第2話 妖精事件 前編

 生憎の雨。

 今日は朝から冒険者ギルドへ行き、手持ちの薬草を納品してお小遣いをもらい、そのあとノラとディアの実地研修と銘打たれたピクニックに出掛ける予定だった。

 でも雨となると、ちょっとお出かけする気にはなれない。

 心の友(猫)であるシャカもお出かけしたくなさそうにぐでっている。

 となれば――


「はい、というわけで、残念ながら今日予定していた薬草採取は中止とあいなりました」


『えぇ~っ』


 ノラとディアは声を揃えて不満を訴えてくる。

 見ればラウくんも静かにぷくーと頬を膨らませていた。


「いやね、えぇーって言われても……」


「雨の日にお仕事する練習になる!」


「これくらの雨ならへっちゃらです!」


「おおぅ」


 ふんすふんす、とやる気満々のお嬢ちゃんたち。

 素晴らしいモチベーションなのは認めよう。

 でも無謀だからね、普通に。


「雨の日は視界が悪くなるし、音も聞こえにくい。要は魔物とか、危険に気づきにくくなるからダーメ」


『……』


 ああ、ノラとディアもぷくーと膨れてしまった。


「確かに雨の中で活動しなけりゃならない場合もあるだろうが、そういう訓練をするのはまだ早い。だから今日はお休みだ」


 ほら、ハメハメハ大王の子供であるハメハメハも雨が降ったら学校休むんだから。

 しかしハメハメハ一家、父も母も息子も名前がハメハメハとか、とんだ狂気だ。『私もサザエさんあなたもサザエさん』くらいの狂気だ。

 まあ狂気は置いといて――


「さて、となると今日は課題を多めにするか……」


「むー……」


「あうー……」


 溌剌としていたお嬢ちゃんたちは課題と聞いて意気消沈。

 ほっぺも萎んだ。

 頭の訓練はお気に召さないようだ。


「それが終わったらあと自由だ。オヤツもあげよう」


「むっ! 頑張る!」


「わ、わたしもがんばります!」


 すっかり異世界のお菓子に魅了されている二人は途端にやる気になった。


 そんな二人が勉強する場所は、決まって宿の食堂。

 大きなテーブルに並んで齧り付き、「むむー」とか「うーん?」とか唸りながら課題に取り組む。

 エレザは側でそれを見守り、少し離れた位置にはペロを抱えたラウくんが母親のシディアに抱っこされるようにして膝に座り、絵本を読んでもらっている。

 主人のグラウは受付で作業をしながら、いつ訪れるかもわからないお客さんを待つ。

 森ねこ亭の朝の風景だ。


 しかし、数日前からその風景に変化があった。

 というのもシセリアが俺付きの騎士に任命され、この森ねこ亭に宿泊するようになったからだ。


「いきなり団長と父上が来たんです。てっきり私がなにかやらかしたのかとビクビクしていたら、二人は私の腕を、こう、がっちり抱えるようにして強引に連れて行ったんです、陛下の前へ」


 手持ち無沙汰の俺はシセリアの愚痴を聞く。

 もうこれで何度目であろうか。

 よほど鬱憤が溜まっているようだ。


「もうびっくりでしたよ、本当に。それで何が起きているかわからないうちに無理矢理跪かされて、陛下が用意された剣を抜いたんです。一瞬、首を刎ねられるのかと思いましたが、肩をとんとんされただけでした。で、いきなり騎士ですよ。詳しい事情を聞かされたのは、その後でした」


 要は騎士団の中で俺と最も親しかったシセリアを側付きにすることにしたものの、使徒の側付きが従騎士ではさすがに格が足らないのではないかという話になり、特例で騎士にしてしまったのだ。


 騎士となったシセリアの役目は使徒である俺の側に控え、周りで起きることに注意を払い、何かあれば騎士団に報告すること。


 結局、騎士シセリアの実態はというと、名誉ある小間使い兼連絡役でしかないのである。


 うーむ、もしかしてシセリア、ていよく騎士団を追い出されたのではないか?

