第19話 チキチキペット猛レース 5/5
屋台『鳥家族』に戻るとおちびーズとエレザが待っていた。
今度は俺が待たせる方になってしまっていたが、そんなのどうでもいいとばかりにおちびーズは屋台巡りであったことを楽しそうに報告してくる。
やがて――
『まもなく開会式を始めまーす! 従魔を出場させる方はすみやかに大会本部に集合してくださーい!』
運営関係者が叫んで回り始めた。
「お、ようやく始まるようじゃな!」
「がはは、どかんと一発当ててやるわい!」
いよいよかと、酒盛りしていたドワーフたちが腰を上げてぞろぞろ移動を始める。
そんな中、ぽつーんと取り残されたのが空のジョッキを片手にテーブルに突っ伏して寝ているシルである。
森で生活している頃、ときどき見かけた光景だ。
「シルー、おーい、シルー起きろー」
「すかー……」
「こりゃダメだな」
仕方ないのでこのまま寝かせて置くことにして、俺はシルの手からジョッキを回収するとクッションを創造して顔の下に敷いてやる。
「アイル、悪いけどこいつ見ててくれる?」
「わかった。気をつけておくよ」
「頼むな」
眠り姫(泥酔)をアイルに任せ、俺たちは開会式が行われる本部テントへと向かう。
その際、シセリアにはペロを抱っこして従魔のお披露目に出るよう指示をした。
「ふえ? どうして私なんです?」
「冒険者らしき連中が多いんだ。俺のことを知ってる奴らが、俺の従魔ってことでなにかあると勘づいて賭けてくるかもしれない。可能性は低いだろうが、そういう不確定要素は潰しておきたい」
希望としてはペロに賭けるのは俺だけという状況にしたい。
単純に面白半分でペロに賭ける奴がいる可能性は諦めるとしても、本気で賭ける奴はいないという状態に持って行きたかった。
その後、俺はシセリアにペロを託して皆と開会式を見学。
まずはシルを優勝させようとした奴(やっぱり責任者だった)が設置された大きな舞台に上がって挨拶やら説明やらを行い、続けて出場従魔のお披露目が始まる。
飼い主が従魔を連れて舞台に上がり、そこで簡単な紹介が行われるのだ。
この紹介、レースを見に来ただけの客は単純に従魔を見物するだけだが、賭博に重きを置いている者どもにとってはここが賭けるべき従魔を見分けるための重要な機会となる。競馬で言うなら下見所――いわゆるパドックで出走馬の様子を確認するようなものだ。
舞台に上がる順番は登録順。
まずはやたらムキムキで立派な角を生やした牛とその飼い主が舞台に登場し、進行役の簡単な説明のあと、飼い主が一言。
「今年も優勝は貰いますよ。従魔に怪我をさせたくない人は、棄権することをお勧めしますね」
「ンモォ~」
なんでもあの牛――爆砕牛とかいう魔獣らしい――が前回の優勝従魔のようで、牛に比べひょろっとしている飼い主は自信ありげな表情で勝利宣言をして舞台を下りた。
こうして始まったお披露目は続くにつれ博徒どもの囁きに力がこもり始め、やがては「あの従魔がよさそうだ」などと、周りに聞こえるよう大きな呟きをこぼす者も現れ始めた。目当ての従魔以外に賭けさせるためのしょっぱい情報戦だ。アホらしくもあるが、出来ることはやっておこうというその気概は嫌いではない。
そして紹介が終わりに近づいてくると、この情報戦はいよいよ白熱して大声で怒鳴り合うようなものへと変化する。
そんな中――
「儂は爆砕牛に賭けるぞ! 前回優勝したしの!」
「まあ堅いじゃろうな! 開始直後の攻撃でほとんどの従魔が恐れをなして棄権する! 儂も賭けるぞ!」
「つまらん! それでは何も面白くないわい! 儂は別の従魔に賭けるぞ!」
ひときわ喧しいのがドワーフ連中である。
あいつらどこでも賑やかだな。
と、そこで袖を引かれ、見ればラウくんが舞台を指差していた。
「……ペロちゃん」
「ん? ああ、ようやく順番が来たのか」
舞台にはペロを抱えたシセリアが落ち着かない感じで上がっていた。
特に語るような情報はないため、進行役はペロを『将来有望な果敢な挑戦者』と紹介する。
「え、えっと、きっとペロちゃんが優勝します……たぶん」
「わん!」
いかにもな従魔が紹介されるなかで登場した子犬は観客の笑いを誘い、中には「あの子犬は凄そうだ!」とからかう声も上がる。
「……むぅー」
ペロが嘲笑の的になったことにラウくんはご機嫌斜め。
よしよしと頭を撫でながら俺は言う。
「大丈夫、すぐに理解するさ。ペロは凄いってな」
「……ん」
うなずくラウくん。
そう、奴ら――愚かな博徒どもはすぐにペロの凄さを理解する。
そして同時になけなしの金を失うのだ。
その時、奴らはFXで資産を溶かしちゃった人みたいに『アヘェ』と夢見心地(悪夢)な顔を披露する。
それを思うと、俺は思わず笑みがこぼれてしまう。
博徒どもは今日はおろかしばらくの期間、失ったものの大きさに『アヘェ』しながら過ごすことになる。そして落ち着いてからも、ふとした瞬間に今日のしくじりを思い出し、唐突に『アヘェ!』して近くに居る人に不気味がられる運命なのである。
