第24話 ネコと和解せよ 後編

 ずっと見ていられるもの。

 それは海の波であったり、川の流れであったり、燃え続ける焚き火であったり、複雑な動作をする機械であったり、まあ色々とあると思うが、俺がその中に加えたいのは用を足す猫だ。


 猫用トイレの縁に前足を乗せ、砂場にお尻が向くよう陣取り、真面目くさった顔でリトルジョー&ビッグベンに専念する猫には不思議な魅力があり、思わず事がすむその時まで眺め続けてしまう中毒性を秘め、それはきっと神秘と言っても過言ではないのだろう。


 猫だらけになった森ねこ亭は、今やその神秘を目撃する絶好の場となった。

 すでに、この神秘に魅入られた者が一人――。


 ラウくんだ。


 現在、ラウくんは神妙な顔をして用を足すクロの正面にしゃがみ込み、まるで睨めっこでもするように片時も目を離すことなく観察を続けている。

 それは真理を探求する神秘学者のようであり、そんなラウくんからちょっと離れた場所で「くぅ~ん」と寂しげに佇むペロは、意中の相手に振り向いてもらえずストーカーと化した女性のようである。


 つい先日まで宿屋のマスコットとして君臨していたペロはその座をニャンゴリアーズに追われ、この突然の転落を受け止めきれないのかやけに心細そうにおろおろするようになった。


 特に仲の良かったラウくんが熱心に猫の観察をするようになったのはショックだったようで、悲嘆に暮れてきゅんきゅん鳴きながらどうにかしてくれと俺にすり寄ってくるようになり、まあ要はそれで俺はこうしてラウくんの様子を見に来たというわけである。


「ラウくん、面白い?」


「……おもしろい」


「んー、まあ気持ちはわかる」


 猫が毅然とした顔で用を足して、そのあと「あーくしゃいくしゃい」とばかりに前足で砂を集め、小山を作り上げる様子ってなんか面白いもんな。


「ラウくんずっと猫を観察してるけど、猫が好きだから?」


「……んー、出したい」


「出したい?」


「……ん、ねこちゃん」


「???」


 ちょっと何言ってるかわからない。

 観察している理由を尋ね、その答えが『出したい』だった。

 そしてその『出したい』ものは『ねこちゃん』である。


「ん? あ、もしかしてこういうこと?」


 と、俺はちょっとシャカに出てきてもらう。


「にゃ!」


 シャカの一声、踏ん張り中のクロがビクッとした。

 ごめんね、お取り込み中に。


「……ん!」


 一方、ラウくんは力強くうなずく。

 なるほど、つまり――


「ラウくんは〈猫使い〉になりたいと」


「……なる」


 なるのか。

 ってか、なれるものなのか?

 俺自身、どうしてシャカが誕生したのかよくわかっていないのに。

 とは言え、ここでラウくんのやる気に水をさすようなことを言うのは躊躇われる。せっかく魔法が使えるようになったラウくんが目標としているのだ、目的意識は大事、ここは黙っておこう。

 まあそれはそれとして――


「ラウくん、犬じゃダメなの?」


「……だめ」


 このラウくんの返答を聞き、ペロはしょぼぼーんと落ち込んだ。

 が――


「……ペロちゃんいるから」


 続く言葉に、ペロはハッと顔を上げる。


「犬はペロがいればそれでいいのか」


「……ん」


 うなずくラウくん。

 どうやらペロに興味を失ったというわけではないようだ。

 ペロは喜び、へっへっへっと足取り軽くラウくんに近寄ってきてすりすり甘え始める。

 その様子を俺は温かい目で見守り、踏ん張り中のクロはちょっと迷惑そうな顔で眺めていた。



    △◆▽



 ニャンゴリアーズが居着いてすでに四日目。

 俺は逐次必要になった道具を創造していったが、この中にファー○ネーターという金属製のコームがある。

 ペット用の櫛にしてはちょっとお高い品ではあるが、使って納得、びっくりするほど毛が取れる。


 これをニャンゴリアーズに試したところ、もう換毛期は過ぎているであろうに大量の毛を収穫することができた。

 まとめてみると、それこそもう一匹猫が増えたような量である。

 大豊作だ。


「あははー、なにこれー!」


「なにこれー! なにこれー!」


 この巨大な毛玉に猛烈な興味を持ったのがノラとディア。

 まずはそれぞれもみもみ感触を確かめたあと、より楽しさを求めてキャッチボールに移行、そして最終的にはこの毛玉を何かに活用できないかと二人して考え始めた。

 飼い主あるあるである。

 そして誕生したのが猫の毛で作られた『ネコミミ』だ。

 ノラとディアはさっそくこのネコミミを頭に取りつけ――


「にゃんにゃんにゃー!」


「にゃにゃーん! にゃん!」


 楽しそうに踊り出した。

 奇祭『ネコミミ祭り』の誕生だ。

 生産元であるニャンゴリアーズが『何やってんだこいつら』という冷めた目で見つめていることなどお構いなし。その様子は実に楽しげであり、窘めることに罪悪感を覚えるほど。


 まあこんな調子で、ニャンゴリアーズが来てからというもの二人は浮かれっぱなしであった。

 もうお勉強や訓練どころではない。

 冒険者になることへの意欲は確かにある二人だが、やはり子供、目の前の楽しみに夢中になってしまうのは致し方ないことなのだろう。


「早いところ引き取りに来てくれないかな……」


 とは言え悪影響は出ているわけで、俺は神殿がニャンゴリアーズを回収してくれることを切に願った。

 するとその日の昼過ぎ、願いが天に通じたのか――


「ごきげんよう、ケイン様」


 神殿から人が来た。

 でもクーニャだった。

 ハズレだ。

 もしかすると『ネコミミ祭り』が招き寄せてしまったのかもしれない。

 あの祭りは廃止だな。


「あ、あの、ケイン様? そんな嫌そうな顔をされるとさすがに傷つくのですが……」


 やや悲しげな表情を浮かべるクーニャは実に可憐に見える。しかしこれが擬態であるとすでに理解している俺は、その様子を見てもなんとも思わなかった。いや、むしろそら恐ろしさを覚えるくらいだ。


