第18話 チキチキペット猛レース 4/5
いきなり竜が出現すれば普通は騒動にもなるだろう。
だが幾つかの幸運により混乱は起きず、大会が中断するような事態には至らなかった。それはシルがへべれけで地面にへにょっとしていたこと、多くの人々は屋台群に集まっており意識がそちらに向いていたこと、そして本部テントで目撃した人々がみだりに守護竜が来ていることを広げるべきではないと良識ある判断をしたためである。
「ふう、危なかった。もし中止されようものなら、俺としてはちょっと強引な手段を取らざるを得なくなっていただろう」
「いやそもそもケインさんの余計な思いつきが原因ですよね?」
運営陣に平謝りしていたシセリアがジト目で俺を苛む。
さすがに「お仕事ができてよかった」とは喜ばないか。
「シセリア、人にそんな目を向けるものではないよ。ほら、これでも食べて機嫌をなおしなさい。ソフトクリームというものだ」
「冷たい! 甘い! 美味しい!」
偉大なるソフトクリームの効果抜群。
シセリアはすっかりご機嫌となった。
その後、俺はペロの登録を済ませ、そのままペロに賭けて投票券を受け取ろうとしたところ、賭博は従魔の受付が終了したのち、出場従魔を集めてのお披露目をしてから始まるためもうしばし時間がかかると説明された。
そこで俺は一度皆と合流することを考え、自分はソフトクリームをおかわりする権利があると主張するシセリアと共にアイルの屋台へ向かう。
予想した通り、アイルの屋台は探すまでもなかった。
屋台群からちょっと離れた位置、隔離でもされているようにドワーフの群れに囲まれて『鳥家族』は営業中。何故かその様子は椰子の木が一本だけ生えているちっちゃい無人島を連想させる。ドワーフたちはさながら島の周りをぐるぐるしている鮫の群れだ。
「おう! かーちゃん、おかわり頼むわ!」
ご機嫌な調子でドワーフが注文を入れる。
どうやらアイルはドワーフたちに母ちゃん呼びされているらしい。
「おう母ちゃん、こっちもじゃ! 皮揚げもな!」
「儂はバリ揚げで頼みたいのう」
「うがぁぁぁ――――ッ! 母ちゃん呼びはやめろっつうのにこのボケどもは! ちょっと待ってろ揚げてっからぁぁぁ――――ッ!」
荒ぶるカラアゲ屋さんだ。
なんかもう、ここだけ縁日的な雰囲気から逸脱しちゃってるな。
「ケイン、おろして」
「ん? はいはい」
あれに混ざるか、それとも距離を置くか、どうしたものかと考えていると、ふいにシルが言う。
言われた通り下ろしてやると、シルはふらふらドワーフの群れへ。
「おおう? なんだ嬢ちゃん。ここは嬢ちゃんが来るような屋台じゃねえぞ!」
「がははは! そうじゃそうじゃ! お嬢ちゃんはもっと上品な屋台へ行くといい!」
ふらりと現れたシルに、ほろ酔いのドワーフたちが言う。
そこにアイルの怒声が。
「おいこらそこぉ! べつに誰が来たっていい屋台なんだよ、うちは! 来る者拒まず、ふざけたこと言う奴は出禁――って姐さんじゃねえか! ふざけんなよこの髭モジャどもが!」
アイルは大慌てで屋台から飛び出し、手近なドワーフを蹴り倒して席を空けさせる。
「ささ、姐さん、どうぞこちらへ!」
「うむ」
勧められた席に腰を下ろすシル。
周りのドワーフがいったい何事かと注目するなかアイルは叫ぶ。
「姐さんはアロンダール山脈の守護竜だかんな! 無礼を働く奴はぶっ飛ばすぞ!」
『なにぃ!?』
愕然とするドワーフたち。
「おお、守護竜様とは知らず、大変な無礼を。申し訳ない。それで……どうしてまたこんな屋台に?」
「おいこらそこぁ! こんな屋台言うなボケェ!」
「のごっ!?」
アイルが投げつける空のジョッキ、頭部に食らったドワーフは撃沈だ。
「ったく。姐さんは客としてやって来ただけだ! でしょう?」
「うむ」
「ほらみろ。つーわけで姐さんに変なちょっかいかけんじゃねえぞ!」
そう言うとアイルはすみやかに屋台へ戻り、いそいそとカラアゲとビールを持ってきてシルの前に置いた。
「姐さん、どうぞ!」
「うむ」
シルはさっそくカラアゲをひょいぱく、ひょいぱく、口に運び、ビールをぐびびーと一気飲み。
「ええ飲みっぷりじゃ……」
「さすが守護竜様じゃな……」
その様子に感心するドワーフたち。
で――
「こりゃ儂らも負けておれんぞ!」
「そうじゃな! 守護竜様相手とはいえ、酒飲みに関しては後れを取るわけにはいかん! 飲むぞ! 皆の衆!」
『おうよ!』
シルに負けじとドワーフたちも自分の酒を一気飲み。
これに顔を引きつらせたのはアイルである。
「師匠! やべえ! これ酒たらなくなる! 助けて!」
「へいへい」
俺は追加でビール樽を用意してやる。
「師匠ありがとな!」
「ああ、頑張れ」
本当に頑張れ。
つかずっとこんな調子じゃ、そりゃへろへろになって帰ってくるのも頷ける。
屋台チェーン、急いだ方がいいのかな?