 でもまあ、その勤務地となるこの森ねこ亭にはメイドと兼業してる副団長もいるわけだし、考えようによっては栄転なのかもしれない。


「まあ曲がりなりにも騎士になれたんだから、そこは喜ぶべきところなんじゃないか?」


「素直に喜べないのが問題なんですよ~」


 ぐでーっとテーブルに張り付き、ふて腐れるシセリア。


「確かに騎士になれたことを喜ぶ気持ちはあります。待遇もびっくりするほど良いです。宿代は騎士団持ちですし、この宿での生活は団での集団生活に比べたらずっと快適です。宿の皆さんはちょっと不安になるくらい歓迎してくれましたし、ケインさんが出してくれる異世界のお菓子は素晴らしく美味しいです」


 状況だけ見れば出世して待遇の良い勤務地で働けていることになる。

 しかし――


「騎士になるのが夢でした。そのために頑張ってきたのにー……」


 釈然としないのだろう。

 自分の努力の結果ではないこの待遇に。

 わかるぞ、その気持ち。


「まあこれでも食べて元気出せ」


「――ッ!?」


 俺はカステラ一本を創り出してシセリアへ差し出す。

 途端にシャキーンと身を起こしたシセリアは、なんだかオヤツの匂いに居眠りから飛びおきる犬のようであった。


「こ、これは……甘く心地よい香り……! あむっ。――ッ!? あむっ、あむっ、あむあむあむあむあむあむ……!」


 シセリアは作法を守って恵方巻きを食べるように、あるいは長細い茎を囓り続けるハムスターのように、カステラ一本をそのまま一心不乱に貪り始めた。


『……ッ!』


 するとどうだ、食堂に緊張が走ったではないか。

 少しでもシセリアが元気になればと出したカステラが、課題に取り組むノラとディア、見守るエレザ、読み聞かせされているラウくんを刺激したのだ。

 四名は鋭い視線をシセリア――正確にはもう半分ほどになったカステラ――に向ける。


「みんなはノラとディアが課題を片付けたらな」


「頑張る!」


「がんばります!」


「お二人とも、頑張ってください」


「……!」


 奮起したノラとディア、鼓舞するエレザ、ぐっと握りこぶしを作ってえいえいおーとお姉ちゃんたちを応援するラウくん。

 飲み物は牛乳でいいかな?

 俺、カステラと牛乳の組み合わせが好きなんだよね。

 まあそれはいいとして――


「達成感のない成功、か」


 俺が悠々自適な生活を実現させるための金が欲しくとも、シルにおねだりしたり、金貨を創り出して解決しないのはこれ、納得のいく手段ではないからだ。

 やはり『やってやった!』という達成感がともなっていないと、その成功に対しての違和感を覚え、場合によっては望んでいた『夢』がゴミに成り果てることにもなりかねない。

 汚れた手段を用いようとも『夢』を実現したいか、『夢』だからこそ汚れなく実現したいか。

 その比率は人によって違うのだろうが、どうもシセリアは俺と同じように後者――ロマンチストであったらしい。


「なあシセリア」


「はい! とても美味しかったです! 今なら想定外に騎士になったことも受け入れられそうです!」


「受け入れちゃうの!?」


 安いなこの娘!


「い、いや、まあそれならそれでいいんだけども、一応、ほら、ちゃんと親父さんなり団長なりと話し合って、団に戻してもらったらどうだ? その場合、騎士は取り消しでまた従騎士からになるかもしれないけど……」


 俺が「シセリアはいらない」と伝えればそれでシセリアは任を解かれるのだろうが、その場合、シセリアがポンコツすぎて返品されたという誤解を招く。それは不憫だ。俺は将軍様ではない、ポンコツでも頑張っているシセリアを無慈悲な返品などしない。


 しかし、このアドバイスにシセリアは苦々しい顔になる。


「じ、事情があって、それもちょっと……。ここで戻ったら、父上に格の違いうんぬんと言われ続けることになる……さすがにそれは我慢ならないのです、ぐぎぎぎ……」


 ちらっとノラを見つつシセリアは唸る。

 なんの話だろうか?


 事情はわからないが、当面、シセリアは俺付きの騎士としてこの宿で一緒に暮らし、また俺と騎士団を繋ぐ連絡役として働くようだ。


「しかし連絡役か……」


 連絡――でふと思い出したのはシルのこと。

 先の騒動、すべてはシルに連絡をとる手段がなかったことに端を発すると言っても過言ではない。

 もう俺の居場所は伝わったものの、今後のことも考えるとやはり連絡できる何かしらの手段はあった方がいいだろう。

 なにか――


「――ッ!?」


 その時、俺の脳裏に稲妻のごとき閃きが。

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