第23話 ネコと和解せよ 前編
森ねこ亭に居座る面の皮の厚い猫ども。
ひとまず白猫はシロ、黒猫はクロ、三毛猫はミケ、サバトラはサバト、クリームはマヨと名付けた。
たぶんちゃんとした名前はあるのだろう。
でもそんなことは知らん。
俺はこいつらの飼い主でもなんでもないのだ。
さらに俺は猫どもをまとめた名称も考えた。
ネコネコファイブ、ボスネコーズなどの候補から、最終的には『ニャンゴリアーズ』に決定。
ああ、もちろん現実逃避だ。
このクソ猫ども、マジで森ねこ亭から出て行こうとしないでやんの。
おやっと思ったのは、ニャンゴリアーズが襲来した日の翌日だった。
初日はうっかり知らない場所まで付いて来ちゃって『ここはどこ?』といった、いかにも迷い猫という体で心細そうにしていた。
これはもう神殿まで送ってやらないといけないか、そう考えたものの、すでに日暮れ、外は暗くなり始めており、今からまた神殿まで出向くのは億劫だったので明日へ先延ばしにした。
うん、これが間違いだったわけだ。
仕方ないのでその日は食堂の片隅にクッションやらなんやら用意して仮設のくつろぎスペースを作り、猫用おやつのチ○ールを与えて空腹を誤魔化してやるなどちょっとしたお節介を焼いた。
チ○ールを創造できたことについては、特に語るべきことはない。
俺がチ○ールの味を知る男だったという、ただそれだけの話だ。
そして翌日になると、ニャンゴリアーズの態度は一変していた。
昨日はあれほど慎ましかったというのに、奴らはまるで勝手知ったる他人の家とばかりに、廊下やら食堂のテーブルの上やら、人の迷惑顧みずあちこちにでーん、どてーんと横倒しになってくつろいでおり、そのふてぶてしさ、図々しさ、厚かましさたるや、別の猫かと思わず目を疑うほどであった。
ここにきて、ようやく俺は『こいつら宿に住みつくつもりなのでは?』と危機感を抱く。
傍から見ていた者がいれば『いまさら?』と思うかもしれない。
違うのだ。
言い訳になるが、初日の段階でその可能性に気づくのは難しかったのだ。
ニャンゴリアーズはどいつも身綺麗だった。毛並みはちゃんとブラシがけされているらしく整っており、目元にヤニが溜まっていたりもしない。首輪こそないものの、明らかに人の世話を受けている猫だった。ならば、一時的に留まろうとすぐに自分の住処へ帰る、そう考えてしまうのも自然のはずだ。
だから悪くない。
返品を翌日に延期した俺は悪くない。
それに俺はこの状況をただ指を咥えて見ていたわけではない。
ちゃんと対処を試みた。
でろんでろんとくつろぐニャンゴリアーズを、宿から追い出そうとチャレンジしてはみたのだ。
ひとまず一匹、外に捨てに行こうとして、とろけるほどの脱力で抱えにくいミケをなんとか抱えて宿を出る。
途中、ふと思い出したのは、猫は己の死期を悟ると飼い主の前から姿を消してしまうという話。
もしかしてだが、ニャンゴリアーズは死期を悟り、死に場所を求めて森ねこ亭まで来てしまったのではないだろうか?
まあ元の世界で飼っていたバカ猫は寝てた俺の顔に覆い被さり、死出の道連れにしようとしやがったが、さすがにあれは特異な例だと思う。
抱えたミケはぐったりしたままで、俺の予想を裏付けるように生き物としての活力が感じられない。だとすると何だか物寂しさを感じさせる話になるのだが……それはそれ、これはこれ。お世話になってる宿でバタバタ死なれても正直困る。にゃんにゃんだーと喜んでいるおちびーズも突然の悲しみを受け入れるのに大変だろう。
ここは心を鬼にして、初志貫徹、居着かれても死なれても面倒なのでちゃっちゃと捨てに行く、これである。
最初は自然公園に捨てようと思った俺だが、せめてもの親切として神殿のすぐ近くまで行って捨てることにした。
本当は神殿に返しに行くのがいいのだろうが、あそこには化け猫がいることがわかったのでもう訪れたくはない。
俺は人目につかない適当な場所を探し、ぐったりするミケをそっと地面に置く。
たっしゃでな。
そう別れの言葉をかけようとした、その時だ。
シャキーンッとミケが立ち上がった。
めっちゃ元気だった。
うん、まあ知ってたけどな。
でも神殿はもうすぐそこだし、これならさすがに帰るだろう。
そう思った瞬間だ。
シュバッとミケが跳んだ。
いや、飛んだ?
唖然とする俺をよそに、ミケは空へと舞い上がるように近くの家の屋根に跳び乗り、そのまま跳躍を繰り返して家々の屋根伝いにびっくりするほどの速度で移動、あっという間に姿を消してしまった。
あいつ、普通の猫じゃねえぞ!