△◆▽
その後、屋台『鳥家族』で待つことしばし――。
「皆さんなかなか来ませんねー。見つけられない……はないですね」
「こんだけ目立ってるからな。きっとまだ屋台巡りしてるんだろ」
まあ楽しんでいるならそれでいい。
ただ、俺にはちょっとやることがあった。
「シセリア、俺はペロを連れてコースの確認に行くから、お前はここでみんなを待っててくれる?」
「あ、はい。ソフトクリームください」
「その返事おかしくない?」
注文取りした覚えはないが……。
ひとまずシセリアにソフトクリームを与えたあと、ペロを抱えて屋台を離れた俺は訓練場の湖際を訪れた。
従魔レースはこの訓練場前の畔から出発し、湖をぐるっと回って戻って来るというもの。そのためこの畔からは従魔たちが競い合う様子を湖越しに観戦することができる。
コースの幅は水際から林側に張られたロープまで。
外れてしまうとコースアウトで失格となる。
この判定は一定間隔で待機するユーゼリア騎士団の騎士たちが行う。たぶんコースアウトした従魔をとっ捕まえるという仕事もかねるために騎士が担当なのだろう。
「いいかペロ、湖に入っちゃダメだぞ? あと縄の向こうにも行っちゃダメだ。わかるか?」
「わふ」
まかせろ、と腕の中で唸るペロ。
頼もしい奴だ。
「ふふ、優勝したら燻製肉をいっぱい食べさせてやるからな」
「――ッ!? あうぅ~ん! へっへっへ……!」
ペロにやる気がみなぎり始めた。
これはもう優勝はもらったな!
そう確信を抱いた――そんな時。
「ちょっと、そこの貴方」
ふいに声を掛けられる。
見れば、そこにはドーベルマンっぽい大きな黒犬を連れた少女がいた。
歳はノラやディアに近い。ちょい上かな? 黒茶の髪に青い瞳、表情は凛々しく、最近やたら好意的だったりゆるいお嬢さんたちと交友を続けているせいかその理性的な感じがなんだか新鮮に感じる。
被っているベレー帽っぽい帽子、身につけたフリルをあしらったブラウス、飾られたリボン、格子柄のスカート、どれも品が良くくたびれた感じのない物であることからして、もう明らかに良いところのお嬢さんだ。
で、どういうわけか、そのお嬢さんは俺を睨んでいる。
「まさかそんな小さな子を参加させるつもり?」
「そのつもりだが?」
「ちょっと正気? これはただ従魔を走らせて順位を競う競技じゃないのよ? うちのフリードより大きな魔獣も参加するの。そんな小さい子じゃ蹴り飛ばされたり、踏んづけられたりして怪我をするだけ。ううん、もしかすると怪我じゃすまないかも。悪いことは言わないから、今からでも棄権しなさい」
少女の口調はややきつい。
だがこれはペロの身を案じての忠告、なかなか親切なお嬢さんである。
とは言え、その忠告もペロに関しては的外れなのだが。
「あー、ご心配どうも。でも大丈夫、こう見えてこいつは強いんだ。な?」
「わふ!」
この俺とペロのやり取りに、少女は目を瞑って眉間に皺を寄せる。
そして深々とため息をつき――
「はあ……フリード!」
従魔の名を呼ぶ。
すると――
「グルルルル……!」
フリードは主人の意を汲み、牙を剥いて唸り始めた。
普通の子犬であれば、この威嚇に怯えてオシッコをちびるのだろうが、生憎とうちのペロはそこらの子犬とは違うのだ。
ペロはぴょんと俺の腕から飛びだし、スタッと着地すると自分も「がるるる……!」と威嚇を始めた。
このまま威嚇合戦が始まると思いきや――
「キャウ!?」
すぐにフリードが怯む。
「え!? フリード!?」
これには少女もびっくり。
フリードはもはや戦意を喪失しているが、少女をほったらかしにして逃げ出さないのは立派である。
が、さらにペロがにじり寄ると、フリードはその場でころんとひっくり返り、お腹を見せての降参。
「キューン、キュゥーン……」
「がるる……! がう!」
とどめとばかりに、ペロはフリードの首を甘噛み。
「ヒャイン!」
哀れな悲鳴を上げ、フリードは為すがままだ。
「ど、どど、どういうことなの……?」
少女が唖然とするのも無理はない。
こんな子犬に、はるかに大きな自分の従魔があっさり降伏するなど想像の埒外だ。
やがてペロが解放してやると、フリードはそそくさと立ち上がって少女にくぅんくぅん鳴きながら「恐かったよー」と顔を擦りつける。
少女はフリードの頭を抱えるように撫でてやりながら、困惑気味に言う。
「ねえ、その子、いったい何なの……?」
「わからん」
「わからん!?」
マジかてめえ、みたいな目を向けられる。
はて、前にもこんなことがあったような気がするが……まあいい。
ひとまず俺はわからないなりにペロのことを説明した。
「そ、そう、その子は大森林に居た子なの……。忠告は余計なお世話だったみたいね」
少女は苦笑しつつフリードから離れると言う。
「自己紹介が遅れたわね。私はメリア。この子はもう言ったけどフリードよ。私の使い魔なの」
「使い魔……? 従魔とは違うのか?」
「従魔は従魔ギルドに登録された魔獣全般のことだから、使い魔も従魔ね。使い魔は魔導士が使役するもの全般を指すわ」
「へー、ってことは、メリアは魔導士なのか」
「その見習いね。私、魔導学園の学生なの」
そう言うメリアはちょっと誇らしげ。もしかすると、その学園に通えることは一種のステータスなのかもしれない。
そんなことを考えていると、ペロが前足でてしてし俺の足を叩く。
なんかくれ、の合図だ。
普段なら渋るが今日の主役はペロだ。存分に活躍してもらうためにも、ここは素直に燻製肉を与えるとしよう。
「わふ!」
嬉しそうに燻製肉をがっつくペロ。
フリードはそれを羨ましそうにじ~っと見つめている。
てろん、とよだれが垂れるほどだ。
「欲しいのか? 仕方ないな、お前にもやろう」
燻製肉を差し出すと、フリードは嬉しそうにすぐさま咥えた。
「あ、こら、フリード!」
が、それを見てメリアがフリードを叱る。
フリードは「クゥ~ン」としょげながらも、咥えた燻製肉は離さない。
凛々しい顔してても犬は犬か。
「もう、フリードはちゃんと食事にも気を配っているんだから勝手に食べ物を与えないで。ただでさえ最近勝手に食べ物を与える人がいてちょっと食べ過ぎなんだから」
「そりゃすまん」
「まあいいわ。あれくらいなら。でも何の肉なの? 変なものじゃないでしょうね?」
「衝撃猪だな」
「高級品じゃないの! 貴方そんなものを与えてるの!?」
「いや、自分用なんだけど、たかられるもんで……」
「たかられるって……。貴方、ちゃんと躾けはしてる? 可愛がるのは結構だけど、従魔は幼い頃からしっかり主従関係を築いておかないと後々不幸なことになるのよ?」
「え、えっと……」
いかんな、これはお説教の気配がする。
メリアからすれば、きっと俺の自由奔放な飼育法はとても看過できるものではないだろう。
つかそもそも、ペロを飼っている気すらないからな。
どうしよう、娘とはいかないまでも、自分の年齢の半分くらいなお嬢さんに説教されるとかさすがにつらいものがある。
「ちょっと貴方、聞いて――」
「ほいっと」
「へ?」
俺はこの状況を打開すべく、燻製肉の塊をメリアに渡す。
急に肉の塊を渡され、メリアはきょとん。
しかしフリードはすぐさま反応した。
あとペロも。
「ワフ! ワフ! アウアウゥ~ン!」
「わん、わんわん! きゅんきゅ~ん!」
「あっ、ちょっ、ちょっと、貴方たち!」
フリードには後ろ足立ちでのしかかられ、ペロには足元にすり寄られてメリアは一気にてんてこ舞いとなった。
「それはお近づきの印だ、とっといてくれ!」
「ええ!?」
「というわけで、ペロ、そろそろ行くぞ! お前には戻ったらやるから! ほら!」
「あ、こらっ、ちょっと! 貴方これ何処から――……ッ」
俺は急いでペロを拾いあげると、その場からすらこら撤退。
メリアがなんか叫んでいたが、きっとお礼でも言おうとしたのだろう。
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