっとメリアがセドリックの娘と気づくことになったが、セドリックの方はメリアが従魔レース(うっ、頭が……)で優勝報告をした際に俺のことを話したことで、関わった相手が俺であると勘づいていたようだ。
「私はケインさんが娘に名乗らなかったのは、何か意味があるのだと思っていたのですよ。例えば……そう、娘の人となりを確かめるためといった」
「人となり?」
「ええ、以前、娘に魔法の指導をお願いしたので、それでかな、と」
「あー……」
そう言えばそんな話もされたな。
メリアの人となりか。
なんかメリアにはペロ関係で怒られてばかりのような気もする。
まあ悪い娘ではないな。お金持ちの娘であることを鼻に掛けるようなことはなかった。真っ当なお嬢さんだ。
「あと、娘には教えない方が面白いかな、とも考え、相手がケインさんであることは内緒にしていました」
「面白い?」
「はい。なにかとお世話になっている『ケインさん』に既に会っていたとわかったとき、どんな反応をするかな、と」
セドリックは楽しそうに言う。
なんか「どうして黙ってたのよ!」とプンスカするメリアが目に浮かぶ。
うーん、悪いお父さんである。
△◆▽
ちょっと話がそれたものの、ようやく本題へと入る。
「ほほう! 守護竜様の邸宅をですか!」
宿の隣りにシルの家を建てるつもりでいることを説明したところ、セドリックは目をきらきらさせて食いついてきた。
「しかしまた突然な話ですね」
「ああ、今朝思いついたばかりだからな」
「本当に突然ですね!?」
びっくりされてしまったので、一応どうしてそうなったかの説明もしておく。
竜たちから酒の代金をもらったことに始まり、立ち退き交渉のため冒険者ギルドにエキストラを雇いにいったら断られ、商人に相談しろと言われたという一連の流れだ。
「ふむふむ、冒険者ギルドで話してしまったわけですか……。これは変に噂が広まってしまう前に急いだ方がよいでしょうね」
「急ぐ?」
「はい。守護竜様の家が建つわけですから」
「うん……?」
繋がりがわからず首を傾げると、セドリックはおやっという顔をしたあと、すぐに何か思いついたようで口を開いた。
「あー、ケインさんにとってはご友人の家を建てる、くらいの感覚なのですね。しかし我々のような者にとっては、守護竜様の家が建つということは物凄いことなのですよ。端的に申しますと、守護竜様の家が建つことでその地域の土地の価値が一気に跳ね上がるという現象が起きます。まず間違いなく」
「あー、そうか、そうくるか……」
どうも『守護竜様』というのがいまいちぴんとこないが、説明されたことは理解できる。
「冒険者ギルドの職員はむやみに吹聴することはないでしょうが、居合わせた冒険者たちは違います。ケインさんはなにかと話題の人ですから、貴方が守護竜様のため森ねこ亭の隣りに家を建てようとしている、なんて話はすぐに仲間内へと広まることでしょう」
くっ、冒険者どもめ。
前もなんか噂を広められて迷惑したことがあったな。
あいつら碌な事しねぇ……。
「この話、王都に住むほとんどの者にとっては興味深い話題にすぎませんが、たっぷりと資産を持つ者たちにとっては違います。本当にケインさんが動いていると知れば、すぐにでもあの辺りの土地を確保しようと動くはずです。つまり、あの地域の土地の価格は今日が底値なんですよ」
「えー……」
冒険者ギルドに行ったのマジで無駄じゃん!
いや無駄どころか余計な面倒を増やしに行ったことになるのか。
なんで行っちゃったのよ、今朝の俺よ……。
「まあ、とは言ってもすぐに大きな動きがあるわけではありませんから、今日明日はまったく問題ないでしょう。ケインさん、交渉は明日からでよろしいですか?」
「ああ、それでいい。つかそのあたりのことは任せるよ。これは俺が余計な判断をしない方がよさそうだ」
「ふふふ、お任せください。当商会を挙げて取り組みますので」
セドリックはずいぶんと乗り気だ。
ありがたい。
この行き当たりばったり計画も、セドリックが協力してくれるなら良い感じの結果になってくれるだろう。
「ではケインさん、まず予算がどれくらいか確認させてもらえますか?」
「わかった。あ、でももらった代金がこの国の金貨じゃなくて、全部でいくらになるかよくわからないんだ。ちょっと出してみるな」
そう告げ、俺はテーブルに猫金貨を放出。
出現した金貨の山に、セドリックは目を丸くした。
「ややっ、ニャザトース金貨ではないですか! これだけの量を見るのは初めてですよ。ケインさんにはいつも驚かされますね!」
奇遇だな。
俺も自分の行動の結果に驚かされることが多いんだ、何故か。
「しかしニャザトース金貨は一般的ではないので、交渉にはユーゼリアの金貨を使った方がよいかもしれませんね。どうでしょう、よろしければ当商会で明日までに両替しますが?」
「そうしてくれるとありがたい。頼むよ」
「はい。承りました。では、予算はこれですべてということでよろしいですか?」
「それと受け取った三品の代金も含めてくれ。それですべてだ。さらに必要になるなら、竜たちに酒の販売を呼びかけてまたお金を集めることになると思う。ああ、後で渡す三品の代金も含めてくれ」
「ふむふむ、予算は潤沢、さらに当てもある、と。これは変に値段交渉するよりもさっさと大金を積んだ方がよいでしょうね。そもそも安い地域ですし、相手が満足する金額であっても結果的にはそれが底値になるわけですから」
すでにどのように交渉するか考えているセドリック。
なんと頼りになる男であろうか。
「ケインさん、建設はどこにまかせるかもう決めていますか?」
「え? まだどんな家にするかも決まってないから頼むもなにもないよ?」
「いえいえ、話だけでも先に通しておいた方がよいですよ。ではまたドワーフたちに頼むことにしましょう。買い取った土地に残る家屋の解体も頼んでしまえば話は早いです」
「それ引き受けてくれるか……? 屋台はなんとかなったが、家となるとさすがに断られると思うが……」
「はは、大丈夫ですよ。まあ私に任せてください」
自信があるらしく、セドリックは朗らかに笑った。
本当に頼りになる男である。
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