△◆▽
お披露目は順調に進み、総勢二十七匹の紹介が終わったところで賭博の受付が開始された。
そののち発表された配当倍率は予想通りペロが圧倒的に高いものの、それでも十倍程度に落ち着いてしまっている。
おそらくこれは俺が全財産を投入した結果だ。
希望としては百倍くらいになってもらいたかったが……従魔ギルド主催のレースではそこまで投票券の売上げは伸びないのだろう。
一攫千金なことは確かだが、一生遊んで暮らせるほどではない。せいぜい十年かそこらだろう。だがまあ、悠々自適に向けて前進したには違いなく、俺は満足しておくことにした。
さて、賭けの受付も終わり、いよいよレースの開始だ。
上手いこと観覧エリアの最前列を確保できた俺たちには、飼い主に付き添われスタート地点へ誘導される従魔たちがよく見える。
従魔たちはさすがに横一列というわけにはいかず、わりと適当に集まるだけのようだ。それでも観察すると、図体のでかい従魔はスタート地点の前側に集められ、小柄な従魔が後方に置かれていることに気づく。たぶん踏み潰されないようにという配慮なのだろう。
シセリアに抱えられたペロは……うん、最後尾だな。
ちょっと不利だが、あのくらいなら何とでもなるだろう。
従魔たちを見守る観客たちは賑やかで、おちびーズのように純粋な声援を送る者もいるが多くは博徒たちによる欲塗れの嘆願だった。
破滅する運命とも知らず、精一杯の声を張りあげている様子はあまりにも哀れで、笑いを堪えるのが大変である。
『それではレースを開始します!』
やがて宣言があり、設置された鐘が叩かれる。
カーンッと響く大きな音。
その直後――
「ンモモォ――――――ン!」
最前列にいた爆砕牛がけたたましく鳴き、その迫力でもって周囲の従魔を威圧する。さらに角に溜めた謎のパワーを地面に叩きつけ、これにより爆弾でも爆発したように土砂が巻きあがった。
それは離れている観客にもぱらぱらと土が降りそそぐほど。
間近でその衝撃を受けた従魔の中には、びっくりして逃げ去ろうとするものも出ている。
なるほど、荒っぽいとは聞いていたが、想像以上にエキサイティングなレースらしい。
だが、この程度ならまったく問題はないだろう。
俺はペロの優勝を確信していた。
が、そこで巻き上げられた小石がひゅ~と飛んできた。
でもって、コツン、とラウくんの頭に命中。
「あうっ」
ラウくんの可愛らしい悲鳴。
瞬間――
『――――ッ!?』
それまではまだお祭り騒ぎだった会場に、日常から逸脱した脅威の気配が出現する。
明確な恐怖を呼び起こさせる威圧感。
発生源は――ペロだ。
「がるるるるッ!」
爆砕牛の妨害行為がラウくんに被害を与えたことに怒ったのか。
見た目は可愛らしいままだが、放たれる威圧はそこらの魔獣からはかけ離れたもの。これに当てられた従魔の多くは我先にと逃げだし、残った数匹の従魔たちも恐怖のあまり硬直して動くことができないでいる。
そんな状況で――
「おおーんッ!」
ペロは可愛らしくも猛々しく吠え、そして動いた。
砲弾と化して一直線、迷惑な爆砕牛に渾身の体当たり。
ドゴッ、と。
「ウモォッ!?」
この一撃に爆砕牛は転倒。
衝撃によろめいてではなく、ちょっと吹っ飛ばされ気味の派手な横倒しである。
体格差から考えればありえないこの展開に観客は目を剥くが、本当の驚愕はこの後であった。
「がうーッ!」
ペロは倒れた爆砕牛の角に噛みつき、そのままぶるんぶるんと首を振る。犬がぬいぐるみをぶんぶん振り回すあれである。それを自分よりもはるかに巨大な爆砕牛でやったのだ。爆砕牛の巨体がびゅんびゅん風を切りながら右へ左へと振り回される様子は、目撃した観客から言葉を失わせるに充分なインパクトがあった。
そして最後。
ドスーンと大きな音を立て、爆砕牛が地面に叩きつけられる。
「ンモォ……」
ひどい目に遭った爆砕牛は弱々しくうめき、そしてぐったり。
完全に伸びてしまい、ぴくりともしなくなる。
この突然の従魔バトルに観客は相変わらず言葉を失ったままだ。
するとここでペロは爆砕牛にぴょんと飛び乗る。
そして――
「あぉ~ん!」
どうだと言わんばかりの、勝利の雄叫び。
と――
「ペロちゃんすごーい!」
ディアが叫び、ノラと一緒にきゃっきゃとはしゃぎ出す。
これにより観客たちは我に返り、たったいま目にした思いも寄らぬ事態に対する興奮が湧き上がってきたのか感嘆の声を漏らし始め、それは最後には歓声となった。
が、しかし。
これはレースの結果とはまったく関係ない出来事である。
歓声が上がり始めたところで、逃げ出さなかった数匹の従魔がこそこそっとコースを走り始めたのを俺は見逃さなかった。
「ペローッ! 走れーッ! ペロォォォ――――ッ! 走ってぇぇ――――――ッ!」
俺は叫んだ。
だが歓声に掻き消されペロに届かない。
いや、届いたか!?