猫を被ってやがったんだ!
不穏なのは、ミケが去った方角が神殿とは反対方向であるということである。
まさかと思った俺は、〈空飛び〉で急いで宿に戻る。
すると……居た!
何食わぬ顔でノラに抱っこされてごろごろしてやがった!
どんな速度で戻ってきたんだてめえ!
俺は絶望に呑み込まれそうになったが、さすがにあんな化け猫もどきは奴だけだろうと、残りの四匹も同じように神殿近くへと捨てに行った。
結果?
んなもん語るまでもないわ。
マタタビで誘導しても、そのマタタビ咥えて帰ってくるという、常軌を逸したふてぶてしさを見せてくれた。
シセリアはニャンゴリアーズを神さまの使いの使いだとか言っていたが、この常識破りの行動を目撃した後となると、あながちただの噂だと断じることもできない。
こいつらはただの猫ではない。
これは俺一人が頑張ってどうにかなる相手ではなく、宿の面々が団結して当たるべき猫の形をした危機であった。
しかし現実は非情。
この危機をちゃんと認識しているのは俺だけであり、他の面々は好意的、おちびーズに至ってはむしろ歓迎している。
さらに困ったことに、宿の主人であるグラウがニャンゴリアーズのために最後の空き部屋を開放するとか言いだした。
たぶん、体が『満室』を求めていたのだ。
シルが一泊したことで実現した『満室』の悦楽が忘れられず、もう一度と求めるあまりニャンゴリアーズに部屋を提供するなどという狂気の発想へ至ったのだ。
さすがにそれはどうかと思った俺は、シディアと一緒になってグラウを説得し、なんとかこれに成功。
もうこの頃になると、俺の心はすっかり疲弊しており、ニャンゴリアーズが居座ることを黙認しようと考えるようになってしまった。
何をどうやってもニャンゴリアーズは戻って来る。
すべてが徒労、無駄なのだと、まるで敗北主義者のように諦念を抱くことになった。
いや、宿屋一家が歓迎してしまっているのだから、俺の敗北は始めから決まっていたのかもしれない。
とは言え、ニャンゴリアーズがいつまでも宿に居座り続けるとは考えていない。
神殿からすればニャンゴリアーズはマスコットのような存在。それに俺の情報も把握しているようだし、そのうち引き取りに来る、そう信じた。それが救いだった。
こうなると、俺がやるべき事は一転、ニャンゴリアーズが居ることを前提とした環境をすみやかに整えなければならない。
なにしろ宿にいる者たちのなかで、猫を飼ったことがある――そのやっかいさを知るのは俺だけなのだ。
まず俺は宿屋の各所に爪とぎ用の木材を設置した。
ちょっと爪をとぐ程度だろう、などと甘く見てはいけない。
壁なんてあっという間にボロボロにされるし、柱やタンスの角だってあらためて見るとびっくりするほど削られてしまう。
次に俺は裏庭に猫用のトイレを用意した。猫は体臭が薄いものの、シッコやウンコは臭い。とても臭い。シッコはなんか薬品のような臭いだし、ウンコは地獄のような悪臭がする。
猫のトイレはちゃんと用意しないと大変なことになるのだ。
幸い、ニャンゴリアーズは裏庭で用を済ます知恵があったので助かったが、それでもこのままでいいというわけではない。
馬房はもう取り壊そうか、そう呟くグラウに手伝ってもらいながら俺は子供用ビニールプールくらいの猫用トイレを設置。
そしてそこに敷きつめるのは、俺が創造した鉱物系の猫砂である。
元の世界では二十年近くにわたり、毎日毎日固まったバカ猫のシッコやウンコを発掘していたが……まさか異世界に来てまでとはな。
あのバカ猫は猫砂の状態が枯山水のごとく綺麗でないと気に食わないのかトイレの横にウンコしやがるバカ猫だったが、ニャンゴリアーズは違うと信じたい。
爪とぎ用の木とトイレの設置がすんだあと、俺はニャンゴリアーズを集めてこれ以外の場所で爪を研いだり、用を足したりしないようにと指導をした。
猫相手になにやってんだと思われるのだろうが、俺はもうこいつらを普通の猫だとは思っていない。
もし一匹でも約束を破り、そこらで爪を研いだり糞尿をまき散らしたら連帯責任でおやつのチ○ールはなしだと宣言し、最後に確認をとった。
するとニャンゴリアーズは『みゃん!』と声を揃えて返事をした。
こいつら、やはり……妖怪か。
まったく、気まぐれの神殿見学がこんな事態に発展するとは。
あまり誰が悪いとか言いたくはないが、とりあえず神殿に行こうと提案してきたシセリアはこの問題が片付くまでおやつ抜きにした。
シセリアは泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます