第17話 チキチキペット猛レース 3/5

 従魔レースの会場は自然公園の湖、その畔に存在するユーゼリア騎士団の訓練場に設けられていた。

 何気によく足を運ぶようになった自然公園、訓練場があることは知っていたが、こうして足を運ぶのは初めてだ。


 現在、広々とした訓練場の中央には従魔ギルドの本部テントが設営され、ギルド関係者やレースに参加する従魔を連れた飼い主、そして普段目にする機会のない魔獣を見物しようと集まった人々によって人集りができている。

 また中央から離れた場所には屋台や露店が軒を並べるエリアがあり、多くの人にとってはそちらの方がお目当てなのか、より一層の賑わいを見せていた。


「人、いっぱい!」


「いっぱいだねー! 見てるだけで楽しくなっちゃう!」


 ノラはこうした催しに直接参加するのは初らしく、人の多さにちょっとした衝撃を受けている。

 一方のディアは賑わいに浮かれてはしゃぎ、その背には人混みに慣れないラウくんがひしっとコアラの子供みたいにしがみついていた。

 さらにその一方――


「うむ、賑やかだな。たまには人の祭りを眺めるのも悪くない」


「さいですか」


 俺の背にもまた、シルがしがみついていたりする。

 まあこっちはおんぶなのだが。


「せんせー、まずはペロちゃんの登録に行くの?」


「ああ。でもみんなして行く必要はないからな、お前たちは屋台を見て回るといい。よし、今日は特別にお小遣いをあげよう」


 俺はおちびーズに日本円感覚で五千円くらいずつお小遣いを配る。

 普段であれば千円くらいだろうが、今日の俺は気前が良い。

 なにしろ夕方には大金持ちになっているんだからな!


「いいか、目に付いたものをすぐに買うんじゃなくて、まずは値段を調べながら一通り巡って、欲しいものを計画的に買うんだ。これは買い物の訓練でもあるからな?」


「わかった! せんせーありがとー! 好き!」


「わたしも好きー! ありがとうございます!」


「……と。……すき」


 にっこにこで、ひしっとしがみついてくるおちびーズ。

 異世界に来てまさかのモテモテである。

 まあ現金な気がしないでもないが、こうも喜ばれるなら悪い気はしない。

 なるほど、ついつい孫にお小遣いをあげちゃう爺さん婆さんとか、若い娘に大金を突っ込むおっさんたちはこんな気持ちだったのか。


「ほう、優しいじゃないか」


 背負ったシルが囁く。

 顔は見えないが、たぶんにやにやしてるんだろうな。


「ケイン様、では集合場所はどういたしましょう?」


「あー、そうだな……」


 おちびーズの引率役になるエレザに尋ねられ、どこが集まるのに適しているか考える。

 わかりやすい場所は……あるな。


「じゃあアイルの屋台にしようか。どこで営業しているかはわからないけど、たぶんドワーフが群がっていて見つけやすいはずだ」


「なるほど。ではそのように」


 こうして俺たちはひとまず別行動となる。

 エレザはうっきうきのおちびーズを連れて屋台群へと向かい、残る面子――俺とおんぶしっぱなしのシル、主役となるペロ、そして同行を希望したシセリアは受付へ向かう。


「さすがに同僚がお仕事をしているなか、みなさんと一緒に屋台巡りする度胸は私にはないのです。ただでさえ気まずいのに」


 今大会、従魔が集まるとあって警備はユーゼリア騎士団が担当しており、団員であるシセリアとしては心苦しい状況のようだ。

 これを役得だと割り切り、むしろ煽りに行くような気質であれば楽しめるものを、なかなか難儀な性格をしている。


「よし、そういうことならペロの抱っこ係に任命しよう」


「これで少しはお仕事をしているように見えるでしょうか……」


 子犬を抱っこするお仕事か……。

 ちょっと無理があるかもな。


 ペロを抱っこしたシセリアと本部テントへ向かうと、まず受付で番号札を渡された。どうやら受付の際、出場従魔の健康状態の診断など手続きに時間がかかるため、この番号が呼ばれるまで近くで待機していないといけないらしい。


「ふむ、面倒だがまあ仕方ないな」


 ここで無理強いをして参加を断られでもしたら計画が破綻する。

 大人しく待つことにした俺は、受付のすぐ横、待機中の従魔を軽く運動させるためのスペースへと移動。

 何やら奇異の目を向けられるのは、美人さんをおんぶした俺と、子犬を抱っこしたシセリアがちょっと場違いだからだろう。

 普通であれば居心地の悪い思いをするのだろうが、今の俺はそんな視線すら心地の良いものであった。

 奴らは後で知るのだ。

 あのとき見かけた妙な二人組(+一人と一匹)が、まさか優勝する従魔の飼い主であったとは、と。

 やがて退屈な待ち時間にシルがうつらうつらし始めた頃――


「けっこう強そうな従魔が多いですけど、本当にペロちゃん大丈夫なんですか?」


 参加従魔を眺めていたシセリアがふと尋ねてくる。

 俺は「大丈夫」と返そうとした。

 だが、その時だ。


「――ッ!」


 稲妻のような閃きがあった。


 ペロが強いのは知っている。

 しかし、普段起こりえぬ『もしも』はここぞという時に発生する。

 その『もしも』が起きたとき、俺の全財産は吹き飛び、宿屋運営に本気になったグラウが「今日から一ユーズ払ってもらうよ!」とか言いだしたら俺は泣きながら宿を出なければならなくなる。

 全財産を賭けるのだ。

 ここは『念には念を』などというぬるいことは言わず、息の根を止めるほどの策で以て臨むべきなのだ。


「くっくっく……」


「ケ、ケインさん……?」


 この土壇場で『究極の策』を閃いた俺は笑いを堪えきることができなかった。

 この策ならば『もしも』などという忌々しい運命の揺らぎが入り込む余地はない。


「えー、では次の番号を――」


 と、そこで俺の番号を呼ぶ声があった。

 俺はシセリアを連れ、すみやかに受付へと戻る。


「お待たせしました。それでは受付を始めますので、まずは出場する従魔の確認を行います」


「はい。出場するのはこのペロちゃん――」


 シセリアは受付係の男性にペロが出場従魔であると申請しようとする。


「待て、シセリア。予定変更だ」


「はい?」


 俺はシセリアの言葉を遮ると、受付係に対しちょっと身をよじる。


「登録するのは――こいつだ!」


「え? こいつって、まさか……」


「そう、俺が背負っているこいつが出場する!」


 腐っても鯛。

 酔っぱらっても竜。

 シルがレースに出場すれば優勝は間違いなしだ。

 なんたる名案であろうか!


「い、いや、あの、これは従魔の大会でして、人は出場できないのですが……」


「こいつは俺の従魔だ!」


「奴隷の間違いでは?」


「……んお?」


 と、そこでうつらうつらしていたシルはハッと顔を上げる。


「なんだ、奴隷だとぉ? 私がか? おのれ! ……ケイン、ちょっとおろして」


 シルは俺の背から降りると、よちよち横の待機スペースへ。

 そしてばっと両手を広げて叫ぶ。


「見るがいい!」


 ぱぁーっとシルが光に包まれ、そしてその光は巨大化。

 光が消え失せたあと、そこには一体の……地面にでろーんと伏した竜が!


「わたし――じゃなくて、わ、我はシルヴェール、アロンダールの山に住む竜であるにょ!」


『………………』


 時が止まった。

 そう錯覚させるような沈黙があり、次の瞬間――


『はあぁぁぁ――――――――――ッ!?』


 困惑の混じった悲鳴が上がり、本部テントは騒然となった。

 まあ突然竜が現れたとなれば、それも仕方ない事。運営陣が「守護竜様来ちゃった!」とか「これどうすんの!?」とか慌てふためきながら叫び合う。

 やがて、責任者とおぼしき者が現れ叫んだ。


「優勝ぉ――――――――――ッ!」


 はい?

 いやちょっと待て。

 まだレースが始まってもいないのに、シルを優勝者にしてもらっては困る!

 賭博で資金を増やすために来たのに!


「シルー! 落ち着け! 戻れ! いや戻るのとは違うんだろうけど、ともかく人の姿になってくれ! 奴隷ってのは勘違いだから!」


「うーん?」


「みんなお前のことを凄いって思ってるぞ! だからひとまず人の姿に戻ろうな! このままだと、みんなびっくりして大会が中止になっちゃうから!」


 俺は必死にシルをなだめた。

 一攫千金がかかっているのだ、必死にもなるというもの。

 この努力が実を結び、やがてシルは人型に。


「ケイン、おんぶ」


「はいはい、しますよー、おんぶしますよー」


 落ち着いてくれたのだ、おんぶくらいお安い御用。

 再びシルを背負い受付へ戻ると、シセリアが運営陣に謝っていた。


「お騒がせしてごめんなさい!」


「いえいえいえ! こちらこそ守護竜様が参加できないようなちんけな催しを開催しようとして誠に申し訳ないばかりです、はい!」


 運営陣はやや混乱しているようだが、べつに怒ってはいないようだ。

 よかった、これならペロの参加も快く認めてくれることだろう。

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