ペロが爆砕牛から飛び降りて――
「ってこっちに来てどうする!?」
内心阿鼻叫喚になっている俺など気にも止めず、ペロはこちらに駆けてくるとラウくんに飛びついてペロペロし始める。
「あ、あ、あ……」
ペロがコースから外れた。
え? これもしかして失格?
いやいやいや、おかしい。
おかしいおかしい、これおかしい。
重大なバグが発生している。
リセットボタンはどこですか?
リセ……無いの?
いや、無いなら強引にリセットすればいいんじゃないか?
例えば湖が謎の大爆発を起こして走ってる従魔が巻き込まれるとか、そんなアクシデントが起こってしまえば?
現段階でほとんどの従魔が逃げだしている、きっと没収試合ということで仕切り直しの再スタートが行われるはずだ!
名案である!
まあ今コースを走っている従魔やその飼い主は可哀想だが……ってトップはフリードじゃねえか。
フリードかぁ……。
たぶん今メリアはめっちゃ興奮してんだろうなぁ……。
どーするよこれ。
ここでぶち壊しにしちゃうのはなぁ……。
俺が悩んでいる間にも、フリードを先頭とした従魔たちはコースを駆けている。
悩んでいられる時間はそう長くない。
葛藤する俺の脳裏で悪魔が囁く。
『はっ、構いやしねえよ! てめえそんな覚悟で悠々自適を手に入れられると思ってんのか? ほら、やっちまいな!』
だが、だが……。
決心のつかぬ俺に天使が囁く。
『ちんけな悪さ企んでないで働け! 創造した物を売るだけで充分な暮らしができるだろうが! とっとと働け!』
天使ちょっと辛辣じゃない?
と、そこで何故かシャカも囁く。
『なごなごにゃんごろおろろぅ……』
何言ってんのかわかんねえ!
「く、くぅ……くおぉぉ……!」
ああ、フリードの飼い主が邪悪なおっさんであればよかった。
人の迷惑を顧みぬ銭ゲバな薄汚いおっさんであれば、迷うことなどなかった。
だが、さすがにダメだ。
あんな真っ当そうなお嬢さんを踏みつけることは出来ない。
「ぐぎぎぎ……」
歯茎から血が出そうなほど歯を食いしばる俺が見守るなか、やがてフリードが一着でゴールする。
この瞬間、俺の一攫千金の夢は潰えた。
「あ、あー……アヘェ……!」
喉から絞り出された己の『アヘェ』を聞きながら、俺は膝から崩れ落ちた。
△◆▽
スタート時の騒動に逃げ出さずコースを走った従魔がすべてゴールしたところでレースは終了となった。
コースアウトしたペロはやっぱり失格である。
「くぅ~ん……」
ペロはややしょぼくれているが、ラウくんのために戦ったペロを『アヘェ』が収まらない俺以外の皆は笑顔で慰め、また褒めていた。
すでに表彰式は始まっており、優勝となったフリードはメリアと一緒に表彰台に上がっている。
メリアの誇らしげな笑顔は眩しく、俺の目は潰れそうだ。
それから二位、三位と表彰されていき、これで終わりかと思いきや審査員特別賞としてペロが呼ばれた。
「あお~ん! おお~ん!」
ラウくんに掲げられ雄叫びを上げるペロには観客から拍手が送られ、また運営からは特別賞として大衆浴場の入浴券が贈呈された。
「お、俺の全財産が……お風呂……おふっ……」
こんなんなら、むしろ何もくれない方がよかったくらいだ。
無慈悲な現実に打ちのめされた失意の俺は、もはや思考すらままならず、夢見心地(悪夢)でノラとディアに手を引かれて宿に戻り食堂のテーブルに突っ伏してただただ『アヘェ』する。
やがて夕方になると、ふて腐れた顔でクッションを抱きしめたシルがぷるぷる怯えるアイルと共に宿へ帰ってきた。
が――
「アヘェ……アヘヘェ、アヘェ……」
「どうしたお前ッ!?」
俺があまりにも『アヘェ』であったため、シルは置き去りにされたことを拗ねるどころではなくなったのか心配してきた。
そこはまあ助かったのだが……。
アヘェ……。
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