「うぅ、そんな無視しなくても……。確かに先日は少々取り乱してご迷惑をおかけしましたが……」


「少々……。どうも認識に差があるようだがまあいい。それより、今日は猫どもを引き取りに来たんだな?」


「はい。うちの猫たちを返して頂けないかなと……」


 食堂のあちこちでくつろぐ猫たちを見回しながらクーニャが言うと、ノラとディアが手近な猫をいそいそと抱え始めた。

 まだ二人は猫耳をつけたままなので、その様子はまるで親猫が子猫を隠そうとしているようである。


「返してくれとは人聞きが悪いな。むしろ俺は神殿に返そうと努力したぞ。わざわざ抱えて神殿近くまで行ったんだ。でもあいつら、ここに戻ってきちまうんだよ」


「え!? そんなまさか!」


 どうやら本当に驚いているようで、クーニャは目をぱちくり。


「猫たちがなかなか戻ってこないのは、てっきりケイン様が気に入って引き留めているとばかり思っていたのですが……」


「ひどい誤解だ」


「そうでしたか……。しかしそうなると、少し悔しいですね」


「悔しい?」


「つまり猫たちはケイン様の側にいることを望んだということでしょう? これまで世話をしていた私としては複雑です」


「そうか、それでやけに面の皮が厚いふてぶてしい猫どもだったのか」


「ひどい納得された!?」


 ペットは飼い主に似るとはまさにこれだな。


「あの、ケイン様、さすがに私への当たりが強すぎません……?」


「どうしてだと思う?」


「気になるあの娘に意地悪したい、ですね?」


「……」


 とりあえずアイアンクローをかけてみる。


「あだだだだ……ッ!」


 こいつ、猫どもを引き取りに来たのでなければ、とっくに追い出しているというのに。


「にゃふー、にゃふー、ちょっとしたお茶目のつもりがひどい目に遭いました……」


「自業自得だ。つかすべてが自業自得だ。で、猫どもを世話していたお前なら、ちゃんと連れて帰れるってことでいいんだな?」


「それはもちろん。これまで世話していたという絆だけでなく、私にはちょっとした特技もありますから」


「特技だ?」


「はい。実は私、猫と意思疎通ができるんです。さすがに普通に会話するようにはいきませんが、猫の伝えたいことがわかりますし、私の考えも猫に伝えることができるんですよ」


 クーニャはえっへんと胸を張り、ニャンゴリアーズに呼びかける。


「さあ皆さん、神殿に帰りますよ」


 そう言って微笑むクーニャだったが、ニャンゴリアーズは不動。

 まったく動く気配がない。

 ノラとディアに抱えられた奴に至ってはごろごろ喉を鳴らして万全のくつろぎ態勢だ。


「あ、あれ? 皆さーん、帰るんですよー? 集まってくださーい」


 めげずに呼びかけるクーニャ。

 しかしニャンゴリアーズは動かず。


「ど、ど、どういうことですか? わ、私これまでけっこう甲斐甲斐しくお世話してきましたよね?」


 さすがに総シカトはショックだったのかクーニャは半泣きだ。

 すると見かねたようにマヨがのろのろやって来る。


「カテラ! 貴方は来てくれるのですね!」


 ぱっと喜びの表情を浮かべるクーニャ。

 が、しかし――


「にゃごにゃごにゃ、おうおうあぉーうおう」


「へ?」


 どうも予想とは違ったらしく、クーニャの表情が曇る。


「美味しいおやつ? だからみんなでここに住む?」


「……」


 おかしいな、それではまるで、俺がチ○ールを与えてしまったためにこいつらは居座るのを決めたようではないか。


「あの、ケイン様、この子たちにどんなおやつを与えたのですか?」


「ど、どんなと言われてもな、猫用のおやつとしか……。まあ要はおやつ欲しさに居座っているわけか。じゃあ、そのおやつをたくさん用意して神殿でも与えるようにすれば、こいつらは帰るわけだ」


「どうでしょう……。どうなのです?」


 そうクーニャが確認すると、マヨは再びにゃごにゃご。


「快適なのでここに住むと……」


「……」


 おかしいな、それではまるで、俺が環境を整えたがためにこいつらは移住を決めたようではないか。


「強引に連れ帰ることはできないか?」


「可能と思いますが、目を離した隙にこちらへ戻ってしまうのではないかと……」


 ああ、そうだな。

 なんせこいつらだからな、よくわかる。


「このまま居座られても、正直面倒見切れないんだよなぁ……」


 一匹でも大変なのに、五匹とか無理だ。

 不可能というわけではないが、悠々自適が光の速さで遠のいていってしまうのが困る。

 なにか良い解決策はないものか……。


「ケイン様、ひとつ提案があるのですが」


「ほう、聞こう」


「私がこの宿に宿泊して、この子たちの世話をするというのはどうでしょう?」


「え、そ、それは……」


 と、俺が何かを言おうとした、その時だ。


「いらっしゃい! お部屋、空いてますよ!」


 シュバッと。

 現れたグラウは疾風の如し。

 体が『満室』を求めていたのだ。


「……」


 俺は静かに目を瞑り、そして天を仰いだ。

 もうため息すら出てこない。


 猫が猫を呼び、こうして森ねこ亭はめでたく満室となった。

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